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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:【医術】のエンライト、ヘレン・エンライトは救う
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第十九話:スライムは時間を稼ぐ

 ニコラが【色欲】の邪神アスモデウスの攻撃を受けて、奴の病に感染した。

 このままでは奴の操り人形になる。


 それを防ぐために、【医術】のエンライトたるヘレンが治療にあたっている。

 ヘレンは、【医術】のエンライトと名乗りニコラを治療してみせると言った。

 名乗りは娘たちにとって絶対のものだ。必ず誓いは守られるだろう。


【色欲】の邪神アスモデウスが天井を突き破って地上に現れた。

 奴が近づくにつれ、ニコラが苦しみが大きくなり、暴れようとする。

 どうやら、あいつが近づくほど病が進行するらしい。


 オルフェが杖を構え、全力で風のマナを集める。

 そして、宙に浮いている【色欲】の邪神アスモデウスを突風で吹き飛ばした。


「ヘレン姉さん、ニコラ、行ってきます。絶対にヘレン姉さんの邪魔はさせませんから……いこっ、スラちゃん」

「ぴゅいっ」


 オルフェの役割は、ニコラの治療が終わるまでの間の時間稼ぎ。

 俺はオルフェの胸に飛び込む。オルフェが俺を抱いたまま、風で吹き飛ばされた邪神のいる方向へと移動する。

 先に吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた邪神と向かい合う。

 ヘレンの治療を邪魔させはしない。


「スラちゃん、とばしていくよ」


 オルフェが俺を地面に下ろし、魔力を高める。

 俺もぴゅいっと威嚇音を出す。

 邪神が笑った。きっと、ちっぽけな存在だと俺たちを侮っているのだろう。

 ……それが間違いだということを思い知らせてやる。


 オルフェが目を閉じた。

 オルフェの魔力だけじゃない、まがまがしい力が溢れ始めた。いきなり切り札を使うようだ。

 それは、オルフェの心臓に封印した最強の邪神。【憤怒】の邪神サタンの力を引き出す魔術。


「【黒炎舞踏】」


 オルフェに黒い天使の翼が生える。

 翼は【憤怒】の邪神の能力である黒い炎で出来ている。触れたものすべてを滅ぼす虚無の炎。


 ただの物理現象ではなく、燃やし尽くすという意思の塊。

 黒い炎は魔力だろうが、霊体だろうが、すべての存在を無に帰してしまう。


 強力無比だが、この力は人の手には余る。一秒ごとにオルフェの心も体も削られていく。

 一歩間違えれば、封印がはじけとびオルフェは内側から【憤怒】の邪神サタンに食い破られて死ぬ危険性がある。

 そのリスクを熟知しているオルフェが力を使ったのは、それ以外に有効打がないからだ。


 地下での戦いの中である程度【色欲】の邪神が無敵である理由が見えてきている。

 奴の細胞は再生力にすぐれるうえ、すべての細胞がほかの細胞の機能を代替できる。さらに独立して動く。


 ある意味、俺のスライムボディに似ている。

 斬ってもすぐに接合する、抉られようが周囲の細胞がそのまま機能を引き継ぐ、殴ることも有効打にはならない、あえて体を柔らかくしており衝撃を殺して細胞を潰されないようにしている。


