割に合わない
「鏑木家の事情についてはある程度分かった上で聞こう。天乃宮、お前は鏑木家とどう決着をつけたいんだ?」
「どうって、草薙家を巻き込んだ落とし前をつけるつもりだけど」
「落とし前は、どの程度を見込んでいるのかと聞いているんだ。色々あるだろう。首謀者と思われる鏑木家の重鎮を全員失脚させるとか、主流派を剣人会から追い出すとか、分家含めて二度と再興できないほどに磨り潰すとか」
物騒な話だが、ここを決めなければ動きようがない。
実働部隊を全員倒すのと、重鎮を失脚させるのでは、動き方が異なるからだ。
また、決着の方向性によっては、香織に協力しないこともありえた。
「鏑木家を潰すつもりはないわ。沙織への求婚を取り下げさせて、草薙家を権力争いに巻き込もうなんて思わせないよう叩くつもりではあるけど、それ以上は望まない」
「落とし前が穏当で安心した。殺してでもなんて言われても困るだけだからな」
「言うわけないでしょう、時代が違うわよ」
時代が違えば殺したんだ、とフレデリカとライカは思った。
「ただ、敵が見えないのよね。鏑木家が関わってるのは間違いない。草薙家に手を出す理由もある。けど――割に合わない。南雲くんが奥伝候補を徹底的に叩き潰したとはいえ、うちに手を出さなければ確実に通ったはずなのよ」
草薙家の認識として、鏑木家の提案が通る見込みは七割ほど。
これを八割、九割に上げるために政略結婚を求めたわけだが、草薙家を敵に回すリスクの方が上だ。
悠太に論外の烙印を押されたことも、草薙家が敵に回った事が遠因となる。
「確実か……奥伝の八割が鏑木家の味方と考えれば、間違いなく通っただろうな」
「八割? ……南雲くん、その数字はどっから出したの?」
「どこからも何も、道場に集まっていた奥伝の反応からだな。俺に対する敵意の向け方から考えて、二割は中立、残りは積極的に賛成しているようだった」
「積極的って、具体的には。感覚値でいいわ」
「草薙家が天乃宮に向ける感情くらいだな」
身内に対する好意的感情ともなれば、積極的賛成と言えるが、おかしい。
これが二割以下ならば納得できるが、八割となるとありえない。
悠太と響也の鍛錬は予定されておらず、予想しろと言われてもできるはずがない。
仮に予想できたとしても、天乃宮の星詠みか、初空の未来視レベルの力が必要となる。
突発的に決まった場に集まったなれば、それは近畿支部の勢力図の縮図と言っていい。その八割が積極的賛成など、鏑木家に成せるはずがない。
「…………他に、気付いたことはない?」
「星詠みは何も言っていないのか」
「ないわよ、何も。――ってか、星詠みが指示出すことは本来ありえない。天乃宮家の大局に影響がない限りは、絶対に何も言わない。…………例外がないとは言わないけど」
ギリシア神話の中に、パンドラの箱という有名なエピソードがある。
この世のあらゆる厄災を詰めた箱を開けたことで、世界には厄災が満ちてしまった。しかし、箱の中には希望が残されていたことで、人は絶望せずにすんだ。
神学の中では、この希望が何であるかという議論が何度も行われている。
様々にある説の一つは、箱の中には「未来視」が残されていた、というもの。
これは、人は未来を知ることができないからこそ、絶望をしないですんだという説だ。誰かにとって良い未来とは、他の者にとっても良い未来とは限らない。故に、権力者は未来視を匿うと同時に、排除をしようとする。
天乃宮家はこのことをよく知っており、それを踏まえて上手く立ち回ることで、星詠みとしての地位を確立している。
「星詠みには頼れないから俺の目に頼りたい、ということか」
「私の専門は呪詛であって星詠みじゃないのよ」
「そうだな……ふむ、違和感は確かにあった。それも、同じ違和感を最近感じた気がするが、いつだったか…………」
いつだったか、と記憶を遡る。
記憶力が悪いわけではないが、悠太は色即是空の理を持つ。全てが平等であることは「今」に対処することを得意とするが、「過去」と参照することには向いていない。
