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悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
【白い兎の後日談】

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後日談01 白の女神

大変お待たせしました。全部書き上げてからと思いましたが、お待たせしすぎているので1話だけ更新いたします。


※本編最終話あたりの三話を修正しました。技名とか変更しているので、ご無沙汰の方は読んでいただけると分かりやすいと思います。



 現在はオンライン型MMORPGとしてのみ接続が許されたその世界が『異世界』であることを知っている者は少ない。

 知っているのは、そのMMORPGを運営している関係者、一部のプレイヤー、政府と軍の上層部……そしてその情報を運良く入手できた一部の“大国”だけだった。

 その一つの某国は、増えすぎた国民を送り出し、その地を我が物にせんと夢見て、元技術者を金銭で掻き集め、稼働実験にまで辿り着いたところで『白い少女』の“脅威”によって軍事研究所が丸ごと更地に均された。

 表向きには軍事施設の事故により“三十五名”の犠牲者が出たと発表されたが、実際は数万人の二度と見つからない行方不明者と、数兆ドルの被害が出たと言われている、国難クラスの大事故となった。


 その国は『白い少女』の影に怯え、異世界に関わる全てを諦めた。

 だが、その国に隣接するもう一つの大国は、それを知って尚、その異世界から得られる利益を求め、慎重に準備を続けていた。

 その国は広大な領地を有していたが、人と資源が不足していた。厳しい環境ゆえに人を増やすための作物が育たず、資源が少ないために産業も育たず、軍事国家として力を持たなければ生きていけなかった。

 そのためにその国は、異世界から得られる資源を求めた。だが同時に失敗した隣国よりも、最初に発見した大国よりも、疑り深く慎重だった。

 最初の大国が、無限のエネルギーを得ようとして失敗したことを知っていた。

 隣国が、民を送り出そうとして接続実験に失敗したことを知っていた。

 生存者がほとんど居ないため原因は分からないが、異世界に接触(さわ)ることで何か深刻なダメージを受けると考えたその国は、無理に異世界に接触るのではなく、向こう側から現れ、残されたものを使って、新たな資源を得ようと目論んだ。


 その日、その国にある軍の研究所に、複数の国を経由して送られてきたあるものが届いた。

 コンテナの扉が開き、研究所員の指示で軍人たちが慎重に外に出した物は、某国製のVRに使われる冷凍睡眠カプセルであり、中は曇って確認できなかったが、その表面に付いた名札には英語で一言、【BRIAN】と記されていた。


   ***


 異世界イグドラシア。世界樹と九十九本の若木に支えられ、人造の女神に護られた世界。

 この世界はかつて世界樹の恩恵を独占しようとした人族に支配され、無尽蔵に魔素が消費されていたことで緩やかな滅びへと進んでいた。

 異世界である地球からも、魔素を求めて静かなる侵略が行われたことで滅びは加速していったが、【魔王】と呼ばれた少女が【神】となって世界を護ることで、滅びへの道は免れた。


 かつて栄華を極めていた人族は『魔王大戦』と呼ばれる大破壊によって衰退し、今は前まで奴隷として虐げていた亜人連合の監視の下、世界樹の恩恵から遠ざけられて生かされている。

 世界に平和は訪れた。けれど大戦から三年も経てば“痛み”を忘れ、欲に溺れて無法な行いをする者が現れるようになる。


 その深い森の中に、以前人が暮らしていたと思われる質素な集落跡があった。

 元々作られた家屋はなく、遊牧民のテントのような住居で暮らしていたのか、今は草むらの中に丸太を割ったテーブルや解体場の跡がわずかに残るだけのその場所に、真新しい小さなテントが立っていた。

 あまりにも小さいので住居ではなく本当に旅用のテントなのだろう。朝になってテントの中から十歳くらいの少年が現れると、沢で水を汲むために歩き出した。

 細い身体に尖った長い耳は亜人種であるエルフの特徴だ。長寿で知られるエルフでも子供の頃の成長は人族と変わらないので本当に十歳程度なのだろう。


 少年の名前はヨールという。世界が人族に支配されていた頃、複数の家族でここに隠れるように住んでいた。

 その当時、幼い子供は赤ん坊を除けばヨールだけで、碌な手伝いもできない幼かった彼は、一人で薪や木の実を拾って時間を潰すしかなかったが、ある日、そんな彼の前に一人の“子供”が現れた。

