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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:【王】のエンライト、レオナ・エンライトは率いる
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プロローグ:スライムは娘とデートする

 長い旅路を経てアッシュポートに戻ってきたのだが、いきなりアッシュレイ帝国の警備団により拘束されてしまった。

 ミラルダ共和国に向かう際のいざこざのせいだ。


 拘束されてからはミラルダ共和国で起こったすべてを報告した。なんでも、俺たちの報告の確証が取れ次第、【色欲】の邪神を倒したことを表彰し、褒賞も与えるとのことだ。

 ……まあ、どうせ政治的なものがあるんだろうな。


 オルフェとニコラはアッシュポートに拠点を移している。つまるところ、アッシュレイ帝国はそれをいいことに、アッシュレイ帝国が【色欲】の邪神を倒し、未曽有の大災害を防いだと言いたいのだろう。

 まあ、そういう政治ごとは好きにやればいい。関わったら泥沼にはまるだけだ。害がないうちは放置する。


 事前にクリスに手紙であらましは送っており、根回しをしてもらっていたおかげで、たった二日で解放されたのが不幸中の幸いだ。

 そして、ようやく屋敷に戻って来れたのだ。


「ふう、くたびれちゃったね」

「ん。懐かしの我が家にやっと帰って来れた」

「ぴゅいぃー」


 やはり自宅は落ち着く。

 長旅が続きほとんどこの屋敷で暮らしてはいないが、不思議と愛着がある。

 屋敷に入った瞬間、帰ってきたと実感がわく。


「オルフェねえ、今日はお仕事はお休みにしよ。片付けをしつつ英気を養う」

「だね。ちょっと疲れちゃった」

「充電が必要。スラを調べるのも明日から」


 二人は【錬金】と【魔術】のエンライトとはいえ、少女だ。

 今回の長旅は辛かっただろう。

 今日ぐらいゆっくりと休むといい。


「晩御飯どうしよっか」

「夕方になったら、適当になんか買ってくる」

「それがいいね。じゃ、また後で」


 オルフェが俺を拾い上げて抱きしめ、二人がそれぞれの部屋に向かっていった。


 ◇


 オルフェは部屋に戻るなり、クローゼットからパジャマを取り出すと服を着替え始めた。

 俺は娘の成長を見届けるのは、ある意味父親の義務と言えるだろう。だから俺はぴゅいっと鑑賞していた。

 やましい気持ちはない。

 着替え終わるとオルフェはベッドにダイブして、俺を手招きする。


「おいでスラちゃん」

「ぴゅいっ!」


 使い魔である俺の仕事は多岐に渡る。

 抱き枕となり、ご主人様の安眠を守るのも重要な仕事なのだ。

 できるスライムは辛い。


「スラちゃん、ひんやりぷにぷにして気持ちいい」

「ぴゅいー」


 目をつぶって微笑むオルフェは可愛い。

 守りたいと思う。

 よほど疲れていたのかすぐに寝息を立て始める。

 俺もほんの少しだけ眠ろう。ほんの少しだ。……俺には俺でやることがあるのだ。目を覚ませばさっそく動く。


 ◇


 オルフェが完全に眠ったのを確認してから、こっそり腕の中から抜け出した。

 長旅は疲れるが鍛え方が違う。二人と違い、俺はさほど疲れていない。


 なにより、どうしてもやりたいことがあるのだ。

 元気にスライム跳びして屋敷の庭にでる。


「ぴゅいぴゅい(誰もいないな)」


【気配感知】で周囲の状況を探り、誰も見ていないことを確認する。

 そして、変身を強化するスキル【創成】を使う。

 イメージするのは、少年時代の自分の姿。


 大人のほうがいろいろと便利だが、変身するものの大きさに応じて制御の難易度と消費魔力が指数関数的にあがる。

 今の俺では少年サイズが限界だ。

 二分ほどかけて変身が終わる。変身所要時間の短縮は訓練次第で出来そうだ。少しずつ練習していこう。


「よし、ちゃんと人間になれたな」


 十三歳の頃のマリン・エンライトの姿を取り戻した。

 手を何度も開き閉じる。跳んで体の感覚を確認、発声練習、視界も良好、音も聞こえる。

 無事、変身は成功だ。どこからどうみても人間だ。

 なにか忘れているような……。


「スライムぐらしが長いせいか、服を忘れていたな」


 少年とはいえ、全裸で街に出るといろいろと問題がある。

【収納】している所持品を検分する。

 ……まずいな。少年が着るような服がない。

 いや、ないことはないのだ。しょうがない、ニコラの服を借りるとしようか。