違和感があったとしても、色即是空の理によって平等に処理される。
印象に残るようなことがなければ、無数の平等の中に埋もれてしまうのだが、今回は印象的なこととセットだったため比較的早く思い出した。
「ああ、そうだ。病院から留置所に直行して、軟禁された時だ。あの時の担当者と、奥伝達の反応が似ていた気がする」
剣聖が留置所で軟禁された事実に物言いたくなるが、脱線するので二人は黙る。
なにより、二人よりも早く香織が反応した。
「確かに、こっちも似たようなことがあったわね。アレも権力争いの一端で、今回も権力争い。それも無理筋というか、リスクとか道理を無視した行動の結果の。何かしら繋がっているって言いたいの?」
「直接の繋がりはない、と思う。裏事情を知らないから正確ではないが、根本が似てる? 例えるなら……根本が雨が降らないことで、結果として山火事と水不足が同時に起こった、みたいな印象だな」
「例えが分かりにくいわね。でも、言いたいことは分かったわ。鏑木家っていう山火事を鎮火しても、雨が降らない限りはまた別の山火事が起こるってことね」
面倒くさそうな空気が漂うが、好戦的な気配はなりを潜めた。
鎮火を潰すに置き換えれば、香織が何を考えているかは一目瞭然だろう。
「ダメ元で聞くけど、根本原因に心当たりはある?」
「あるわけないだろう。しいて言えば、で違和感があったと思い出したくらいだ」
使えないわね、と呟く香織。
言われることは仕方ないので反論しないが、悠太はあくまでも剣聖。
剣の知識や戦闘力はあるが、政治に関する知識や技術、魔導に関する詳しい知識を持っていない。あくまでも、剣を本分としているので、それ以外で使えないのは当然なのだ。
「……ねえ、香織ちゃん。ちょっといいかな?」
「何よ、ライカ。気付いたことでもあるの」
「八割が鏑木家の味方って話だけど……私達、鏑木家の敵になっちゃんだよね?」
「違うわよ、ライカ。なっちゃったんじゃないの。ケンカを売ってきたのは向こう側で、私達がここに来た時点で敵だったのよ。順番を間違えちゃダメ」
「だ、だとしても、だよ……京都にいる間ずっと、八割の人から狙われるってことに、ならないかな?」
ライカの顔は青白くなり、声は震えていた。
魔導戦技でのことにはなるが、幾度となく奥伝と戦い、ほぼ全てで負けている。
僅かながら勝ったことはあれど、奇襲に成功したか、漁夫の利を得た場合のみで、そもそも勝負にすらならないのが奥伝だ。
一人、二人なら対処できるかも知れないが、近畿支部の八割では対処のしようがない。
「そうね。少なくとも、私と南雲くんは狙われるわね」
「どうする、つもりなの? 危ないとか、危なくないとか、もう越えちゃってるよ……」
「八割は予想超えてたけど、ライカとフーカは心配しないでいいわよ? どんな事情があれ、奥伝が一般人を襲うなんてしたら潰されるし、二人に貴重なリソースを割くほどの余裕なんてあるはずないから」
予想外はあれど、鏑木家と草薙家の抗争という前提は崩れていない。
呪詛と混血が集まる草薙家と争うのであれば、奥伝は一人でも多い方が良いのだ。
「でも、何も対策しないってのも、違うわよね。――なので、ここからは二チームに分かれて行動しましょう」
「行動って、具体的には……?」
恐る恐る、探るように声を絞り出す。
とんでもないことを言うのではないかと、気が気でないのだ。
「ライカってば、まったく。私達が京都に来た理由を忘れてるでしょ?」
ライカの頭を駆け巡るのは、抗争や戦争、奇襲や呪殺など、物騒な単語ばかり。
青白い顔がさらに死にそうになる姿に、香織は肩をすくめた。
「修学旅行なんだから、観光に決まってるじゃないの」
至極当然で、真っ当な提案のはずなのに。
ライカは香織の言ったことを信じることができなかった。
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