1-01 惚れたら負けですか? -勇者と聖女の恋愛事情-
私、陽葵。高校二年生。
異世界で魔王を倒し、親友の莉緒と一緒に現実世界へ帰ってきたところ!
パーティメンバーの勇者様ともお別れは言えたし。
勇者様とエリシア姫の恋も応援しておいたし。
これで万事オーケー!
……のはずだったけど!?
ハンバーガー片手にのんびりしてたら、まさかの勇者様が現代に降臨!
しかも、いきなり私に花冠をかぶせてくる。
これって確か、異世界で有名なあのお祭りのだよね?
じゃあ、勇者様の次のセリフは……。
「どうか俺と結婚してくれ!」
どういうこと?
なんでエリシア姫じゃなくて、私に言うの?
話がいつも【微妙にかみ合わない】勇者様と私。
勘違いしてるのは勇者様? それとも……私?
私のとんでもない日常は、まだまだ続きそうです!
私の前に立っているのは、金髪碧眼の美青年。
整った顔立ちは、まるで女神様の寵愛を一身に受けたとしか思えないほど。
「お見送りありがとうございます、勇者様」
「ああ……。ヒマリも、元気で……」
彼は、この異世界で最強の存在。
一緒に旅を続けてきた私の仲間、聖剣を携えた勇者様。
まぁ……基本的に彼は私を見ないんですけどね。私と目を合わせると死ぬ呪いにでもかかってるんじゃないかな、この人?
「陽葵、急ぎなって~。転送ゲート閉まっちゃうんだけど~。あーしたち、リアル帰還タイムなんですけど~!」
親友の莉央が大声で私を呼んでいる。
「勇者様、私たちはもう行きますね」
「……っ」
彼は、顔を赤くして何か言いたげに口を開いた。だけどすぐに口をつぐみ、視線を泳がせている。
言ってほしいなら、思い切って頼めばいいのに。
――まあ、いっか。帰る前だからね。特別サービスだよ!
私は、勇者様の隣にいる人物に視線を移した。涙をこらえながら微笑んでいる黒髪の美少女は、この国の第二王女エリシア様。
「エリシア様、勇者様もアナタのことをとても愛してますよ。どうか勇者様と末永くお幸せに!」
大きな瞳をさらに大きく開くエリシア姫。
本当にかわいい。
勇者様になんてもったいないと思うけど、国王陛下との約束通りに魔王を討伐したんだし、これでハッピーエンドだよね。
「あの、聖女様! それは勘違いですわ!」
「いきなり何言ってるんだお前!」
真っ赤な顔で両手を振りながら否定している、勇者様とエリシア様。
素直じゃないなあ、二人ともこんなに息ぴったりなのに。最後にナイスアシスト、私!
「さ、莉央! 行こう!」
「陽葵まじ恋愛だけはポンコツすぎて草~。でもまぁ、そこがギャップ萌えって感じ?」
「ちょっと莉央、それどういう意味?!」
にやにや笑いの莉央に押されて、私は勇者様たちに背を向けた。
そのまま転送ゲートに足を踏み入れると、眩い光が私たちを包み込む。
「まってくれ! オレはお前のことが……!」
周囲に転送魔法の光が溢れ出す。
勇者様の言葉を聞き終わる前に、私の視界は真っ白に染まっていった。
◇◆◇◆◇
「ちょっと、陽葵。何ボーっとしてるん?」
放課後のハンバーガーショップ。
私は異世界にいた時の記憶を振り払うと、ハンバーガーを手にした親友に謝った。
「ごめん莉央。考え事してた」
「ふーん。まぁ、何考えてたか、大体想像つくけどね」
「え?」
「向こうの世界でのことっしょ?」
私は莉央のジト目から逃れるように顔を逸らしつつ、ポテトを頬張る。
「そ、そんなこと……もぐもぐ」
「でも分かるぅ~。あたしも満員電車とか乗るとさ、爆炎魔法で一帯ふっ飛ばしたくなるんよ、ガチで!」
「本当にやったら大事件だからね? SNSで文字通り炎上するからね?」
「くぅ~~異世界じゃ魔法打ちまくりOKだったのにぃ! チートタイム、カムバーック!」
私たちが異世界に行ってたのは……高校二年生になった春。
向こうの世界で二年ほど過ごしたはずの私たちは、こちらの世界では一週間行方不明だったらしい。
で、今は夏休み前のテスト期間中。
周囲の騒動もすっかり落ち着いて、何事もなかったように日常が戻ってきている。
「やっと魔王ボコって帰ってきたのに、テスト勉強とかマジでウザイんですけど~。魔法で全部ぶっとばしたいわぁ~」
「莉央、それだとテストじゃなくて教室が吹き飛んじゃうから!」
「そうだ~。陽葵の魔法に、一瞬でいろんなこと覚えられるやつあったじゃん? なんだっけ? 聖女の祝言、みたいな名前の~?」
「【女神の祝福】のこと? ズルだからテストでは使わないし、莉央にも使ってあげないよ」
「え~マジでケチくな~い?」
莉央は不満そうに唇を尖らせると、ジュースをズゴゴとストローで吸い上げる。
「あーし的にはさ~、魔王ボコった瞬間が人生の頂点だった気がする~!」
「ピークって、まだ高校生だよね、私たち?」
「だってさ~、【大魔法使いリオ様】とか言われて世界中から超リスペクトされてたし~。陽葵も【花の聖女様】とか言われてまんざらじゃなかったっしょ~?」
「どちらかというと、私が聖女とか笑っちゃうかな?」