 オルフェと違って、ズボンなども持っている。

 娘の服を着ることに罪悪感がないわけではないが、緊急事態だ。よしっ、街に行こう。


「スラ、何してるの?」

「ぴゅひっ!?」


 人間形態なのに、思わずスライムの鳴き声を上げてしまった。

 ニコラが現れた。

 手には、ポーションに使う薬草の束があった。

 ……だいたい鉢合わせになった理由がわかった。しばらく薬草を放置していたから、休む前に様子を見に来たのだろう。

【気配感知】を終わらせたあとにやってくるとは運がない。


「本当にスラなんだ。……スラ、ニコラの服を着てなんのつもり?」


 冷汗がでる。

 仕方がなかったとはいえ、俺は今ニコラの服を着ている。


「えっと、その、僕、街で買い物してみたくてね。裸はまずいかなと」


 マリン・エンライトの印象を薄くするため、あえて子供っぽい口調で返事をする。

 ニコラが距離を詰めてきた。至近距離でニコラが俺の顔を覗き込む。少年時代は身長が低かったため、顔の高さがあまり変わらない。

 アップでニコラの顔を見たことで、ニコラが美人なことを意識してしまう。


「勝手にニコラの服を着たらだめ。……オルフェねえが言ってた通り、スラ、本当に父さんに似てる。子供で可愛い顔立ちだけど父さんの面影がある」


 ニコラの目が捉えて俺を離さない。視線が俺の唇に集中しているように感じる。


「ねえ、スラ。スラにキスしても変じゃないよね。スラはペットだから。スラの今の顔を見てたらキスしたくなった」


 ニコラが抱きしめてくる。

 スライムのときは、問題に思わなかったが今の俺たちは同年代の少年少女だ。

 いろいろと絵面が悪い。


「ねえ、スラ。スラはニコラのこと嫌い?」

「好きだよ。大事な家族だから」


 こう言われると振りほどけない。

 ニコラの唇が近づいてくる。そして……。

 頬に暖かく柔らかい感触。

 ニコラが離れていく。


「ん、満足。スラ、街へいこっ。スラはお金持ってない。お金がないと買い物できない。だから、お姉ちゃんが奢ってあげる」


 鼻息を荒くして、ニコラが俺の手を引く。

 ……びっくりした。頬で良かったと思う。親子で、こういうことは良くない。


「ニコラは末っ子だから、ずっと妹か弟が欲しかった。スラは弟みたいなもの。たくさん可愛がる」


 ニコラが笑う。

 可憐で妖精のような笑み。


「ニコラ、頼むよ」

「違う。ニコラの呼び名は、ニコラお姉ちゃん」

「……ニコラお姉ちゃん」

「んっ!」


 目に見えて上機嫌になった。

 この子の考えていることはよくわからない。俺のことをマリン・エンライトと疑っていたはずなのに、今はこうして弟として扱おうとする。

 深く考えるのは止めよう。ニコラが喜んでくれている。今はそれでいい。


 ◇


 街に出る。

 ニコラが前を歩いている。

 いったい、どこへ連れて行くつもりだろうか? そう考えているとニコラが振り向く。


「スラ、どこか行きたいところある?」

「甘味屋巡りがしたい。大好きな甘い物をお腹いっぱい食べたいんだ」


 当初の目的を話す。人間に戻れば思う存分、甘い物を楽しみたかった。


「そう言えば、スラはいつも甘い物をあげると喜んでたけど、そんなに好きなんだ」

「そうだね。大好物だよ」


 酒もいいが、甘いものはもっと好きだ。

 俺は大の甘党なのだ。


「わかった。用事が終われば美味しいお店に連れて行く。スラ、着いた」


 ニコラが俺を連れてきたのは服飾店だった。

 それもわりと高そうな。


「えっと、ニコラお姉ちゃん、どうして服?」

「いつまでもニコラの服を着せてるわけにはいかない。スラの服を買ってあげる」


 ありがたい申し出ではあるが、いつも無表情なニコラの満面な笑みを見ると少し不安になる。


 ◇


 俺の不安は当った。


「スラ、これも着て見て」

「いや、もう十分だから……」


 俺は見事に着せ替え人形にされて、もう何十着も服を着ている。ぐったりしている。

 体力がないはずのニコラは、いきいきとしている。不思議だ。


「まだまだ、一番かわいい服を選ばないと」


 ニコラの手には五着もある。

 しかも……。


「どうみても女の子が着る服があるんだけど!?」

「大丈夫、スラには似合う」

「ぜんぜん大丈夫じゃないよね!?」


 ニコラは俺の抗議を聞き入れず、きらきらした目で服を押し付けてくる。

 もう、考えるのをやめよう。

 好きにさせるしかない。


 無心で時間が過ぎるのを待つ。

 何時間経っただろう? 

