後日談04 地球へ
お待たせいたしました。
「世界樹っ!」
私は世界の中心にいる【世界樹】に呼びかけ、世界各地にある【若木】から有力な情報だけを送ってもらう。
世界樹はこの世界のソフト面を統括しているので、ハード面を担当する私がその仕事の邪魔をするのは気が引けるのだけど、この世界に再び邪妖精が現れたのならそうも言っていられない。
私が呼びかけると同時に、世界樹から精査された複数の情報が送られてくる。
さすがに仕事が早い……というか、どこか嬉々として私の呼びかけに応じてくれるように感じるのは、私の気のせい?
情報によるとこの世界の幾つもの場所で邪妖精が現れ、人や動物たちを襲っていた。その場所を思い出してみると、私とフィオレファータが延々と鬼ごっこをしていたその道筋に現れていることに気づく。
私や邪妖帝が戦いで残した魔力か障気を使って発生している? ……ううん、違うと思う。激しい戦闘をした場所で多くの邪妖精が生まれているのは確かだけど、それならフィオレファータと決着をつけた中央大陸が一番被害が大きくないとおかしい。
被害が大きいのは南半球……特にフィオレファータが顕現した魔都カランサンクがあった辺りより南は、フィオレファータが動き回ったせいで被害が大きいのは分かるけど……何か引っ掛かる。
「……とりあえず動く」
多くの場所では魔物や亜人……それと例の勇者が対応してくれているからなんとかなるので、私は被害の大きいところから対処することにした。
「まずは海上だ」
私の空間転移は、ネットワークが繋がっているか、見えている場所じゃないとまだ正確に跳ぶことはできない。目標とする場所に意識を懲らすと、その地方にいる【若木】となった仲間の幻影が現れて手を伸ばし、私がその手を掴むと同時に目の前に見えていた景色が切り替わる。
――頑張って――
「うんっ」
仲間の声援に応えて、中央大陸の最東端から海に向かって飛び出した私は、音速を幾つか超える速度で海上を渡り、海のど真ん中に大量発生していた邪妖精と戦っていた海竜たちに声を張り上げる。
「死にたくなければ退きなさいっ!!」
私の声と同時に海竜たちが慌てて海の底に潜り、私は海上にいる数万体の邪妖精目掛けて、両手の間に生みだした白い魔力球を撃ち放つ。
「――【極界】――」
その瞬間、見渡すかぎりの海原が一瞬で凍りつき、数万の邪妖精ごと凍結して塵となって消え失せた。
「これって……」
その場所に来てやっと理解した。魔素や障気は確かに残っていたけど、それ以上にこの場所は空間が歪んでいることに気づいた。
その空間の歪みから邪妖精は現れたのか? だけどそれはどこから流れてきた?
「世界樹っ! この惑星上で空間の歪みがある場所を教えてっ!」
私が呼びかけると世界樹から複数のデータが送られてくる。これはどこ? 海? これは……若木のない群島地帯?
その周辺が一番空間が歪んでいる。そこは【若木】のネットワークから隔離されていた場所であり、その辺りで多くの邪妖精が現れていた。
だけどその場所に直接転移することはできない。若木が近くにないし、空間の乱れが邪妖精の発生原因だとしたら、若木のネットワークで転移して、そのネットワークに干渉されたら厄介なことになる。
「《次元干渉》っ!」
とりあえずこの場の空間のひずみを《次元干渉》で修復してから、私は自分の力だけでその場所に向かうことにした。幸いここから遠くない。惑星上を四分の一周程度の距離で到着できる。
海の上を真っ直ぐ東に向かい、自力の飛行と空間転移だけで大陸まで渡り、その地で魔物と戦っていた邪妖精に左手を向けた。
「――『炎華』――」
神の慈悲である霧が立ちこめ、魔物たちを癒すのと同時に、邪妖精どもを障気を花びらに変えて浄化されるまで焼き尽くす。
《次元干渉》でその場の空間を修復してさらに東に向かった私は、大陸を越えてまた海に出た辺りで見つけた、その群島地帯をこの目で見て思わず顔を顰める。
「魚鱗族……」
それを見て私は理解した。
海の底にまで世界樹の恩恵は届いていても、世界樹もその若木も陸の上にある。この魚鱗族は、世界樹から直接の恩恵を感じられずに軽視して、それ以上を求めてこの世界から以外にも“恩恵”を得ようとしたのだろう。
こいつらが奴隷を売って金を稼ごうとしたのも、他種族同士が手を結ぶのを邪魔しようとしたのも、これを邪魔されたくなかったからか。
おそらくは数万人は生活していたはずの魚鱗族の集落は、すべて灰色の粘体に飲み込まれて消滅していた。
まだ生きている者もいたけど、そのほとんどが全身を灰色に侵食されて、力尽きた者から粘体に沈んでいき、そこから数体の邪妖精を生みだしている。
こいつらは金を使って地球人が残した物を掻き集め、時空間を無理やり開いて、邪妖帝フィオレファータの『祝福体』を呼び寄せてしまった。
……たすけて…
…くるしい……
……いたい……
………かみさまっ!
「…………」
聞こえてくる生き物ではなくなりかけたモノの、“神”に救済を祈る苦悶の声……
そうしたい気持ちは理解した。でも――
『都合のいい時だけ“神”に祈るな』
私が“神威”を込めたその声に星の大気が震え、怨嗟の声が怯えるように止まり、湧き出していた邪妖精も塵となって消滅する。
もうこの世界にまともな神様はいない。そして元より私がお前たちに与えることのできる“慈悲”はこれしかない。
「――『氷華』――」
“悪魔の滅び”――右手から生み出された凍てつく吹雪が荒れ狂い、邪悪な力と魂が氷の花びらとなって舞い、魚鱗族の集落ごと灰色の『祝福体』を消滅させた。
「…………」
脅威は消えた。後は空間を修復していけば自然と事態は収束するはず。……でも、地球の技術で作られたシステムが破壊されても、ここにはまだ次元の歪みが残っている。そこから来た『祝福体』はどこからやってきた?
「……地球か」
また欲望に駆られた者たちが何かをしでかしたのか……
仕方ない……そう考えてまだ繋がっている空間の歪みに手を伸ばすと、次元を渡ろうとした私の手が、静電気に触れたように弾かれた。
「……世界樹?」
この感覚は……私が地球に向かうことを世界樹が邪魔をしている?
どうして?……とは言わない。あなたは優しいね……。地球で酷い目に遭っていた私が、再び地球に向かうことで傷つかないか心配している。
「……大丈夫だよ。私も強くなったから。地球には酷い思い出しかないけど、あそこも私にとっては故郷の一つなの。世界樹、お願い……私に二つの故郷を護らせて」
私が世界樹にそう訴えると私を縛っていたものが溶けるように解除された。
「ありがとう……必ず戻ってくるよ。あなたとみんながいる、この世界に」
私は空間の歪みに《次元干渉》を使い、地球へ転移する。
イグドラシアワールドMMORPGのシステムを使わずに地球へ向かうのは初めてだ。地球のどの位置に出るのか分からないけど、その場所に今回の原因がある。
地球の何処かの空に出現すると、吹雪混じりの冷たい風が私に吹きつけた。
「……なに、これ」
その私の瞳に映ったものは、広大な雪に埋もれた白い大森林を埋め尽くす、見渡すかぎりに蠢く灰色の『祝福体』だった。
ざわり……
『――会いたかったよ……ウサギちゃ~ん――』
次回、地球での戦闘。
また不定期です。




