ex赤鼻のトナカイ
トナカイのトーイは、生まれたときから鼻が赤かった。
子供の真っ赤な鼻を見た両親は驚いたが、成長につれて消えていくだろうと思ったらしい。
それもそうで、トナカイの鼻が赤くなるのはそんなに珍しいことではない。興奮したとき、酒に酔ったとき、寒いとき、普段は茶色か白の鼻がふんわり赤くなる。外を走り回る子供の鼻が赤いのなんて普通のことだ。
それにしてもトーイの鼻は赤かった。
赤すぎた。
子供の中にいてもひとり異質に真っ赤だったし、みなに「赤鼻!」「赤鼻!」とからかわれると、恥じ入っていっそう赤くなるのだった。
「あいつの鼻、面白いよなあ」
「つついたらもっと赤くなるんじゃないの?」
「えーっ! あれ以上!?」
「腐って落ちちゃうんじゃないの」
「あはは、そういえばあいつ、ちょっと臭い気がするよなあ」
何もわからないほど幼いころを過ぎると、トーイはもう他トナカイと話すのがいやになっていた。
誰もかれも、悪意のない最初からトーイの鼻を見る。どうしてそんなに赤いのかと聞き、そのうちにクスクスと指さし笑い始めるのだ。
もちろん皆が皆そうではない。しかし友と思っていた相手から正直な言葉を聞くのもつらかった。
「おまえと一緒にいるの恥ずかしいんだよな」
「もうちょっと、その赤いの押さえられないの?」
「寒い恰好しすぎなんじゃない?」
「そうやって温めてるから赤くなるんだよ」
トーイだって努力はした。
寒い場所ではマスクをして鼻を温めてみたり、逆に濡れタオルで冷やしてみたり。それでも、何をしようと、鼻の赤さが変わらないことがわかるだけだった。
成長するにつれて収まるどころか、トーイの鼻はどんどん赤さを増していく。
友はできず、わずかにいた者たちも遠ざかっていき、あるいはトーイのほうから距離を取り、ひとりぼっちになったが、他トナカイと付き合ってつらい思いをするよりましだ。
トーイはひたすらひとりで修練に励んだ。
多くのトナカイはソリを引くのが仕事だ。特にサンタのソリを引くのは栄誉の仕事で、どの子トナカイもそれを目指して足腰を鍛えているのだ。
(僕なんかがサンタに選ばれるわけないけどさ)
しかしトナカイ付き合いが苦手な上、ソリ運びも下手では生きていけない。上手くソリを運べれば、あまりトナカイと会話しないような職場も選べるはずだ。
(それに、ソリを引いている間は、目的地だけ見ていられる)
トーイの赤い鼻は、いつもトーイの目の前にある。目を開けている間は、必ずそこにぴかぴかと赤い鼻がある。
まっすぐに進むときだけ、そのことを忘れられるのだ。
ずっと前を見ているのに不思議なものだ。赤い鼻はそこにあるけれど、トーイにとって何の関係もないものになる。トーイはただ、ソリを引き、目的地を目指すのだ。
一心不乱に鍛えることのできたトーイは、周囲に負けない実力を手に入れた。一匹だけのテストの時なら誰にも負けない。
ただ、集団での実技テストは苦手だった。先頭に立つといつも「なに、あの赤鼻?」「赤鼻が先頭にいるぞ!」という声が聞こえる気がして、ついうつむき、無意識に速度を落としてしまうのだった。
「お前は力はあるんだから、もっと堂々としなさい」
ソリ引きの教師はそう言うが、トーイにもどうしようもないことだった。
先頭に立って目立って、何かいいことがあるわけでもない。トーイはそれなりの結果を出し、目立たない職場にいければそれでいのだ。
*******************
「おお、そうだ、君だ。いつも校舎裏で練習していただろう? 帰り道から見えていてな、君に私の代理をお願いしたいんだ」
「代、理……ですか?」
教師に呼ばれていくと、知らない壮年のトナカイに言われた。
トーイは困惑したが、教師はにこにことしている。
「よかったな、トーイ。君の努力を見てくれるトナカイがいて。彼はサンタのソリを引いておられる方だ」
「サ、サンタの!?」
トーイはこの時ばかりは年頃の学友と同じように興奮した。サンタのソリ引きだなんて、まさしくトナカイのトップだ。
彼を見れば見るほど、なんでもない自然なたたずまいまでが、カリスマ性を感じさせる。見た瞬間にわからなかったのが不思議なくらいだ。
