100 最終話――欲しかったもの
最終話となります。
地球の某国では、偶然発見した他の惑星――『異世界』と言うべき場所から資源を奪おうと侵略行為を画策していた。
魔素と呼ばれる未知のクリーンエネルギー。軍事にも転用できるそのエネルギーを求めたその国家と軍事企業は、MMORPGというゲームの形で何も知らないプレイヤーたちに魔素の回収をさせ、軍事利用のための実験体として100人の子供たちをテスターに送り込んだ。
特殊能力者である100人の孤児たち。
彼らの能力を研究することで科学と医学は驚くほどの飛躍を見せたが、企業はもう用済みとなった子供たちを『廃棄できる捨て駒』として利用することで、魔素を使った兵器を作りだそうとした。
だがその計画は、たった一人の生き残りの少女によって破棄せざるを得なくなり、企業は複数の研究所と研究内容を破壊され、世界一の軍隊を自負するその国の陸軍も多大な被害を受けることになった。
唯一、地球側を監視するための“眼”として、一部のゲーム機能のみ破壊を免れたが、それ以外の異世界と繋ぐ接続機器や、魔素の回収装置などは技術諸共完膚なきまで破壊され、隠れて再計画をするとしても、実用できる段階まで復帰するには最低でも数十年の歳月を必要とした。
それ以上に計画に携わった者たちは『白い少女』の影に怯え、計画がまた始まること自体を恐れるようになった。
だが、世界には“畏れ”を知らない者もいる。
この世界に舞い戻った『白い少女』を知らない者がいる。
どれだけ情報統制をしていても関わる人が多くなれば、岩から水が染み出るようにどこからか情報は漏れていく。
これまでは他国の間諜……産業スパイなどは常に周囲を嗅ぎ回っていたが、企業や軍の情報部が即座に対処していたので大きな問題は起こっていなかった。
だが、その指令系統を白い少女が壊したことで、他国がつけいる隙を生みだしてしまった。
そして本日……東側にある軍事国家では、奪取できた情報と買収できた研究員の協力により、『異世界イグドラシア』との接続実験が行われていた。
『稼働実験を開始します』
その国では国家事業として安価な電子部品を大量に販売し、そこに微少な有機チップを埋め込むことで、西側の某国が隠匿してきた異世界の情報を得ていた。
それより数年かけて技術者や政府の高官を買収して少しずつ情報と技術を得て、ようやく数ヶ月前に基幹技術をもった研究員の獲得に成功した。
それでも、野球場並みに広大な施設が必要なところを見ると、今ここで動いている機器は数世代は昔の物だろう。もしかしたら買収できた研究員も、そこまで重要な研究には携わっていなかったのかもしれない。
現状を本社の研究員が見たなら、この設備では異世界に【義体】アバターを送り、魔素の回収が可能になるまで数十年は掛かると思うだろう。
だが、この稼働実験を見学にきていた国家首脳と高官たちは、何も知らずに自分たちの輝かしい未来を思い浮かべて笑みを浮かべていた。
「これで、国民を送り出せる……」
これまでは、圧倒的な人口量を利用した人海戦術的な物の製作と、国民を移民として送ることで内部からその国を支配しようとしていたが、ここ数十年は移民を受け入れる国が少なくなり、増えすぎた民を制御できず、国は国民を送り出すための新たな土地を求めていたのだ。
実際にはイグドラシアに人は送れず、そもそも地球人が呼吸できる大気でもないのだが、誰もその事実には気づいていない。
送り出せさえすれば何とかなる。そんな考えで計画を進め、ついに今日、その新天地へ接続する稼働実験が行われ、巨大モニターに不鮮明であったが、天を突くような巨大な樹木が映し出された。
――おおおおおおおおおおおおおおおお………――
人々の響めき。政府高官の一人から『…世界樹…』と呟きが漏れて、誰もがこの光景が自分たちの物になるのだと口元をほころばせた。
だが、――
「…なんだ……アレは……」
突如、画面の向こう側の景色が、“霧”がかかったように白く霞む。
その画面の向こう側に、兎のような長い耳を垂らした等身大の少女のシルエットが浮かび、突然口元だけに真っ赤な三日月のような笑みを浮かべた。
「…ひっ!?」
画面の中から飛び出してくる白い指先。
鋭く尖った真っ赤なピンヒール。
真っ赤な瞳に真っ白な髪から生えた、長い兎の耳。
燕尾服を模した真っ赤なドレスを着た、十代半ばのバニーガール。
その白い少女が冷たい瞳で薄く嗤うと、その周囲にいた研究員と技術者は陶然とした顔で凍りつき、サラサラと冷たい粉になって崩れ落ちた。
次の瞬間、響く悲鳴。兵士たちの叫び声。
