文化祭を案内してください
「お兄さん、文化祭を案内してください」
二人への説教を終えたアイリーンは悠太にねだった。
「当番が昼過ぎに終わるから、それ以降ならいいぞ」
「ダメです。今すぐに」
「……人が来ないからって、サボる気はないから無理だ」
「大丈夫です。代わりならそこにいますよ」
ニコニコしながら指差した先には、足をぷるぷると震わす少女。
日本最高位の未来視にして、十二天将の一人、天乙である。
「イヤよ。なんであたしが閣下の代わりをしないといけないのよ」
「勝手に人のことを出汁にして、勝手に盛り上がったのは誰でしたっけ? 仁義にもとる行為だとネチネチ言うことも出来ますが、これでチャラにしてあげますよ」
「ぐぬぬ……いいわ。分かったわよ。やることも特にないし、代わってあげる」
「じゃあ、この話はここまででー。成美さんもいいですよね?」
「パイセンの辛気くさい顔見るよりは、マシなので、別に」
「ではでは、お願いしますね-。お兄さんも、案内をよろしくお願いします」
悠太は抵抗することなく頷いた。
従兄妹であるアイリーンに甘いという面も確かにあるが、抵抗すればするほど、あの手この手で逃げ道を塞がれるだけだからだ。
日和ったと言えば日和ったのだが、仕方ないことだ。
悠太の本分はあくまでも剣士。その一点においては剣聖と称されるほどに極まっているが、あくまでも一兵卒のそれ。人と率いる器ではなく、交渉ごとに関しても苦手だ。出来ないわけではないが、斬った方が早いという思考が常に頭の片隅に存在する。
対してアイリーンは一から起業をした経営者。
三年以内の倒産率が約四〇%、一〇年以内の倒産率が約九四%とされる厳しいビジネスの世界で、なんやかんやと生き残っているがアイリーンだ。交渉事に関して悠太が勝てる道理など端からないのだ。
「案内するのは構わんが、どこに何があるか俺は知らんぞ」
「最初からそんな期待はしていないので大丈夫です。そもそもパンフレットに書いてありますので、お兄さんは場所の案内と虫除けにさえなってくれればそれで」
「虫除け……アイリとスクラップの組み合わせは目立つか」
クオーターなれど外国人の血が強いアイリーンと、そもそも人でないスクラップ。
文化祭という非日常の中であっても、目立つことは必須だ。
「分かっていただけたなら、まずはお兄さんのクラスからです。ミックスジュースのお店みたいですが、学生のノリで絶対に変なヤツだしてますよね、楽しみです」
「趣味が悪いぞ」
「いえいえ、違いますよ。自分で言うのもなんですが、わたしは真面目ですからねー。突飛な発想をするのが苦手なんですよ」
「そこのスクラップを拾ったのは突飛じゃないと思うのか? いやそれ以前に、中学生で社長やってるのが突飛じゃないと本当に思うのか?」
個人事業主であれば、中学生でも珍しい部類に入るだろう。
だが、社員を一〇人以上抱える企業の社長(中学生)となると、もはや珍しいを通り越した希少種である。
「確かに、行動力は非凡かもしれませんね。でも、わたしが言っているのはアイデアについてです。狩猟なら経験を積み上げて作った虎の巻を使えば効率よくなりますが、その後の製造はアイデアが必要なんです。うちで作ってる商品は知ってますよね」
頷いて、指を一つずつ折っていく。
キーホルダー、手帳カバー、ボールペン、シャーペン、カバン、財布、などなど。
一〇を超えたところで、アイリーンが止めた。
「聞いといてなんですけど、もしかして全部知ってます?」
「アイリがやってる会社だぞ? フーほどではないにしろ、偶にサイトをのぞいてる」
「それにしては、一度も買ったことないですね? 注文表でお兄さんやお姉ちゃんの名前、見たことないし」
「ピンとくるのがないのと、結局は身内だからな。甘やかすのは良くない……と、いうことにしないと、フーが買い占めようとしてな」
フレデリカが駄々をこね、悠太に制圧される姿がありありと思い浮かんだ。
