後日談02 悪夢の波動
「それでは仮称【BRIAN】の開封を行う。研究員及び処理班は不測の事態に備え、迅速なる対応を願う」
某大国の隔離施設にて、西側の国より極秘裏に入手した“冷凍睡眠カプセル”の開封が行われていた。
そのカプセルは、西側国家のとある軍事施設跡から発見され、その場所は“異世界”と呼ばれる未知の地域との接続実験と、そこから得られる未知のエネルギーを素材とした新たな兵器実験を行っていたと思しき場所だった。
だが、その兵器実験の結果、その軍事施設は跡形もなく消滅した。
そこでいったい何が起きたのか?
いまだに詳細は判明していないが、仮称『白い少女』、もしくは『白兎』と呼ばれる兵器の暴走による事故が起きたと推測され、広大な敷地が本当に跡形もなく極低温により物質が崩壊して更地と化した。
その後、軍によってその地は隔離され検分作業が行われていた数ヶ月後、その地下部分が発見されて幾つかの“物”が掘り起こされた。
建造物が崩落して、地表部分の一部が基礎部分の空洞に落ち込んだものだと推測されたが、その“事故”の影響か、発見されたものはすべて凍結したままで、凍りついたままの収容物は各所の研究所に送られた。
そのうちの一つ……最も形状が保持されていたカプセルは、某大国が買収を行っていた研究員のいる研究所に送られ、亡命したその研究員と共にここまで辿り着いた。
某大国の都市部郊外にある宇宙開発を行う研究所の隔離施設にて、ロボアームと義体アバターによるカプセルの開封作業が開始される。
そのカプセルの周辺機器は全て粉砕され、奇跡的に残ったカプセル部分も圧壊して半分以上潰れていたが、傷だらけの表面に付いたプレートからは微かに『BRIAN』の文字が読み取れた。
『……表面温度…マイナス136.6℃。スキャンの結果、内部にわずかですが生体組織の反応が確認できています』
「人間かね?」
『スキャンの結果を信じるのなら、地球の生体構造と一致するものはありません』
「では、地球外生物……いや、“異世界”の生物の可能性があると?」
『生物だと仮定しても、我々のような炭素生命体ではありません……本当に未知の生命体です』
「素晴らしい……ッ」
政府関係者や宇宙局の上層部がぶ厚い硝子越しに見つめる中、ロボアームがカプセルの歪んだカバーを慎重に取り外し、アバター作業員が中で凍りついていた黴のような物質を、ピンセットの先で削るように採取する。
『アバター責任者より、低温のためアバター端末にラグタイム等の不具合が発生、との報告。室内の温度を上げる許可を求められていますが、どういたしますか?』
「問題ないのか?」
『不明です。隔離施設内は常温でしたが、現在は物質の影響でマイナス62.7℃まで低下しています。この気温で不具合が出るとは思えないのですが……』
現在の宇宙開発は、人間を星に送ることを諦めてはいなかったが、危険な船外作業はほぼ義体アバターで行われている。
宇宙空間でさえ作動するアバター端末が不具合を起こす原因とは、本当に寒さなのだろうか?