 気が付けば店を出ていた。太陽が沈みかけている。

 手には、服が詰まった紙袋。……十着ぐらい入っている気がする。


「いろいろ試したけど、スラには、魔術士のローブが一番似合う」


 ニコラは鼻息を荒くして、満足そうにつぶやく。

 今はニコラの服ではなく、さきほど購入したシャツと細身のシルエットのパンツ、深い蒼のローブを身にまとっていた。

 少年に着せるには渋すぎる服だが、ニコラは似合うと褒める。


「そっ、そうなんだ。服を買ってくれてありがと」

「お姉ちゃんだから、これぐらいは当然。次は甘味屋」


 ポーションで稼ぎが大きく、これぐらいの散財は問題ないだろう。

 だが、ちょっと心配になってしまった。

 ニコラは恋人ができれば貢ぐタイプかもしれない。悪い男に騙されないように、いっそう注意しなければ。


 ◇


 楽しい甘味屋巡りを行っていた。服選びの疲労が吹き飛んでいく。三軒目の甘味屋に入り、看板メニューを味わう。

 アッシュポートの店はどの店もうまい。

 一軒目のアップルパイ、二軒目のドーナッツも絶品だったが、この店のジャンボチョコレートパフェもなかなかのものだ。

 やはり食べ歩きはいい。いろんな種類のお菓子を楽しめる。

 いずれは街中の甘味屋を制覇したいものだ。


「お腹いっぱい、夕ご飯食べれなくてオルフェねえに怒られちゃいそう」


 ニコラがお腹をぽんぽんと叩く。

 もう限界のようだ。

 小さな体のわりにはよく食べるニコラだが、甘味屋を三軒も回れば満腹になる。


「ニコラお姉ちゃんありがと。大好きな甘い物をたくさん食べられて幸せだったよ」


 ……実のところ、スライムな俺はまだいくらでも食べられるが、わがままはよそう。


「ん。ニコラも楽しかった。スラ、またデートしよ」


 デートか、確かにこれはデートだな。

 娘の初デートの相手が俺か。……ちょっと悪い気がするが、うれしくも思う。


「うん、また。デートしてね、ニコラお姉ちゃん」


 着せ替え人形にされてかなり疲れたが、今日は楽しかった。

 また、ニコラと街に出かけたいと思ったぐらいに。


 ……ただ、いつか一人で抜け出したいと思う。

 俺が行きたかった店は甘味屋だけじゃない。ニコラの教育に悪い店も多々あるのだ。

 そこは一人じゃないと楽しめない。


「じゃあ、スラ。晩御飯買ってかえろ」

「うん、ニコラお姉ちゃん」


 席を立ち、ニコラが会計を済ませて、店を出る。

 俺の手をニコラがぎゅっと握った。ちょっと照れくさい。

 末っ子で手がかかると思っていたニコラがこんな立派にお姉さんっぷりを発揮するなんて驚いたし嬉しくもある。


「ねえ、スラ。今日のこと感謝してる?」

「もちろんだよ。ニコラお姉ちゃん」

「そう、感謝してるなら。……明日、何をしても逃げないはず。遠慮なくやれる。徹底的に調べる」


 ニコラが笑ったのだが、さきほどまでとは違う種類の笑み。

 鳥肌が立った。

 まさか、今日のデートはそのために!? これは賄賂だったのか!?


「楽しみ。スラを調べつくしたら何が出てくるのか。絶対に見逃さないし逃がさない」


 上機嫌に物騒なことを言いながらニコラに手を引かれる。非力なはずなのに、すごい力で逃げられない。

 ……明日はなんとか誤魔化せるよう全力をつくそう。

 だが、相手は本気になった【錬金】のエンライト。もしかしたら本当に正体がばれてしまうかもしれない。

 一応、ばれたときの言い訳も今の内に考えておく、諦めたわけではないが、保険は必要だ。

 人間の姿の欠点が一つわかった。

 いつものように、適当にピュイピュイ鳴いてるだけじゃ誤魔化せない……人間って辛い。

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