1-24 失敗魔法処理班の受難
「我らが『失敗魔法処理班』とは、文字通り、失敗した魔法の事後処理を行う国家組織! 俺たちバディが虚構都市・旧新宿にて様々な事件に立ち向かう痛快アクションをお楽しみあれっ」
「誰に向かって話しているんですか?」
「言い忘れたが俺の名前はノワール。この春、中央から左遷されてきたばかりだ」
「よくもまぁ左遷されたとを堂々と言えますね」
「そしてこいつはシロガネ。噂では公安にいたらしいが過去のことは一切教えてくれない秘密主義者。俺としてはもうちょっと心を開いてほしいんだけどなー」
「……君は、もう少し心の声をしまっておいた方がいいと思いますよ」
――凸凹だがお互いを理解し合っているバディ、の筈だった。
「あんたを殺せるのは俺しかいない」
「奇遇ですね。僕も同じことを考えていました」
これは、彼らが互いへ銃口を向けることになるまでの顛末を描いた物語。
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「これは派手にやってくれたなー」
長髪の青年が、大きく抉れた外壁を確認して口角を上げた。
コンクリートに覆われていたはずの鉄骨は剥き出し。それどころか、所々曲がっていたり千切れている。断線したケーブルは不穏な火花を上げて、灰色の煙を光らせていた。
身長180cmはありそうな大人でも全貌を視認できない『事故現場』。
その手前では、未成年と思わしき少女が小刻みに震えながら青年を見上げていた。違和感をひとつ挙げるならば、少女の着ているワンピースには汚れひとつついていない。スイーツのモチーフがいくつも散りばめられた、ふんわりとしたフォルムの、いわゆるロリータワンピースというやつだ。
青年はジーンズのポケットに両手を突っ込み、大股で少女に近づいた。少女が肩を小刻みに震わせているのにもかまわず、己のポケットをまさぐる。
「えぇと、あったあった」
青年が右ポケットから取り出して開いてみせたのは、『警視庁』と書かれた黒い手帳だった。その中央には金色の花の紋章。慣れた仕草で開くと、そこにはかっちりとした制服姿の青年の顔写真と共に『巡査部長 相済ノワール』という文字が記されていた。
「安心してくれ。俺は、君を取って食ったりするような悪い大人じゃない。と・は・い・え。とりあえず署まで来てもらいたいんだよねー」
ゆるくパーマのかかった長髪は明らかに染めたブラウン。
ハイブランドのスカーフのような柄の、てろんとしたシャツ。
細身のジーンズ。
さらには真っ黒なネイル。
とうてい警察官に見えない青年こと相済ノワールは、無造作に頭を搔いた。
すると、ロリータ少女が瞳を潤ませながらノワールを見上げる。
「ん? この穴をどうするかって? 今、俺の相棒がこっちに向かってきてる。相棒ならちゃちゃっと修復してくれるから無問題、無問題」
「人をなんだと思っているんですか」
ノワールの後ろから、中肉中背の青年が現れた。
ノワールとは対照的に全身黒ずくめ。一方で髪の色は、銀髪。長い前髪で双眸は隠れている。誰がどう見ても、かなり陰鬱な雰囲気を身に纏っていた。
少女が再び震え始めたのを見て、ノワールは銀髪の青年へ振り向いた。
「おいおい。怖がらせてどうするんだよ」
「怖がらせているのは貴方のうさんくささでしょう」
「いーや、違う。シロガネの無愛想さだ。絶対にそうだ。ねっ?」
ノワールが再び少女へ振り返ると、忽然と姿が消えていた。
「逃げましたね。ほら、あそこに」
シロガネと呼ばれた青年が、冷静に状況を説明する。
今まさに少女はふたりに背を向けて逃走しようとしているところだった。
「ふっふっふ。俺様に勝てると思うなよ?」
ノワールは長い髪をゴムで束ねると、クラウチングスタート!