 ただ小さいというだけで、外套で顔や全身を隠して子供かどうかも分からない。話もしない、声も出さない、近寄らせてもくれなかったが、ヨールの話すことだけは分かるようで身振り手振りでその意思を読み取ることしかできなかった。

 ヨールが一人でいる時にだけ森に現れる奇妙な子供。

 大人たちから自分たちを襲おうとしてきた人族の奴隷狩りを“白い霧の魔物”が倒したと聞いて、その子供が『森の精霊』だと考えたヨールは、その子に友達として『名前』を贈り、また会おうと約束した。


 人族国家の脅威が去り、エルフであるヨールも旅をする自由を得られた。

 それでも世界には魔物の脅威があり、亜人の支配を嫌った人族が野盗のように森に隠れ住んでいる場合もある。

 以前住んでいた森に行きたいというヨールの願いに、これまでは幼さとまだ危険があるという理由から許可は出なかったが、十歳になって魔術も覚えたことでようやく許可が出て、数日だけ森に向かうことを許された。

 けれど、森に辿り着き数日経とうとしていたが、森に住んでいるはずの『友達』は現れず、最終日になって予期せぬ来訪者を迎えることになった。


 パキィ。

 枝を踏むその音にヨールが顔を上げると、そこには待ち望んでいた友人ではなく、複数人の亜人の姿があった。

「おや? 君はエルフの子だね。一人でどうしたんだい?」

「……おじさんたち、誰?」


 彼らは猫科の獣人族の男たちで、恰好からすると狩人のように思われた。けれど、狩人がこんな森の奥にまで現れるのは不自然であり、一番奥にいる大柄な男が、湿った革のような光沢のフードを目深に被っていることが、ヨールに不安を感じさせる。


「おじさんたちはねぇ、ここに住んでいたエルフを訪ねてきたんだ。昔、こっちに移動するって聞いたんだけど、君の家族はどちらにいるのかな?」

「ここは……三年前まで住んでましたけど、今は誰もいません」

「…………」

 ヨールの言葉に声をかけてきた男の目がわずかに細くなる。するとその後ろから猫獣人の男たちが粗野な口調で声をあげた。


「誰だよっ! こっちにエルフが住んでるって言った奴はっ! いねぇじゃねぇかっ」

「仕方ないだろっ、街以外に住んでいるエルフの情報なんて、新しいか古いか分からねえよっ!」

「お前ら、五月蠅い。せっかく俺が優しく話してるのに、ガキが気づくだろ」


「お、おじさん?」

 それまで優しげに話していた男が向けてくる冷たい視線に、ヨールがわずかに後ずさると、その足下に男たちから放たれた矢が一本突き刺さる。

「おっと、逃げんじゃねぇぞ。すんません、旦那。ご要望のエルフの女じゃなくて、ガキしかいねぇんですが」

 弓を撃った猫獣人が背後の男に頭を下げると、その男がフードを外して顔を晒した。

「仕方ない。ガキでもそこそこ良い値で売れるさ。最近は満たされて、おかしな趣味の奴が増えたからな」


 人間種の体格に灰色の皮膚を覆う魚の鱗。その男は、人魚族と海を二分するもう一つの海洋種、『魚鱗族』の男だった。

 下半身が魚である人魚族と違って足がある彼らは陸上も歩けるが、それでも水辺から離れては生きていけない。そんな彼が特殊な外套を纏ってまで陸上にいる理由は、他種族を捕らえて売る『奴隷狩り』だった。


 人魚族は見た目が美しく、人族に愛玩用として多く狩られたが、逆に水辺の労働程度にしか使えなかった魚鱗族は難を逃れ、魔王大戦の時も戦いに参加せず、財と力を残したまま乗り越えた。

 人族同様に亜人たちも数を減らしていたが、魚鱗族は数を残したまま亜人連合に加わり、その数と財で発言力を増している。その財で人族が残した魔道具類を買いあさり、かつての人族さながらの暮らしをはじめた魚鱗族は、人族同様に他種族の奴隷を求めるようになっていった。

 世界は平和になり、痛みを受けたはずの獣人たちでさえ、欲に溺れて同じ過ちを犯そうとしている。


「なんでそんなことっ、世界は女神様に、」

 パンッ!

