第十五話:スライムは罠に嵌められる
王族の力で門の封印をとき、先へと進む。
門が開いたあと、オルフェの腕の中から抜け出して門の付近を調べる。
なるほど……。
「スラちゃん、どうしたの?」
「ぴゅいっぴゅ!(なんでもないよ)」
元気に返事する。
俺が見ていたのは最近門を開いた痕跡があるかどうかだ。
王族が裏切っているというのは推測であり、確証はなかった。
もし、他のルートがあるなら王族の協力なしでも封印の地にたどり着ける。今日以外に開いた痕跡がなければ王族が裏切っていないことなると思い調べたのだ。
残念ながらこの門は近頃開けられた痕跡があった。王族が加担しているのは間違いない。
「ヘレン様、僕にしっかりついてきてください。ここから先はかなり長いし道が枝分かれしています。間違ったルートは罠だらけです」
王子が先頭を歩いていく。
腰が低いだけでなく、しっかりしているようだ。……表面上は。
ここ数日じっくり王子のことを観察していたのだが何かを隠しているように思える。
オルフェが魔術で人魂を作り周囲を照らしながら口を開く。
「ヘリンク王子はここに来たことがあるんだ?」
「この封印の地を守るのは王族の義務ですから……もっとも封印の門の先に来たのは数年前に一度だけですね。王家に生まれたものは封印の地の道筋や仕掛けられた罠を叩き込まれるのです」
「すごいんだね。ここからどれぐらいかかるのかな」
「おそらく二時間ほど」
結構な距離だ。
それまでに七罪教団と遭遇しなければいいが、邪神との戦いの前に消耗は避けたい。
念のため、【気配感知】を使っておく。
レベルがあがったのとステータスの向上のおかげで【気配感知】と精度と範囲が格段に広がっている。
今の俺を欺けるものはいない。たとえ一流のアサシンだろうと姿を察してみせる。
近くに潜んでいる敵はいなさそうだ。
先頭を歩く王子が振り向かずに語り始めた。
「ただ、歩くだけだと退屈なので話をしましょう。ヘレン様、僕はずっと気になっていました。どうして、ヘレン様は我が国に来てくださったのでしょう? 我が国は恥ずかしながらもとより貧しい。今回の流行病の対策で追い打ちを受たことで国庫が苦しく、ほとんど褒賞は出せない状況でした。ヘレン様以外にも名だたる医者や魔術士に声をかけましたが、あなた以外は来てくれませんでした。……当然ですよね。報酬は少なく、命の危険もある、そもそも他国の問題です。こう言ってはなんですが、来てくださることのほうがおかしいのです」
王子は自嘲しているようだ。
たしかに、よほどの物好きじゃない限り受ける案件じゃない。
みんな自分の身が可愛い。他人のために命をかけるほうがおかしいのだ。
国も技術流出するリスクを許容すると言っただけで、ヘレンに強要したわけではなかった。
「救いを求める人がいたから訪れたのです。それだけで十分ですわ。私はそのために生きています」
医者にとっての模範解答。何万人もの医師が放ったであろう耳障りのいいきれいごと。
だが、そのきれいごともヘレンが言えば筋が通る。
彼女の行動が、それがただのきれいごとではないと表している。
今回だけじゃない。ヘレンはただ人を救うために、何度も地獄へと旅立っている。
誰も救えずに心を傷を負ったことがある。
たくさんの人を救っても、わずかに救えなかった人の家族や友人に呪詛を投げかけられたこともある。
それでも、ヘレンはその生き方を変えない。
「人を救いたいという言葉が本心から放たれたのはわかります。なにがあなたをそうまでさせるのですか?」
「……いろいろとありますわ。でも、一番は。私が救われて嬉しかったからです」
ヘレンと出会ったころのことを思い出す。
彼女は天使と呼ばれる白翼族の一員だった。閉鎖された民族であり、とある神を崇めていた。
崇めているだけなら良かったが、その神を地上に下ろそうとしたのだ。
……正確にはそうせざるを得なかった。
当時の白翼族の集落はミラルダ共和国と同じく流行病により集落が滅びかけていたのだ。
それは難病ではない。普通の知識がある普通の医者がいれば治せた。
だが、閉鎖していた集落ではその普通がなかった。
だから神に縋り付き、その力を借りようとした。それしかなかったのだ。
神の依り代に選ばれたのがヘレンだった。
いくつか理由がある。一つは白翼族の長の娘であり特別な血を引いていたこと。
もう一つは数少ない【光】属性を使えたこと。
地火風水の四大元素に比べて【光】と【闇】は使用者が極めて少ない。
四大属性使いのオルフェよりも希少かもしれない。