「撃てっ!」
背後の巨大モニターが一瞬で粉砕されるような銃弾の雨の中、無傷のままそっと両腕を広げた白い少女は、祈りを捧げるようにそっと胸の前で手を合わせる。
「――【破極】――」
その瞬間、すべてが白く凍りついた。
人も機械も草木も大地も、肉も鉄もすべて等しく凍りつき、国家が誇る最大規模の軍事基地は、多くの軍人と上層部の人間を巻き添えにして、半径数十キロの範囲で凍りつき、塵となって消滅した。
その瞬間を多くの軍事衛星の“眼”がリアルタイムで捉えていた。
だが、すり鉢状に何もかも消滅した白い大地に佇む“少女”の映像を映し出すと、その少女が衛星のカメラに向かって、人差し指を口元に当てるようにして微笑む映像を最後に衛星軌道上に浮かぶすべての軍事衛星が機能を止め、軍事関係者を恐怖に陥れた。
***
異世界、イグドラシア。
世界樹と99本の若木によって支えられたこの世界は、世界樹の恩恵を独占しようとした人族と、未知のエネルギーである“魔素”を奪おうとした地球の国家によって、静かな滅びへと向かっていた。
だが、その滅びの運命は、“悪魔”と呼ばれて虐げられていた小さな『白い少女』が送られてきたことで変わり、人の罪によってこの世界に現れた邪神は、神へと至った少女の手により打ち払われ、滅びの道は閉ざされた。
神と悪魔の戦いは熾烈を極め、世界に深刻なダメージを与えたが、再生した世界樹の若木たちによって傷ついた大地が再び芽吹き、新しい命が産声を上げている。
世界樹の若木を独占し、他の生物を虐げることで繁栄していた人族は、恩恵を失い一気に衰退することになった。
戦いに巻き込まれ、結界を失って魔物からの護りをなくした人族には、多くの犠牲が出た。そしてこれまで恩恵のみで生きてきた人族はまだ犠牲が増えるだろう。
それでも人族の犯した罪は償われたわけではなく、多くの亜人や知性ある生物はいまだに人族へ恨みを抱いているので、人族の本当の受難はこれからだと言える。
でも、この災厄を経験したことで、人族の多くが自分たちの“罪”を自覚した。
それらの人々は、元トゥーズ帝国皇帝ティーズラルや、剛剣の勇者ゴールドの下に集まり、彼らに協力するエルフや獣人たちと共に、生き残りの道を模索している。
「こちらにおられたか、ティーズラル殿」
「ゴールド殿か……」
復興する街を見つめながら、それ以上何も語らず二人の男が並ぶ。
街を直しても魔物から人を護る結界はなく、生活を潤していた魔道具を動かす魔力もなく、人々は薪で暖を取り煮炊きするような生活をおくることになる。
それでも人が戻っただけマシなほうだ。ゴールドの故郷である砂漠の国はもう人が住める環境ではなくなっていた。魔力を使いすぎた土地では砂漠化が進み、再び人が住めるようになるには数百年はかかるだろう。
現在では復活した世界樹の若木が再び世界環境を整えているが、以前のように若木の周辺に恩恵を集中させることなく、世界中に恩恵を拡散させている。
それでも生き残っただけで幸運だった。生き残った者たちの多くはそれを理解している。
けれど、それを理解していない者もいる。
人族は弱い。だからこそ、他種族は人族が世界樹に寄生することを許した。
豊かな生活に慣れた人族の一部は、いまだ反省することなく若木の魔力を狙っている者もいるだろう。
そして、立場が逆転して人族を迫害する一部の亜人も、将来的にいつの日か若木の独占を企むかもしれない。
そうなれば今度こそすべての種族で争いあい、この世界を滅亡に導くことになるだろう。
だが二人は、そんな未来が訪れないことを知っている。
二人が見つめる復興中の街に新たな神殿が出来て、人々は二度と争いが起きないことを願って、“白い少女”を模した白い神像に祈りを捧げている。
この世界に生まれた新しい【神】がいる限り、そんな未来は訪れないと知っていた。
「シェディがいる限り……」
「ええ。彼女が滅びの未来を許さない」
人の欲望はなくならない。けれど、この世界の新たな【神】は、愚かな人々を許しはしないだろう。
「お二方、そろそろ会議が始まりますわよ」
その声にティーズラルとゴールドが振り返る。
呼びに来たのはエルフの王族である姫とその弟の王子だった。その二人の護衛らしき亜人は、地方のレジスタンスのリーダーをしていたセルリールと、その副官と名乗ったアイザックという青年だった。
異世界である地球との接点は残り、一部のプレイヤーたちはいまだにログインを続けている。
ゲームとしての『イグドラシア・ワールドMMORPG』は軍事企業の手を離れ、大幅に規模を縮小した。
