10 奴隷狩り
エルフの小さな集落に近づいてくる、人間らしき魔力を感じた。
集落の男の子から『奴隷狩り』という言葉を聞いていた私は、妙に嫌な予感がしてその反応があった地点に向かってみると、集落から普通に森を歩いて1時間くらいの処に9人の人族を見つけた。
βテスタープレイヤー……じゃないね。
格好が薄汚れているし、古くなった毛皮とか羽織ってるし、前にあったプレイヤー達のように、何か格好を付けてない。
もちろん、山賊ロールプレイ中という可能性もあるけど、まだ始まって10日くらいでそこまでやる人が居るだろうか。
ギリギリまで近づいてもっと装備を確認してみる。
武器は剣とかより手斧や弓が多い。縄とか沢山腰にぶら下げているし、一人だけいる魔術師みたいな人は、首輪みたいな物を手で弄んでいた。
……状況証拠は真っ黒なんだけど。
あの人達が“奴隷狩り”だと仮定する。
これが『奴隷狩り』と聞いて発生したフラグイベントなら、確実にあの男の子がいるエルフの集落を襲ってくると思う。
でも単に、生活の為に動物を狩りにきた狩人ご一行という可能性もある。鹿とか大型の動物を括る為に縄をいっぱい持っていて、魔術師の人は首輪を持ち歩くのが趣味という……無理がある?
そして私はどうするか……。
私はこの魔物アバターを強くして最後まで残り、無事にこの裏αテストを終了させ、十年間の生活保障と新しい戸籍を貰う目標がある。
実験の目的は、現実と大きく違う魔物のアバターを使った際の『違和感』に関する精神負荷の調査で、私がゲームをクリアする必要は全くない。
奴隷になったからって酷いことをされるとは限らないし、集落のエルフ達もゲームのNPCなんだから、私が気にする必要なんて……
ごめん、めちゃくちゃ気にする。
精神状態が変になってるから人間とかどうでもいい気持ちになってるけど、顔を見て会話をしたあの男の子が酷い目に遭うとか嫌だからっ。
私が採れる方法は二つ。
一つ目は集落に危険を知らせて…って、私、人語話せないし、魔物として脅そうとしてもゲーム的に逃げないようになってたら、敵対されるかもしれない。
二つ目は、あの奴隷狩りの人達がこの集落を見つける前に、……見つけているかもしれないけど、近づく前に何とか私が倒す。
追い返すんじゃダメ。二度と来ないように倒すんだ。
そもそも勝てるか分かんないけどっ。
【魔術師×1】【種族:人族♂】【奴隷狩り】
【魔力値(MP):65/65】【体力値(HP):48/48】
【総合戦闘力:86】
【狩人×3】【種族:人族♂】【奴隷狩り】
【魔力値(MP):40/40】【体力値(HP):70/70】
【総合戦闘力:70】
【チンピラ×5】【種族:人族♂】【奴隷狩り】
【魔力値(MP):30/30】【体力値(HP):60/60】
【総合戦闘力:57】
やっぱりβプレイヤーより弱い。でも戦闘力は黒イモムシと同じくらいかもしれないけど、相手は知恵も魔法もあるからかなり手強いと思う。
知恵があれば自分より強い敵とも戦える。だから人間は怖い。でも私も退かない。
……でも、勘違いかもしれないから、本当に奴隷狩りか確認しに行くヘタレな私。
まずは【擬人化(最低)】というスキルとは名ばかりの、私の脳処理を【システム】代わりにした能力で、とりあえず人型になって例の外套を羽織る。
近くまでこっそり近づいて、そこから1歩数秒かけながらゆっくりと近づく。
立ち止まっていた奴隷狩り(仮)の人族達は、そこで休憩するらしい。だいぶ暗くなってきたから、もしかしたら明るくなるまで野営をするのかも。
「おい、何か変なのが居るぞっ!」
私が近づくと見張りをしていた狩人の一人が、仲間達にそう呼びかけた。
そうだね。間違ってないね。でも出来れば子供に見てほしいんだけど……。そんなお願いが通じたのか、小さく首を傾げる私を見て、愉しそうに首輪をいじくっていた魔術師がニヤリと笑った。
「こんな所でガキに見つかるとはしくじったなぁ。おい、そいつを逃がすなよっ。エルフのガキは好事家に高く売れるから、多い方がいい」
「「おうっ」」
魔術師の言葉にチンピラ二人が、わざと脅すように肩を怒らせ、面倒くさそうにしながらもニヤニヤして近づいてきた。
……有罪確定。
私は薄暗くなりはじめた森で、油断して近づいてきたチンピラ達に袖口からガス体を伸ばして顔面を包み込む。
「なんだっ!?」
「煙がっ!?」
慌てるチンピラから急速に生命力を吸収する。
「どうしたっ?」
暗いしチンピラの身体で隠れていたから、まだ仲間達の声に緊張感はない。顔に纏わり付くガスを払うようにしていた男達に、ついに仲間達も不審に思って立ち上がる。
「「ぐあっ…」」
ついに崩れ落ちたチンピラ二人に、魔術師が目を剥いた。
「そのガキから離れろっ! そいつは魔物だっ!」
バレたっ! でも二人は減らした。
【―NO NAME―】【種族:ガスト】【低級悪魔(下)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。脆弱な精神生命体。