「マジで? 陽葵ってさらさら黒髪ロングで、見た目はガチ清楚系美少女じゃん。めっちゃピッタリだと思うけど~」
莉央は杖を振うようにストローを私に向けてくる。
「もぅさ~、こっちの世界にも魔物とかいてほしかったわ~! ゴブリン百匹倒してテスト満点とか、あーしたちにはラクショーじゃん?」
「向こうに残るっていう選択もあったんだよ?」
「残るとか言って~、陽葵こそ、勇者のことどーすんのって話じゃね?」
「勇者様のことってなに?」
「だってあの勇者、ヒマリにガチ惚れしてたじゃん」
「ぶっ!」
莉央の言葉に、私は思わずドリンクを噴き出した。
「しまった……【癒しの魔法!】」
周囲の服やテーブルを、癒しの光で元の状態に戻していく。
そして慌てて周囲を見渡す。……良かった、誰もこっち見てない。
「莉央! 何てこと言うのよ!」
「あいつ陽葵に好き好きアピールしてて、もう付き合うもんだと勝手に思ってたわ~」
「ないない! むしろ嫌われてたよ私!」
私の言葉に、きょとんとした表情をした莉央。
「ほら。旅の途中に立ち寄った街で、花祭りがあったでしょ?」
「【花の都ショコラテア】の花祭りか~? 男が好きな女に花冠プレゼントするって、超ロマンチックなやつじゃん」
「皆をお祭りに誘ったら、勇者様だけ『俺はお前の遊びに付き合ってる暇はない』って言われたんだけど?!」
「それ~、勇者がこっそり一人で抜け出して~、花冠を準備しようとしてたやつ~……」
莉央が何故か哀れむような目になる。
「ほかにもさ。戦闘中も私にだけ『お前は邪魔になるから後ろに下がってろ』って言うのよ。ひどくない?!」
「カッコつけて守ってるつもりだったんじゃね……?」
「舞踏会でも『どうせダンスが下手だろうから、俺以外と踊るな』とかさ。どんだけ私を嫌いなのよ」
「あんなに頑張ってたのにツンデレで誤解されるとか、マジ可哀想すぎ……」
この話のどこに誤解する要素があるんだろう?
まあでも、最後にこれを聞けば莉央の誤解も解けるでしょ。
「実は私、勇者様から好きな人の話をされたことあるんだよね」
私は、勇者様が突然一方的に語ってきた場面を思い出しながら、目を閉じる。
「『俺の好きな人は、さらさらな黒髪がとてもきれいで、凛とした眼差しで……』」
「それ、勇者の声マネ?」
「『一緒にいて、いつでも癒してくれる大切な存在』なんだ」
「うわあ。勇者それを陽葵に話したんだ?」
「『生まれや住む世界がちがうけど、乗り越えたい』って」
「もうガチ告白じゃん!」
「だから違うってば! 勇者様が好きなのは、エリシア様だよ?」
「――あんたマジで誤解力ヤバすぎ」
莉央が呆れたようにため息をついた。
「エリシア姫って旅の仲間じゃないじゃん? ちゃんと理解しよ?」
「だって『故郷を忘れるくらい幸せにしてあげたい』とも言ってたよ。完全にエリシア様のことでしょ」
「もしそれが仮にアリシア姫のことなら……故郷を忘れさせるって何?」
「『魔王を倒したら、故郷の村で一緒に暮らしたいんだ』とも言ってたから、お城から連れ出すって意味じゃない?」
私はどや顔で腰に手をあてる。
どうよ、これでも人間観察と推理は得意なんだから!
「“きれいな黒髪”で、“住む世界が違って”、“いつも癒してくれて”、おまけに“故郷を忘れさせたい”存在――ねぇ……?」
「直接本人に伝えられないみたいだったから、転送ゲートに入る前に背中押してあげたの。今頃、二人で幸せになってるといいなぁ」
「え、マジで言ってんの……」
莉央はドン引きしたような顔で呟く。
「あーしの親友、強すぎ案件なんだけど」
「どういうこと? 私、嫌われてる相手にも親切にしたんだよ? えらくない?」
「――最強ツンデレ勇者も、鈍感系ヒロインにはかなわなかったかぁ~」
「莉央、ちゃんと話きいてた……?」
言いかけたとき、急に店内が騒がしくなった。なんか……妙にキラキラしたものが視界に……。
「え?」
「うぇ!?」
そこにいたのは聖剣を腰に携えて、煌びやかな鎧を身にまとった、いかにも「異世界から来ました」な姿の人物、今しがた話題にしていた勇者様。
でもここはハンバーガー屋だよ?
いろんな意味で、周りの人たちの目は勇者様に釘付けになってる。
「すっごい……イケメン過ぎ~……」
「新しいゲームの宣伝かな?」
「近くでコスプレイベントでもやってるのかも……」
そんな小声が聞こえる中、勇者様が急にこっちを向いたかと思うと、店内に響き渡るほどの大声をあげた。
「やっと見つけた!」
「はぇ?!」
店内のお客さん全員の視線が集まる中、勇者様はずんずん歩いて私たちの席の前に立つ。
「……久しぶり。忘れものを……届けに来たんだ……」
ぎこちない笑顔を浮かべて、勇者様は袋から取り出したものを私にかぶせる。
え? 何これ? 花冠?
もしかして、花の都ショコラテアのあれ?
「……どうか俺と結婚してくれ!」
久しぶりに勇者様と目があった気がする。
店内の時間が、止まった気がした。
でも。ん――――?
「あのー……勇者様? 渡す相手を間違えてますよ?」





