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魔王様観察日記  作者: ぺんぎん
第二章

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 カブトムシの引く荷台に乗ってエルフの村まで戻ってきた。


 先に戻ったエルフが世界樹のことを村に伝えていたようで、私が姿をみせると拝まれた。やめてくれ。罪悪感が半端ない。


 エルフ達は世界樹が枯れていたのを結構気にしていたんだな。最初に村に来た時とは違い、なんだか活気があるような気がする。


 それになにかいい匂いがする。もしかして宴用の食事を用意しているのだろうか。それなら楽しみだ。


「……あれ、俺、なんで寝てたんだ?」


 ミトルが起きだした。


「私の超痛いパンチが炸裂した。絶対殺すパンチではないことに感謝しろ」


「あ? あー、プロポーズの件か。なんだよー、照れんな――ごふぅ」


「……すまんな」


「いや、隊長のせいではない。明らかにこいつが悪い」


 再度気絶したミトルを隊長の奴がどこかに持って行った。今日はもう寝ているがいい。


 周囲を見渡すと、色々と宴の準備をしているが、まだ時間が掛かるようだ。自由にしていて良いと言われたから、色々見て回るか。




 あまり面白いものは無かったが、植物を操作する魔法を教えてもらった。この魔法はほとんどのエルフ達が使えるそうだ。詳しく聞くと、トレントのような木の魔物も植物に分類されるようで、魔法で操れるらしい。ただ、トレントを操ってもあまり強くないし、魔力の消費量との兼ね合いから、効率が悪いのでほとんどやらないそうだが。


 もう少し見て回ろうと思ったけど、大事なことを忘れていた。市場調査をしなくては。何とならリンゴを交換してくれるのだろうか? 村にリンゴを持ってきてもらっても交換してくれなければ意味がない。まずは女性のエルフ達に聞いてみよう。


「甘いものが欲しいわね。ハチミツとか」

「やっぱり宝石でしょ」

「装飾品も良いよねー」

「胸。胸が欲しい。デカいの」


 胸なんてタダの飾りだぞ。それにエルフの女性達といると何故か落ち着くから、そのままでいてほしい。他は概ね、ミトルが言っていた内容と同じか。なんとか用意しよう。次は男達かな。


「いや、特にないな。森にすべてがある」

「ワインが欲しい。ブドウはあるが加工が難しくてな」

「猫耳?」

「嫁。嫁が欲しい。若いの」


 最後の奴は女性エルフに殴られた。役に立たない情報が多いな。かろうじて、ワインという酒か。ニアに聞いてみれば分かるだろうか。しかし、ここでも猫耳か。なんで昔は迫害されたんだ。


 他にも色々話を聞いていたら、リンゴ以外にも果物があるのを知った。イチゴとか、バナナとか、桃とかあるらしい。今日の宴に出るようなので、これは食べるしかない。美味しければ、リンゴと共に村に売りに来てもらおう。




 宴の準備が整ったようだ。


 広場の中央で、いくつかの光球が螺旋状に上下している。その明かりを中心にエルフ達が車座になって宴が始まるのを待っていた。その車座の中で私は長老達に挟まれている。精神的に窮屈だ。


「皆の者、知っていると思うが、数日前に世界樹が枯れた。だが、今日、こちらにいる魔族のフェル殿が戻してくださった。それを皆で祝いたいと思う。では、フェル殿、なにか一言、お願いしますぞ」


 聞いてない。アドリブに弱いのだが。とりあえず、立ち上がって何か言おう。


「私は魔王様の指示に従って世界樹を元に戻しただけだ。感謝してくれるなら、私ではなく、魔王様に感謝してくれ」


 直接的に魔王様をアピール。こういうのは事前に言ってほしい。もっと魔王様を称える言葉を用意したのに。


「ほっほっほ。相変わらず、フェル殿は謙虚ですな。皆、実はもう一つあってな、我々長老達は、恥ずかしながら人族に意識を奪われておったのじゃ」


 エルフ達がざわざわしだした。このことはまだ知らない奴もいたのか。


「それを救ってくださったのも、フェル殿なのだ。我々はそのことを忘れてはならぬ。百年、二百年と感謝をささげるのじゃ」


 エルフ達から拍手が起こった。なんだろう、このさらし者状態は。逃げたい。


「では、乾杯じゃ!」


 エルフ達がそれぞれ手に持ったコップを上に掲げて乾杯した。私も申し訳程度にコップを掲げて乾杯した。場の雰囲気を悪くするのは良くない。


 とりあえず、コップの飲み物を飲んで落ち着こう。


 む? リンゴの味がする。まさか、リンゴを飲み物に? エルフって天才なのか?


