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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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接待ですからー

 お話、のために連れてこられたのは、料亭の一室だった。

 座敷からのぞける庭を見るためだけに、料亭を訪れる価値があるだろう。


「うまいな、このお茶。自分用と実家への土産にしたいが、どこで買えるか知っているか?」


「一〇〇グラム一万円超えてる玉露ですからねー」


「一万! ……これ、サービスのお茶、ですよね?」


「さすがに今日だけですよ。剣聖さんへの接待ですからー」


 やっぱり、と思うと同時に冷や汗を流すライカ。

 剣人会が悠太を接待するのは理解できる。剣聖と個人的な繋がりを持てば、活動の拠点が関東で会ったとしても仕事の依頼がしやすくなる。

 つい数時間前に鏑木家と揉めているが、だからこそ関係改善を図ろうとするだろう。

 清水の舞台で声をかけたのも、天乃宮香織と別行動をしていたからだろう。

 悠太やライカと年の近い、おそらく高校生ほどの見目麗しい少女に声をかけさせたのも、まあ、そういうことだろう。


(……なんか、イヤだな)


 日本は血の繋がりを重視する国だ。

 関係性を深めるために男女の情を利用するのは常套句であり、思春期の男性であれば飛びつきやすいのも分かる。

 分かるが、悠太がそれに巻き込まれていることに、モヤモヤとした感情が渦巻く。


「考えの古~いお爺様方は期待していますが、個人的には狙ってないですよー」


 少女の目は、どこを見ているか分からない。

 けれど、少女の声はライカに向けられていた。


「何の、話かな……?」


 絞り出した声が震えていないか、心配で胸の行動が早くなる。

 目が泳いでいないか不安なり、ノドが渇く。

 虫を見るような無機質な目が自分を捉えていると考えて、手が震えそうになる。

 悟られないように、けれど侮られてもいいと開き直り、首から下は動かさない。


「何の話って-、もちろん、剣聖さんに色仕掛けしにきたんじゃないかって話だよー」


「お茶の話してたのに、いきなり飛んだね。ちょっとビックリしたかな」


「えぇー、飛んでないよー。剣聖さんを取られるんじゃないかって、不安になったんでしょ~。接待って聞いてー、古臭いなー、やりかねないなー、って思ったでしょ~。声に出さなくても見れば分かるよ。そのくらいー」


 当たっているが、認めるのは癪だったので黙る。

 少しでも反応すればさらに感情を逆撫でするようなことを言うだろうと、予想が付いた。

 ライカはお茶を口に含みながら、曖昧に微笑む。


「ふふふ-、安心してー。彼氏さんを取るようなマネなんてしないしー、むしろ色仕掛けを止めるために来たんだから」


 自信の表情が固くなるのを感じた。

 きっと、間違っていないのだろうと思う。嘘も言っていないと思う。


(本当のことは、言っていないんだろうな)


 自意識過剰かも知れないが、自分を懐柔したいのではと思う。

 外れていないだろうが、本命でもないだろうとも思う。

 でなければ、悠太そっちのけで自分に話しかける理由などない。


「ライカ先輩は恋人ではない」


 悠太が事実を口にすると、モヤモヤを抱えた胸が痛む。

 少女に意識され、懐柔されるよりはマシであるが、目元が滲みそうになる痛みであった。


「おやや~、そうなんですか?」


「ああ、尊敬し、敬愛すべき先輩だ。俺ではとても釣り合わない」


 なぜか、悠太の頭をひっぱたきたくなった。

 というより、反射的に利き手が動き、反対の手が反射的に押さえ込む。

 分かりやすい動きであったので、悠太も少女も当然のように気付いたが、悠太は「どうしたのだろうか?」と首を傾げる。

 少女は「嘘だろ、コイツ」という呆れが顔に出る。

 ライカはどちらの反応に対しても、ふつふつとした苛立ちが浮かび上がった。


「それと一つ。君がここにいるのは、強行した結果じゃないのか」


「当然しましたよ。色仕掛けを辞めさせるために、わざわざ立候補を」


「俺がお爺様方の立場なら、君を出すことは絶対にない。色仕掛けどうこう関係なく、観の目に呑まれた未熟者を寄越す理由はない。いや、一つあるか。――神経を逆撫でさせて、関係悪化の引き金を相手に引かせたいときには、ちょうどいい生贄だ」