【魔力値:168/176】16Up
【総合戦闘力:185/194】18Up
【固有能力:再判定】【簡易鑑定】【擬人化(最低)】
二人倒して随分魔力値を増やせた私を、次の瞬間、1本の矢が貫いた。
「やったかっ!」
やってない。少しチクッとしたけど、その叫んだ狩人に外套を脱ぎ捨て飛びかかる。
「うわあああっ!?」
「離れろっ、恐らく悪霊だっ! 魔道具に魔石を充填しろっ!」
「や、やめ…助けてくれぇえっ!」
容赦ないのか、私ごと纏わり付かれた狩人に魔術師が炎を放った。くぅ~っ熱いっ、でも我慢してそのままその狩人を吸い尽くす。
狩人が完全に干涸らびると、さすがに仲間が纏わり付かれて混乱していた残りの狩人達が、弓の凹んだ部分に黒っぽい石を填め込んだ。多分、“魔石”と“魔道具”って言っていたから、それを填め込むことで攻撃に魔力を付加する魔道具武器かな。
それなら私のような実体の微妙な魔物にでもダメージを与えられるんでしょうけど、私は狩人達が動き出す前にもう動いている。
「うわあっ、来たっ!」
「来るなぁあっ!?」
それは攻撃手段を持たないチンピラ達のほう。人間は野生動物より魔力値が高いから微ダメージは受けるけど、私は彼らより三倍くらいの戦闘力があるから大丈夫っ。
「き、きやがれ、化け物っ!」
強面のチンピラ一人が怯えて混乱したように、汚い短剣を引き抜いた。
「悪霊は恐怖を煽ってくるぞっ!」
魔術師の警告が響く。まあ、悪霊じゃないけどあまり違わない。
私の姿はまともに見ると“恐怖”を感じるようで、私はデタラメに短剣を振り回すチンピラから、一気に生命力を吸い取った。
【―NO NAME―】【種族:ガスト】【低級悪魔(下)】
【魔力値:158/191】15Up
【総合戦闘力:177/210】18Up
狩人とチンピラを倒して最大魔力値は増えているけど、ダメージが回復しきれなくて戦闘力が下がってる。あ、痛っ! 狩人が弓を撃ってきたっ!
即座に私から逃げようとしていたチンピラ達に追いすがって盾にしようとしたら、
「ぐごっ……」
狩人はもう巻き添えを躊躇することなく撃ってきて、そのうちの一本の矢がチンピラの首を貫通した。
私もそれを気にせず命が尽きる前にそのチンピラから生命力を奪い取る。
【―NO NAME―】【種族:ガスト】【低級悪魔(下)】
【魔力値:149/193】2Up
【総合戦闘力:168/212】2Up
あれ? ほとんど吸収できてない。死にかけだったからか、他人が倒したからダメだったのか分かんないけど、結果は一緒。
そんなことより、まだ半分残ってるのに、随分と私の戦闘力が下がってきている。
残りは、魔術師一人、狩人二人、チンピラ一人。……強いのばっかり残しちゃった。
「貴様らっ、何の為に高い金を払ってると思ってるっ! そんな魔物、さっさと抑えてしまえっ!」
「旦那っ、そうは言うけど、結構強いぜコイツっ」
「やられすぎだっ。いったん下がりやしょうっ!」
「煩いっ! 貴族からエルフのガキと若い女の奴隷を依頼されてるんだっ、このまま帰れるかっ」
そっか……エルフの子供奴隷が欲しいのか。こういうイベントでこんなNPCだと頭の隅で理解していても、私は絶対納得してやらない。
口論してても撃たれてくる魔法の炎や魔術師の矢を受けつつ、私は弱い奴から狙う。
「うあああっ、来るなっ、来るなあぁあっ!」
「貴様、逃げずに踏みとどまって抑えろっ! お前達も撃てっ!」
「ちっ、恨むなよ」
無茶を言う。私が言うのもなんだけど。
逃げ惑うチンピラを盾にするように追いかけると、狩人の一人がデタラメに逃げ回るチンピラの脚を撃ち抜いた。
「ぎゃああっ!」
「よくやったっ! 【ファイヤ・ボルト】っ!」
遮る物が無くなった私に魔術師が火の弾を撃ち放つ。
《再判定》
ボボンッ!と私の表面で炎が弾けて大きく広がる。むっちゃくちゃ熱いっ! けど、直撃していないから我慢できない程じゃない。
「なにっ!?」
その炎を目眩ましにして私は近くで弓を構えていた狩人に襲いかかった。
別に大したことはしてない。火の弾を腕で弾くように身体の一部をぶつけて相殺してみた。失敗すると困るから【再判定】で成功率を上げてみたけど、上手くダメージを半減できてすぐに動くことが出来た。
狩人は動きが速い。でも、火の弾に撃たれた私に油断した狩人は、私にまともに纏わり付かれ、振りほどこうと転がるように暴れ回る。
「貴様動くなっ、せっかくのチャンスを」
「おい、旦那っ!」
チンピラはともかく、また仲間ごと焼こうとする魔術師にもう一人の狩人が食って掛かる。その隙に急速で取り憑いている狩人から生命を奪っていると、
「貴様っ、雇い主に逆らうのかっ!」
「エルフ奴隷を何人か回してもらえるって言うから雇われたんだっ! これ以上、仲間を減らしてどうすんだ、馬鹿野郎っ!」
「きさまあぁあっ!」
激高した魔術師がさっきより強い火の魔法を、その狩人に使おうとした。
今だっ!