 焼却は有効だがニコラの爆発で吹き飛びはじけはしたものの、肉片が飛び散っただけで細胞の一欠けらも焼けてはいなかったところを見ると熱耐性もすさまじい。

 黒い炎ぐらいしか有効打はない。黒い炎であれば奴の細胞を焼き尽くせるのだ。


「行くよ! 【黒羽時雨】」


 オルフェが宙を舞い、上空で黒い翼を大きく広げて、黒い炎で出来た翼から羽を雨のように降らせる。

 黒炎の羽を浴びた色欲の邪神アスモデウスは悲鳴を上げる。

 黒い炎により、確実に細胞の総量自体が減っている。


「メエエエエエエエエエエエエエエエ」


 三つの顔のうち羊の顔が桃色の水流を吐き出す。上空のオルフェに対して霧ではとどかないという判断だろう。


 黒い炎の翼には実際の飛行能力はない。オルフェは風の魔術を併用して飛行しているだけだ。

 いつものオルフェなら軽く回避できるが、【黒い炎】の制御に命がけで反応が鈍く回避は難しい。だが、オルフェは一人じゃない。俺がいる。


「ぴゅいっぴゅっ」

「ありがとう、スラちゃん」


【飛翔Ⅱ】の能力で翼を展開して割り込み、桃色の水流を受け止めた。

 桃色の水流が後ろに飛び散ったり、罠が仕込まれていれば悪いので口を大きく受けてすべて【収納】してしまった。


 ぴゅふっ、ごちそうさま。【収納】されたことで邪神ジュースの成分がわかる。これはえげつない。今度、有効利用させてもらおう。


 邪神はいらだったようで、空中戦を挑むために巨大な蝙蝠の翼を広げて浮かび上がる。

 オルフェが追加で黒い炎を打ち込む。


 確実に細胞の総量は減らしているが、やつは細胞を圧縮して蓄えており、見た目よりもずっと細胞のストックが多く、犠牲を度外視して突っ込んでくる。


「ひひひひひひひひひひひひ」


 奴の人の顔が笑う。黒い炎で削られながら、どんどんオルフェに巨体が近づいてくる。

 ……オルフェは【黒い炎】の展開を止めれば、風の魔術だけに集中して回避できるだろうが、【黒い炎】は力を引き出すときにもっとも消耗する。

 一度、炎を引っ込めれば、二度目はないのだ。


 今回も俺がオルフェを救わないといけないが、質量が違いすぎる。今の俺の体では奴の突進は防げない。

 だから、防げる俺になる。


「ぴゅいーーーーーーー!!」


 上空に飛翔。

 そして、【収納】していた偽スラちゃんと合体していく。数百体の偽スラちゃんと一つになり、超巨体になった。

 スーパースラちゃん1だ。その超巨体でパワーダイブ。

 でかくて重いというのは武器になる。鈍重である弱点も落下なら気にならない。

 巨体が奴に激突。俺と奴は落ちていく。このまま大地に叩きつけてやる。


「カウアアアアアアアアア」


 三つの顔のうち、牛の顔が怒りに歪み俺のスライムボディにかみつく。だが、スライムに物理攻撃は効かない。


「ぴゅいっぴゅ(毒スライムモード)」


 全身を強酸に変える。

 魔法金属すら溶かす特製の強酸だ。

 しかし、効かない。

 期待はしていなかったが、奴も毒の類には無敵なんだろう。 しかし、なんだろうこのむず痒さは。


「ぴゅいっ!?」


 牛の頭がかみつくだけではなく、俺のスライムボディを食べている。人の体を何だと思ってやがる。


「ぴぃいいいいいいいいいい!」


 下向きに羽ばたき加速して、地面に思い切りたたきつける。

 そして、ぴゅいっと跳んで距離を取る。

 よくも、俺を食べやがったな。大事なボディを食べるなんて許さない。報いを受けさせる。


「ぴゅいぴゅ!!(偽スラちゃん)」


 奴が喰ったスライムボディに命令を送る。

 いや、俺のスライムボディの消化は不可能、食われたのではなく奴の体内に一部が移動したというのが正しい。

 そして、【分裂】の能力により切り離されたボディも制御できる。


 奴の体内で、俺のスライムボディが偽スラちゃんになり暴れまわる。奴の体内でメタルスライムモードになり、全身とげとげで体当たり。

 どうやら、痛覚はあるようで、三つの口から悲鳴が漏れる。

 いい様だ。


「ぴゅいいいいいいいいいいい!」


 いつまでもこの巨体では不便なので、スライムボディを超圧縮。

 速さとパワーを両立した。スーパースラちゃん2となった。


「スラちゃん、ナイス。邪神の動きが止まったね。これで大技が使えるよ」

「ぴゅいっ!」


 オルフェは地上に降りて、体内で偽スラちゃんが暴れまわるせいで身動きがとれない【色欲】の邪神に両手を向けた。

 黒い炎の翼がほつれ、すべての黒い炎が両手に集まってくる。

 オルフェが渾身の力を込めた魔術を放つ。


「【黒炎弾】!」


 黒い炎の塊が【色欲】の邪神に向けて放たれる。

 さきほど放っていた黒い羽とは密度が違う。それこそ、【色欲】の邪神を滅ぼせそうなほどに。


「カカカカカカカカ」

「メヘヘヘヘヘエエエ」


 奴の人の顔と羊の顔が笑う。

 そして、思いもよらぬことをした。