「まさかお会いできるなんて! あ、あの、サインを……」
「うんうん、それは後でいくらでもな。今日は君に仕事の話をしにきたんだ」
「あっ、え、代理って」
「わしも年でな、最近は目がかすんで前が見づらい。医者に行ったところ、すぐに手術を受けるべきだと言われてなあ。急なことだから、その間、任せられる者がおらんのだ」
「ま、まさか、サンタの?」
「はは、そうだ。間違いなくサンタのソリ引きの代理だ」
「ええええっ! で、でも、いくらでもやりたいトナカイはいるんじゃ」
サンタのソリ引きになりたいなど、トーイは思ってもいない。いや、現実的に無理だと諦めているのだ。
しかしまさか、そんな機会があるならば、やってみたい。やってみたいが、なぜ自分がと理解できない。
「それが問題でな。やりたいものが多すぎて選ぶのが難しいんだ。一時的な代理を選抜するのにそう時間をかけてもいられん」
「なるほど……」
納得できる話だ。
サンタのソリ引きは前任者からの推薦で決まることが多い。コネで重要な職が決まるのはどうかという論調もあるが、全トナカイが憧れる職であり、枠は極めて少ない。選ぶのは大変なのだろう。
サンタ自身が選ぶこともまれにあるらしいが、基本、サンタはトナカイのことにあまり関わらない。サンタはトナカイと他種族なので、親しく会話したり、理解しあったりは難しいのだ。
「ちょうど研修が始まる時期だろう? だから君を研修生として受け入れる形にしたいんだ」
教師が言い添えた。
「トーイの研修先は決まっていたが、すでに話は通してあるから、問題ないよ」
「そう……なんですか……」
「ただ、騒ぎになるから、できれば皆には研修先について内密にできるかな?」
「は、はい。その方が、僕もありがたいですけど……」
なんという幸運だと喜ぶと同時に、胸がドキドキと痛みをもって打ち始めた。
目の前にぴかぴかの鼻が見える。ああ、いいのだろうか。大丈夫なのだろうか。けれど教師はこの話を受けることが当たり前だという顔をしているし、トーイだって断りたくなんてないのだ。
でも、緊張のあまり嫌で嫌でしょうがない気もしてきた。こんな赤い鼻のトナカイ、サンタのソリ引きなんてエリートに受け入れられるはずがない。
憧れのトナカイたちに蔑まれるなんて、とても耐えられない。
(でもきっと、最初で最後のチャンスなんだ。トナカイ生で一度くらい、目立ったっていいじゃないか!)
***************
研修期間中は夢のようだった。
「おう坊主、よろしくな」
「はは、そう緊張することはないぜ。きつくなったらすぐ交代が原則だ。足を引っ張る前に抜けてくれ」
「さあ、行くぞ!」
夜空は美しかった。
ぴかぴかの鼻は相変わらず視界の邪魔だったけれど、遮るもののない星の中を飛ぶ。どこまででも行けそうだ。
見下ろせば地上にだって輝きがある。サンタの通る国はいつだってクリスマスだ。飾り立てられたもみの木、暖かい家々の明かり、輝くイルミネーションが水面にさえ映る。この国の人々にとっては一年に一度の儚い輝き。
トーイは夢中になってソリを引いた。
ソリ引きは力任せの仕事ではない。摩擦の少ない空中を飛ぶものだから、加速はともかく減速はかなり難しい。トナカイたちは息を合わせて、空をぐるぐると回るように降りていく。
他トナカイと気持ちを合わせることはトーイにとって難しいことだ。けれど優秀なトナカイたちと引くソリは、まるで魔法のように美しいアーチを描いた。
トーイは楽しくて仕方がなかった。
優秀なトナカイたちは想像したままの、信頼できるトナカイたちだった。いま、トーイはその中のひとりなのだ。
いつまでも疲れることはなかった。
「坊主、まだ大丈夫なのか?」
「まだやれます!」
「はは、若いってのはいいもんだなあ」
夜を走る。
この時が永遠に続けばいいのに。
けれど日々は終わり、研修は終わり、トーイは赤鼻の日常に戻った。輝かしい思い出だけを抱えて、静かに生きていくのだろう。
そう思った。
けれどその後、トーイは正式にサンタのソリ引きに選ばれたのだった。
************
「あの赤い鼻で、サンタのソリ引きとコネ作ったんだってさ」
