今日くらいは①
(1)
動物病院へ向かうため、急ぎ車を走らせたものの、夕方の帰宅ラッシュに巻き込まれた。
先を一向に進められないことに業を煮やし、ヴィゴはカーナビの案内を強制的に終了。どんどん横道へと逸れていく。
「こんな狭い道を強引に行くんですか」
後部座席でショーグンのクレートをぎゅっと抱きかかえたジャスパーが不満を漏らす。
「おとなしく渋滞にハマってたら、病院の受付が終わっちまいますって」
「あと、かかりつけ医ではない病院に向かってません?」
「セカンド・オピニオンだよ。今向かってる獣医は爺さんだが、腕も人間性も信頼できる。俺が昔いた保護シェルターの犬猫が随分世話になったんでね」
「まあ、そういうことでしたら……」
まだ不満は残っていそうだが、一応は納得してくれたようだ。
道をショートカットしたおかげで、車の進みが格段に早まったことも功を奏したかもしれない。
などと思っている間に、予定よりも早く動物病院へ到着した。
受付終了十分前だからか、患畜はほとんどおらず。受付の手続き後、五分もしない内に診察室へ呼び出される。
老獣医はジャスパーとヴィゴの話を黙って聴き、いくつか質疑応答。診察台に上がったショーグンを診察、じっくり触診していく。
「胃腸が弱っている。ストレス性かな」
「えっ、でも、散歩も遊びも適切な時間で、食事も適量を……」
「適切かどうかは個体差があってね。飼育マニュアルに忠実に従うのもいいけど、その子に合ってないなら改善する努力はしなきゃ。ね?」
「……善処します」
獣医に諭され、ジャスパーはしょんぼりと頷く。
念のため、ショーグンは検査入院することになった。
「なっ?今日中に病院連れて行って正解だっただろ?」
ジャスパーは頑なに無言を貫く。
無言の意味は己かヴィゴか、もしく両方に対する怒りか。
どちらにせよ落ち込んでいることには変わりない。下手に話しかけない方がいい。
気を遣い、帰りはショートカットせず、混雑していた大通りへ向かっていると、ジャスパーの腹が大きく鳴った。
「今日は外で食べます?」
「十八時以降必要な水分以外は摂りません。私は結構です。私をマンションまで送った後、あなたは外で食べてきてもいいです」
「それはいかんすねぇ。育ち盛りの子供が食事抜くのはよくない。そんなに腹きゅうきゅう言わせてるのに明日の朝まで我慢するの辛過ぎるっしょ?ママへのアリバイ考えれば問題ないんだろ?」
「ええ、まあ……」
「おし!じゃあ、俺に任せろ!」
「あっ!まだ行くとは言ってな……、はあ、勝手にしてください」
空のクレートを抱え込み、ジャスパーはぼすん、と後部座席に思いきりもたれかかった。
「よしきた!」
鼻歌すら歌い出すヴィゴに、ジャスパーは指摘する気も失せたらしい。
褪めきったジャスパーとは対照的に、ヴィゴはご機嫌な様子で車を走らせること、十数分。
ピンク色のネオン眩しいチョコレート色の陸屋根、ミントブルーの外壁。
チョコミントアイスを思わせる外観のダイナーの駐車場に車を停め、壁と同じくミントブルーの木製回転扉を潜る。その入口の前には『Wonder hole』の立て看板が出ていた。
ピンク×ミントブルーのストライプカラーの内装、屋根と同じチョコレート色のL字カウンター。各テーブルもポップで可愛らしい。客層も家族連れからカップル、ティーンエイジャーのグループと多岐に渡り、賑わっている。
騒がしい雰囲気にジャスパーは抵抗感を示すように入口で立ち止まり、ヴィゴの顔色をちらちら窺う。が、結局おとなしくヴィゴの後についていく。
ヴィゴは迷いなくL字カウンターへ、いつもの定位置に座る。ジャスパーもおずおずと隣に座る。
「あっれぇ、めっずらし!アンタがディナーの時間に来るなんてさ!」
二人の姿に気づいたキアラが、カウンターまでやってきた。
「えっと、この子は?」
ヴィゴが先日愚痴っていたので、一目でジャスパーが何者かキアラは気づいた筈だ。
しかし、まったく白々しさを感じさせない辺り接客のプロだ。同時に女のおそろしさも感じる。
敵に回したらマズいタイプだと肝に銘じるヴィゴの気など知らず(もしくは知らぬふり)、キアラはジャスパーにこやかに挨拶と自己紹介をしている。キアラの適度な距離感にジャスパーの緊張がほんのわずかにゆるむ。
しかし、それも束の間。キアラから渡されたメニューのページをめくるごとにジャスパーの表情が険を帯びていく。察したヴィゴは始まったぞ、と辟易する。
ジャスパーの顰め面にキアラが軽い調子で問う。
「もしかしてべジタリアン?ヴィーガン?それ用に作り替えることもできるけど?」
「いえ、どちらでもないのですけど………」
「健康に悪そうなモンは食わないんだよ」
なっ!とジャスパーが小さく叫ぶ。
初めて子供らしい反応を見た気がして、少し可笑しくなる。
「事実そうだろ?でも、サラダとか野菜のソテーもあるし、付け合わせにバゲットとスープなら限りなく普段の食事と変わりない……」
「同じので」
「はい?」
「あなたと同じ物で。注文はお任せします。アリバイ作りに協力してくれるのでしょう?」
八歳と思えない、ちょっと意地悪な笑い方。
これもまたジャスパーが初めて見せた笑顔だった。
(2)
モッツァレラチーズとチョリソーソーセージのピザ、シーザーサラダをシェアする形で食べる。
ジャスパーはサラダこそ何も言わずに食べたが、ピザは手に取るも、口を付ける手前で動きを止めている。熱々のチーズがどろりと垂れ下がり、今にもテーブルに落ちてきそうだ。
「別に無理して食わなくていいすよ?嫌な思いしてまでは……」
「そういう訳では、ないのです」
気遣って声をかけると、ジャスパーは神妙な顔で頭を振る。
「昔……、私が、もっとずっと小さかった頃、ママとよくピザを食べていたことを思い出したのです……。今よりずっと貧しい暮らしで、でも、少しだけお金が入った時には必ずピザを二人で食べに行くのが楽しみで」
幼い子供には不似合いな、心から昔を懐かしむ顔。
懐かしむと共に寂しさが滲んでいて、ヴィゴはカウンターに立つキアラとしんみり、顔を見合わせる。
「じゃあ、今日くらいは思い出に浸ってみてもいいんじゃないすか?ママじゃなくて、こんなおっさんで悪いけど」
「本当ですよ」
憎まれ口からいつも通りのスン……とした無表情に戻ると、ジャスパーはずっと手に持っていたピザにぱくり、食らいついた。
「えっらい豪快にいったな」
「『今日くらいは』ですよね?」
じろっと軽くヴィゴを睨み、ジャスパーは再び大口開けてピザに食らいつく。
そんな二人の様子をキアラは電子タバコを咥え、優しく見守っていた。
雨降って地固まる。
ヴィゴとジャスパーの信頼関係が少しだけ、ほんの少しだけ進んだように見えた。