風のごとき速さであっという間に少女を追い抜き、Uターンして、両腕をいっぱいに広げた。
「行き止まりだぜっ」「!?」
少女は急に止まることもできず、ノワールにぶつかりそうになる。
ノワールは少女の両肩に手を置いて、見事に少女を止めることに成功した。
「はい、キャッチ成功」
一方シロガネは、その様子を横目で確認しながら、地面に腰を下ろした。
帆布製の肩掛け鞄からA4サイズのタブレットとゴーグルを取り出す。
ゴーグルを装着。タブレット電源を入れるとディスプレイには日本地図が表示された。現在地を右手で操作しつつ、ゴーグルによって再現された外壁の構成成分を確認。すばやくタブレットにプログラムを入力していく。
「青薔薇修復対策課第二班班長、橡シロガネです。午前11時15分現着しました。北緯35度41分、東経139度42分。座標確定。修復強度はA。現状回復プログラム入力完了。修復を依頼します」
――すると空から、正しくは人工衛星から――
――光の矢が降ってきて――
抉られた外壁は、何事もなかったかのように元通りになるのだった。
ノワールが少女を連れて戻ってくる。
「ひゅー。流石はシロガネ。今日も完璧な修復指示!」
「お褒めにあずかり光栄です。彼女を連れて署に戻りますよ」
彼らは警視庁青薔薇修復課対策班。別名、失敗魔法処理班に所属している。
仕事内容は別名通り。暴発した魔法で発生した事件や事故の処理を担う。
すべての人間は強かれ弱かれ魔力を持って生まれてくる。
とりわけ強い魔力を有する人間は、魔法使いと呼ばれた――というのは過去の話だ。
『ある事件』を契機に人間は魔法を使えなくなった。
しかし魔力がなくなった訳ではない。条件を満たすと、魔法の発出方法を持たない現代の人間は魔力を暴発させてしまうのだ。
その修復に当たるのが、失敗魔法処理班だった。
なお、修復には魔法ではなく科学の力が用いられる。
一言でまとめるなら3Dプリンター。人工衛星から発出される特殊な粒子によって仮の質量を生成して、失敗魔法の痕跡に密着させる。特殊な粒子は、金属も樹脂も木材でさえも完璧に再現することが可能なのだ。
旧新宿駅南口から徒歩圏内。雑居ビルの立ち並ぶエリアは、かつて一大歓楽街として栄えていた歴史がある。その名残なのか、情事のいざこざが起きやすい。
失敗魔法処理班の出動要請は全国有数の多さだ。そして修復頻度の高さから、旧新宿は『虚構都市』とも呼ばれていた。
「……ノワール」
「ん?」
「彼女は?」
えっ、とノワールが視線を移した先には、少女の服だけが残っていた。
服から手を放すとふわりと浮き上がるロリータワンピース。
大げさなくらい首を動かしてノワールは辺りを見渡す。
「どこだ!? どこに行ったー!! おーい!!!」
しかし、どこにも見当たらない。
シロガネは眉間にしわを寄せた。わざとらしく大きなため息を吐き出す。
「……また、始末書ですか……」
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食堂の時計は午後3時を指している。
シロガネはプラスチック製の大きな弁当箱と向き合い、淡々と口に運んでいた。いわゆる幕の内弁当で、俵型にされて詰められた白米の中央には梅干し。それぞれの俵の中央にはに黒ごま。大きな焼き鮭をはじめとして、茶色いおかずが詰められている。
もそもそと咀嚼。回数は30回、そして飲み込む。また咀嚼。
そこへ騒々しくノワールが入ってきた。
「あ-、やっと終わった。飯だ飯。飯を食うんだ俺は」
ノワールは自販機でカップラーメンを買うと、隣に設置されたポットからお湯を注ぐ。
右手にカップラーメン、左手に割り箸。シロガネの目の前に腰かける。
「シロガネも今頃昼飯? お疲れちゃん」
「誰かさんのせいで余計な仕事がふえましたからね」
「ん~? 誰だろうな~」
ノワールは口で割り箸を割り、ぺりりと蓋を剥がした。もわりとジャンクな湯気が香る。カップラーメンをすすりながら、シロガネへ話しかけた。
「美味そうだな。今日もリンドウさん作? ずっと気になってるんだけど、ふたりってそういう仲なの?」
「……そういう仲とは、どういう意味ですか」
「そういうはそういうだよ」
すると女性の低音声が入口から響いた。
「あたしは頼まれてるだけだよ。シロガネにちゃんとしたものを食べさせてやれ、ってな」
食堂の扉前で両腕を組んでいたのは、黒髪ショートで褐色肌の女性だった。
ネイビーの制服の上からでも分かるメリハリのあるボディからは、セクシーさより力強さが滲み出ている。
シロガネは箸を置いて立ち上がった。
「課長。お疲れ様です」
「あぁ、いいって。食べてるときにわざわざ立つな」
卯花リンドウ。
警視庁青薔薇修復課の課長。つまり、ノワールとシロガネの上司である。
リンドウはひらひらと手を振ってシロガネを着席させると、弁当箱をのぞき込み満足げに頷いた。
「今日もちゃんと食べてるな、偉い偉い」
「え? 頼まれてるって、誰に?」
「課長。ご用件は」
シロガネがノワールの質問へ被せるように問うた。
「あぁ、そうだった。用があるのはお前じゃなくてノワールの方だ。お前がさっき提出した始末書、誤字脱字がひどくて読めたもんじゃないから差し戻したぞ」
「つまりは」
「つまりは、昼飯を済ませたらすぐに修正しろ」
「ひどいっ! ブラック企業!」
「昼飯の時間があるだけマシだと思え。話は以上だ」
颯爽とリンドウが去って行く。
ノワールは、頬をテーブルにつけてシロガネをじとっと見つめた。
「で、誰から頼まれて、リンドウさんはシロガネの弁当を作ってるの?」
「忘れました」
シロガネは弁当箱に蓋をして立ち上がった。
「始末書、すぐに修正してくださいね。16時から定例会なのを忘れないように」
「げっ。そうだった」
ノワールが顔を上げる。
ゆっくりと食堂から出て行くシロガネの背中へ呟いた。
「……この秘密主義者め」
**
青薔薇修復課の拠点は、警視庁の薄暗い半地下室にある。
始末書を書き直したノワールはなんとか定例会議に滑り込んだ。階段を軽やかに駆け下りれば、後頭部で束ねた髪が尾のように揺れる。
リンドウをはじめとした面々は既に定位置についていた。ノワールの相棒であるシロガネも、椅子にもたれかかって両腕を組んでいる。
「お待たせしました、ノワール参上!」





