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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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思ったよりも低いね

 清水寺と聞けば、清水の舞台を連想するだろう。

 清水の舞台から飛び降りるつもり、という慣用句は日本人であれば一度は聞いたことがあるだろう。死んだつもりになって思い切った決断をする、という意味であり、文学などに触れれば出てきたりする。

 江戸時代には二〇〇人以上が実際に飛び降りている。

 なぜ、自殺の名所でもない寺で飛び降りたのかといえば、願掛けの一種として。

 清水寺には飛び降りた人の年齢や性別などを記した書物には、七割以上が一〇代から二〇代の若者であるというデータも残されている。

 そんな飛び降りの名所を、ライカは自分の目で見下ろしていた。


「なんか、思ったよりも低いね」


 清水の舞台の高さは、地上から一二メートル。

 四階建てのビルに匹敵する高さであり、平屋が主だった江戸時代では目を見張るような高さではあるが、高層ビルが当たり前に存在する現代では見劣りしてしまうのは仕方ない。


「飛び降りた人も、大体生きてたんだっけ?」


「生存率は八割越えてたそうですよ。その人達は自殺願望者ではないから、当たり前ではありますが」


「え、そうなの?」


「仏様に願掛けしながら飛び降りれば、願いが叶うみたいな話だったと。……個人的には、飛び降りる前にやれることは色々あると思うんですけどね」


 自由平等が保障され情報が氾濫する現代と、身分制度を前提とした江戸時代とを比較する意味はないと理解しながらも、ついつい口にしてしまった。


「悠太くんは、ここから飛び降りてもピンピンしてそうですからね」


 魔導戦技という仮想世界内でのことだが、バンジージャンプでもなければ飛び降りない崖を、加速装置代わりにしているのが悠太である。自分から飛び降りるのはもちろん、誰かに蹴り飛ばされたとしても、かすり傷一つ負わずに生還する姿しか思いつかなかった。


「まあ、先輩を抱えて落ちたとしても、即戦闘態勢に移れる自信はありますね。……神経を使うので進んでやる気はありませんが」


「おや、悠太くんでもそういう気持ちになったりするんですね。よくやっているので、気にしないんだと思っていました」


「あれは……仕方なくの部類です。身体強化があるなら使いませんし、呼吸法に身体が耐えられない未熟を恥じるばかりです」


 魔導が使えないことはともかく、呼吸法が使えないことは恥ずべき事らしい。

 顔を赤くしながら、ライカから見えないよう顔を隠す。

 同時に、繋いでいない方の手を不自然に動かした。


「耐えられない? 的外れかも知れないけど、身体の強度とか鍛え方とか、上の方だよね。それなのに、足りないの? あと、魔導戦技でもたまに使ってたりしてるよね?」


 悠太の身長は、日本人の平均よりも少し低い程度。

 筋肉も、ボディビルダーのように肥大することもない。

 肉体的な才能という意味では平均的であるが、悠太は剣術に特化した鍛え方をしている。必要な部分を鍛え、不要な部分は鍛えず、動きを阻害する要素を徹底的に排除する。

 身体強化の魔導術式が使えないからこそ、狂信的なまでに鍛えている。

 現時点でこれ以上鍛えようがない、ほどに。


「使いはしますが、あれは難易度を下げた簡易版でして。それだって、しばらく動いて身体が温まってないと壊れるんですよね」


「簡易版……じゃあ、本式を使ったら……」


「破裂するでしょうね、内側から。パーンって。強化前、素の身体能力に求められる基準が、高強度の身体強化術式を付与しないと達成できないなんていう、人間が達成してはいけないことを要求しているので。……師匠、武仙でさえ、本式の習得に一〇〇年はかけてます」


「……あ、なるほど! 鬼種とか竜種が使ってたものを、人間が使えるようにアレンジしたんだね。さすが武仙様。向上心がスゴい!」


「…………いや、本式の呼吸法を編み出したのは、人間らしいです。…………師匠曰く、五代遡っても人間種以外の血は入っていない、血統的には真っ当な人間、らしいです」


「待って。わざわざ、五代遡って調べてるって事は、武仙様も疑ってたんじゃないの? じゃなきゃ、調べないよね?」


「ちなみにですが、これは師匠が戦国時代に取った一番弟子の話です。絶刀を三つに分けるきっかけになった人で、弟子にしたのも肩書きなし、無位無冠のままだと、多方面にヤバい影響を与えるからとかなんとか」