「うわ、そりゃ目立つけどさ……」
「わざとやってたのかよ、あれ」
「ジョンの方が早かったのになあ。目立てばいいのかよ」
「サンタも見る目がないよ」
卒業式ではいつものクスクスではなく、もっと悪意ある囁きが聞こえた。トーイはいつものようにうつむいてやり過ごす。
自分のせいでサンタが悪く言われているのには申し訳なくなったが、サンタというのはつかみどころのないものだ。憧れのソリ引きたちを馬鹿にされたなら、トーイはもっと怒りを感じていただろう。
サンタはトナカイとは他種族で、親しく会話するということもあまりない。サンタはそこにいて、クリスマスにプレゼントを配るものだ。トナカイはソリを引く。別の生き物なのだ。
(でも僕が、本当に、サンタのソリ引きに……)
悪意ある言葉を聞くうちに、トーイは逆に実感を持ち始めた。本当のことなのだ。誰かの嘘でも冗談でもない、騙されてもいない。
トーイはサンタのソリ引きになる。
もしそれが赤鼻のせいだったとしても、それならば、この鼻に感謝してもいい。生まれて初めてそう思った。
************
だが、実際にトーイがソリ引きになると、同僚たちの態度は研修中とは違っていた。
「ああ、こないだの……まさかお前が同僚になるとはな……」
「研修中みたいに突っ走るのはやめてくれよ、めんどくさい」
「はあ。サンタが赤鼻を気に入るとはな」
トーイは彼らの態度に戸惑った。
あれほど頼れる、憧れのソリ引きたちだったのに、同僚となったトーイには冷たい。あの研修中のようなきらきらとした職場はどこにもなかった。
トーイは戸惑いながらソリを引き、そして自分がほかでもないサンタに選ばれたのだと知った。常にトナカイに関らないはずのサンタが、トーイを選んだ。
同僚たちの冷たい態度も、それが一因なのだ。
(サンタが僕を……?)
どうしてだろう。
わからない。トーイは確かにソリ引きが上手かったが、サンタのソリ引きの中では目立たないほうだ。研修中だって、ほかのソリ引きたちにフォローされて、それで走り続けていられたのだ。
「おい赤鼻! ルートがずれてるぞ!」
「あっ、はい、すみません!」
「まったく、いい加減にしてくれよ。おまえは目立つんだから、こっちも引っ張られるだろうが!」
「……すみません!」
「その赤いの、どうにかならないのか?」
「ならんだろ。わざとやってるんだから」
侮辱するように言われて震える。
彼らはトーイが赤い鼻で目立つことで、サンタに選ばれたと思っているのだ。
そうではないと信じたかった。
だが、こうして近く接する機会を得て良くわかる。サンタはトナカイの個体識別さえできない。それぞれの名前もわからない。
だが、トーイのことは覚えている。
赤鼻だから。
(それでも、僕は努力したんだ。ソリ引きが上手になった。それを見てくれているはずだ)
そう信じたいのに、できない。
赤鼻、赤鼻と呼ばれるたびに虚しさが襲う。白い雪の世界に、いつもチカチカと赤い鼻がちらつく。
目の端で涙が凍り付いて、それでもトーイは走り続けた。ソリを引くことだけがすべてだったが、もうそれはトーイの心を慰めてくれない。
**************
ある日、サンタがトーイの頭を撫でながら、にこにこと言った。
「暗い……道……ぴかぴかの……鼻が……役に立つ……」
他種族ゆえに言葉はきちんと聞き取れなかったが、意味はわかった。
(この鼻が、役に立つ?)
トーイは衝撃を受けた。
選ばれたのが本当に赤鼻のせいだったということには、ショックだった。しかしトーイが、そして皆が思っている理由とはまるで違った。
この赤い鼻が、役に立っていたのだ。
(僕の鼻が)
まさかそんなことは考えもしなかった。
赤い鼻は邪魔なだけ。目立つだけ。ずっとそう思っていた。しかしトーイの鼻が夜道を、サンタの行く先を照らし、子供たちにプレゼントを届けているのだ。
トーイは複雑な気持ちだった。
けれど自分が役に立てるのであればと、トーイは前向きな気持ちでソリを引くようになった。同僚たちの声も気にならない。だってトーイが照らしている。
気づけば同僚たちだって、トーイの照らす光で先を見ているではないか?