「お姉ちゃんはもう……少しは落ち着きを覚えさせた方がいいんじゃないかな?」
「とうの昔に覚えさせているし、忍耐は高い方だ。あの不器用さを思い出してみろ。技術を修めるまでに人の何倍も時間がかかるというのに、グダグダ言いつつも真面目に鍛錬してその部分だけ人並み以上になってる。……それ以外は、相変わらず壊滅的だが」
「火界咒と、剣の一動作ですよね? そこは認めますし、わたしには分からない地獄をくぐり抜けたとは思いますが、わたしへの態度に堪え性がなさすぎです。おかげで実の姉をゴミと呼ばなければいけないんですが、そこはどう思います?」
「諦めろ。どんな偉人でも欠点あるものだし、欠点だけを見て優れた部分を認めないのは損失だと、論語当たりで言っていた気がする」
「……さすが、剣以外クズなお兄さんの言うことは違いますね」
内海刑事からフリーターが適正だと指摘されたこと思い出し、ズキリと心臓が痛む。
指摘されるまで自身の社会人適正が壊滅的だと自覚していなかったが、アイリーンからすれば自明の理であった。
「やはり、俺はクズの部類なんだろうか?」
「え? いまさら何を言うんです? 家の手伝いもそこそこに、勉強もせずに趣味で剣を振り続けてたお兄さんがクズでないなら、誰をクズと呼べば良いのか分からないレベルのクズに決まってるじゃないですか」
ガックリと方を落とし、背中も丸くなる。
普段よりも小さく見えるが、体幹や足運びに一切のブレがないため、武人然とした気配に変わりはない。
「なんですか、その反応? もしかして、自分がクズだと理解していなかったとでも?」
「もしかしなくても、そうだ。知り合いの刑事からフリーター以外は続かないと指摘され、とある後輩からも遠回しに肯定され、初めて自分がロクでなしだと自覚した」
「観の目だとか、空の目だと言っても、お兄さんも人間ということですね。……であれば、お兄さんよりも未熟なお姉ちゃんがゴミなのも仕方ないか」
灯台もと暗しや、岡目八目と言うように、自分のことが見えないのが人間だ。
悠太の人間らしい部分と言えなくもないが、これまで問題にならなかったから自覚しなかったという部分もある。
悠太の自己分析は、あくまでも剣を中心としたもの。
剣を振るのに支障がないのであれば、問題だと認識できるはずもないのだ。
「納得したのならいいが……なぜ俺のクラスからなんだ? 猫可愛がりされるのがイヤなのは分かるが、フーの所からでないと余計喧しいぞ」
「ええ、だから最初にいきましたよ」
ああ、と悠太は納得した。
姉のことをわざわざゴミと言い直したのは、直前にゴミと呼ばれるような可愛がりをされたからなのだと。
「魔導剣術部は伝統的にたこ焼き屋やっているが、食べたのか?」
「義理で一つ買いましたが、面白味も何もありませんでした。高校生のやることなので、チンしたのを出すのはいいんですけど、ソースくらいは工夫してほしいものです。あと、学校から補填されるからと原価割れで提供するのもいただけませんね」
「そこは分かる。学校行事で店をやるのだから、商売の触りくらいは体験させるべきだ。過激かもしれんが、赤字額に応じてペナルティを与えるか、黒字額に応じて特典を出すとか」
「同意見です。というか、日本は資本主義なのに、教育現場からおカネの色を消しすぎなんですよ。教師のことを聖職者とか言って酷使してますし、親も親でそれに乗っかって不満のはけ口にして。だからうちの社員みたいなドロップアウトが増えるというのに、まったく」
人を育てる、という点に置いて二人は似た者同士だ。
悠太はフレデリカの教育をし、アイリーンは社員の教育をする。それぞれ悩む点は違うが、共通する事項も多くある。
教育談義に花を咲かす中、気付けば悠太の丸まった背中もピンと伸びていた。
余談ですが、作中の倒産率はマジな数値です。
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