1-07 嘘つきの聖戦
エリート兵の女の子を救って大けがを負った無能力の少年に転生。罪悪感と憧れの仮面を被り、少年のフリをして生きる。嘘つきの物語。
目の前に泣いている赤い髪の女の子がいる。誰なのかわからない。
私は何も知らない。分からない。私が誰かの記憶すらもない。
ただ私が目覚めてこの女の子は嬉しいのだろう。顔がそう言っている。
「ソラ! 良かったよ! 目が覚めたんだね! 本当に良かったよ! 私が誰だかわかる? アスカだよ!」
アスカという少女の表情はコロコロと変わる。
感情表現がとても豊かで、この少女にとってソラという人は大事な存在だったようだ。
でもそのソラの記憶が私にはない。だから分からない。
記憶がないと口にしようとしたらすごい悲しそうな顔をしていた。
だから思わず「嘘だよ」と口にした。本当にわからない癖に。
ただ思う。たぶんこのソラという人と私という中身は大きく違う。
私という中身はたぶんとても空っぽだ。そんな感覚がある。
だからこの少女にこんなにも思われるような人ではないだろう。
でもそう思われるのはとても羨ましく、それに甘えてしまいたい。
勇気あるだろうソラの体を奪って、浅ましくも生きていたいと思ってしまった。
「ごめんね。ここは病院かな? ちょっと記憶が曖昧で、色々すり合わせをしたいんだ。私がどういう人なのか、君の知っている範囲で教えてほしいな」
嘘つき。卑怯者。何と言われても仕方がないだろう。
ただ出来れば一時の夢だったとしても甘えていたい。
悪い事はしない。君がしているだろう行動をとりたい。
君の受けるべき称賛を受けて、仮初の喜びを得たい。
それは私のモノじゃないとはわかっているけれども。
君は帰ってくるのだろう? でなければこの少女が可哀想だ。
こんなにも君との楽しかった思い出を語ってくれるのだ。
私は君に帰ってきてほしい。早く戻ってきてくれ、彼女のヒーローさん。
魔法。超能力。機械。魔物。科学。なんでもあり。
まるで物語のような世界。そして私は何もできない。
ただ善意を配るだけ。優れているわけでもない身体能力のくせに。
「それでソラはね! 私を助けてくれたの! 石を投げて遠くで大きな物音を鳴らして気を引いてね! 鉄板か何かに当たったのかすごい音がしたの! 近くにいた魔物はみんな引きつけられたの! それで隠れてた私を連れて静かに逃げたの!」
特別な力もないくせに人を助ける。
人をたやすく殺せる恐ろしい魔物に対してもソラは恐れない。
いや、何もないから恐れないのか。自分の命が他の人よりも軽いんだ。
違う。それは私の感覚だ。空っぽで無価値だと思っているから。
「それでその後はどうなったのかな?」
無力。無気力。だからこそ他の人が羨ましい。
自分にないものを持っているから。目の前の少女すらも羨ましい。
私にはそこまでの熱量をもって人を語れない。
羨ましいからこそ失ってほしくない。
君の手の上にあれば金。私の手の上だと土くれ。
全てを無価値にしてしまう私はモノを持つ資格がない。
「えっとね! 結局見つかって魔物に追われたのだけどね! 基地の兵隊さんに気付いてもらって助かったの! 魔物はパワードスーツでばちこーんっ! ってされたの!」
人類側の汎用兵器としてパワードスーツがある感じの世界なのだろうか。
パワードスーツでもないと魔物とは戦えないのだろうな。
いや、パワードスーツがあっても、魔物に負けている世界線みたい。
ぼんやりした記憶の日本よりも技術が進んでいそう。
なのに魔物を淘汰できていないという事は異界からの侵略みたいなモノだろうか。
もしくは強大な個体が唐突に現れて文明が崩壊した? わからない。
ぼんやりした記憶がこの世界のソラというこの体の人物との違いを認識させる。
どうあがいたところで人物はこのソラという人物ではないだろう。
というかソラは男で、私は女な気がする。性別が違う気がする。
「ちなみにここは基地の病室だよ! あそこ! あそこにパワードスーツが動いているの! 見える?」
アスカが病室のカーテンを開けると窓の向こうに3mくらいのロボットがいた。
胴体部分に人が入っているのだろうか? パワードスーツという事だからそうなる様な。
あれ、乗ってみたいな。軍人じゃないと乗れないとかあるだろうか?