白翼族は過去の伝承を信じ……ヘレンを神にすることに半分だけ成功する。
それが悲劇の始まりだった。
神の力を下ろす際、同時にこの世非ざる邪悪を産み落としてしまった。
そして、集落を救うはずだったヘレンはただ自分が死ねなくなっただけで人を救う力など与えられなかった。
この世非ざる邪悪は次々に集落の人々を殺し、そうでなくても感染病によって次々に死んで行く。
「私が救われる前のことは……今でも夢に見ますわね。病に体が侵されて、なんどもなんども殴られ、切りつけられ、それでも死ねなかった」
あっという間に集落は全滅した。
不死身となったヘレンを残して。
不死身なだけのヘレンは病がどんどん進行して苦しみ始め、この世ならざる邪悪は、唯一壊れなかったヘレン(おもちゃ)に夢中になる。
死ねないことがどれだけの絶望と苦しみだったか……。当時のヘレンを思うと胸が苦しくなる。
「そんな地獄の中で、お父様……マリン・エンライトが現れましたわ。私を苦しめ続けた邪悪を倒して、病を癒して私を救ってくださったの。生き地獄から助けてくれた人に感謝し、苦しくない生に感動しましたの。……それ以上に、そのときのお父様の顔が幸せそうで、私を抱きしめてくれた腕の中が暖かくて、その姿に憧れました。だから、私みたいに苦しんでいる誰かを救ってあげたいし、救える自分になってあんなふうに笑いたい。そう思ったのです」
姉妹の仲でも一番悲惨な目にあったのが彼女だ。
それでも歪まずに人を救いたいと目標をもった。
そんな彼女だからこそ、俺は【医術】を託した。
【医術】は、その気なれば容易に大量虐殺すらできる危険な力なのだ。ヘレンは今回の邪神の病騒動と同じようなことをやろうと思えばできる。
オルフェが本気になったところで、せいぜい街一つ潰すのが限界だが、ヘレンが本気になれば国を潰せる。
「ふふ、恥ずかしい話をしてしまいましたね。一応、私にもメリットはありますの。この体は特別です。未知の病があるなら徹底的に調べておきたいのです」
……ヘレンの死ねないというのはメリットだけではない。
万が一、俺やヘレンですら治療できない病に感染した場合、死ぬことすらできずに無限に苦しみ続ける。
ヘレンはそうならないように、考えうる限りの抗体を体内に持ち、ありとあらゆる病を癒すだけの知識を持っている。
それでも新たな病は日々生まれる。
ヘレンは戦い続けている。病の進化に負けないよう知識を蓄え続けているのだ。
「素敵な父上ですね。僕はヘレン様が羨ましい。僕も父上を尊敬したかった。無邪気に憧れて、人に自慢したかった」
王子の言葉には静かな怒りがあった。
王子の鼓動が少し大きくなっている。
「みなさん、ここから先は魔物が出ますので前を歩いてもらっていいですか」
「うん、構わないよ」
「ニコラも戦える」
オルフェたちが前に出る。
「次の角を左に曲がってください。そしてまっすぐ進んで」
妙に暗い道だ。
何も見えない。
なにかしらの魔法がかけられているのか、もっている光源の光が吸い込まれている。
そして、数秒後それは起こった。
「きゃあああああああああああ」
「オルフェねえ」
オルフェが落ち、オルフェに手を伸ばしたニコラが体重を支えきれずに落ちる。
そして、動揺して硬直したヘレンを王子が突き飛ばした。
「なんで、なんで、僕の国に来たんですか。あなたみたいないい人が。僕は、こんなこと、したくなかったのに」
……まあ、この展開は薄々予想はしていた。
裏切りものの王族は王子自身であり、俺たちを嵌めたのだ。
そしてその嘘を見破っていたのは俺だけじゃない。
穴の中からオルフェとニコラを抱えたヘレンが戻ってきた。
「どうして、飛べる!? その羽は飾りだって言ってたじゃないか」
ヘレンはにっこりと微笑む。
「まあ、覚えていてくださったんですね。もちろん嘘ですわ。ちゃんと飛べます。……王子が裏切者だなんて残念です。本当に」
【医術】を志すとヘレンが決めた際。
俺は一つのことを話した。
……患者のことを思うなら、絶対に患者のことを信じるな。
その体の声だけが真実だ。そこを間違えると誰も救えない。
人間は嘘をつくし、勘違いをする。
医者がそんなものに踊らされてはいけない。
体温、呼吸音、動悸の速さ、匂い、人間の体はありとあらゆるものがサインとして出てしまう。
その読み方を俺は徹底的にヘレンに叩き込んだ。
俺の教えを忠実を守るヘレンを欺けるものは、この地上には存在しない。
王子が膝をつき、ヘレンがゆっくりと近づいていく。
今回の事件の真相、それを聞き出せるかもしれない。




