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42 睡蓮宮のセリア妃殿下2

「私があの子を産んだ時、王妃殿下や閣僚は諸手を上げて喜びました……純血の王子だと……

エラントの女の何が偉いんだか…」


純血の王子、そして私は混血の王子。

そんな風に揶揄されてたのか。


「そのうち、まことしやかに先程のような中傷が流れたそうです。

流石に王家に直接漏れることはなかったのですが、遠回しに私に言付ける者はおりました」


デュランがセリア妃と公の子。


ありえ、なくもないか?

セリア妃はヴェールダム家に、20代後半まで仕えていたと聞く。公の囲い者であってもおかしくないくらいの歳だ。


それに。

王宮侍女となったセリア妃は、奧よりも東宮で仕えて居た。母が妊婦の間は、執務室で実質、母の代理の仕事さえ任されていたからだ。出入りする官吏や大臣も居ただろう。


今なら、王家の皆が皆、そんな中傷なぞ一笑に付す。

それ程に、この女性は、母を敬愛し、父を慈しんでいる。知を誇らず寵愛に奢らず、深い深い愛情で王家に仕えている。

だから、祖父の代に祖父が側室制度を取りやめたにも関わらず、セリア妃を認めたのだ。



セリア妃は、

「私が公と情を交わしていれば、子を成す前に、王宮から出奔していたでしょう。

また、万が一、公が謀反の旗印であれば、姑息な方法は選びません。

堂々と、大掛かりに向かうでしょう

下らない醜聞で利用しようなどとはなさりません」

だから、有り得ません。

と、キッパリと言う。


「息子は馬鹿です。

そういった事に思い至らず、相手に踊らされて。

多分、あれは、私を思って秘密裏に何とかしようとするのでしょう。


……菓子は、脅しの証でしょう」


ふうむ……


デュランは、何者か(民衆党だよ)に、目を付けられた。今世の獲物は、彼だった訳だ。


(お前は一滴も王家の血が入っていない。母親の不貞は国家反逆罪だ。

のうのうと、純血の王子として育ったお前に、我々に『否』という言葉はない。


なあに、簡単なことさ。


ジェイ王子が、エミリオ嬢と『お出かけ』の時を手の者に知らせてくれれば、それでいい。

命まではとらない。脅しをかけられる程度にするさ。


分かっているか?


暴露すれば、お前はおろか、母親の首も飛ぶ。

なあ、考えてもみろ。

ジェイ王子が『居なくなれば』、

お前が嫡男で決まりだろう。


下の王子じゃ、王太子の席が空白になっちまう。


『純血の王子』が即位するのが順当。

我々は惜しみなく応援するよ。

お前が即位した暁には、市民運動も落ち着くんじゃない?

……私たちが、引くから、さ。


なんたって、エラントの血を憎む御方がお前を応援するんだから)



そんなとこ、かな。

私も、4度目の人生ともなると、中々の劇作家だな。やり直しの時間以上に、経験値で老けている気がする。


というか、下世話になった気が、する。

兄上は、

まあ、私の命より、セリア妃の命の方が重かったんだな、そうだよな……


自虐にちょっと凹んだのを妃は衝撃を受けたのだと感じたらしい。


すい、と、立ち上がり、背筋を伸ばした。


「親バカではありますが……あの子が自ら野心を抱くことは決してありませんわ。

僭越ながら、幼い頃から、殿下の家臣としてつくすよう、育ててきました。

だから、エミリオ閣下にも御教授を紹介頂きましたし、執務のイロハも、彼に習わせました。

あの子に帝王学など必要ないのですから」

そして


「あの子がデレクに仇なせば、私は許しません。私自身も許せません。

デレクの足枷になるものを私の道連れにいたしましょう」

と、言い切った。


ああ、父上。

父上の仰る通りでした。

貴方は、この女性だから、母が居ても、引き留めた?