 少女から表情が消えた。

 ライカは苛立ちが浮かびあがらせたまま、少女に同情した。


「ああ、そうだ。接待と言っていたが、昼は食べたばかりでな。会席料理なんて出されても食べきれない。用意させていたら悪いが、考慮してもらえると助かる」


 無機質なはずの少女の目が、確かにライカに向けられた。

 目が訴える「この人マジで言ってるの? 接待を受けたくないからわざとじゃないの?」と分かりやすく。

 ライカは努めて表情を固くしたまま、空になった茶碗を傾ける。


「食事が済んでいるのは知っていましたから、和菓子をいくつか用意していますよー。気に入ったのがあったら、包む用意も。もちろん、お土産として発送も可能です」


「なら、このお茶も頼む。実家用に五〇〇。自分用に五〇〇。あと部室に五〇〇と、天乃宮にも渡した方が良いからさらに五〇〇。菓子は食べてから考える」


「わー、剣聖さんは豪胆ですね。もちろん、一〇キロでも二〇キロでも、好きなだけ用意しますよ」


「ああ、先輩の分も合わせて俺が払う。剣人会には用意させる手間賃も必要だから、支払い分の倍を近畿支部に寄付しよう。断られたら一〇倍を寄付するからそのつもりで」


 いっそ、清々しさすら感じさせる拒絶。

 接待を即カネで清算するなど、ケンカを売るどころか敵対宣言だ。

 この場で襲撃されてもおかしくないが、これが許されるのが剣聖である。

 無論、権威ではない。襲撃されても全員を返り討ちに出来る武力によるもの。

 剣型のデバイスがすぐに手に取れないライカ側に置かれているのは、武装解除の一種であろうが、どこまで意味があるのか。


「…………」


「怒りで視野も思考も狭まっているな。剣人会の上層部なら、俺の反応も予想できるだろうに君を寄越したのなら、本当に捨て石にされたようだな。まあ、当然か。何を考えているかも分からない呪詛憑きなんて、組織には必要ない」


「……剣聖さんは、呪力がないんですよね。見鬼でもないのになんで呪詛憑きだとー?」


「見事な絵が描かれたキャンバスに不自然なシミがあれば気付く。そういうことだ」


 観の目を持っているなら分かるだろう。

 分からないなら未熟者だ。

 そう、言外に告げる。


「ゆ、悠太くん……その辺に」


「これは手間賃の一環です。口だけとはいえ、剣聖の指導を受けられるなんて剣士にとって最高の褒美です。鏑木さんだってそうだったでしょう? 周りに無様を晒してでも、三剣のきっかけを掴もうとする。あれでこそ一流です」


 無茶苦茶である。

 使者を体よくイジメているようにしか見えないが、指導と言えば指導ともとれる。


「俺がライカ先輩を尊敬しているのは、この点で一流だからです。自らが未熟であると認め、危険であると知り、痛みに目を逸らさずに漸進する。普通はできません」


「え、でも、ヴォルケーノが危険なのは事実だよ? 制御というか、共存しないと殺処分されてたろうし、何度も暴走しかけてるし……」


「普通は、周りが悪いと自己を正当化するんです。自分が悪いと認めることはアイデンティティの崩壊に直結しますし、思春期なら自立心が邪魔します。……後輩はこの点も楽しもうとするから気に食わないですが……置いとくとして。具体的には、ああなります」


 指を指す。

 人差し指をピンと立てて、少女を指す。

 無機質なはずの目には苛立ちと怒りが浮かび、傷付いたと言わんばかりに歯を食いしばる。


「家庭環境か何かは知りませんが、育ち方と観の目の相性が良かったのでしょう。自分以外はどうでもいいと思っていれば、色即是空に近い心境になります」


「どうでもいいから、平等に扱えるってこと?」


「そうです。普通ならば歪みですが、観の目の才能があるとも言えます。ただ、そこから一歩も進めていない。自分以外どうでもいいなんて、人間社会にとって害悪でしかない。周りから疎まれるが、剣を握っている時だけは認められる。だから縋り付く。剣を握っている時でも疎まれるようになっても、変えることが出来ない。――こういうのを、才能に呑まれると言うんです」


お読みいただきありがとうございます。


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