《再判定》
ボンッ!!
「「ぐああああっ!?」」
私は魔術師が放とうした魔法を失敗させ、間近で炎が破裂した二人は顔を焼かれたのか、顔を手で押さえてよろめく。
魔術師は冷静じゃなかったから、【再判定】も成功すると思ったけど、やっぱり自分以外の対象に使用したから、魔力が半分くらいごっそり減った感覚があった。
【―NO NAME―】【種族:ガスト】【低級悪魔(下)】
【魔力値:63/193】
【総合戦闘力:82/212】
私は半分干涸らびてる狩人から最後の生命を吸い取り、総合戦闘力が下がって遅くなった動きに苛々しながら、魔術師と最後の狩人に同時に纏わり付いた。
「な、なんだっ」
「悪霊がっ、やめろぉおっ」
だから悪霊じゃないってば。
「ぐああぁ……」
「くそっ、【ファイヤー】っ!」
狩人はすぐに動かなくなったけど、魔術師は魔力値が高かったから吸い取るのに時間が掛かり、纏わり付いている私を炎で炙ってきた。
ジリジリと減っていく私の魔力値。私も構わず魔術師の生命力を奪い取る。
「がっ……」
数秒後、逆に魔法を使って魔力を消費したのが徒になったのか、魔術師がついに倒れて、戦闘は終了した。
………はぁ~~、勝てたぁああ。
どうなる事かと思ったけど、ギリギリで勝利できた。残りもわずかだったし、本当に危なかった。
【―NO NAME―】【種族:ガスト】【低級悪魔(下)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。脆弱な精神生命体。
【魔力値:27/238】45Up
【総合戦闘力:50/262】69Up
【固有能力:再判定】【簡易鑑定】【擬人化(最低)】
【ランクアップ可能】
さすがにだいぶ強くなったけど、生まれたてと同じくらいまで弱ってる。本当によく勝てたよなぁ……って、ランクアップ!?
……何か変なの出てきた。
進化…じゃないのよね? 何だろう……まぁ、魔力値が減ったせいか怠いし、精神がガリガリ削られたので後にしよう……。
でもこれであのエルフ達も……あ、脚を撃たれたチンピラが一人残ってた。
正直、戦闘以外で倒すのは気が進まないけど、あのチンピラが戻って報告したら、またこれ以上の人数で奴隷狩りが来るかもしれない。
仕方ないか……とゆらりと浮かび上がると、怯えた目を私に向けていたチンピラがビクリと震え、その瞬間、突然飛んできた矢がチンピラの胸に突き刺さり、私の足下の地面にも矢が刺さる。
何事っ!? と範囲を小さくしていた索敵を広げると、森の奥の方から大人エルフが数人、私に弓を構えて警戒の視線を向けていた。
………この状況、どうしよ?
まだ戦闘は地味ですが、そのうち派手になります。
※軽い解説【再判定】
行動の完全失敗率は約3%に設定されています。
物理攻撃の場合は、相手の回避率などで成功率は下がりますが、魔法のようなものは、威力の増減、相手のレジスト率などありますが、完全に失敗することは滅多にありません。
ですが、悪魔種の特性として生物に恐怖を感じさせる力が有り、格下の相手が悪魔に恐怖した場合、悪魔の段階に応じて10%ずつ成功率が下がります。
再判定のスキルにも段階があり、現在は同じ判定を2回繰り返すことが出来ます。ただし、1回失敗することに魔力10を消費し、成功した場合、それが自分以外なら自分と相手の力量に応じて魔力を消費します。そして当然、全部失敗することもあります。
ちょっと進行が遅い気もするので、土日は頑張ろうかと思います。
次回、新しい名前。




