第十二話:スライムは観察される
昨日は俺が作った特製のヒノキ風呂を家族水入らずで楽しんだ。幸せな時間だった。
これからはこの村にいる間、毎日お風呂を楽しめる。
今日のお風呂も楽しみだ。
そして、今はヘレンの部屋に来ていた。
「屋敷にあったヘレン姉さんの研究成果はスラちゃんが持ち出してくれてるよ。必要だと思ってスラちゃんを連れて来たんだ」
「あら、それはありがたいですわね」
今回は邪神を倒すだけでは終わらない。
むしろその後が本番だ。邪神のばらまいた病は邪神が倒れても消えたりはしない。
ヘレンの抗体を作らせる感染病が必要になる。
「オルフェがそんな素敵なスライムさんと出会ったことを神様に感謝しないといけませんわね」
「感謝をするなら神様じゃなくて、お父さんにだね。スラちゃんはお父さんが作ったスライムなんだ」
「ぴゅいっ!」
元気に返事をする。
オルフェの言葉を聞いたヘレンが興味深そうに俺のところまできてペタペタと触る。
さりげなく、【医術】関連の魔術で俺の成分などを調べているところがヘレンらしい。
「思ったより面白い体をされていますわ……なるほど、そういうことですのね。お父様らしい……スライムさん。さっそくですが、今から私が言うものを出してくださらない?」
「ぴゅいっぴゅ!(任せて)」
ヘレンの言う通り、過去に彼女が作った薬や、薬を作るために必要な道具を次々に出していく。
途中でヘレンはオルフェを追い出した。
危ない道具や薬を取り出したから、そのせいだろう。
ここからの作業を危険が伴う。
よくよく見るとこの部屋は一種の結界だ。この部屋は完全に閉じられており、ここで作り出したものが外に漏れることはない。
「研究所が襲撃されたとき、仕事道具をろくに持ち出せませんでした。新たな病を作るための道具と病の原料を集めるところから始める覚悟をしていましたわ。スライムさんが来てくれて本当に助かりました」
「ぴゅっへん」
とりあえず偉そうにしておく。
大の男がこうするとうっとうしいだけだが、可愛いスラちゃんがやると褒めてもらいやすい。
事実ぎゅっと抱きしめてもらえた。
「えらいえらい。これでお仕事がはかどりますわ。スライムさんのお仕事はおしまい。オルフェのところに帰っていいのですよ?」
「ぴゅいぴゅい」
首を振る。
久しぶりにヘレンの仕事ぶりを観察したい。
オルフェや二コラは基本的に屋敷にいたが、ヘレンやシマヅ、レオナは外での仕事がメインで滅多に家に戻って来なかった。
どれだけ腕を上げたのかこの目で見届けたいのだ。
「わかりましたわ。見ていてください。……スライムさんは病気に強いですわよね?」
「ぴゅいっぴゅ!」
スライムには並み大抵の毒は効かないし、たとえ強力な毒を喰らったとしても毒に感染したスライム細胞を切り離すことが可能だ。
ある意味、スライムは無敵だ。
だからこそ、転生先に選んでいる。
「なら、見ていてください。私の仕事を」
ヘレンはそう言うと作業に入った。
ヘレンの【医術】は魔術の使用を前提にしたうえでの既存医術、薬学を発展させたもの。
魔術をただの手段の一つとみなし、医術を執り行う。
それゆえに、非常に多くの技術と知識を要する。
十代半ばで【医術】のエンライトを名乗れるようになるのは並大抵の才能ではない。
……白翼族。通称天使が光属性の魔術を使えるのも大きい。
ヘレンの仕事を横で見るのは久しぶりだが、俺が知っているころより遥かに成長している。
娘の成長というのはやはり喜ばしいものだ。
何時間見続けても飽きない。
日が暮れた頃、ようやくヘレンが作業を終えた。
「スライムさん、楽しかったですか?」
「ぴゅい!」
疲れた顔でヘレンが俺に問いかけてくるので元気に答える。
ヘレンが材料さえそろえば作れると言ったのは強がりでもなんでもないようだ。
本当に新たな病は完成しつつある。
問題はどうやって、邪神の血肉を手に入れるかだ。
◇
姉妹揃っての夕食だ。
オルフェが腕によりをかけてご飯を作ってくれた。
「さあ、食べて。ヘレン姉さんはどうせろくなものを食べてなかったでしょう。今日は頑張ってごちそうを作ったよ」
「オルフェねえ、気合入ってる」
「ぴゅいっ、ぴゅいっ!」
オルフェがごちそうというだけあって、机の上は非常に賑やかだった。