そうトーイが思えるようになったのは、周囲に集まってきたトナカイたちのおかげだったかもしれない。
「なあトーイ、どうやったらそんな赤い鼻になれるんだ?」
「えっ?」
「あたしにも教えてちょうだい」
「な、どうして」
「ああ、なんてきれいな赤い鼻なの」
最初はまた揶揄されているのだと思った。
その次は、サンタのソリ引きという立場が持ち上げられているのだと思った。実際そうなのだろう。トーイがサンタのソリ引きでなければ見向きもしなかったはずだ。
しかし彼らは本気で赤い鼻の秘密を知りたがったし、はっきりトーイの子供が欲しいと言ってくるメスさえいた。
孤独だったトーイは話しかけてくる仲間がいることは嬉しかったが、複雑な気持ちになっていた。持ち上げられても、それが正直な言葉とは思えなかったのだ。
しかしサンタの言葉を聞いて、ようやく本当に理解したのだ。
(この赤鼻には価値があるんだ!)
サンタに選ばれる鼻。
トナカイの中のエリート、サンタのソリ引きになれる鼻なのだ。
自信を身に着けたトーイはソリ引きの先頭に立つようになった。実際、それだけの力がトーイにはあった。トーイが先頭にいれば、道は照らされ、よりいっそうきれいなアーチが描けるのだ。
そのうち不思議なくらいに、トーイの陰口をたたく者はいなくなった。優れたトナカイたちの中に迎え入れられ、ソリ引きの秘訣や、赤い鼻の秘密を聞かれた。
「トーイさんは憧れなんです!」
そう鼻を赤くして言ってくる若者まで現れたし、それは珍しいことでもなくなっていった。
持ち上げられてもトーイは浮かれはしなかった。いっそう真面目に、ソリ引きに集中した。これこそが自分の価値をあげてくれた。生まれてきた理由なのだ。
トーイは自分と同じ真面目さを感じたメスと結婚し、子供が生まれた。生まれた子供は可愛かった。
「あなた、赤い鼻の子よ。とってもかわいい……」
「本当だ……」
じわりと目に涙がにじんだ。
なんということだろう、自分が生まれたとき、両親は困惑したという。特別に目立つ赤い鼻を、どうにかして普通に見せようとしていた。
でも我が子は、赤い鼻を特別の証として生まれてきた。
「素晴らしい鼻だ。はは、君が跡を継いでくれるのかな」
「きっとそうよ!」
実際のところ、子供の鼻はトーイほど赤くはなかった。けれどトーイだって成長するごとに鼻は赤くなっていったのだ。
トーイはいっそう仕事に集中した。赤い鼻の子は元気に育っていく。もうひとり、女の子も生まれた。彼女の鼻もほんのりと赤い。
トーイは充実していた。価値のある仕事、養うべき大事な家族がある。
しかし三匹目が生まれたとき、トーイは凍り付いた。
「これは……どういうことだ」
「えっ、どうしたの?」
「……鼻が赤くない」
「そういう、ことだってあるわよ」
三匹目の子の鼻は赤くなかった。母親と同じ鼻をしていた。
トーイは自分でも驚くほど衝撃を受けた。特別な鼻を持つ自分の子は、また特別な鼻をもって生まれてくると思っていたのだ。
友トナカイたちが囁く。
「この子はあまり似てないのねえ」
「トーイ、こういう話をするのは、なんだが……彼女がほかの男と歩いているのを見たことが」
それを信じ切ったわけではないが、無視することもできなかった。それは妻にも伝わっていたのだろう。
「言いたいことがあるなら言ってよ、トーイ。私を疑ってるんでしょ」
「そんなことは……」
赤い鼻を持たない子供が生まれてから、ふたりは上手くいかなくなった。子供はかわいかったが、三番目の子供にだけは自然な態度で接することができない。
「もう無理よ、別れましょう」
結局、二匹は離婚した。
元妻には充分な財産分与をし、子供は三匹ともトーイが引き取った。トーイには使いきれないほどの金がある。もし三番目が自分の子じゃないとしても、可能性のために養育するくらい痛手ではない。
そしてトーイは再婚した。
トーイと結婚したがるメスはたくさんいたし、求められればそれも良いかと思った。新しい妻との間にも多くの鼻の赤い子供が、赤くない子供が生まれた。
