1-11 転生デビュー 〜おバカ王子とツンデレ悪役令嬢のジレキュンな日常〜
前世で陰キャだった俺。
目覚めたらそこはギャルゲーの世界──しかも俺様キャラの王子だ。主人公の親友ポジとはいえ、これはもう転生デビューするっきゃないだろ!
と、思いきや。
「残念だったな。お前はこのまま俺と結婚する運命なんだ!」
「あなたこそ残念だったわね。ルリアンに相手にされなくて!」
悪役令嬢の異名を持つラビッツ・ロマンシカまで転生していたとは思わなかった。学園パトロール隊として、そして婚約者として共に過ごすうちに距離は縮まっていき──。
「俺はっ……その、お前がいいんだ」
「調子いいことばっかり言わないで」
未来がどうなるかは、まだ分からない。
ゲーム名は
『星が空へと昇る世界で 〜Last Memory〜』
人の想いが光となって空へと還るこの世界で、俺はたくさんの輝きを見つける。
今日が俺の転生デビュー初日か!
期待に胸を膨らませ――といきたいところだが、そこは転生前が陰キャの俺。足がガクブルだ。
この世界での俺、ニコラ・スタッドボルトは主人公の親友だ。ゲーム名称は『星が空へと昇る世界で 〜Last Memory〜』で、ギャルゲーである。
「おいおいニコラ、真っ青じゃねーか。大丈夫かよ」
「大丈夫だ。俺は王子、問題ない。俺は王子俺は王子俺は王子……」
「全然大丈夫じゃねーだろっ」
ポンッと俺の頭をこづいたコイツは俺の幼馴染で親友だ。騎士学校を卒業してこの王立魔法学園の剣術科に入るリューク・ダイバーン。青の髪と瞳でクールに見せている。飄々としているくせに、仲間思いのかっこいい奴だ。俺の幼馴染で、騎士学校に入るまでは王宮で仲よく過ごしていた。
国境沿いの辺境伯家からの預かりだ。誰も表立って言わないが、辺境伯家が裏切らないようにとの意味もあるものの……俺専属の護衛になるべき才能ある人材として育てられ、悪い扱いはされていない。本人は三男だから気楽でいいとのんきにしている。
リュークの攻略相手である女の子たちの中でもっとも目立つのは、ルリアン・ウィービング。平民出だ。対をなすのが、悪役令嬢という異名を持つラビッツ・ロマンシカ。俺の婚約者だ。主人公のリュークに秘めた恋心を持っていて、いずれは謝罪するものの、ゲームの序盤ではルリアンにみみっちい嫌がらせをする。だから陰で今流行っている小説になぞらえて悪役令嬢と皆に言われてしまう。
まだ学園生活は始まっていないので、それを知っているのは俺だけだ。
リュークとラビッツが結ばれるためには、俺が婚約破棄を卒業記念パーティでしなければならない。二人が両想いになったのなら、さすがに婚約を継続するのは可哀想だし俺から破棄するしかなくなってしまう。そのあとに親からド叱られることもセットだ。二人のためにやりましたと謝罪巡りだ。
どうにか転生デビューを果たし、学園生活の間に最推しであるラビッツの心を俺に向けなければ……!
「陰キャの俺には厳しいぜ……」
「昔の威勢はどうしたんだよ」
「俺様はナイーブなんだ」
「しばらく見ない間に、小さい男になっちまったなぁ」
「平均身長だよ!」
騎士学校にリュークが入ってからは、ほとんど会っていなかった。俺はといえば家庭教師からみっちりとしごかれるし、親に付き合ってあちこち視察に行かなきゃならないし、他にもやることがいっぱいだ。王子の記憶も頭のよさも引き継いでいるが……大変だ。
正直、モブがよかった。陰キャだった俺にはメンタル面でもハードルが高い。転生する前の俺様キャラもそれなりに演じないと病気かと心配されるし、転生も楽じゃない。
しかし!
誰も俺を知らない世界でやり直しができるのは大きい!
「相変わらずのバカ王子っぷりね、ニコラ。リューク様もお変わりなさそうで」
出た!
悪役令嬢、ラビッツ・ロマンシカ!
レッドブラウンの髪に紫の瞳の侯爵家のお嬢様だ。薔薇を形どったバレッタでサイドの髪を後ろで留めている。なぜかそのバレッタから兎耳が生えているのはギャルゲー仕様だろう。俺たち三人は幼馴染。ずっと仲よしではあるものの、俺とラビッツが婚約中、ラビッツはリュークに恋をしているというなんともいえない三角関係だ。
「久しぶりだな。俺とリュークで扱いが違わないか?」
「あなたにはこれでいいでしょう。わざわざ丁寧にする必要ある?」
「婚約者だぜ?」
「だからこれでいいいんでしょーが。私だって、婚約者じゃなかったらもっと敬意を払っているわよ」
「ひっでえなー」
「未だにプライベートでは言葉遣いが悪いのね」
「公私混同はよくねーよ」
「ふん。バカ王子!」
うん、どうにかいつも通りの会話だ。しばらくラビッツとも会っていなかったからな。ギャルゲーらしいツンデレキャラだ。
……俺にはデレないけど。
「リューク様も、えっと。ごきげんよう。久しぶりね。元気だった?」
頼むー。そんな恋する乙女みたいな顔を親友に向けないでくれー。しょっぱなから心が折れる……。
「みずくせぇよ、ラビッツ。元気そうだな。昔みたいにリュークって呼んでくれよ。調子が出ねーぜ」
「そう呼んでいいならそうするわ。すごく逞しくなったわね。騎士学校も卒業したのよね」
「まぁな」
なんだよ、この俺だけ除け者みたいないい雰囲気は! てゆぅか、ゲームでもこんな会話聞いたな!?
