背中から刺すようなもの
悠太に人の心がないのかと、ライカは戦慄をする。
魔導戦技での感想戦などでは、それはもうボロクソの酷評をする。指摘は実に適確で、一度でも耳にすれば二~三日は夢に出るほど。手加減して欲しいと懇願したくなるが、感想戦としては間違っていないことと、指摘された点を直せば成長するのが質が悪い。
では、誰彼構わずやるかと問われれば、違うと困る。
「……そちらのー、先輩さん? 剣聖さんはいつもー、こうなんですか?」
「あ、相手は選んでるけど、大体は……一応、手心はある方、だね……」
人の心はないのかと戦慄したが、それは初対面を前にしての所業であるから。
今回は、ただ事実を指摘しているだけなのだ。心を折るためであれば、人格否定に繋がるような物言いとなる。成長を促すためならば、改善のためのヒントを付け加える。
つまり、通常運転であった。
「余計なお世話ですけど、剣聖さんはお友達が少なそうですねー」
「少なくとも、君よりは多いだろう。観の目に呑まれた君と、曲がりなりにも空の目を制御している俺、世間との協調性、妥協性は段違いだ」
「――えっ!?」
背中から刺すようなものだが、驚嘆の声が出てしまう。
隔離されていた自分が言うことではないが、我が道を行きすぎて協調性などどこかに捨てたのではとしか思えない。
「先輩さんはこのように驚いていますが?」
「部活で見せているのは剣士としての顔で、教室とは全く違う顔を見せているから当然の反応だ。対して君は、どうだろう? 俺の見立てでは、民間人相手でもその顔を見せていると思うのだが、間違っているなら反論は聞くぞ」
否定することは簡単にできるが、悠太の前ではしてはいけない。
悠太の空の目は観の目から発展した目であり、この目の習得をもって「心」の理の皆伝と剣聖の称号を受け取っている。
自分さえ騙せない嘘など簡単に見抜かれ、淡々と事実を指摘されるのが目に見えている。
「お友達の数については置いておくとして-、剣人会との協調性についてはどうお考えで? このままだと、敵対するしかないと判断されると思いますよ?」
「協調性に問題のある人物を外交官として派遣した時点で、敵対したいのはそちら側だろうし、主語大きくするのは不誠実だ。このタイミングで敵対を望むのは、順当に考えて鏑木家の本流だろう。それ以外であれば、そもそも接触しようとさえ思わない」
「……えっと、話の腰を折っちゃうけど、なんでその結論に? 鏑木家側こそ、悠太くんと敵対したくないんじゃないの。ただでさえ、草薙家と揉めてるんだから」
個人でしかないが、悠太は剣聖。
剣人会からすれば、最高の権威と武力を併せ持った存在だ。
彼が敵に回るか否かは、戦略的に大きな意味を持つ。
「鏑木家として困るのは、敵か味方かの区別が曖昧な状態を維持されることです。草薙家と繋がりを持ったように見えますが、天乃宮の付き添いという形でしか動いていない。剣人会と関係が疎遠寄りの中立のため、交渉のチャンネルは少ない。そして、数少ないチャンネルの一つが、鏑木家が冷遇してきた奥伝。ここまで聞いて、どう感じますか?」
「香織ちゃんが雇った傭兵っぽいけど、奥伝の人を使って交渉すれば中立を保ってくれそう、とかかな?」
「ライカ先輩のように思う人もいれば、完全に敵だろうと考える人もいる。敵だと思いつつも、敵に回したくないから交渉すべきだと言う人もいる。若いんだから女で抱き込めば良いと考える人もいる。おそらくですが、当主候補との会話を聞いた後はこのように意見が分かれたはずです。これが何を意味するか、分かりますか?」
「一枚岩でなくなるってこと、だよね。そうなると…………」
目を閉じて考えを巡らせる。
時間にして一分ほど。今は長く考える場面でなく、短時間で考えをまとめる状況だ。
