1-10 聖女のおまけの配信者〜異世界でプラントハンターはじめました〜
幼なじみのおまけで異世界に落ちた久崎一都、十六歳。
聖女として厳重に守られ聖域から出られない幼なじみ、木世良花成子のため、一都はスキル『配信』を使って現地実況する。
「花成子のためにいくらでも外の世界を見せてやる。同じ世界から来た俺が平気でやってけるってわかれば、今にいっしょに冒険に出られるさ」
もちろん建前ではないけれど、一都は異世界の未知なる植物に興味津々。
見張り兼お守り役である僧兵ユスティティアの小言を右から左へ。時に有用な希少植物を見つけ出し、時に聖女の心を慰めるため旅の空から配信をし、たびたび植物愛に暴走しては、周囲を巻き込みつつ異世界を行く。
聖女のおまけでやってきた少年による、異世界プラントハンティング珍道中!
爬虫類を思わせる臭気が山の匂いにまじる。引き寄せられるように草葉をかきわけ、斜面をすべり降りた先で一都はうっとりした。
「なんて不可思議な木だ……花の色は? 実はなる? 栽培可能? 毒性は?」
そこにあったのは、わずかに見上げる程度の高さの木。背丈こそ周囲の木々に埋没しているが、その姿は明らかに異様。
ずんぐりと太った幹には銀緑色の鱗のようなものがびっしりと張り付いている。枝もなく、きらめく鱗をまとって地に立つ姿はまさに龍。
──なにこれ、こんなの見たことない! どうなってんだ? 幹から直接、葉が生えて樹皮を覆い隠してるのか。胴吹きともちがう、葉の向きをそろえて幹全体から出てるなんて……いやほんと、まじで鱗じゃん。
幻の植物『龍樹』に頬ずりせんばかりに近寄り幹に手のひらを這わせる一都の首が、不意に絞められた。
「ぐえっ」
「ええい! 勝手に駆け出すなと、何度言えばわかる!」
襟首をつかんで引き戻したのは、青空のような澄んだ瞳をした美貌の騎士、ではなくて僧兵のユスティティアだ。
切れ長の目が龍樹に気づいて、見開かれる。
「これは、龍樹!? 伝説級の希少植物ではないか。お前、どうやって見つけた!」
「どうやってって言われてもぉ」
猫の子のようにぶら下げられたまま、一都は頬をかく。
「なんてゆーか、勘? みたいな?」
おちゃらけた発言でなごんでくれないだろうか、と思ったのだけれど、ユスティティアは怒りの形相で震えている。めっちゃ怖い。
失敗をさとった一都は「ああ、そうだ」と話題を変えることにした。
「ほらほら、目当ての植物のひとつを見つけたんだし、花成子につなぐよ」
「聖女様と呼べっ」
「はいはい、聖女サマ聖女サマ。それでは『配信はじめま~す』」
言葉がトリガーとなって、空中に生じた魔法陣からちいさな機械仕掛けの虫、エイが飛び立つ。
ドローンのようにぶぃいと飛び上がった虫には、対がいる。
一都が呼んだ相手の目の前にも同じ虫、ビイが飛び上がっていることだろう。
説明しようのない感覚でそれを察知する一都の前で、エイがちいさな六つ脚で抱きしめていた布をパラリと広げる。短い前脚で握りしめているのが、いじらしい。
そこに映し出されたのは、ここから遠い平穏な室内の映像。
いやちょっと、平穏さよりも派手さが目立つかもしれない。
キラッキラでかわいいを詰め込んだような、派手派手しさ。その真ん中にあるどでかいソファに埋もれるようにして、座っている花成子が見えた。
『あ~、一兄だ!』
「やっほ~、花成子。元気してる?」
へらっと笑ってひらひら手を振る一都の姿が、ビイの広げた布に映し出されていることだろう。
その証拠に、花成子の後ろに控えるひっつめ頭のお姉さんの眉がぴくっと動いた。「聖女様と呼べ」という無言の圧が画面越しにも、真横からもびしばし届く。
聖女様本人である花成子はどっちの視線も気づいていないのだろう。うれしそうに破顔して、でもすぐに眉をへんにょり下がらせた。
『元気だけど……でも、ずっと部屋のなかでつまんない』
雄弁に気持ちを語る声。
聞こえた瞬間、布に映る映像が動いて、影の落ちた花成子の顔が見えた。
虫たちは一都の意のままに動く。
いまも、うつむいてしまった花成子の顔を見たいという一都の願いを叶えるため、ビイがするりと宙を動いたのだろう。
白い布をたっぷり使った衣装に、きらきらした飾りがたくさん。見るからに高そうな服にしわが寄るのも気にしていないのか、花成子は抱えた膝にあごを乗せている。
しょんぼりの例みたいな顔を晴れさせたくて、一都はことさら陽気に笑ってみせた。
「ふっふっふー! そんな花成子のために、俺がいるんだろ? スキル『配信』を持つ俺が!」
『ん。そうだね! 一兄、何か面白いもの見つけたの?』
わくわくっと瞳をきらめかせた花成子に、一都はにんまり。
「ああ! 見つけたぞ〜。さあ、はじまりました本日の配信。今日の特別ゲストはこちら、龍樹ですっ」
さっと横に退けば、一都の後ろにあった龍樹が大写しになったのだろう。花成子の背後に控える美人さん(メイドさん兼護衛のお姉さんだ)が目を見開いた。
特徴的な鱗のようなきらめきを伝えるため、エイが木の周りをゆっくりぐるりと飛び回る。
