35 東宮会議再び2
扉を固く閉め、人の出入りを断った。
「デュラン殿下が何を」
エミリオ閣下のつぶやきに、父は、
「フランカ嬢とロゼッタ嬢は、エミリオの応接室で、待って居たのだろう?
エミリオに約束のない者が、訪れていい場所じゃない。例え王族であっても。
だから、ロゼッタやお前に会う、という名目は立たない。場所は言わば、エミリオ公爵の陣地だからね」
「いや」
公爵は、戸惑いながらも父の話が何処に向かうのかを察しているようだ。
「デュラン殿下とのお約束はしていない。
昨日はジェイ殿下のみだ」
「では、デュランはどうして、お前の所へ行った?
フランカには、単独で会うわけにいかない。
ロゼッタとは、私邸で会えば良い。
ジェイも同様」
「緊急に、私に用向きがあったと」
「だろうね。
君は酔いつぶれたそうだけど」
デュランが、エミリオ閣下に何用が?
それより。
「父上」
「下手人とは、言ってはおらん」
けど。
昨日からさんざん、考え続けたことだ。
私達三人が馬車に乗る事を知っている者が、襲撃者に知らせた。
(フランカ送るよ。ロゼッタ、君も)
確かに私は、兄の前でそう言ったんだ。
……そりゃあ、
警備の中に内偵者がいたとか、
馬丁や馭者とか、
考えたら、あれこれ疑わしいが。
その者達では、遅いんだ。
あの時、エミリオ閣下はフランカと帰る予定だった。
ロゼッタは、少し滞在して公爵家の馬車を呼び寄せて、帰るつもりだった。
だから、急遽私が二人を送ると決めて、それから警備や馬丁や馭者は、準備に大わらわだった。
その場を抜けて、宮外に出て、呼び寄せる時間はない。
だから、私達の動きを把握できた者は、彼らを除けば侍従くらいで。
その侍従は、ぴったり私についていた。
どこかに、私達が宮を出ると知らせることができたのは……。
父は淡々と言う。
「直接でなくとも、夜に私用でお前が外出することを知らせるだけでいい。
そんな伝達連携が出来上がっていたのだろうよ」
「デレク、お前、息子を疑うのか?」
「少なくとも疑わしいとは思っているよ
多分、まさか、襲うとは思いもしなかっただろうね。やけに声を張って、随分汗をかいて、その割に青い顔をしていた。
何か、知っているのだろうね」
父は、柔らかなモノの言いで、不穏な事を言う。
この人は、いつからこんな奥深い人になったのだろう。
「だったら」
エミリオ閣下が、少し憤慨したのか、顔を歪めて言い返す。
「この場で、ここで、デュランに問いかければ良かったではないか!
あれは……良い男だ。
真面目で誠実で、人のことを先に考える男だ。
間違えようのない、男だろう……」
耳が痛いけど、事実だ。
兄は、私を貶めるような人物ではない。
優秀で穏やかで、品格をもち、
いつも彼は、貴方が嫡男であったなら、と言われている。
それなのに、早くから、私の為の自分であると公言して、私や私の弟妹を可愛がった。
セリア妃は、デュランを産んだ後は、子を成さなかった。
成せなかったのではないそうだ。
セリア妃が、意図して成さなかったと聞く。
(だから兄弟は可愛い)
と、兄は小さい時からそう言い続け、
(お前が王になり、伯父上の様に補佐するのが楽しみだ)
が、口癖だ。
そんな兄が、私を殺すはずがない。
「……何か、からくりがあるのではないでしょうか……
兄上も、駒の一つで、我知らず因果に組み込まれてしまった、とか」
私がそう言うと、
「同感だ。
若しくは、脅されて、いる、とか」
と、私の口真似を父がする。
兄が?
誰に、なんで?
「デュランに弱みなぞ、ないだろうが」
公爵は吐き捨てる。
我が未来の舅は、余程デュランを信頼しているんだな。
ちょっと、嫉妬。
少しの沈黙の後、
父が口を開いた。
「……デュランの弱みが、一つだけあるんだ。
エミリオ、お前、知っているだろう?」
「……何だ?」
ジェイがいるけど、まあ、いいか。
父はそう呟いて、私達に顔を寄せた。そして、囁く。
「セリア」
え。
あっ。
「エミリオ。
セリアが何処から来たか、知らぬはずはないだろう?」
エミリオ公爵は、目を見開いて、愕然とした。
「……ヴェールダム……か」
父とエミリオ公爵の、哀しいような苦しいような瞳と口元が、私には既視感があった。
ジェイがいるけど。
……私にはあまり聞かせたくないことなのか。
私は一切口を挟まず、随行のように気配を消した。
「公爵が、パトロンだとでも言うのか」
「可能性はある。
金鉱山は潤沢な、かねを産む。
ヴェールダム公が、隠棲してかれこれ二十余年だ。
その間、一切、宮廷から絶縁して、あちらからの声もない」
「恨んで、いるのか」
エミリオ公爵の問に、父は応えなかった。
「セリアを盾に、デュランに何らかの見返りを求めた奴がいる、と推測する」
「デュランをここに」
「いや」
父は、また頭をずいと突き出したので、私達もそれに倣う。
「泳がせてみよう
下手に追求して明らかにすれば、セリアが儚くなる
……あれはそういう女だ」
そして、続けて、
「デュランは腹芸が出来るほど黒くも老けてもいない。
あれの動きを追え」
……誰が。
……私?
「お前は腹芸が出来るくらい黒いだろう?」
父上。
私は貴方に似てきたと、大ザッカードが言ったんですが。
明日は、ロゼッタ視点です




