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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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わたし、太らないし

 今回の魔導戦技は、六名の大所帯での参加となった。

 そのため、打ち上げのファミレスでは二つのテーブルに別れることとなった。

 一つは、ポテトフライや野菜類でテーブルを埋める、悠太、成美、ライカのグループ。

 もう一つは、フレデリカ、真門、綾芽のグループ。

 こちらも、あるものでテーブルを埋めていた。


「美味しかったけど、次はどれにしよう? もう一度同じの? それとも別の?」


「……財布は天乃宮家持ちって聞いてるから、別にいいんだけどさ。デザートばっかそんなに食べたら太るわよ。いやその前に、甘いのばっかりとか飽きないの?」


「飽きないよ? それにわたし、太らないし」


「は?」


 世の女性全てを敵に回す一言は、フレデリカにもクリティカルヒットした。

 悠太の直弟子として修行を受け、魔導剣術部に加え魔導戦技部も掛け持ちしているフレデリカに太るヒマはない。だが、忙しい以前の話として悠太の食事管理を受けている。よく動いているのでガチガチに縛られているわけではなく、好きな物を食べる余地はあるのだが、それでも制限がある。

 例えば、綾芽のようにテーブルの三分の一を埋めるほどのデザートを食べたなら、折檻を受けた上でガチガチの節制を強いられる。


「落ち着いてください、フーカ先輩。何かが漏れてます」


 最初は南雲先輩と呼んだが、悠太と被るという理由から愛称を許可されている。


「……ごめん。本気でイラッとしたわ」


 常人ならばヒエッ、と息が止まるほどの怒気と呪力が発せられていた。

 気持ちを落ち着かせるために深呼吸をして、あることに気付いた。


「真門くんって、戦闘訓練とか受けてないのよね?」


「ええ、そうですよ。戦闘訓練どころか、魔導師としての教育も特には。……まあ、分家ではありますが、天乃宮家の一員ですので。魔導師の事情はある程度は分かりますが」


「なんで平然としてるの? 綾芽さんはそういう生き物だと思ってるけど」


「……香織ちゃんが、いるので。ある程度はまあ……」


 天乃宮香織。

 魔導戦技部のメンバーからは生徒会長としての一面が印象深いが、枝葉に過ぎない。

 本家の者でなければ許されない天乃宮姓を名乗る彼女は、超一流の魔導師だ。それも戦闘に特化した、剣聖である悠太に匹敵する本物の魔導師である。


「……香織と綾芽さんの相性って、悪そうだものね。慣れるくらいアレなわけ?」


「うん、香織は乱暴。わたしじゃなかったら死んでる」


「香織って鬼の混血でしょ? どんだけ怒らせたら殺されるような事されるのよ」


「色々。甘い物食べたりすると、よく」


「補足すると、綾芽は限度を知らないので……」


 テーブルの三分の一を埋めるほどのデザートを食べ、まだ満足しない。

 節制しろと怒られても不思議ではないが、綾芽は納得いかないと頬を膨らませる。


「今日はいくらでも食べて良いって言われてるもん。そうじゃなかったらちゃんと考える」


「先週、一品だけだからってエルビス・サンドイッチを作ったの忘れた?」


 アメリカのサンドイッチであるが、ある有名なミュージシャンを殺したとも言われる。

 レシピは色々あるが、パンにハチミツ、ビーナッツバターを塗り、カリカリのベーコンとバナナを挟んだうえで、油で揚げる。最後に粉砂糖を振りかけて完成。毒などは当然入っていないが、カロリーが一万を超えて二万に迫るというお化けサンドイッチ。

 こんなのが好物であるなら、誰だって死ぬというものだ。


「やっぱり、片付ける前に食べたのが悪かったかな? それとも、真門と綾芽の分を作らなかったことから? でも、前に似たようなの作ったときは、殺す気かって怒られたし……」


「一番の理由はカロリーの取り過ぎ。日本の成人男性なら、一日三〇〇〇カロリー未満が目安なんだよ。それなのにフランスパン一本食べきって二万カロリー近く取るって、異常だからね! というか、アメリカでも一人分は四分の一が基本だよ!!」