「作業が滞るのなら仕方ない。室内温度を上げることを許可する」
宇宙開発局長官と政府高官が承認して室内の温度が上げられ、義体アバターによる採取作業が再開された。
だが彼らは知らなかった。その極低温が“白い少女”による“呪詛”であると。
室内の温度が上がっても物質周りの温度が低温のままで維持されていることに業を煮やした作業員の一人が、許可が出たからと、ピンセット自体の設定温度を上げて物質に触れた瞬間、その“事故”は起きた。
『物質の生命活動を確認っ!』
『規定により、各員のアバターを強制解除っ!』
『アバター03が強制解除できませんっ!』
他のアバターが強制解除されて消滅する中で、採取を行っていたアバター03のみ解除ができず、その指先に灰色の物質がこびり付いていた。
『何だ、これはっ! 動いてるっ、這い上がってくるっ!?』
『落ち着け、03。アバターで害を受けても君の本体には影響はないっ!』
『今、君の接続機器を破壊する。衝撃が来るが我慢しろっ』
『早くしてくれっ! コイツが腕を登ってくるっ! 腕から灰色になって……ぁああああああああああああああッ、助けてっ! 神よっ!!』
アバター03の全身が灰色に染まって取り込まれるように消滅すると、その物体も塵のようになって消滅した。
その出来事に唖然として静まりかえっていると、その静寂を打ち破るようにアバター作業員の本体がいる部屋から悲鳴が響き渡った。
***
“家族”がいる穏やかな世界樹の精神世界から帰還した“私”は、同じように私の胸元で目を覚ました二人の眷属を指で撫でる。
「おはよう、タマちゃん、パンくん」
“ポニョンッ”
『ムッキー』
再び胸に擦り寄ってくる二人を抱っこしながら世界樹の根元から立ち上がった私は、亜空間収納にある愛刀『淡雪』にも指で触れてから、天を覆い尽くすような巨大な樹木を見上げた。
「出掛けてくるね、世界樹」
私が声をかけると、世界樹の枝が揺れて木漏れ日が万華鏡のように揺らめいた。
“声”が聞こえた。
私に“名”をくれたエルフの少年の声だ。
昔に彼はまた会おうと言ってくれていたけど、私はあそこに住んでいる精霊じゃないので、今は姿が違うからと会う機会を失っていた。
でも……たった数年眠っていただけで、随分とあの“痛み”を忘れた者たちが増えたみたいだね。
タマちゃんとパンくんには私の亜空間収納に入ってもらい、私は久しぶりにこの世界の“女神”として動き始める。
【シェディ】【種族:バニーガール】【――魔人――】
・Dea Ex Machina. すべてを壊す【悪魔】の右手と、すべてを救う【神】の左手を持つ、電脳世界より生まれ出でた“人造の女神”。
【魔力値:550,000/550,000】50,000Up
【総合戦闘力:605,000/605,000】55,000Up
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《餓喰》《神霊語》】
【種族能力:《畏怖》《霧化》】
【素敵鑑定】【神化(❤)】【亜空間収納】
【大魔王】【イグドラシアの女神】
……何か、以前と少し違う気がするけど、気にしたら負けな気がする。
それはともかく、私は人造の女神だから“名付け”に縛られることはないけど、それでも神に名を贈った形になるので、彼とは何か繋がりがあるのかもしれない。
だから彼のいる場所は分かっている。その光景も見える。
大丈夫……
ちゃんと君の声は、聞こえているよ。
「《次元干渉》」
固有能力で空間を渡ると、この世界そのものが私の“降臨”を祝福するように霧で演出してくれた。……世界樹は私に甘いよね。
獣人族に……魚鱗族か。前の時も人族の心が弱かったんじゃない。人類種そのものが弱かったんだ。
獣人族は一度、過去を後悔して世界のために戦った。
だから、あなたたちには“慈悲”をあげる。
神の左手から溢れた霧に触れた獣人たちが一斉に燃えあがり、浄化されるまで焼かれた彼らの魂は、世界樹の若木によって世界樹に送られ、再びこの世界に生まれ変わることになる。
「ち、違うんだっ、俺は、違う、悪いのはこいつらで、」
最後に残った魚鱗族が責任を獣人たちに被せて逃げようと足掻いていた。
前の戦いでは魚鱗族は見なかった。人族からも逃げて戦いからも逃げて、ずっと息を潜めていたのでしょう。
それが悪いとは言わない。でもね……亜人たちが受けてきた“痛み”を繰り返そうとする愚か者が、どうして許されると思ったの?
悪魔の右手から放たれた吹雪が、逃げようとする魚鱗族の魂さえも凍てつかせ、塵となって消滅させた。
「女神様…?」
そんな私を何故か真っ赤な顔で見つめていたエルフ少年の瞳に、少しだけ微笑んでいる、彼とあった時と違う私が映る。
「また会ったね」
それだけ言って彼の頬を撫でて姿を消すと、その間際に少年が私の名を呼んだ気がした。
私は遙か上空に舞い上がり、澄み渡る青い空と、復活した美しい自然を目に映す。
「………」
何故だろう……胸騒ぎがする。
一度下界の様子を見てみるべきかと考え、私は人族が住む街を目指すことにした。
地球では厄介なことになっています。
次回は人が住む町の様子。
すみません、次は少し間を開けます。今月中には頑張ります。




