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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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一度で良いから清水の舞台を

「ライカ先輩は、見たい場所とかありますか? 時間的に市内限定にはなりますが」


「市内限定……ちょっと待って、調べるから」


 スマートフォンを取り出し、検索ブラウザを起動する。

 京都府民、京都市民であれば、市内の有名観光地を諳んじられるかも知れないが、関東圏の人間には難しい。五分ほどかけてオススメ紹介サイトを吟味して、ライカは答えを出した。


「清水寺にしましょう! 金閣寺や銀閣寺も捨てがたいですが、一度で良いから清水の舞台を見たいって思ってましたし、お土産屋さんとかお店もいっぱいあるみたいですし、絶対に楽しめますよ!」


「市バスならすぐの距離ですし、いいですね」


 目的地さえ決まれば、後は順調である。

 路線を調べ、近くのバス停に移動し、時間まで待機し、バスに乗る。

 支払いもICカードを使えば紙幣や硬貨を用意する必要はない。

 目的地も有数の観光地である清水寺のため、人の流れに乗れば下車も難しくはない。

 かくして最寄りのバス停に無事到着した二人は、ぐったりと肩を落としていた。


「……疲れ、ました、ね」


「オーバーツーリズムが問題になっているとニュースになってますが、まさか満員電車並みに押し潰されるとは。路面電車が検討されているのも納得です」


 近くの茶屋で休もうにも、そこも人でいっぱいである。

 観光客向けのエリアのため人が多いのは繁盛の証であるが、市バスは観光客だけでなく市民の足でもある。常に満員ともなれば、日常としての足の機能を果たせなくなってしまう。


「他の場所もこんなだと思う?」


「よっぽど辺鄙でマイナーな場所でもない限り、そうでしょうね。……どうします? 剣人会の誰かに聞けば、穴場スポットくらい教えてくれると思いますが」


「ここまで来たんだから、行こう。せっかくの京都だもん。怖じ気づいたらもったいない」


 手をギュッと握りしめ、人混みへと果敢に飛び込む。

 が、人の流れに乗ることが出来ず、弾き飛ばされてしまった。


「…………うぅ、どうすれば」


「手、貸してください」


 ライカの手首を優しく握ると、そのまま人混みに乗る。

 乗った後も流れに逆らわず、しかしライカに圧が向かないように立ち位置を調整する。

 だからだろう、息をするのも苦しい雑多の中でも、声を出す余裕ができたのは。


「す、すごい……何かコツでもあるの?」


「俺には空の目があるので、俯瞰して流れを見てるだけです。俯瞰ができなくても、慣れればなんとくなくでやれる範疇ですね」


「そっか……ゴメンね、慣れてなくて」


「いえいえ、先輩の手を合法的に握れたので役得です」


「手、ごっ……!」


 指摘されて、自覚してしまう。

 普段は剣聖としての面が強く出ているが、悠太は年の近い男子。

 それも同じ部活の年下の男子生徒が、手首とはいえ自分の手を握っている。

 ダメ押しとして、困っている場面で助けるために手を握られるなど、少女マンガの一場面のようであると、今更ながらに気付いてしまった。

 年頃の乙女とは思えないほどの鈍感さであるが、ライカを責めるのは間違っている。


「……ど、どうしの、急に……そんな、そんな、……その、普通の男の子みたいなことを言うなんて、体調でも、悪いのかな……?」


 無論、照れ隠し九割から出たセリフである。

 あるが、残り一割は本心である。


「あの、普通の男の子も何も、正真正銘の男子高校生ですよ、俺」


「だって悠太くん、普段は感情があるのかなってくらい淡泊だし、人の心とかないのかなってくらい無慈悲な対応するし、正直、お勉強があまり得意じゃないって弱点がなかったら、本当に人間なのかなって思うくらいだし……」