それでも『異世界』との接点を国が手放すわけもなかったが、企業から独立した運営が事情を知る有識者などの寄付や、双方からの侵略行為がないか第三者による監視組織を作ることでゲームとして継続している。
登録は課金制の完全登録制となり、今までのような誰でもプレイできる環境ではなくなったが、今もサンドリアやウィードのような良識あるプレイヤーたちが、知能の低い凶暴な魔物を狩って治安の回復に努めている。
アイザックは事情を知るプレイヤー代表の一人として、セルリールと共にこの街に訪れていた。
「そういえばアイザック殿。地方へ視察へ行ったようだが、まだ荒れているか?」
人族と亜人たちを含めた会議に向かう途中、ティーズラルに話しかけられたアイザックは、穏やかな笑みでそれに答える。
「亜人や人族の諍いもなく比較的落ち着いていましたよ。なんでも、たくさんの女性を連れた剣士が凶暴な魔物を倒しているとか……ご存じですか?」
「いや?」
アイザックの答えを聞いてティーズラルが首を傾げ、それを後ろで聞いていたゴールドが一人、ある人物を思い出して苦笑いを浮かべていた。
*
「…………」
フィオレファータを倒した私は、帰る場所――世界樹のところへ戻った。
「ただいま……」
そう言葉にすると、空を覆うような巨大な世界樹の枝葉が、『おかえり』というように優しく揺れる。
この世界を支える一本の大樹。私は揺れる枝葉を目を細めるようにして見上げ、万華鏡のように形を変える木漏れ日の中で、その大きな根元にそっと腰を下ろした。
私はいらない子。
真っ白な姿で生まれ、他人を不幸にする力を持ってきたことで実の親からも疎まれ、『悪魔の子』と蔑み、『いらない』と言って私を捨てた。
私は……“誰か”に必要とされたかった。
私は、私だけの“居場所”が欲しかった。
でも誰も私を見てくれなかった。
私も人と触れあう方法なんて知らなかった。
あの企業も私の能力が欲しかっただけ。だから私の力を調べ終えると、捨て駒としてあっさり異世界に捨てた。
悪魔となって魔王となっても、亜人たちから求められたのは戦う力だけだった。
人の気持ちなんて分からない。
人間なんて他人を虐げるだけの生き物としか知らなかった。でも少しずつ人と話す機会が増えて、人はそれだけじゃないと学んだ。
それでも……私個人を必要として守ろうとしてくれたのは、“あなた”だけだった。
ポニョン。
『ムッキー』
「うん、あなたたちもね」
戻ってきたタマちゃんとパンくんが私の胸に飛び込んできたので、ありがとうの意味を込めてそっと唇で触れて、腰元で微かに震える白い刀身も指で撫でる。
世界で信じられるのは、タマちゃん、パンくん、淡雪、裏αテスターのみんな……そして“あなた”だけ……
「……世界樹……」
私は眷属たちを抱きしめて、世界に身を預けて眠るように目を瞑る。
私はこの世界を守る。
この世界の神となって、ずっとあなたたちを守ってあげる。
世界樹に抱かれて夢を見る。
罪を知り、汗を流しながら自分の手で街を直す人々。
人族に恨みを持ちながら、同じ手で人族の難民にパンを配る亜人たち。
過ちを繰り返さないように若木を守ろうとしている魔物たち。
夢の中で裏αテスターのみんなが笑顔で出迎え、私の手を取ってみんなの輪に入れてくれた。
――ありがとう――
――がんばったね――
――少し休んで――
――起きたら遊ぼう――
――ボクたちがいるよ――
――ずっと側にいるよ――
――おかえり――
私の目から涙が少しだけ零れる。
『うん……ただいま』
誰からも『いらない』と言われ、悪魔と呼ばれた私はこの異世界で神になり――
私はようやく……ずっと欲しかった、本当の家族と帰る家を得た。
『悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】」の物語はこれにて終了です。
永らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
でも、急いで書いたので、少しだけ修正するかも。
この物語は、一人のすべてを失った女の子が、本当の家族と帰る家を得るお話です。
多少ぶれましたが、大まかプロット通りに出来たと思います。
私の書く物はコメディが多かったので、少々戸惑った方もおられたと思いますが、偶にはこんなお話はいかがでしょう?
本編はこれで終わりですが、多少後日談的なお話も書きたいですね。
では、また現状続けている他作品と、新作で会いましょう。
もしよろしければ、ご感想やご評価をいただけたら幸いです。