『わああ〜! すごい、きれえ』
「この植物の特筆すべき点は葉の付き方です。遠目に見るとまるで鱗をまとっているようだけど、近くで見ると……」
『あっ、幹と棒でつながってる?』
「そう、この棒はおそらく葉の軸。つまりこの木は幹から直接葉を生やしてるということになります。なぜこんな変わった形態をしているのか。俺なりに考察してみました」
ここまでの道中、一都が見知った植物に似たものもたくさんあった。異世界とはいえ姿形の似た人間が暮らせる環境なのだから、植生もある程度は似ているのだろう。
もちろん見慣れないものもいくつもあった。その最たるものが、この龍樹だ。
「……という感じで、樹皮の上からさらに葉で覆うことによって」
未知の植物に興奮して喋っていると、不意に虫エイが「リンリリンッ」と軽やかに鳴いた。
配信終了の合図だ。
「あらら、ここでお時間となってしまいました」
『ええ〜、もう終わり?』
「仕方ないだろ。スキルレベルが上がれば配信時間も増えるらしいからさ。そしたら数時間ぶっ続け耐久配信に付き合ってもらうから」
楽しみにしててよ、と一都が悪い顔で笑ってみせれば、曇りかけた花成子の表情が晴れる。
それを見て一都もからっと笑う。
「それじゃあ『また見てね〜』」
ぷつん、と布の上の映像が途切れた。
エイは小さな六本脚で器用に布を畳んで、抱き抱えるとほんのり光りだす。
現れた時と同じようにその足元に魔法陣が煌めき、瞬く間にちいさな虫の姿は消えてなくなった。花成子のほうでも、同じくビイが消えたことだろう。
「はい、通信お終い!」
「終わったか。なら、見せろ」
すこし離れたところで待機していたユスティティアが、大股に近寄ってきて一都の腕をつかむ。
遠慮のない動きでぐいっと引っ張られ、一都は思わず声を上げた。
「いってててててて!」
「痛いのは手のひらの皮膚が焼けているからだ。見せてみろ、これは……見事な魔力焼けだな。魔力に不慣れな異世界人の身で龍樹に触るからだ。だから不用意に手を出すなと何度も言っているというのに」
ぶつぶつと小言を漏らしながら、ユスティティアが荷物から高級そうな瓶を取り出すのが見えて、一都は慌てて止める。
「それ、聖女が作った回復薬だろ、超貴重品って言ってたじゃん!」
「聖女様、だ。だがその聖女様から、お前が負傷した際には遠慮なく使ってほしいと頼まれている」
「花成子に言わなきゃバレないんだから、とっといてよ。そんな貴重品使わなくても、こんな怪我、その辺の薬草潰して貼っとけばそのうち治るんだからさあ」
「その貴重品に類する龍樹をやすやすと見つける者をみすみす死なせてたまるか」
言うが早いか、ユスティティアが瓶の中身を一都の手にどば、とかける。
「うぃッ!?」
じゅわッ。嫌な音をたてて傷口が泡立ち、じうじうと皮膚が再生されていく。
普通に痛くて、一都は涙目。
「うう〜、すげえけど、この感覚……慣れないし痛いんですけどぉ?」
「嫌なら怪我をするな。異世界人の身に悪影響がないと確定しているのが、聖女様の作った回復薬だけなのだから。今後は希少植物を見つけたらまず私に伝えろ。ひとりで向かうな。いいな?」
「はあい」
己の身を案じてくれるユスティティアに、一都は「すっかりおかんみたいになっちゃったなあ」と感慨を抱く。
召喚されたその場で斬りかかられたのが、懐かしくすら感じられる。
──いや、あれはまじで怖かったけど。
憤怒に染まる美形の顔は、なんというかもう、めちゃくちゃ恐ろしかったと一都は思い出す。
いっしょに旅に出た当初もずっと監視されていて、落ち着かなかったものだ。
「私は龍樹の採取と位置記録をとるから少し大人しくしていろ。お前はくれぐれも何も触るなよ」
「はあい。採取用手袋とか誰か開発してくれないかなあ……あ、薬草あった」
「お前はまた!」
過去を振り返っていた視界に薬草を見つけて、一都は駆け出した。
ユスティティアの怒声を背中で聞きながら、薬草を摘もうとしゃがみこんだ一都の目の前。ポンと現れたのは、透き通るような肌の美少女だ。
『たすけて、たすけて』
「おお? ユス、なんかいる!」
「動くな、触るなよ! 今行く」
ユスティティアが叫ぶ声は、一都の耳にはもう聞こえていなかった。
なぜって、美少女の頭に花が生えていたからだ。
今はしおれてしまっているけれど、飾りではなく、間違いなく生えている。
それも図鑑に載っていなかった花だ。聖女の権限で見られる図鑑にないのだから、希少なものに違いない。
「君、その花は何? それって水あげたら咲いてくれる?」
『えっ、あの、たすけてくれたらさく、よ?』
困惑気味に答えがあって一都はきらりと目を輝かせた。
「オッケー! 俺はどうしたら良い?」
『いいの……? だったら、ちょうだい』
「おう、何が欲しい? 水? 回復薬?」
『あなたのいのち!』
美少女の顔が極悪に笑い、その背後から太い蔦が何本も飛びかかってくる。
「あ、やば」
「おい! カズト!」
ユスティティアの焦る声を聞きながら、一都は蔦に引きずられていった。





