21 東宮の密談
「私がリル・アボットと親密だったのは聞いていますね」
公爵は、黙って肯定した。ロゼッタはある事ある事、愚痴ってたに違いないから。
「……リルはグレシャム伯爵領の学校に通っていました……そこで平等主義に染まったのでしょう」
「南の」
「ええ」
ここからは、ポンコツの私が見聞した事を覚えている限り、少しはマシになった私が翻訳して説明した。
いやー、所々、伯父上に突っ込まれると、薄らぼんやりの記憶に苛ついた。曖昧な部分は予断が入るとますますぼんやりするので、分かりません、と返答するしかなかった。
くそー、リルとのあれこれは、こんなに鮮明なのにね。
まあ、ざっ、とまとめると
リルの前の学校は、伯爵肝いりの施設で、リルによると王都の学院並に教授陣が充実していたこと。
階級の区別なく、領土の各地から、優秀な子息子女が集められたエリート学校であること。授業も滞在費も無償で、それどころか進学や就労にあたっては、支度金まで貰えたこと。
王都では、民衆党は党名を名乗らず、小集会を頻繁に開催していること。
リルに誘われて、青年部の集会に覆面で参加したこと。
「面識のある者はいたかい?」
「……貴族の子息も居ましたよ。学院でのリルに引きずられた者は、そこそこいるんじゃないかと」
よくバレなかったね、と、言われたが、
「主催者が敢えて私を隠していました……というか、馬鹿ですね。反王制の集会に王子がのこのこと」
「うん。王族会議にバレたら、君の明日はないね」
……怖い。
この温厚な伯父上の優しい声が怖い。
「……済みません。洗脳されてたんです。言い訳でしかありませんが」
頭を低くして、小さく言うと、
まあ、娘を救った恩人でもあるしねー、と伯父上は呟いて
「誰にも言うな。二度と口にするな」
と、凄んだ。
言いません済みませんごめんなさいもうしません!
「私が」
伯父上の声音が変わったので、顔を上げると、
「考えていたより、民衆党の思想は浸透しているんだな……不味いな」
と銀髪の伯父上は銀の髭を撫でて顔をしかめた。
「はい」
私は気を取り直して応えた。
「ああいう集会って、ある意味宗教と同じなんですね。繰り返し繰り返し、同じ事を違う口が言い募る。その集団心理が思考を止めてしまいます……現状に不満があったり、不幸があったりする者にとって、それは救済なんです。そして」
「憎む相手を同じくもつ同士と成す……巧妙だ」
「ええ」
そう。そして王家や貴族が、不幸をもたらした諸悪の根源と見なされる……
「しかしな。そのやり方は、時間と人脈と、それから潤沢な資金が必要な筈だ。パトロンは誰だ?」
「グレシャムですか」
「……足らない。領地にそんな学校まで作って王都の党員も養って、運動を支援して……南のグレシャムは穀物地帯。他に金を産む産物はない」
他に有力な貴族が支援してるのか。
若しくは、他の国が……。
「行けるか?ジェイ王子」
「えっ?」
公爵は立ち上がり、執事を呼んだ。
「東宮に会う。伝令を」
そして、身支度の指示を出した。
「君の父と、エミリオには、早急に伝えねばならん。私が話す。立ち会いなさい」
そして客間でしばし待っていると、セミフォーマルな出で立ちで伯父上が戻ってきた。
壮年の伯父上は、カツカツと大股で現れ、参るぞ、とホールへ向かう。
……恰好いい。
場に合わない呑気な感想が沸いた。
この方、なんでご婦人方が放っておくんだ?
私はやり直しの4度目人生のせいで、随分感覚が麻痺しているようだ。冷静に淡々と東宮の奥の間を見渡した。
伯父上の焦燥は大きく、挨拶もそこそこに、どっかりと座った。
全ての政務を止めて伯父上と私を待っていた父とエミリオ閣下、そしてデュランの三名は、緊迫した面持ちで座っていた。私も伯父の隣に座した。
伯父上の話は、私の伝えた事とほぼ同一だった。但し、流石に伯父上、
所々、諸国の情勢や各領主の経営状況なども含めて話すので、皆は荒唐無稽とは思わずに傾聴していた。
「不穏な空気は感じていたし、民衆党の動きも探ってはいたが」
エミリオ閣下が、ふうーっと息を吐く。
「そうか。予想より広く深く、蔓延っているのだな」
「重要なのは、伯父上の仰ったパトロンですね……資金源を断てば」
閣下と兄はそれぞれ、事の深刻さを感じているようだ。父は……
うん。何も言わずに、次に誰が口を開くか待っている。相変わらずだ。と、程なく
「誰が」の声。
えっ?
私は驚いた。父の声だ。
「誰が人払いしたんだい?ガードも侍従も、官吏も、見当たらないんだけどね」
父上。他の方々は、貴方の斜め上に戸惑ってますよ。
でも、前世で感じた、父がタダのぼんやりさんではない事を私は再確認した。
「私が」
伯父上に話すなと(首チョンパだぞと馬車の中で脅された)言われたが、ここからは私のカードを切る。
「私が指示を出しました。情報が漏れる可能性が高いので」
「間諜がいるのかい」
「おそらく」
伯父上も閣下もそして兄も、目いっぱい見開いて私達を見ていた。
そりゃそうだ。ぼんやりさんとお花畑の俺様王子が、真っ当にやり取りしてるんだからな。
「考えても見てください。学院にもあの思想は広がっているのです。学院やグレシャムの学校を卒業し、宮廷に仕える者の中に、信者がいても可笑しくはないでしょう」
「そう。汚染されているだろうね」
父はそう言って、兄に告げた。
「デュラン。君の信頼できる少数の者に、宮廷の全員の身元調査をさせなさい。多分、若者の筈だから、年齢層で絞っていいよ」
「仰せのままに!」
兄は紅潮した顔で応えた。
「資金源については、バルトーク公爵、貴方に調査を委ねても良いですか」
「承知しました」
「ああ、それから」
と、父は閣下に向き直って、
「お前は動くな、エミリオ」
「どうしてだ?」
「階段事件」
「……?」
最も閣僚や官僚に顔がきくと自負している閣下は、出鼻をくじかれて思考停止のようだ。
「フランカがリル達の標的になっているのは、私の婚約者だからだけではないんです。貴方の娘だから……彼らは貴方を悪の枢軸にしたいようなんです」
私が解説すると、そうそう、と、父は頷いた。
「下手に動くと、あちらが勢い付く。お前がターゲットなら、じっとしていても、あちらが何か動いてくれる。お前はそれを掴め」
得心がいったエミリオ公爵の表情を確かめて、父は告げた。
「ひとまず解散……あ、ジェイ、私の部屋に来なさいね」
父はそう言って、退出した。
扉が閉まると、兄が
「ジェイ!話には聞いていたが、本当に覚醒したんだね」
と、嬉しそうに近寄ってきた。
「まあ、あれの息子だからな」
と、エミリオ閣下はくっくと笑う。
「言わなかったか?若い時のデレクは、自分で動く男だった。何時しか、周りに傾聴し先を読んで、最良を判ずるようになった……ひとはぼんやりさん、なんて言うけれど、協議制には必要な資質だと、あいつは思っている」
前は今みたいな奴だったよ、久しぶりに見た、と、閣下は嬉しそうに笑った。
「ジェイ、そのぼんやりさんの弟に呼び出されたようだが」
伯父上も少しからかってくる。
(首チョンパじゃなかろうな)
というジェスチャー付きで。
「今までが今までですからね……覚悟して伺いますよ」
父、デレク王太子。
さて、どんな話なんだろう。




