1-04 ヤクザの若頭、小学四年に若返ってお嬢を護る
タツは超武闘派ヤクザ『武田組』の若頭だ。
『神眼』とあだ名されるほどの切れ者で、組の将来を担う存在として期待されていた。
しかしある日、組長の娘・紗雪(小学四年生)を狙う脅迫状が届いたことで彼の生活は激変する。
娘を溺愛する組長がタツに『若返り薬』を飲ませ、同級生の男児として護衛に就かせることにしたのだ。
二十年ぶりの小学生生活に戸惑うタツだが、頭の良さとケンカの強さで敵対組織の誘拐犯を撃退また撃退。
紗雪との仲を深めていくが、ここで計算外の出来事が……。
「お嬢ってもしかして、どっちの俺にも惚れてる……?」
紗雪が大人のタツに惚れていること。また子供のタツにも惹かれ始めていることに気づいてしまったのだ。
そんなことを知らない組長が「ついでだ。紗雪に色目を使うガキは痛い目にあわせとけ」と無慈悲な追加命令を下してきて……。任務と恋(?)で頭が痛い。超板挟みラブ(?)コメディ。
初めてランドセルを背負ったのは、今から二十年も前のことだ。
うちが貧乏だったせいもあって、近所のお兄ちゃんのお下がりでな。
ソリ代わりにして滑って遊んでたんだろう、ボロボロのひでえもんだった。
それに比べりゃ今度のこいつは新品ピカピカ、キレイなもんだ。
って、喜んでる場合じゃねえな。
「しかしまあ、この歳になってもう一度こんなもん背負うハメになるとはなあ~……」
組事務所、若衆たちがたむろする大部屋の片隅。
姿見の前に立った俺は、しみじみとため息をついた。
「いやあ~、似合ってますよ兄貴。ベストランドセル賞とかあったら兄貴のもんですわ」
「うるせえぞ、トラ」
弟分のトラが盛んに褒めてくるが、嬉しさなどはまったくない。
むしろ哀れさや滑稽さが増すだけだ。
「こんなん似合ってたまるかよ」
鏡に映っているのはアラサーのヤクザ――ではなく、小学生四年のガキだ。
背は普通、重さも普通。
どこにでもいそうなガキに見えるが、目つきだけが異様に鋭い。
獲物を前にした鉄砲玉を思わせるというか……なんだなあ、体が小学生になっても目つきの悪さは変わらないもんなんだなあ。
「てか、本当に俺がやる必要あったのか? 武田組の者なら誰でも、それこそおまえだってよかったんじゃねえのか?」
「兄貴ぃ~、そいつは無理な話ですぜ」
金色に染めたパイナップルヘアにアロハシャツといういかにも頭の悪そうな格好をしたトラは、とんでもねえとばかりにかぶりを振る。
「たしかに『若返り薬』さえ飲めば、誰でも強制的に若返れます。作ったのが変態野郎の笹川だってのがあれですが、効き目は確かです。しかしですよ。小学生に戻れたとして、周囲にバレずに問題も起こさずに立ち回れる頭の持ち主は、ウチには兄貴しかいねえんですよ。頭脳派ヤクザとして業界に名を轟かす『神眼のタツ』しか」
ウチの組の連中は武闘派すぎる分、頭が足りないことで有名だ。
喧嘩は強えが計算ができず、一必要なとこに百ぶっこむ有り様。
シノギはもちろんどんぶり勘定で、最終的にプラスになってりゃいいかな程度。
東日本最大勢力である黒鳥会の直参にあたるくせに鳴かず飛ばずだったのはそのせいだ。
そんな状況をひっくり返したのがこの俺だ。
バカどもに足し算から教えることで、喧嘩もシノギも効率的にできるような組織に作り替えた。
だからまあ、こいつらが頼りにしてくる気持ちはよくわかるんだが。
「笹川が作った薬だってのも問題だよな。これ、副作用とか大丈夫か?」
組お抱えの薬屋のニタリ不気味な笑みを思い出していると、トラが急に焦り出した。
「だ、大丈夫ですよ、きっと!」
「……今、きっとって言ったか?」
「そ、そそそれに兄貴だってお嬢のことが心配でしょう?」
組長の娘である紗雪の嬢ちゃんは、桜野小に通う小学四年生だ。
ちと怒りっぽいところはあるが読者モデルも務める別嬪さんで、組長が目に入れても痛くないほどに可愛がってる。
そんなお嬢を攫うぞという脅迫状が届いたことで、組は厳戒態勢。
そこへきてちょうどよく笹川が若返りの薬の開発に成功し、組の中で適任なのは俺しかいなくて……という成り行きだ。
「どうか、お嬢のためと思って。向こうの校長さんには話通してありますから。あの人、闇賭博でだいぶ焦げ付いてますんで、組長の頼みなら断れないんですよ」
「……ちっ、わかったよ。しかたねえなあ」
どうあれ、組長がそこまで根回ししてるんだ。
今さらジタバタしてもしかたねえってわけだ。
「一か月はやってやる。その上で、どうしても続けるのが難しいようなら組長に直談判する。お嬢のためにもってことで、それでいいな?」
◆◆◆◆
翌週。
本名の上杉龍ではなく真田哲を名乗ることとなった俺は、桜野小四年三組にいた。
教師である小桜芳野の誘導に従い、ホワイトボードに(昔は黒板だったっけなあ)名前を書いていると……。
「テツ? 名前がテツ? うわ、しっぶい……」
「てか、迫力ヤバくない?」
「本当に小学生かよ?」
「なんか殺し屋みたいな目ぇしてるんだけど……」