いや、しかし前世に比べれば童顔ではあるものの俺はかなりのイケメンだ。金髪碧眼で顔はいい。おバカキャラだったが、顔はいいんだ! 自信をもて、俺!
「じゃ、先に行くわね」
今は入学式のために門をくぐってホールへとてくてく歩いているところだ。
桜の花びらが風に揺れる。柔らかい春の空気が俺たちを包む。
「待てよ、ラビッツ」
俺は彼女を呼び止めた。
「なに?」
「せっかく学園で一緒に過ごせるんだしさ、たくさん話そーぜ」
「……あんたとは、いつか嫌でもたくさん話さなきゃならない日がくるじゃない」
結婚したらってことか。ガックリくるな。彼女の心を俺に向けるなんて、できるのだろうか。陰キャだった俺なんかに。
「ねぇ」
ふふっと彼女が俺たちに意味深に微笑んだ。風に舞い散る花びらの中に佇む彼女はどこか幻想的だ。
――俺は知っている、このシーンを。
澄んだ歌声がどこからか聞こえるようだ。あのオープニング曲『はじまりの詩』は最高だった。せっかくのゲーム世界なんだから、音楽も流れてほしい。
さっきまでのツンツンな態度がなかったかのような柔らかい笑みを浮かべて、彼女が小さく俺たちに向けて呟く。俺はその言葉も知っている。
「あの日の約束、覚えてる?」
きたー!
オープニング曲でキャラ紹介にも使われていた神台詞きたー!
ラビたん!
ラビたん!
ラビたん!
ラビたん!
ラビッツが踵を返して駆けていく。
俺はたまらずに叫んだ。
「ラビッツ!」
彼女が立ち止まる。
「俺、お前が好きだから! 絶対にお前を振り向かせるから!」
俺は気づいたらゲームにはなかった行動をしていたわけで――もう一度振り向いた彼女はなぜか無表情だった。
俺をじっと見つめたあとに、また前を向いて走り去っていく。
「青春だな」
ボソッと呟くリュークの言葉に冷静になる。
「なぁ、リューク。その気のない婚約者に大声で好きだと言われた女ってどんな気持ちになると思う?」
「まぁ、迷惑だな」
「だよな……」
ゲームと同じ台詞を聞いてテンションがマックスに達してしまった。俺はアホだ……婚約者とはいえ、せめてもう少しあいつが俺を好きになってくれないと、迷惑すぎる。
自信はないけど。
「なぁ、リューク」
「なんだよ」
「ラビッツの気持ちを理解したいから、さっきの俺のセリフを同じように叫んでくれないか」
「俺の趣味を疑われるわ!」
そうだな、想像するだけで気持ち悪い。俺は主人公ではない。これからは気をつけよう。
ん?
あれは? リュークの背後からすごい勢いで向かってくるあれは?
「はわわぁ〜、遅刻遅刻ぅ〜!」
気づいていないリュークは前方の花壇をよけるように大きく右へずれた。俺はブロックに飛び移る。
リュークにだけ激突だ。
「ぐえっ」
やはり来たか……二人目のヒロインのルリアンだ。
「はわわわ。だ、大丈夫ですかぁ〜?」
薄い金髪でふわっふわの肩までの髪にピンクのリボンをつけた青い瞳のヒロインだ。ゲーム通りにリュークは体当たりをされてずっこけている。
「いてぇ……」
「リューク、お前騎士のくせになんで攻撃食らってんだよ」
「後ろから不意打ち食らうと思わねーだろ!」
普段ならよけられたと思うが、そこはゲームの強制力か。まさにゲーム通りのヒロインとリュークの会話が始まる。
「ごめんなさい。あのでも、私急ぐので! 行きますね!」
「おい、まだ入学式まで時間はあるぞ」
「私、挨拶をしないといけなくて。実はちょっとした打ち合わせがあるんです」
「は?」
「首席さんなんですよ、私。ルリアン・ウィービングと申します。ルリルリって呼んでもいいですよ」
「呼ばねーよ」
「あは、残念。では行きますね!」
きたー! 同じく、オープニング曲でのキャラ紹介にもあった台詞!
『ルリルリって呼んでもいいですよ』
きましたよ、コレ。
ああ、俺――本当にあのゲームの中にいるんだな……!
「ニコラ、お前だけ避けやがったな。ルリアンだっけか、首席だってな。お前、あれに負けたんだな」
リュークがもう小さくなったルリアンの背中を親指で指しながら、やれやれとため息をついた。
「うるせーよ!」
王子だから首席狙いでめちゃくちゃ勉強させられた。ゲームでもルリアンに首席をとられていたから無理だろうと思ったけど、周囲が期待するから頑張った。
そして、駄目だった。
ゲームの強制力にはあらがえない。少し挫折した。これからも定期テストでルリアンは一位をとり続ける。厳しいことは分かっている。
でも、いつか勝とうと思う。
ゲームの俺と今の俺は違うんだから、可能性はある。もし勝てたら、ラビッツも見直してくれるかもしれないしな。才能は前世よりあるわけだし。
よぉし!
転生デビューの始まりだ!
他の攻略キャラの印象的な数々の台詞は、主人公と女の子が二人きりの時だったから俺は聞けないな……と思いながら、ホールへとまた足を踏み出した。





