第37話:ルナの回想
新月の夜、「月影の庭」は深い闇に沈み、月見草と夜来香がほのかな香りを漂わせていた。
夜光蝶は翅を休め、遠くでフクロウの「ホウ、ホウ」が静かに響く。
ルナ、月見草の精霊は、庭の中央にふわっと現れ、銀色の髪が星光に揺れ、白いドレスが淡く輝いた。
いつもならニヤリと笑ってキラキラを振りまく彼女だが、今夜は違う。
星空を見上げる瞳は、珍しく穏やかで、どこか遠い記憶をたどっているようだった。
「新月の夜か……月がないと、ちょっと静かすぎるな。姉貴、こんな夜、なんか懐かしいんだよね」
ルナは小さく呟き、庭の闇に目をやる。
そこへ、エリス・ルナリスがティーポットと月見草の花びらを手に、苔むした階段を下りてきた。
18歳、没落貴族の娘で王宮の雑用係。
彼女の控えめな笑顔と、疲れた体を引きずる姿が、ルナの胸に小さな波を立てる。
エリスがルナの静かな声に気づき、目を丸くした。
「ルナ、いつもと雰囲気違うね。懐かしいって、どんなこと思い出したの?」
ルナはふわっとエリスのそばに降り、月見草の花壇に指先を触れさせた。
微かな光が花を揺らし、甘い香りが夜気に溶ける。
エリスが毛布を広げ、二人で星空を見上げながら座る。
ルナはエリスの穏やかな気配を感じ、普段の毒舌を抑えて言葉を紡ぐ。
「姉貴、新月の庭、落ち着くって言うけどさ……昔、この庭、こんな静かな夜でもキラキラしてたんだ」
ルナの声は、いつもより柔らかく、星の光に溶け込むようだった。
エリスがティーポットを置いて、興味深げに尋ねる。
「ルナ、どんな昔話? 教えてよ。こんな静かな夜、ぴったりだよ」
ルナは月見草に触れ、目を細める。
彼女の心に、遠い記憶が鮮やかに浮かぶ。
かつての王妃、月女神スーラ、庭の輝き――。
ルナは深呼吸し、星空を見上げながら話し始めた。
「昔な、私、月女神スーラから生まれた月見草の精霊として、この庭にいた。王妃がここに来て、月見草の香りで心を癒してたんだ。キラキラしたドレス着て、優しい笑顔で花に話しかけてたよ。けど、時々、涙を流してた。王宮のゴタゴタ、貴族の争い、全部背負ってたからさ」
ルナの指先が月見草を撫で、光がほのかに広がる。
エリスが静かに聞き、ルナの言葉に耳を傾ける。
ルナは続ける。
「王妃が泣く夜、私、月光の幻を作って慰めた。月見草の光で、小さな星空を庭に降らせてさ。『ルナ、ありがとう』って、王妃が笑ってくれた。私のキラキラ、初めて誰かの心を軽くしたんだ。毒舌なんてなかったよ、ただのキラキラ精霊だった」
ルナは小さく笑い、星空に目をやる。
エリスがティーポットの蓋をそっと開け、月見草の香りを漂わせながら言う。
「ルナ、すごいよ。王妃の心を癒したんだね。庭が荒れても、月見草を守ったのはルナのおかげだ」
ルナは照れ隠しにフンと鼻を鳴らし、空中で軽く一回転した。
「ふっ、姉貴、急に褒めすぎ! でもさ、王妃が亡くなって、庭は誰も来なくなって……めっちゃ寂しかった。月見草だけが私の友達で、夜光蝶とフクロウが話し相手だった。キラキラも、なんか虚しくてさ」
ルナの声に、かすかな寂しさが混じる。
エリスが月見草に触れ、指先がふわりと光る。
彼女の笑顔が、ルナの胸を温める。
「ルナ、寂しかったんだね。でも、ルナがいたからこの庭は残った。私が来て、こうやってキラキラ復活したのも、ルナのおかげだよ」
ルナはエリスの言葉に目を丸くし、すぐにニヤリと笑う。
「姉貴、しんみりさせんなよ! ま、君が来てから、庭がまた賑やかになったのは本当だ。ちび王子や草バカ、貴族のガチガチ女まで、みんなキラキラしてるもんな!」
エリスが笑いながらツッコむ。
「ルナ、フィンとカイルにちゃんとした名前で呼んであげて! でも、キラキラはルナの魔法だよ。昔も今も、最高の精霊だ」
ルナはムッとして空中でくるりと回り、指を振る。
「姉貴、褒め方がズルい! ま、私のキラキラ、昔も今も最強だけどな! 王妃の時代から、この庭は癒しの場。姉貴と一緒に、もっとキラキラさせようぜ!」
ルナの光が庭をほのかに照らし、夜光蝶が静かに舞い始める。
エリスがポーションをカップに注ぎ、ルナに渡す。
ルナはカップを手に、珍しくしみじみと飲む。
甘い香りが彼女の記憶を刺激し、王妃の笑顔がよみがえる。
「姉貴、このポーション、王妃の時代に似てるよ。癒しの力、ちゃんと受け継いでるな」
エリスが星空を見上げ、微笑む。
「ルナ、ありがとう。王妃の癒しを、この庭でみんなに届けたい。ルナのキラキラと一緒にね」
ルナはエリスの笑顔を見て、胸が熱くなる。
かつての王妃の涙を癒したように、エリスの穏やかな心が庭を輝かせる。
ルナは月見草に触れ、光を強める。
フクロウの鳴き声が響き、新月の闇が少しだけ温かくなる。
「姉貴、君の聖女パワー、嫌いじゃないよ。昔の私、ただキラキラしてただけだったけど、今は君と一緒に庭を復活させてる。なんか、悪くないな」
エリスがルナの手を握り、笑う。
「ルナ、悪くないなんて控えめ! 私とルナのコンビ、最高の癒しだよ。この庭、ずっとキラキラさせよう」
ルナは照れ隠しに空中で一回転し、月見草の光を庭全体に広げる。
星空の下、夜光蝶がふわりと舞い、香りが二人を包む。
ルナの心に、王妃の時代から続く癒しの使命が静かに灯る。
エリスの笑顔が、かつての寂しさを溶かし、庭を新たな光で満たす。
この幻想的な庭でのスローライフは、ルナの回想で、二人だけの絆を深めた。