 四分の一でも、四〇〇〇~五〇〇〇カロリーになるので、普通にオーバーである。


「でも、わたし、いくら食べても死なないし」


「代わりに、何も食べなくても死なないよね?」


 デザートのページを映しているタブレットが、綾芽の手から落ちる。

 信じられないモノを見るような、というよりも神は死んだと言わんばかりに絶望している。


「真門、それは違う。確かに身体は死なないけど、心が死んじゃう」


「異常なカロリー摂取も同じだよ。身体は死なないけど、世間体が死んじゃうから。だからちゃんと、食べる量は考えようね。というか常識の範囲内にしてね」


 未練タラタラで、タブレットと真門の間を視線が彷徨う。

 最終的には涙目になりながら、タブレットを所定の位置に戻した。


「頼まなくてもいいの?」


「……うん。香織がいたら怒るだろうし」


「偉い偉い。でも、何も食べないのは寂しいだろうから、ポテトとか頼もっか。おかずも一品だけなら追加してもいいよ」


「本当? じゃあ、まずはポテト頼んで、と」


 華やいだ笑顔を浮かべながら、タブレットの操作を始める。


「よその家のことだから強くは言わないけど、甘やかしすぎじゃない?」


「躾は香織ちゃんが担当しているので、僕は甘やかし担当です。それに、良いことをしたら褒めないと覚えないでしょう。つまりはそういうことです」


「割り切り方が魔導師らしわね。天乃宮家ってのは、分家でも皆そうなの?」


 魔導師らしさとは、感情ではなく論理的思考で動くこと、と捉えがちだが違う。

 自分の望む事柄に対して、いかに理屈を付けて納得させるモノこそが魔導師らしい魔導師なのだ。


「本家の人達は、僕や香織ちゃん以上ですけど、分家はそこまででは。魔導師よりも商売人の理屈で動く人のが多いですから。その点で言えば、僕は例外です。なので、僕を基準にしないで欲しいですね」


「じゃあ、あなた達三人は全員が例外なのね。――特に、綾芽さん」


 真剣な眼差しでハンバーグのページを吟味していた。

 食べること、特に甘い物が好きな姿は人間らしいと言えるが、他の部分では隠しきれないほどの違和感があった。

 魔導戦技では、身体能力が上限にもかかわらず、まだ本来の性能ではなかった。

 いくら食べても太らないどころが、食事をしなくても死なないという発言。

 隠す気がないとしか思えないほどに、杜撰な対応である。


「魔導科ある学校だもの、古種がいてもおかしくないけど――あまりにも異質すぎるわ。それこそ…………スクラちゃんみたいな……」


 霊長二類から四類までの、古き種族達。

 その血を引く者は珍しくとも、魔導師という括りで見ればそこそこにいる。

 妖精の混血であるライカや、鬼の混血である香織など、霊鳥五類・人間種では届かない特性を制御するために魔導師になるしかない者もいるからだ。


「スクラちゃん、ですか。確か、北欧系の神造兵器でしたね。神霊との接続に不具合が出たのか、バグなのかは知りませんが自我を持ってしまった被造種。剣人会の精鋭を退けたことは素直に称賛させてください」


 ニコニコとした口から出た言葉に、フレデリカは顔を歪める。


「警戒しないでくださいよ。踏み込んできたのはフーカ先輩ですし、これでも天乃宮の一員なんですよ。この程度の事は予想の範囲内では?」


「……オーケー。これ以上踏み込まないわ。でも、踏み込まれたくないなら、もうちょっと隠す努力をしたらどうなの? 突っ込んでくださいって誘導されてるかと思ったんだけど」


「ちゃんとした日本国籍と、天乃宮の分家の姓があれば充分ですよ。ちょっとした違和感も魔導師だからとか、個性だからとか、古種の血を引いてるんだろうなとか、そんな自己解決をするのが人間ですからね」


「追求されたらどう説明するつもりだったのよ……」


「天乃宮家の一員です、で充分だと思いませんか? 天文宗家に連なる魔導師なら、何でもありと思われますからね。具体的には香織ちゃん」


 香織の名前を出されれば、納得せざるを得なかった。

 剣聖に匹敵する本物の魔導師、とはそれほどの埒外だから。


「それに、過剰に設定を盛る方が露見しやすくなります。見られたくないモノは過剰に隠蔽しようとしますが、すればするほど違和感が出やすくなりますからね。逆に、杜撰に隠していると、重要なのにこんな隠し方するはずがない、って思われるのでちょうどいいんですよ」


「……そうね。わたしも、魔導戦技での身体能力を見てなかったら勝手に理由見付けて自己解決したでしょうし」


 何より、自分に気付けたなら他の者も気付いている。

 成美は、クラスメイトとして接しているので、違和感など数多く感じている。

 悠太は、観の目による俯瞰によって。

 ライカは古くからの付き合いがあるので別にしても、フレデリカ以外、誰も口にしないならそういうことなのだ。


「真門。一品だけってことだけど、ライスとサラダとスープバーのセットは付けてもいい? ハンバーグには突き合わせは必須」


「んー、ライスまは可で、他のは不可かな。さすがに食べ過ぎだからね」


「……分かった。ガマンする」


 食べ物のことでしょんぼりと肩を落とすのを見て、フレデリカはどうでもよくなった。

 綾芽が何者であれ、悪いことにはならないだろう、と。


お読みいただきありがとうございます。


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