「いかがですかな? リンゴジュースの味は……」


 なんだ? 長老が私を見て止まったが。


「うまい。びっくりした。リンゴジュースというのか。リンゴを潰してコップに入れたのか?」


「え、ええ、まあ。リンゴがお好きだと聞きましたからな」


 うーむ、潰さないままでも美味いのだが、果汁で飲むというのも捨てがたいな。のど越し最高。


 リンゴジュースのことを考えていたら、エルフの女性たちが料理を持ってきてくれた。肉類は無いようだが、パンや色とりどりの野菜がある。さらにスライムみたいなものを皿ごと渡された。


「パンにつけて食べるのか?」


「はい、どうぞ、お試しください」


 なんだか、青、というか紫のスライムみたいなものをパンにつけて食べるらしい。見た感じ毒っぽいけど、教わった通り食べてみよう。


 うまい。何だこれ。甘いというか酸っぱいというか、目が良くなりそうな感じだ。いまなら魔眼で何でも見えそう。


「うまいなこれ。なんという食べ物なんだ?」


 エルフの女性が固まっているけど、質問に答えてほしい。


「あ、は、はい、名前はジャムですね。いくつか種類がありまして、こちらはブルーベリーのジャムになります」


 ジャム。覚えた。これも取引したい。他にも種類があると言っていたな。全部持ってきてほしい。


 パンを食べていたら、エルフの女性が立ち上がって、他の女性たちの方に向かって行った。その後、こちらを見ながらひそひそ話している。


 何だろう? 食べ方がおかしかったわけじゃないよな? ジャムが鼻に付いてる?


「よー、フェル、リンゴジュースを注ぎに来たぜ!」


 ミトルが来た。来なくていい。だが、ジュースに罪はない。頂こう。


「おー、良い飲みっぷ……り……」


「さっきから私を見て驚く奴が多いな。エルフの食べ方とは違うのか? マナーが悪いと言うなら直すぞ?」


「あー、そういうんじゃねーんだけど……。えーと、このパンにジャムをつけて食べてみてくれ」


 なんだいきなり? 誰から渡されても食べ物は食うぞ。うん、美味い。これは何のジャムだろう? うまいから何でもいいけど。


「挨拶が遅れたな。若い奴らに捕まって……」


 隊長の奴が来た。私を見て固まったぞ。何なの、お前ら。


「ものすごい笑顔だが、どうした?」


 忘れていた。ミトルの料理じゃないから笑顔になっていたようだ。


 とりあえず、落ち着こう。クールだ。こういう時は羊を数えるのだ。


 バフォメットが一匹、バフォメットが二匹、バフォメットが三匹……なにか違う気がする。これじゃ、ただのサバトだ。


 まず、落ち着いて手に持っているパンを食べ、リンゴジュースを飲み干す。そして深呼吸。


「お前たちを殺して私も死ぬ」


「やめろ! せ、戦闘準備! ミスリルの手錠を十個ぐらい持ってこい! ミトルはフェルをなんとかして抑えろ!」


「隊長は俺に死ねと言うんですか!」




 周囲の食べ物を粗末にはできないから暴れられなかった。その隙をつかれて、手錠やミスリルの鎖でグルグル巻きにされた。能力制限を解除すれば引きちぎれるけどやめておこう。


「フェル、落ち着け。笑顔のことは誰にも言わないから」


「言わないも何も全員知っているだろうが」


「森のエルフ以外には言わない。それならどうだ?」


 それしかないか。魔族でクールビューティーなのに、美味しいものを食べると笑顔になるのが止められない。いつか克服しなくては。


「わかった。それでいい。ただし、誰かに言ったらこの森でメテオストライクするぞ。あと、もうレイピアでつつくな」


 隊長がミトルに向かって頷くと、ミトルはレイピアでつつくのをやめた。痛くは無かったが動きが遅くなる。その剣さえなければ、グルグル巻きにはされなかったのに。それに普通にしゃべれるけど、普段の動作速度との違和感で、うまく立ち上がれない。傍から見たら私はミスリルの鎖で縛られた芋虫だ。なんという屈辱。


「ほっほっほ、では、縁も深まったところで、宴を再開しましょうかな」


 深まってない。むしろ何かあったら滅ぼす勢いだぞ。こうなったら、エルフの食べ物を食い尽くしてやる。




 宴が終わった後、家を一軒貸してもらった。自由に使って良いらしい。家の中を見ると、昨日借りた家と同じようにベッドや浴室があって快適そうだ。昨日の家と内装はほとんど同じだけど、こっちの方が豪華かな。


 今日の料理は美味しかった。ニアの料理ほどの味ではなかったが満足だ。だが、笑顔を見られたのは不覚だった。このせいで魔族がエルフに舐められたらどうしよう。まあ、その時はその時か。魔族の皆に土下座しよう。


 料理と言えば、食べた中では、各種果物とジャム、ジュースはなんとか取引したい。最低でも果物は抑えよう。ニアに任せれば、もっと良い料理になるかもしれないし。


 さて、日記を書いて寝るか。今日は久しぶりに魔王様と一緒に居られる時間が長かったからびっしり書くぞ。そういえば今日は頭を撫でられた。あの感動を書き留めねば。




 よし、書き終わった。さあ、寝よう。


「襲撃だー!」


 ……結界を張って、音を遮断して、さあ、寝よう。


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