この方の本意をねじ曲げてでも、囲ったのは、愛したからなんですね。


私も立ち上がり、妃の傍に寄った。


「セリア妃殿下。

私は兄上よりポンコツですが、失敗を糧として、色々やり直しているんです。

で、誓ったのです。

大切な人を国を失わない、と。

……兄上は、生まれはどうあれ、その後は、躓かない人生だった。

今、初めて、人を謀り、人を失うかもしれない、という局面に混乱しているのでしょう。

けれど、私は」


一番伝えたいことを私は宣言した。


「兄上も貴女も、守ります。

今、私がここに生きる意味です。

どうか、貴女はお静かにすごして下さい。

儚いことは仰らず、こちらで成り行きを見守っていて下さい。

……来月辺りに咲く睡蓮を皆で愛でに参りますから」



若造の決意を妃はどう受け止めたか分からないが、


「……私の命如きで、世の中が変わる訳ではないですわね。

分かりました。

多分、最も辛い使命を頂きましたが、全うしましょう

……ジェイ殿下」

そこで、微笑む妃は、私のうなじの後れ毛にそっと触れて、


「……本当に、

お若いデレクに相対しているようです……」

と、呟くので、私は真っ赤になった。


父上。

貴方の好みは、私も、ど真ん中でした。逆に生まれてたら、フランカに操をたてられないところでしたよ。



私は睡蓮宮を後にした。



午後は、授業に出た。

単位が欲しいから。王子になんら忖度しない教授だから。


その後、教官室棟に向かった。

無論、マルベル教授に会いたかったからだ。影は二人に増えていた。

随行役と、もう一人は本当に影として潜んでいる。

それだけ私の命が危ういと言うことだ。



約束はなかったが、午後に彼の講義があったはずだから、在室しているだろう。


「お入りなさい」

ノックの後に名乗ると、中から声がした。

学院の序列は外のそれとは違う。

一番偉いのが院長で、次が副院長。

次が主任教授。

ロジェ・マルベルは、主任教授だ。

最下層の学生より、ずっとずっと偉い。


「初めまして。マルベル教授。

私は」

「ジェイ王子殿下。

お約束はなかったはずだが?」

「申し訳ありません。

火急の用件で」


偉い主任教授は、ため息をついたが、私に椅子を勧めてくれた。


彼は思ったより筋肉質な男だった。

くしゃくしゃの亜麻色の髪を後ろで束ね、銀縁のメガネの奥には、灰色の瞳が中々鋭い光を宿している。穏やかな方だと聞いているが、今は警戒しているか、不機嫌かのどちらかだ。


部屋の中は、両側が書物と紙の山で、窓辺の机にも、多少の衝撃で雪崩るくらいの山が幾つも出来ていた。

入口の扉には、地図。

エラントの、あれは、どこだっけ。


「私の仕事を留めるくらいの火急なのかな」

この人は、階級とか貧富とか、どうでもいいんだろうな。学術至上主義に違いない。

私は直截に尋ねた。


「先生は、兄の教官だったそうですね」

「ああ、ええ 」

「エミリオ嬢にも助言をしたとか」

「ああ……はい」


エミリオ、の名前で、少し目が動く。ここはツッコミどころかな。


「エミリオ嬢から、書簡を貰っていますか?」

「……君は何が言いたいのかな」

「個人的には、色々ありますが、今はフランカの封書が見たい、それだけです」


教授は、わざとらしいため息をつき、

「婚約者が醜聞でも起こしていると?私と?……殿下。私にも令嬢にも失礼な態度であることは、自覚していますか?」


あー、嫉妬に狂った馬鹿王子だと思ってんだな。


「恋文の類でないことは、承知しています。そして、お二人の個人的な領域に踏み込むつもりもありません。

お見せ頂きたいのは、最初の、公爵の依頼状も入っていた封書です」


少し、教授の表情がなごんだ。

こうして見ると、端正な顔立ちをしている。


「エミリオ領の調査助言についての依頼だね

ちょっとまって、たしかここらに」


教授は立ち上がって、壁の一山をガサガサ崩し始めた。

崩して、あれ、とばかりに、次の山。そしてその次。


……教授。貴方のアタマは理路整然なのに、部屋は片付けられない人なのですね……


「あ、ああー、この箱だ!

これにエミリオ領の件は……

あれ?」


この男のこの様子が演技なら、大した名優だ。……素であることに私の宝石を賭けよう。


「殿下、その後のやり取りは、全てあるんですが……中身を見てもらってもやましい事は何一つないので、お手に取られていいですよ

……最初のやつが、見当たらないのです」

彼はポリポリと頭をかいて、おかしいなあ〜、と呟いた。


「先生にとって、そう重要でなかったから、保管しなかったのでは?」

「それはありません」

マルベル教授は、少し胸を張って、


「エミリオ領のダム関係は、結構重要な案件ですからね。

フィールドワークの為には、あの最初の依頼状が必要なんです。

公爵の署名と封書の印は、領地をうろつく私を守ってくれますから!

いつも、この箱に公爵と令嬢の書簡は保管しています。

そしてあの依頼状と封筒は、ワークには持参し、終えると箱に返す、を繰り返しています。

間違いなく。私はここに入れました」


ううーん。

この無秩序な部屋には、教授なりの規則があるらしい。そして、封書は、ここには、ない、と。


「どなたかに貸与したことはないですか」

「人に貸す意味がない。

私以外、エミリオ領の調査をしたがる人はいない」

それはそうだ。


私は、ちら、と影を見た。

影は目で返してくる。



「……そうですか。

ありがとうございました」

「待ちたまえ」


帰ろうとする私に、教授が引き止める。


「殿下は、何を知りたかったのですか」


マルベルと民衆党との関係が不明な今、意図を話すのは、もちろんためらわれる。


「フランカに頼まれた、と言うことにしておきましょう。

……調査をフランカと共にされましたか?

「……」

「もし、思い出された事がありましたら、ご連絡下さい。では」



私は教官室棟を後にした。

影は、ピッタリとマルベルに着くだろう。

どんな尻尾を見せてくれるかな、マルベル。




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