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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
125/180

思ったより頭の

 学校側にとって文化祭は貴重なアビールの場であるが、どのようにアピールするのか?

 一番分かりやすいのは、成果を形にすることだ。進学校であれば「有名大学に○○人が合格」などであり、魔導科であれば魔導に関わることだ。

 クラスの展示物がお祭りの出店であるならば、成果発表を担うのが部活である。


「むぅ……バレットの弾速上昇に関する法則、……汎用術式と古典術式の比較、……魔導とAI技術の融合についての考察……、……はぁ、稚拙なレポートばかりですね」


「回答。高等学校におけるレポート・論文作成の重要性が低いことが要因。また、それらが重要視される大学と比較するのは不適切かと」


「それを踏まえても、です。別にテーマなんて何でも良いんですよ、高校生のお遊びなんですから。だからこそ、向き合い方が重要なんです。特にこの比較論を見てください。古典術式に幻想を抱いてた結論ありきでレポートを作ってます」


「参照――納得。文章から現状への不満がにじみ出ていると判断できます」


「でしょう。これは推測ですけど、理論ばかりで実技が苦手な人が書いています。効果の出力ばかりに目が行って、実際の使いやすさから目を背けて――いえ、違いますね。最初っから頭にないんですよ、この人。だから実技が苦手なんでしょう」


「追記。古典術式の理論もヒドい穴があります。この術式を使用をすれば反動で身体を壊し、永続する後遺症が発生します。これは現代魔導の盲点に当たる箇所になりますので、使用もせずに書いたと判断」


「そうなんですか? だとしたら、この部活はダメですね。こたつ記事ばかり書いてる素人の集まりです。何かの賞を取ったという実績もないですし、部費が欲しいだけでしょう」


 アイリーンの魔導に関する目は肥えている。

 野生動物の狩猟という危険がつきまとう仕事をしているため、少しでも危険を軽減しようとありとあらゆる手段を講じているのだ。罠に関する知識や技術はもちろんのこと、それをより発展させるために魔導も組み合わせようとする。

 その過程で多くの論文を読み、それを実戦しようと数え切れない失敗をしている。

 だからこそ、想像で書いただけの論文と、地に足が着いた論文との違いが分かるのだ。


「ねえ、お嬢ちゃん達。さっきから好き勝手言ってるけど、もしかしてケンカ売ってるかな?」


「ケンカですか? 売る価値すら見いだせないのでないですね。でも、確かに不適切でした。あまりにもヒドい出来でつい口からこぼれ落ちてしまい、ごめんなさい」


「謝罪。本機も陳謝いたします。もうしわけございまん」


「……――それがケンカ売ってるって言ってんのよ!」


 受付をしていた立ち上がり、スマホ型のデバイスを手にする。


「もしかして、この汎用と古典の比較を書いた人でしょうか?」


「だったら何よ! 土下座でもするっての!?」


「………………いえ、…………そのぉ、……思ったより頭の悪い人だなぁ、と」


 アイリーンの周りにも、頭の悪い人はいる。

 というよりも社員の一部は、彼女が拾わなければ半グレや闇バイトに手を出しかけないはぐれもの。そんなはぐれものと交流をするうちに、彼女も影響を受けている。

 具体的に言えば、言わない方が良いことを言ってしまうという悪癖という形で。


「――殺す」


 しかし、それを踏まえても女子生徒は短絡的すぎた。

 魔導とは人を簡単に殺めてしまう危険な側面があり、魔導師であればナイフよりも手軽に使えてしまう凶器だ。だからこそ己を律しなければいけないのだが、女子生徒はいともたやすくデバイスを操作する。