できるだけトーイは考えないようにした。両親から自分が生まれたように、鼻の赤い自分から赤くない子供が生まれても不思議ではない。
それに子供はたくさんいる。充分だ。
トーイはひたすらに働いた。子供たちはすくすくと育ち、立派なソリ引きになった。サンタのソリ引きにはなれなかったが、こればかりは仕方がない。なにしろ枠が少ないのだ。
子供たちも結婚し、また赤い鼻の子供たちが増えた。
そのころには世間にも赤い鼻が流行していて、孫たちは大いに持て囃されたようだ。中にはファッションリーダーとして人気者になる子もいた。
いかにして鼻を赤くするか。
たくさんの根拠のわからない話が出回った。そのどれかに効果があったのか、道を走るトナカイたちの鼻は赤さを増しているように思う。
時代が変わったのだ、とトーイは感じた。
赤い鼻の時代になった。そのことに満足と、少しの寂寥を感じる。あいかわらずトーイの仕事は充実していて、サンタの信頼を勝ち取っていた。
同僚が引退するとき、孫のひとりを推薦した。
赤い鼻のトナカイにサンタはやはり喜んだ。それに背を押されて、トーイは次々に孫をサンタのソリ引きに推薦していった。
そしてサンタのソリ引きは赤い鼻が当たり前になったころ、トーイは引退した。
「……ああ、いいトナカイ生だった」
トーイの次として優秀なひ孫を推薦し、受け入れられた。ひ孫の中でもとびきり赤い鼻の子だ。
きっとこれからもサンタの道を照らしてくれるだろう。
そして訪れた最期のとき、トーイは赤い鼻の一族に囲まれていた。
(なんて素晴らしい一族だろう。このために、このために僕は生まれてきたんだ……ああ、使命を果たした、もうやることはない……)
赤い鼻の始祖としてトナカイの尊敬をあつめたトーイのトナカイ生は、こうして終わった。
************
「大おじいさま!」
「トーイおじいちゃま!」
「ああ、お父様、お父様……!」
ぴかぴかの赤い鼻の一族が取りすがる背後で、身の置き所のない様子で、複数トナカイが壁に背をもたれさせていた。
互いに目が合うと苦笑する。
(なんで呼ばれたんだろうなあ)
彼らは赤鼻の始祖の親族だ。
ただ、鼻が赤くはない。
(始祖様と関わったこともないし……)
赤くない鼻の彼らは、始祖との記憶がほとんどない。始祖の前に出るなと、目につくなと親に言い聞かされて育ったのだ。
ただでさえ仕事ばかりの始祖の意識の中に、赤くない鼻の彼らは存在していなかっただろう。
(こんなときに悪いけど、知らないトナカイみたいなもんだし、早く帰ってトレーニングしたい)
赤くない鼻のカイはそう思う。
鼻の色は継がなかったが、カイは一族のソリ引きの才能は継いでいた。道を照らせないのだからこそ、ほかのトナカイより鍛えなければならない。
「鼻も赤くないのに頑張ってなんの意味があるの?」
そう嘲笑するものもいたが、カイはソリ引きが嫌いではない。トナカイ付き合いが上手くないカイは、ひたすらソリを引いているときが一番幸せなのだ。
そんなカイだったが、卒業前、一族のものに想像もしなかった頼みをされた。
「サンタのソリ引きの代理を? 僕が、ですか?」
「ああ、お前なら過不足なく働いてくれるだろ」
その言葉には「お前になら役を奪われることはない」という馬鹿にした響きがあったが、カイは頷いた。サンタのソリ引きがたとえ数日でもできるなら、これほど幸運なことはないからだ。
しかし代理としてソリ引きに参加したあと、なぜかカイはサンタによってソリ引きに選ばれた。
カイは困惑した。赤い鼻の同僚たちはみな、どうして白鼻が、という目で見る。赤鼻たちは直接白鼻と会話すらしないので、カイは孤立し、ひたすらにソリを引く。
ある日、サンタが言った。
「赤鼻たち……ぴかぴかしすぎて、まぶしくて、前が見えないんだよ」
カイは納得した。
実際、働き始めてからカイ自身も思ったのだ。このころはどこの国でも、クリスマスの夜は明るすぎる。そこに赤鼻たちの輝きは強すぎるのだ。
こうして、赤鼻の時代が終わろうとしていた。