「五月蠅い」

 声をあげたヨールを最初の男が頬を叩いて黙らせる。

「あんなの世界を壊した張本人の一人だろ? あれだけのことをしておいて、神さまだから敬えってバカにしてるだろ?」

「そ、そんな……」

「おいおい、せっかくの商品を傷つけるんじゃない」

 前に出てきた魚鱗族がヨールの顎を掴んで涙ぐんだ顔を上に向ける。

「あいにくと俺たち魚鱗族は、その『白の女神』とやらを見てないんで、信仰心をもっていなくてね。この三年、噂も聞かないし、実際は戦った邪神と相打ちになったのではないのかね?」

「…………」


 ヨールは悔しかった。人族の勇者ゴールドは立派な人物で、彼は女神となった魔王と戦ったことを誇りとしていた。そのゴールドは言っていた。彼女は、人族が行った悪行を全て清算して、この世界を滅びの運命から救った本物の女神であると。

 この世界を救ってくれた女神に対して、彼らは何故、かつて自分たちが憎んだ人族と同じ愚かな行動を繰り返し、女神の行いを愚弄するのか。

 ヨールは祈りを捧げるように“女神”と、いまだ会えない“友達”に謝る。


(ごめんなさい、女神様。せっかく世界を救ってくれたのに……。そして、ごめんね。会おうって約束、もう守れないかも……)



『――大丈夫、聞こえているよ――』



「……え?」

 どこからか女の子の声が聞こえた気がしてヨールが顔を上げると、その声が聞こえなかったのか、最初の獣人がヨールの腕を掴んで捻りあげた。

「さっさと立て。他にエルフがいる集落を知って……なんだ?」

 男たちが唐突な寒気を感じて顔を上げると、辺りに白い霧が漂いはじめていた。

「どうして突然、霧が……」


「な、なんだっ、身体が動かねぇっ!!」

 その声に全員が振り返ったその先で、離れていた一人の獣人が瞬く間に白い霜に覆われ、歩き出した足から凍っていく。

「だ、誰か、助け――」

 見る間に全身が凍りつき、仲間たちに助けを求めて手を伸ばしたまま、男は前のめりに倒れ、白い塵になって砕け散った。


「な、なにが……」

「なんだ…あれはっ!?」

 唖然とする男たちの前に、霧の中から真っ赤なドレスを纏った、真っ赤な瞳に真っ白な髪の少女が悠然と現れる。

 15~16歳の美しい顔立ちに、兎のような垂れ下がった長い耳。

 だが、この世界に兎の獣人はいない。いるとすればただ一人、人類と敵対し、二つの世界を敵に回した『白兎の魔王』――そして今は。

「し、白の…女神?」


「――『炎華(えんか)』――」


 女神の“神”の左手から炎が溢れ、獣人の一人が一瞬で花びらとなって燃え尽き、最初の獣人は神の慈悲を請うように彼女へ手を伸ばしたまま、指先から花びらとなって、邪悪な魂が浄化されて燃え尽きるまで、“慈悲の炎”で焼かれ続けた。


「ち、違うんだっ、俺は、違う、悪いのはこいつらで、」

 最後に残った魚鱗族が恐怖に顔を引きつらせながら、言葉にならない言い訳を口にして逃げだそうとすると、その背に女神から右手の指先が向けられる。


「――『氷華(ひようか)』――」


「俺は悪く――」

 女神の“悪魔”の右手から吹雪が荒れ狂って魚鱗族の男を包み込み、その全身が氷の花びらとなって、魂まで凍てつき消滅した。


「女神…さま?」

 瞬く間に亜人の奴隷狩りを消し去った『白の女神』にヨールが呆然と声を漏らすと、女神はヨールの真っ赤になった頬を撫でながら、「また会ったね」と微笑みながら囁いて、その姿は白い霧になるように消えていった。

 真っ赤な顔のままそれを見送り、その言葉が一瞬何かと重なってヨールは小さく声を漏らした。


「……シェディ?」




完全不定期ですが、週一更新を目指して進めさせていただきます。

その間は完結設定を解除していますのでご了承ください。


第一話はヨール君でした。それと同時に不審なことも地球側で起こっています。

では再びよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
悪即斬だと反省させられないから、ちょっと痛めつけた方が………。 このタイミングで助けられるって、シェディの感知能力は正に神のレベルなんだな。 いや、それに加えて分体とかも創って監視してる?
[一言] ブライアンさん、しぶとくし過ぎない?
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