「ダメ!」


 いち早く動いたのは、廊下にいた生徒だった。

 呼吸をするように身体強化の術式を起動し、人混みを最小の動きで避け、女子生徒が術式を起動するよりも早く羽交い締めにした。


「何するのよ! てか誰よあんた!? 邪魔よ!!」


「邪魔するに決まってます! 外から人が来てるのに術式を起動なんてしたら警察沙汰だって分かるってるんですか!?」


 警察という単語を聞いた女子生徒はビクリっ、と身体を震わせて固まる。

 怒りで赤く染まった顔は蒼白となり、力をなくした手からデバイスが落ちる。


「あ、あの、落ちましたけど……? ――って、ヒドい顔です! すぐに保健室」


「――っ、うるさい」


 羽交い締めを解き、労ろうと伸ばした手を振り払い、女子生徒は逃げ出す。

 がむしゃらに走る彼女は、幾人もの人にぶつかりながら人混みに消えていった。


「え、え……っと、体調に問題はないみたいですけど、大丈夫でしょうか?」


 払われた手をさすりながら、逃げ出した女子生徒を心配する。

 そんな生徒に、アイリーンは近付き、深く頭を下げた。


「ライカさん、ありがとうございました。おかげで大事にならずにすみました」


「いや、感謝されることは特に……? あれ? もしかして、アイリちゃん? スクラちゃんも、何でここに?」


 魔導戦技部長、牧野ライカ。

 魔導科三年である少女は、予想もしない再会に目を丸くする。


「志望校の文化祭を見に、わざわざ上京してきました。ただ、もしかしてですが、わたしがいると気付かないのに助けてくださったんですか?」


「う、うん。近くで危険な呪力の流れがあったから、つい反射で。でも、動いた後はちゃんと考えてたよ。反応速度とか主観時間を上昇させたし、羽交い締めにしたのだって動きを止めるのと、接触による呪力干渉もできるからで」


「お兄さんは、ライカさんをどんな風にしたいんですか? というか、どんな鍛え方をしたらこんなクレバーな思考が出来るように?」


「先輩と後輩に関しては特にしていない。――が、間違いなく魔導戦技の影響だな。常在戦場が身に付いているようでなによりです」


「え、本当ですか? ちゃんと成長してるってことですよね? それはよか……あれ、南雲くんもいたの? というかスクラちゃんも…………っ」


 ライカは気付いてはいけないことに気付いてしまった。

 女子生徒をとめたことを間違ったことだとは思っていないが、とめなければいけないことだとは思っていなかった。

 まかり間違ってアイリーンが攻撃された場合、確実にスクラップが動くのだ。

 人死にを出すことはないと信じているが、手足が繋がっているだけという結果もありえた。そうなったら、警察沙汰ではすまなかっただろう。


「な、南雲くん……さっきの人なんだけど」


「大丈夫ですよ、アレが動くよりも早く動いたのだ。先輩が想定する最悪なんて起こしませんよ、さすがに」


「だ、だよね。南雲くんが先に動くよね、そりゃ」


 乾いた声しか出てこない。

 スクラップが動けば最悪だが、悠太が動いても穏便にはならない。

 断流剣で術式を斬り、その勢いのまま祓魔剣で意識を断つ。騒動になることを考えて一連の動きを素手で行うだろうが、周囲の目に映るのは悠太が女子生徒を手刀で攻撃したという事実のみ。

 女子生徒が悪いと分かるだろうが、この光景を見ていた人達に届くことはない。

 後輩達の評判を無意識のうちに守ったのだが、ライカの声は乾く一方だった。


「……ところで、あの人はなんで怒ってたの? デバイスを持ち出すなんてよっぽどのことがないと」


「……その、レポートの出来があまりにも悪く、その流れで人格否定に近いことを」


 冷静になり、自分が言いすぎていたことを自覚する。

 謝罪の言葉もトゲトゲしく、謝罪になっていないと反省をする。


「もう、レポートの批評はともかく、人格否定はダメですよ。それから、批評も当事者のいないところでしないと軋轢を生みます。……あまり言いたくありませんが、魔導科の生徒は自己が肥大している人が多いので、気を付けてくださいね」


「はい。肝に銘じます」


 しゅん、と小さくなるアイリーン。

 ライカは言い過ぎたかな? と不安になりながらも、言わなければいけないことだと自分自身に言い聞かせる。


「……あのライカさん。もしよろしければですが、一緒に回りませんか?」


「もちろん、いいですよ。行きたい所はありますか?」


「じゃあ、ライカ先輩のクラスに行ってみたいです」


 変なことは言っていない。

 言っていないのだが、ライカは困ったように頬を掻く。


「……いです」


「ん? すみません、声が小さくて聞き取れなくて。もう一度、言ってくれませんか?」


「だから、私、……クラス、ないんです」


 予想すらしていない言葉に、アイリーンは目を丸くするのだった。


お読みいただきありがとうございます。


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