艶消しされた灰色の機体はゆっくりと動いている。
近くにいたら振動とかを感じるのだろうか?
窓の向こうだからか、音も振動も感じたりしない。不思議だ。
「すごいよね! 私ね、実は専用機持っているの!」
なんかすごい事言っている気がする。
いや、え? マジ? なんでそんな子が無力の極みな私に救われているの?
非番か何かでたまたま外を出歩いていた?
そもそもなんでこの無力な男が外を出歩いていたのだろう?
聞いていた話は廃墟を出歩いていた感じがする。
いや、無力な男は廃墟を出歩いて食べ物を探していたのかもしれない。
廃墟で見つかる食べ物ってなにさ。
昔のスーパーの缶詰とかでもあるのだろうか?
というかそれ以外は考えにくいかな。
「すごいねぇ」
適切な保管ができていない缶詰なんて十年持ったら御の字だろうか?
そう考えると最近異界から浸食を受けて人類の生活領域を失ったと思うのが正解か。
魔王とかが現れたのがここ数年でもいいけれど。
少女の言動からしてこの男とは昔からの知り合いなのだろう。
いや、劇的なイベントを繰り返していたから、実際の年月は短いとかあるだろうか?
この男に会うために危険を承知で魔物の出る地域にこの少女は来たのかもしれない。
「私の愛機は私の超能力を拡張してくれて強いんだよ!」
なんかこの少女は持たない自分に劣等感を覚えさせる要素を多数備えているな。
かたやエリートな少女。かたやスラムの男。どう考えても悪い想像しか出来ない。
でもこの男はこの少女を守るために記憶を失う程の無茶をした。
現行人類にとって少女は希望なのだろう。
翻って男は何もできない。人類にとっての価値は低いと。
醜い性根の私だと近寄る事もしたくない存在だったかな。
自分の醜さを彼女を見る事で見せつけられるから。
この男にとっては未来の希望だったのかもしれない。
何かできないかと模索し、自分の精一杯を彼女に捧げていたのだろうか。
この少女の懐き方からしてそうなのだろう。私とは本当に違う。
「そっか。アスカはすごいんだね」
私って醜いな。なんで君のヒーローの代わりに私が入っているのだろう。
私はヒーローになれないよ。でもここにいるからにはできるだけはしたい。
罪滅ぼしか。自分を否定して誰かに変われるか。それが気になるのだろうか。
私は私が嫌いだ。だから君のヒーローになりたい。
偶然とはいえ君のヒーローになってしまった。
どうしようもない自分を殺せ。理想の彼となれ。
素で彼の思考と同じになれる時が来たら私は私を止められるのだろう。
正しく人間として生きられる様になるはずだ。
醜い自分の性根を叩き直して、言い訳がましい自分を捨てたい。
「ソラもすごいんだよ! 私にできない事、知らない事たくさんあるんだよ!」
でも無能力者なんだよね。しかも学がある方でもない。
魔法が使えるわけでもない。超能力があるわけでもない。
なくてもパワードスーツは乗れるが、それがあった方が強くなれる。
だからそちらが優先される。余程の格闘技能がないと選ばれない。
素が強い人間の方がパワードスーツは強くなれる。
ままならないね。
私の様な普通の人じゃなければもっと物語的な展開が起きたかも。
武道の達人とか、古武術の使い手とか、前世賢者とか。転生勇者も鉄板か。
私にできそうなのはせいぜい足元をちょろちょろして罠を程度? 難しくない?
ソラは物知りみたいだし、色々調べないと。
モノを知れば対応できる事が増えるし、対策も思いつくかも。
少なくとも自衛方法を理解しない事には出歩けない。
「あ、ソラのノート! これ! すごいためになったんだよ!」
もう記憶をほとんど喪失していると気付かれていそう。
でも本人に言われるまでは止められないだろうな。
止めてはいけない気がするし。