旅の途中で狩った獲物や採取した山菜で食べきれなかったものは、俺が【収納】している。
そうしてちょっとずつ溜めていた食料を盛大に使っている。
調味料もしっかり街で買い込んでいるので、こんな山の中の隠里に似つかわしくない華やかな料理の数々が並んでいる。
「すごいわね。最近はパンと干し肉とビタミン剤しか摂取していなかったから心が躍るわ」
「ヘレン姉さん、食事に気を使わないのは【医術】のエンライト失格だよ。医者が自分の体を蔑ろにしてどうするの!」
「健康は考えているわ。ビタミン剤は特製のものだし、干し肉もいろいろと手を加えた培養肉よ。あとは炭水化物をとれば必要な栄養素は足りるわ」
「ヘレンねえの健康食は完璧。だけど、健康なだけ。強くはなれない。ニコラの料理と交互に食べれば完璧になる」
ニコラの料理を思い出す。
ドーピングクッキング。食べた相手を強化するためだけに作られた味や見た目を度外視した劇物。
……ヘレンとニコラの料理が交互なんて悪夢だな。
パン、ビタミン剤、干し肉だけの味気ない食事と味と見た目が壊滅的な劇物が並ぶ食事が続く。
なんだ、その地獄は。
「だったら、いいよ。私一人で全部食べるから」
「だめ、ニコラも食べる」
「私もありがたくいただきますわよ? こんな美味しそうな料理、逃す手はありませんわ」
ニコラとヘレンがてきぱきと取り皿に自分の分を確保する。
「二人とも。私の料理なんていらないって言ったのに!」
「要らないわけじゃない。娯楽としては必要」
「栄養学だけではだめよ。心の栄養もたまには取りたいですわね。あなたの料理、たっぷり楽しませてもらうわ」
ニコラとヘレンは日ごろはわりと味とかどうでもいいと思っているが、味がわからないわけではない。
俺の食道楽の影響を受けて、むしろ舌は肥えているしよく食べる。
……ただ、この二人は一度火がつくと研究優先でひたすらお手製の栄養だけはある保存食を食べつつこもりっきりになるが。
「ううう、なんか釈然としない。でも、いいや。じゃあ、食べよう。冷めないうちに」
「オルフェねえ、美味しいご飯をありがとう」
「美味しいご飯に、愛しい妹たち、こんなに幸せな食事がまたできるなんて思っていなかったわ。来てくれてありがとう」
オルフェが照れくさそうに頬をかく。
そうして楽しい姉妹の食事が始まった。
◇
ぴゅふぅぅ、お腹いっぱい。
オルフェが張り切ってたくさん作りすぎたので、余った分は全部俺が楽しませてもらった。
今日のメニューはすごかった。トマトベースの出汁で猪のすね肉をことこと煮込んだ特製スープに、シカのロース肉のステーキの特製ソースがけ、キノコの炒め物も美味しかった。
山芋を混ぜ込んだふんわりパンも絶品だ。
オルフェはいいお嫁さんになる。
姉妹たちはオルフェが焼いたフルーツパイとハーブティを楽しんでいる。
「ヘレン姉さん、これからのことだけど。邪神を見つける当てはあるの?」
「ん。邪神を倒すには邪神を見つけないとどうしようもない」
もっともなことを二人が言う。
「それなら大丈夫ですよ。ある程度、七罪教団が手綱を握れていることから封印の地の力を利用してと想定できるわ。邪神は封印の地から動いていない。この国が邪神を封じている場所は王子が知っています」
そういえば、王族の視察のタイミングで襲われ、一緒にこの村に逃げ込んだと言っていた。
「なら、話しは簡単だね。その封印の地に行って邪神を倒そう」
「ん。いつまでも邪神がそこにとどまってるかわからない。できるだけ急ぐべき」
「そうね。……ただ、なんの対策もせずに挑んでもダメだと思って準備をしていましたの。邪神の病を治すときに作ったポーションを限界まで強化して打ち込めば、効果があるかもしれない。あと二日、完成までに時間がかかります。だから出発はそれに合わせましょう」
封印が解けた邪神と戦うなら少しでも手札はほしい。
その考えは間違ってはいない。
「うん、わかったよ。そういう理由なら納得だね」
「ニコラたちもなにか考える。スラに保管している武器の手入れをしとかないと」
こうして、二日後に出発することに決まった。
二日もあるなら俺も新たな切り札を得られるだろう。
さっそく、今日の夜に抜け出していろいろと試してみるとしようか。
理論的には今の俺なら可能な新必殺技がある。