 心外だ、と悠太は眉をひそめる。

 反射的に反論しようと口を開いて、冷静になる。

 自分の行動を振り返り、客観的に評価した場合、ライカの言に間違いはないのだ。


「体調は悪くありません。人混みで多少は消耗してますが、行動に支障が出ない程度です」


「なら、どうして急にらしくないことを……?」


 ふむ、と。

 空いている手を顎に当て、自身の変化を探る。

 心当たりはすぐに見付かった。


「ライカ先輩が成長したからですね」


 口にしたら、思いのほかしっくりきた。

 悠太にとってこれ以上ないほどの説明であったが、ライカにとってはさっぱりだ。


「なんで私が成長したら、悠太くんがらしくなくなるの?」


 疑問符がいくつも頭に浮かぶ。

 悠太の変化を聞いたのに、なぜか自分が褒められるなど、意味不明にもほどがある。


「今だから言いますが、実はライカ先輩の首をいつでも斬れるようにと気を張っていたんですよね」


「え…………、えっ――!?」


 いきなりの殺人予告。

 ホラーだと思ったら実はミステリーだったような喜劇――から、突然現実に引き戻されたような、強い衝撃を受けた。

 反射的に手を引き、手首がすっぽ抜けるが、悠太はすぐさま手のひらを握りしめる。


「おっと――手を離さないでくださいね。はぐれると合流できませんよ」


「首を斬っ、え、ええ、? な、なんで?」


「ああ、順を追って話さないと理解できませんね」


 理解どころではない。

 それ以前なのだが、悠太は気付かずに説明をし出す。


「机の中に先輩からの手紙が入っていたときですが、実はすごく嬉しかったんです。字が女子生徒のものでしたので、まあ、年相応に。ウキウキで待ち合わせ場所に行ったんですよ」


 まず、初手から理解できなかった。

 言葉は理解できるが、普段の悠太からは想像ができない言葉に、ライカの頭は混乱した。


「で、実際に会って話をして――厄ネタだと落胆しました。提案をすぐに断ったのも厄ネタに関わっても碌なことにならないと分かったからいたからです」


 あー……、としか言えなかった。

 精霊ヴォルケーノのことは一言も口にしていないが、別館に隔離されている時点で訳ありだ。空の目を持つ悠太の察しの良さを知る身としては、納得しか出来なかった。


「断ったら後輩に絡まれたのは良いとして、問題はその後です。先輩が特級の爆弾を抱えていて、いつ爆発してもおかしくない不安定な状態だと知って、知らん顔で放置できるほど鈍くはないつもりなので、色々加味した結果、近くで見張りつつ成長を促すことにしたわけです」


「じゃあ、首を斬るってのは、ヴォルケーノをどこうするって意味?」


「大まかにはそうですが、最悪は文字通りのことをする気でもありました。今となっては杞憂ですが」


 あはは……と、乾いた笑いが自然と出る。

 知らず知らずのうちに命の危機に陥っていたのだから当然だ。


「ちなみに、だけど……いつから気を張らなくなったの?」


 今が違うならいいじゃん、という悪魔のささやきを振り切る。

 ここまで聞いたら、聞かない方が精神衛生上良くないからだ。


「文化祭のあの日から」


 人目を気にした最低限の言葉。

 記憶がないことになっている二人には伝わる言葉に、ライカは悠太の手を握り返す。


「……何も、出来なかったのに? 爆発させようともしたのに?」


「意図しない爆発と、覚悟した上での爆発では、意味がまるで違います。ライカ先輩意思で、自殺同然のことをヴォルケーノに実行させた。そこまで出来る精霊使いは滅多にいません。あなたは間違いなく、俺が知る中で一番の精霊使いです」


 他に知らないので当然ですが、とオチもつける。

 だが、ライカには充分であった。

 これまでのライカは悠太にとって、魔導師ですらない。いつ起爆するかも分からない爆弾兼先輩から、精霊憑きの魔導師(未熟)にランクアップしたのだと、しっかりと伝わった。

 ライカは、息が苦しくなるほどの人混みに感謝をした。

 熱くなった手を顔を、悠太に見られずにすんだのだから。


お読みいただきありがとうございます。


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