 人の顔と羊の顔が飛び出て、足を生やして疾走。【黒炎弾】に飛び込んでいく。


 二つの顔と【黒炎弾】がぶつかり合い対消滅をする。

 あいつ、二つの首を犠牲にして窮地を退けた。

 同時に甘い香りがし始める。


「ぴゅいっ!?」


 あいつは、二つの首に【色欲】の毒を仕込み爆発と同時に拡散させたのだ。

 慌ててオルフェをスライムボディで包む。

 あたりを奴のピンクの霧が包んでいた。オルフェが体内で、「ありがとっ」と言うと風が吹き荒れ、ピンクの霧を吹き飛ばした。

 安全を確保してからオルフェを吐き出す。


「危なかった。スラちゃんって本当に気が利くね」

「ぴゅい」


 やってくれる。……今のでオルフェは黒い炎を使い切った。これ以上引き出せば、確実に命を落とす。


 残された牛の顔が笑い、体内の偽スラちゃんたちを吐き出す。

 偽スラちゃんたちは返し針で体にしがみついたが、しがみついた肉ごと吐き出されたようだ。


 続いて、奴は切り離した二つの首を再生させた。

 それだけじゃない、三つの首が混ざりあい、一つの竜の顔となり大きく口を開け、炎の球が生まれる。

 これはまずい。

 あの熱量、奴の次の攻撃はプラズマ砲。

 光のような速さで飛来する。回避は不可能。迎え撃つしかない。


「ぴゅいいいいいいいいいいいいいい!」


 スーパースラちゃん2の力ではあのプラズマ砲と真っ向勝負はできない。

 瘴気の力を捻りだし、スライム細胞に浸透させることによって、さらなる強化を行う。

 俺の最強形態、スーパースラちゃん3となった。

 俺を纏うスパークに瘴気の黒が混じり始めた。これならいける! 必殺の一撃を放つ。


「UGRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY」

「ぴゅーぃ、ぴゅい、ぴゅーーーーーーーーーーーーー!!(スーラスラ砲!!)」


【色欲】の邪神が竜の顎からプラズマ化した炎を放ち、俺も水に魔力と瘴気を込めて変質させて放つ、スラビームの超強化版、スーラスラ砲を放った。

 威力は互角。

 中間地点で、ぶつかり合った炎と水が球状になり、魔力と瘴気が膨れあがっていく。

 押し負ければ、この力をすべて受ける。


 いくら、スーパースラちゃん3状態でも、あんなものを喰らえば即死だ。

 渾身の力をひねり出す。

 そして、それは起こった。

 中間点で膨れ上がり続けた力が爆発。


「きゃああああああああ」

「ぴゅいいいいい」


 なんとかオルフェを体内に確保。そして吹き飛ばされる。

 周囲の木々や地面に何度も叩きつけられる。スライムボディで衝撃を吸収していく。


「ぴゅへっ」


 勢いが止まったのでオルフェを吐き出す。

 危ない、あの勢いで吹き飛ばされたらオルフェが死んでしまっていた。


「ぴゅふぅ」


 俺の魔力の残量が心もとない。最後のためにとっておいた魔力バッテリー用の偽スラちゃんと合体することである程度魔力の回復をした。

 それでも、もうスーパースラちゃん3は使えない。

 ……スーパースラちゃん3、俺の想像以上に消耗が激しすぎる。


 オルフェは気絶してしまった。

【黒い炎】で消耗しきっていたところに、スライムボディで吸収しきれなかった衝撃を受けたせいだろう。


 森の木々が押しつぶされる音が聞こえる。

 奴がこちらに向かって走ってきている。

 森の木の間から顔が見えた。さきほどまで竜の顔をしていたのに今は犬の顔だ。鼻で探し当てたのだろう。なんでもありのようだ。


「ぴゅいぴゅぅ」


 どうしたものか。

 これ以上の時間稼ぎは難しい。オルフェをかばいながらどう戦うべきか。

【進化の輝石】でマリン・エンライトになれば、優位には戦える。だが、マリンになっても決め手がない。

 この状況で切り札は使えない。


 ヘレンの治療はまだ終わらないのか?

 そう考えたときだった。

 爆発音が聞こえた。この独特の音、ニコラの砲撃。


 それに応えるように、犬の頭が爆発する。

 音のしたほうを見ると、ニコラが煙のでる砲を構えていた。

 そういうことは……


「待たせてしまったわね。オルフェ、スライムさん。治療は終わりましたわ」

「ヘレンねえのおかげで、絶好調」


 言葉とは裏腹に、真っ青な顔でニコラが親指を立てている。


「ぴゅいっ!」


 さすが、ヘレンだ。

 この短期間でニコラの治療を終えたようだ。


「そして、ようやく見つけましたわ。【色欲】の邪神アスモデウスを倒す方法を。医者が言うセリフではありませんが、今からあなたを殺します」


 強く、ヘレンが宣言する。

 さあ、俺ですら殺せなかった【色欲】の邪神アスモデウス。

 ヘレンはいったいどうやって殺すのだろうか?

 

 

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