子供たちが好き勝手に噂する中、俺は教室内を見渡した。
出入り口の場所、階数、窓の位置や換気口の位置などの、いざという時の脱出ルートを目視で確認。
「……よし、この程度の高さなら、いざって時にはお嬢をひっ掴んで飛び降りられるな」
脅迫状の送り主は今もわからないが、脱出経路を把握しておくに越したことはない。
そう考えた俺が、なおもそこら中を点検していると。
「……」
じいぃっと、俺にガンを飛ばしてくるガキがいた。
艶やかな黒髪に切れ長の瞳、小学生とは思えねえ大人びた顔立ちをした……あ、お嬢だ。
いや~、こうしてマジマジ見てみると、目つきの悪さなんか本当にオヤジ譲りだよなあ~。
初対面の相手を警戒してめちゃめちゃにガンを飛ばす癖も、まさにそのまま。
と、感心してる場合じゃないな。
護衛対象に嫌われていては、護れるものも護れねえ。
「四年三組の皆さん、真田哲と申します。以後お見知り置きを」
俺はお嬢に向かってニッコリ微笑んだ。
そんなにツンケンしねえで、仲良くやってこうぜってわけだ。
しかしなぜだろう、俺の笑みを見たガキどもが騒ぎ始めた。
「ひっ……?」
「見た今の? ものすっごい目をしてにらんでたよ」
「やっぱり殺し屋だよ」
「ヤバい転校生きちゃった~」
俺の笑顔のどこに問題があったのか、ガキどもは身を寄せ合うようにしてビビっている。
それはどうやら、お嬢も同じだったらしく……。
「あ、あんたどこの組のもんだ? あたしを殺しに来たのか?」
ガタンと席を立つと、顔を真っ青にして怯えている。
「おかしい、どうしてだ……」
昨日の晩にユーチューブで笑顔の練習してきたのに……。
あとお嬢、学校で「組」とか「殺し」とか言わないほうがいい。
ヤクザの組長の娘だってバレたら困るでしょうが。
◆◆◆◆
初対面のイメージが最悪だったせいか、お嬢は俺を警戒しまくった。
俺が近づこうとするたび、猫みたいに威嚇してきた。
髪の毛を逆立て、ガンを飛ばし、舌打ちし。
とにかく「あたしに近づくんじゃねえ!」と言わんばかり。
お隣さん家のミケでもここまではひどくねえわ。
「困ったな、これじゃ護衛になんねえ」
嫌われるのはしかたないとして、護衛すらできないってのはさすがに困る。
最悪の結果になっちまったら、オヤジにもお嬢にも申し訳が立たねえ。
ということで俺は、お嬢と無理やりふたりきりになった。
具体的には休み時間にひとりでうろついていたお嬢をつけ回して、人けのない校舎裏に追い詰めたんだが……。
「お、おまえどういうつもりだ!?」
壁を背にしたお嬢は、声を震わせながら叫んだ。
「やっぱり殺し屋か! あたしを殺りにきたんだなちくしょう!」
「そうじゃねえ。落ち着け」
「い、いい言っとくがなあ! あたしに手ぇ出したらタツが黙ってねえからな!? あいつはマジで強えんだ! あんたなんかひと捻りだから!」
そのタツはここにいるが。
「優しいし、頭いいし! い、いつだってあたしのこと考えてくれるし! 今だってきっとどこかで見守ってくれてるに違いねえんだからな!?」
優しいかどうかは知らんが、たしかに目の前にいるなあ。
「あのなあ、勘違いするんじゃねえよ」
めんどくさくなった俺は、ドンと壁に手をついた。
お嬢に顔を近づけると。
「俺はな、おまえを護るためにきたんだよ。(組にとって)大事なおまえを、(オヤジにとって)目に入れても痛くねえほどの存在を護るためになあ」
「な……なななななっ!?」
俺の言葉の何がそこまで衝撃的だったのかはわからねえが、お嬢は熟れた柿みてえに頬を染めた。
「あ、あああああんたいったい、なんだってそんな……会って間もないあたしを?」
何やら激しく動揺していて、話にならねえ。
陰ながら護るようにとの命令だったが、しかたねえな。
ここはとっとと正体を明かしちまおう。
「この際だからゲロっちまうがなあ……ん?」
驚きに見開かれたお嬢の瞳に、俺の顔が映っている。
俺の後ろに用務員が立っていて、そいつが園芸用の木槌を振り上げている姿も。
「ちっ……!」
俺は跳んだ。
お嬢を引っ掴むと、力の限り横へ。
その判断は正しかった。
振り向くと、用務員の振るう木槌がついさっきまで俺がいた空間を通り過ぎ、地面を抉っていたからだ。
「てめえ、どこの組の者だ?」
お嬢を背後に隠すと、俺は油断なく身構えた。
敵は中肉中背で、紺色の作業着を着ている。
キャップの下からもじゃもじゃの髪の毛が覗き、顔の大半をデカいマスクが覆っている。
事前調査では用務員はジジイのはずだったから、明らかに別人だ。
「だんまりか。いいさ、力ずくで聞き出してやる」
拳をポキリと鳴らすと、俺はまっすぐ走り出した。
「人の(組の)女に手を出す野郎に、容赦する気はねえからなあ!」
「ガキが調子に乗るんじゃねえ!」
「言っとくがなあ――」
用務員の膝を踏み台にすると、俺は跳んだ。
勢いをつけた膝で、思い切り顎をかち上げた。
「――俺ぁガキの頃から、喧嘩で負けたことは一度もねえのよ!」