「悠太くんの相手をしたくないから反発する人が出てきたり、これを理由に下克上を狙われたりする。最悪の場合は本当に割れかねないから、悠太くんに敵対してもらった方が鏑木家の人からすれば丸く収まる、ってこと?」
「大体合っています。補足すると、反発する人は彼女を送りつけてきたグループで、下克上を狙うのが鏑木響也さんを慕うグループでしょう」
「なら、悠太くんと敵対したい主流派なのが――」
無機質な目が揺れ動いている。
自分の所属に関することか、内情を当てられたことかは分からないが、同様のような何かが見て取れた。
「ええ、彼女がそのはずです。死んでも惜しくない鉄砲玉か、生きて帰れると見込まれた実力者かの判別はつきませんが、ほぼ間違いなく」
「鉄砲玉じゃないと思うよ、さすがに。悠太くんから逃げるのそこまで難しくないし」
「なら、そうなのでしょう。俺にその辺りを見抜く目はないので」
剣聖に対して強気な発言と思われるが、単なる事実である。
悠太が真価を発揮するのは、一足一刀を含めた剣の間合いでのみ。呪力不足で魔導が一切使えないため、剣や体術を除く攻撃手段も持っていない。最弱の剣聖と称される理由であり、剣人会では有名な話である。
このことを念頭に置きさえすれば、悠太から逃げ切ることは難しいことではない。
「剣聖さんは、ずいぶんと先輩さんを信用しているんですねー」
「当然だ。先輩には俺が見えていないモノが見える」
悠太の反応を聞き、無機質な目が動く。
どこを見ているのか分からない視線は、確かにライカへと向けられた。
「一個人の戦力分析に関しては一日の長がある。視界に収まっているなら、人間関係もある程度察することが出来る。だが、それだけだ。視界にないものを想像することが苦手で、人間関係などという面倒くさいものを想像することも苦手だ」
「ハッキリ言うんですねー。自分が劣っているだなんて。それは、剣聖の威を貶めることに繋がるんじゃないですか-?」
悠太は、はて? と首を傾げる。
言葉が分からないのではない。意味が分からないのではない。彼女の言う論理で、なぜ剣聖の威が貶められるかが分からないのだ。
「まあ、剣聖に威が必要なことは確かだが、君は具体的に何を威と考えているんだ? おそらく、そこからズレがあるように思える」
「具体的にと言われても-、強い人が弱みを見せることがダメって言っているんですけど、コレで伝わりますか-?」
瞬き三回ほどの時間で咀嚼をし、悠太は頷いた。
「君の目の前に、超売れっ子の漫画家がいるとしよう。ミリオンヒットを何作も出すような漫画家が、実は絵に自信がないんだよと一枚のイラストを出してきたらどう思う? イラストの出来は売れている漫画と似たレベルとする」
「嫌み、かなー? もしくは、向上心がある-?」
「では、その漫画家が短編を君に見せたとして、素人目にも面白くないものだったら?」
「偽物なんじゃないかと思いますが-、それがどう関係を?」
本当は分かっている。
何を言いたいかは分かっているが、どう教えるのか気になり次を促す。
「漫画家にとっての強みが漫画であるなら、剣聖にとっての強みは剣だ。剣が強いのであれば、その他が弱くても構わない。剣以外が弱いことは当然であり、それは弱みとは言わない。なぜなら――剣聖とて人間だからだ。欠点があるのが人間だからだ。故に、君の認識は間違っている。そして、君の観の目はこの程度を理解できないほどに視野が狭いのだ」
予想したとおりの答えであったが、結論は予想外であった。
自身の目について、感情ではなく性能面で否定されたことも初めてであった。
和菓子が並べられるのを待ってから、一欠片も口にすることなく無言で席を立った。
悠太はホストがいなくなったことを気にもとめずに和菓子を平らげ、お土産の代金を支払うのであった。
お読みいただきありがとうございます。
執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。