 なお、二番弟子が悠太の姉弟子、三番弟子が悠太、そして四番弟子以下は存在しない。

 これは武仙の弟子が三人のみ、というわけではない。

 達人の域にまで鍛え上げた上で、武仙流を名乗る者がいないだけのこと。三剣や絶刀を収めた者もいるが、新しい流派を興したり、元の流派に武仙の秘伝を伝授したりしている。

 もっとも、件の一番弟子については、武仙の弟子を便宜上名乗り続けたから、現在でも一番弟子に位置しているだけであるが。


「それ、弟子って言えるの?」


「絶刀を見せたら盗まれたそうなので、弟子の資格はあるようですよ。……まあ、使わなくても師匠が殺されるほど強かったので、戦闘で使うことはなかったとのことですが」


「……それ、弟子って言えるの?」


 答える代わりに、腕を振る。

 答えないことが答えのような気がするが、ライカの意識は別のことに向いた。


「ところで、悠太くん。さっきから何を斬ってるの?」


 手を繋いで意識してしまったからこそ、気付いてしまった。

 清水の舞台に着くまでに、着いてからも、幾度となく絶招・虚空を振るっていると。


「黙っていたのは謝りますが、不安にさせると思い」


「うん、それはいいの。何を斬っているのかなって」


 悠太が理由もなく剣を振ることはないと知っている。

 それでも振っているということは、振らざるをえない理由があるということ。

 剣人会と草薙家の抗争に巻き込まれている現状、知らない振りなどしてられない。


「もしかして、剣人会の……」


「いえ、初伝ですらないので、それはありません」


「じゃあ、何を?」


 もとより、奥伝が来るとは思っていない。

 悠太とまともに戦うなら最低でも奥伝が必要だが、それをすると戦闘の規模が大きくなり隠蔽が難しくなる。また、悠太を排除するだけなら、まともに戦わないことが一番。

 なにせ呪力がなく魔導が使えないのだ。

 その気になれば、いくらでもハメ殺しができる。


「感覚で物言って申し訳ないんですが、空気が浮ついた人が多くて。一人二人なら、観光地だからで良いんですが」


「私が気付いただけで、五回は斬ってるよね? なのに、初伝でさえないの?」


 あまりにもチグハグな対応。

 五回以上も同じ事をしているので、繋がりがあることは間違いがない。

 だが、組織的な対応とも思えない。失敗したことを何度も繰り返すなど、非効率でなく愚か者の行動だ。


「もしかして、似たような違和感があるとか」


 剣人会の八割を掌握したという、原因不明の違和感。

 なんとなくであるが、ライカは同じような何かを感じ取った。


「多分、ですけど、あります。ただ、剣人会とは別物かと……いや、それも違うか。根本にあるものは同じような気がしますが、剣人会や、留置所の時とも、別系統……いえ、別軸の何かが動いた結果、みたいな?」


 言語化しようとするが、中々上手くいかない。

 一人ならばすぐに考えることを辞めるが、今はライカが不安そうにしているので考えを深めようとする。

 だが、すぐに中断することとなる。


「すみませーん。ちょーっと、いいですかー?」


 声をかけてきたのは、悠太達と同年代の女。

 剣型のデバイスを腰に下げ、中伝ほどの実力を纏っていた。

 ライカはすぐに悠太の後ろに隠れ、顔を見ようとして、口をすぼめた。

 目だ。

 女の目が、あまりにも異質であった。


「剣人会からの使者か何かか?」


「似たようなものですねー。お話、しませんかー?」


 焦点が合わず、どこを見ているか分からない目。

 興味など等しくないと言わんばかりの、どこも見ていない目。

 悠太を見上げて、もう一度女の目を覗き込んで、すぼめた口を元に戻す。

 どことなく、悠太に似た目をしていたのだ。


お読みいただきありがとうございます。


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