後日談03 悪夢の始まり
お待たせして申し訳ありません。
三年ぶりに活動を開始した私は、人族が住む街に降りてみることにした。
以前の亜人たちのように森の奥で隠れ住む人族の村は幾つかあるようだけど、沢山の人族が住み、積極的に亜人たちと交流する“国”と呼べるものは一つしかない。
かつて人族は、世界に数億人もの人口がいたが、私と邪妖帝との戦いで自滅とも思える行動を繰り返し、世界樹の恩恵を失ったことで贅沢と安全に慣れきった人族たちは、見る影もなく衰退していった。
私が世界樹の若木を再生し終わった時には、それでもある程度の人口は残っていたようだが、魔物に襲われる前時代的な生活に慣れていない人族は、一部の亜人たちの報復もあり、さらに数を減らしているように見える。
けれど、そんな人族に亜人の有志と人族の一部が再び『冒険者』として立ち上がり、知能の低い危険な魔物を狩って、少しずつだが新たな国家と種族として人族は復興を始めていた。……と“若木”から送られてくる情報だとそうなっている。
新しい若木の『意思』となった元孤児である“裏αテスター”の仲間たちは、偶に茶目っ気を起こすのか、『近所で子猫が産まれた』とか、どうでもいいような情報も送ってくるので、正直どこまで正確か分からない。
私は亜空間収納から出したフード付きの真っ白な外套を纏って、この世界で唯一の人族の国へと降り立つ。
ここは人族の纏め役として、王ではなく代表者の人族はいるが、形式上は亜人を含めた評議会によって運営される“他種族複合国家”だ。
半数以上は人族で占められているが、街を歩く人族の顔には復興する“活気”と言うより“焦燥感”が感じられた。
まぁ、元々人族が“弱い”から世界樹に寄生が許されていたわけで、超便利な魔道具が使えなくなって、亜人との基本スペックの差に焦る気持ちも理解できる。
理解はできるけど私は何もしない。だって一応“私”はこの世界の女神になっちゃったから、一種族だけを優遇するような真似はしない。
東洋の文化に詳しい元孤児によると、今の私のような存在は『荒神』というらしいので、一般的な一神教の神さまや仏様のような慈悲のある存在とは、根本が違う。
『我々人族は、かつて罪を犯し――』
「ん?」
遠くから微かに、魔道具で拡声されたような声が流れてくる。
何気なくそちらに足を向けてみると、一人の人族の男が数人の亜人と共に、広場の舞台で演説をしていた。
「……ティズ?」
元どこかの皇帝サマで、“俺様”だったけどなかなか面白い人物であり、最後は人族の主導者として罪を悟り、若木の破壊に協力した。隣に居るのは、確か……双子エルフの女の子のほうか……。
ティズの演説を要約すると、復興を始めて三年経ったけど、気を抜いてまたバカなことをするなよって、人族に釘を刺すのと、こっちは真面目にやってんだから、ちょっかい掛けてくるなと、亜人の過激派を牽制した内容だった。
……大変だな、ティズも。みんなのためにやっているのに、あちこちで敵を作りまくりじゃない?
ティズとエルフの女の子が握手をする場面になって、溜息を吐いた私は周囲に人がいるにも拘わらず、少し離れた建物の屋上へと転移する。
「何をしているの?」
「っ!?」
遠くに見える広場に向けて“黒い鋼の武器”を向けていたその男は、誰もいないはずの背後から声を掛けられ、転がるようにして振り返る。
「な、なんだ、お前はっ!」
「もう一度聞く。“それ”を使って何をするつもり? 魚鱗族」
フードが外れた男の肌にはぬめるように光る鱗が生えていた。
……またこいつらか。なんなの、魚鱗族って。
しかもコイツが手に持っているのは、表面に傷は多いが、間違いなく地球の技術で作られた『魔素兵器』の銃器だった。
背後を取られて警戒しても、声を掛けたのが若い女だと気づいて男はニヤリと笑う。
「……知れたことよ。人族とエルフが手を組むと我らの利益が減るから……なっ!」
その瞬間、魚鱗族の男が私へ魔素兵器を向けた。
有益な情報をわざと漏らして意識を逸らし、話途中で攻撃をする。背後を取られた側にとっては有効な戦術だ。
だけどお前は、三つだけ間違いを犯した。
一つは、どこで手に入れたか知らないが、この世界に残しておけない、地球の技術を使った魔素兵器を持っていたこと。
二つ目は、平和になりはじめたこの世界で再び過ちを犯そうとしたこと。
そして最後の一つは……“私”に武器を向けたことだ。
私に銃器を向けて引き金を引くコンマ数秒をゆっくりと見つめながら、私は魚鱗族に手の平を向けて、握り潰すように拳を握る。
彼は若い頃、鱶に襲われて脚が千切れかけたが、今になって食い千切られた。
彼は少年の頃、毒蛇に咬まれたことがあったが、今になって全身に毒が回って全身が爛れ始めた。
彼は幼い頃、濁流に巻き込まれて溺れかけたことがあったが、今になって溺死して、口から大量の海水を吐き出して崩れ落ちた。
私は魚鱗族の死体から魔素兵器を回収して、腕力でぐしゃぐしゃに握り潰してから、異次元空間にポイして捨てる。……もしかして、ああいう物が、時空間の狭間に落ちてどこかの時代に流れ着くと、オーパーツとか言われたりするのかな……。
まぁ、それは私とは関係のない話だ。私は市民に演説しているティズをチラリと見てこちらを見てない彼に呟いた。
「頑張ってね、ティズ」
そのまま空間転移をした私は、中央大陸で一番高いレナード山の山頂から、眼下に広がる世界を視界に映す。
「…………」
……何か、胸騒ぎがする。
ここ最近、悪さをしているらしい魚鱗族を別としても、Dea Ex Machina.としての感覚が、嫌な予感を伝えてくる。
「《次元干渉》」
目を閉じて両腕を広げ、私は世界中の【若木】システムと連結して、世界中の情報を拾っていく。
私はこの世界の女神となったけど、居ながらにして世界中を“視る”ことができるほど経験を積んでいない。
仲間たちが送ってくる“お薦めの子猫動画”を無視して情報をスキャンしていると、北半球にある狼の獣人が住む街が何者かの襲撃を受けていた。
あれってまさか……
「……邪妖精?」
邪妖帝フィオレファータが出現する際、自分の眷属として呼び出していた下級の悪魔で、単体では脅威でないが、単一個体で一般兵士並の戦闘力があり、群で出現することから護りの少ない村や町では全滅する危険さえある。
フィオレファータは私が倒した。あのクラスの悪魔を完全に滅ぼすことは不可能らしいが、それでも復活まで数千年は掛かるはず。
では何故、その眷属である邪妖精が再びこの世界に現れたのか? 邪妖精自体は魔界に普通にいる悪魔だが、自然現象で物質界に現れるのは稀だった。
この世界に、再び邪妖精を呼び込んだ奴がいる……
だけどまずは、現れた邪妖精の殲滅だ。
目を瞑り、脳内に視えている光景に向けて私が手を向けると、私が力を行使するより先に他の一団が邪妖精の殲滅に割り込んだ。
え……誰?
数えるのが面倒になるほど大勢の武器を持った“女性たち”が、一個の群のように動いて瞬く間に邪妖精を殲滅していく。
その中で、女性たちの中から飛び出してきた一人の男は、手に持つ魔法の剣を天に掲げて、金の前髪を片手で掻き上げながら、キラリと真っ白な歯を光らせた。
『さあ、幼女から老女までの、麗しい淑女たちよ、このカリメーロが来たからには、誰一人として――』
ブツンッ――
反射的に接続していた映像を切って、私は思わず目を瞬かせた。
生きていたんだ……まぁ、いいや。
とりあえずあの地は彼に任せて、私はこの騒動の原因を探ることにした。
生きていました(ある意味)最強の勇者様です。
次回、この騒動の原因。
次回も不定期になります。申し訳ございません。




