第六話:スライムはヘレンを探す
馬車に揺られながら考えていた。
竜種に近いとまで言われる、タイラント・スネークが、なぜこんな街道近くに現れたのか。
それも、かなり怒り狂っていた様子だ。
本来は、もっと深い森の奥深くで静かに暮らしている魔物だ。
……考えられるのは何かから逃げるために住処を放棄し、必死に川を南下していること。
この街道の遥か上流はミラルダ共和国に存在する。
考えすぎかもしれないが、一応警戒しないといけない。
「スラちゃん、本当に強くなったんだね」
「ぴゅいぴゅい♪」
がんばって強敵を倒した甲斐があってたっぷりと褒めてもらっている。
オルフェの太ももの上で撫でられていた。
至福。
「スラ、ニコラからもご褒美。アッシュポートで買ったお菓子」
口に放り込まれたのはキャンディだ。
糖分が大好きな俺としては大歓迎だ。
「今までスラちゃんは弱いから守らないとって思ってたけど、こんなに立派になったんだもん、これからはスラちゃんに守ってもらおうかな」
「ん。スラは頼りになるスライム」
「ぴゅいぴゅ!(任せとけ)」
元からそのつもりだ。
可愛い娘たちは何があっても守ってみせる。
とくに害虫どもからは。
「ありがと、スラちゃん。頼りにしてるね」
「ぴゅい!」
オルフェに守ってもらえるのもなかなか心地よかったが、やっぱり頼られるほうがいい。
ぴゅふふふ、これからはもっと頑張らないと。
◇
さらに旅を続けて、ミラルダ共和国との国境に近づいた。
「やっぱり、封鎖されちゃってるね」
「だいたい想像通り。強引になら突破できるけど、騒ぎは起こしたくない」
国境付近は厳重に封鎖されていた。
あれは、感染者が国外へ逃げることで病が拡散するのを防いでいる。
その証拠に、さまざまな人種が兵士として常駐していた。
あれは、他の国が人員を支援しているのだ。
病を自国に持ち込まれたらたまらないので人手を貸さざるを得ない。
そうして派遣された兵士たちには同情する。
国のためとはいえ、病に感染する危険性が高い場所に派遣されているのだから
「ニコラ、ゴーレム馬車を置いて私たちだけならなんとか忍び込めるよね」
「オルフェねえの魔術があれば余裕。……でも、ここを超えてからもだいぶ距離がある。ゴーレム馬車は手放したくない。あっ、スラに【収納】してもらおう。今のスラなら、おっきくなって一口のはず。分解する必要もない」
「あっ、そうだね。スラちゃん。お願い」
「オルフェねえ、スラ、待って。ここでやると目立つ。森の奥に移動してから」
「そうだね。危ないところだった」
馬車は街道からそれて、荒地のほうに入っていった。
◇
森の中に入ると、オルフェは狩りに出かけて行った。
忍び込むには視界が悪くなる夜がいいということで、日が暮れるまでは英気を養う。
そして、俺はというと……。
「ぴゅいいいいいいいいいいいいい」
【収納】していた、たくさんの偽スラちゃんと合体して巨大化して、スーパースラちゃんになっていた。
この巨体なら、ゴーレム馬車も一口。
あっさりと【収納】してしまう。
それが終われば、あっさりと普通のスラちゃんに戻る。
スーパースラちゃん2ほどでもないが、スーパースラちゃんは疲れるのだ。
「いつ見てもスラの【収納】はうらやましい。どういう理屈だろ? 魔術での再現も、錬金術での再現も、どうやればいいか見当がつかない」
「ぴゅっへん」
ニコラが悔しそうにしてるので、ドヤ顔をしておく。
実際のところ、かつての俺も【無限に進化するスライム】の二つの能力、【吸収】と【収納】の原理を調べ上げて再現しようと試みたことはある。
結果は途中で挫折。
おそらく、時間をかければ解明できたのだが、あのときの俺には時間がなかった。
死ぬまでに俺の魂を【無限に進化するスライム】にうまく定着させる方法を見つけなければいけなかった。
【刻】の魔法を使って、なおぎりぎりであり。そんな余裕は一欠けらもない。
原理を解明し再現、発展させること自体は非常に有益だ。
ニコラの成功なんて小さな話じゃない。
人類の発展にすら繋がる。ニコラにはぜひ取り組んでほしい課題だ。
「スラ、時間ができたら実験に付き合って」
「ぴゅいっ!」
娘のためなら、喜んで協力しよう。
そして、そろそろあいつらが来る頃か。
「「「ぴゅい、ぴゅぴゅぴー(ボス、食べ終わりました)」」」
「ぴゅむ(ごくろう)」
翼が生えた偽スラちゃんズが飛んできて、次々と俺と合体していく。
タイライト・スネークはでかい。
あれをまるまる一匹食べると丸一日作業だ。
なので、偽スラちゃんたちに食べてもらった。偽スラちゃんたちは【収納】はできないが、俺が進化したことで【吸収】すること、食べて栄養に変えて大きくなり【分裂】することはできるようになっていた。
栄養たっぷりのタイラント・スネークを残さずに食べるため、三十体の偽スラちゃんたちを置いてきたのだが、想像以上に栄養たっぷりだったようで、偽スラちゃんたちは元のサイズのまま百体を超える数へと分裂していた。
「ねえ、スラ。一体一体は可愛いけど、さすがにその数はきもい」
「ぴゅひっ!?(ひどい)」
なんとなく言いたいことはわかる。
さっさと合体と【収納】だ。
偽スラちゃんたちが消える。
そして、力が満ちてきた。
思った通りだ。竜種に近いと言われた魔物を取り込んだんだ。強くなるに決まっている。
「ぴゅふうううううううううううううう!」
雄たけびを上げる。
力が馴染んでいく。
攻撃力と防御力が上がった。
そして、スキルも得ている。
得たスキルは【水神の加護】。
常時発動型のスキルで、水を扱う魔術とスキルの常時上方補正がかかる。
持っているだけで強化される非常に強いスキルだ。
タイラント・スネークはただの魔物ではなく、水の守り神の類だったようだ。
水を使うスキルは俺の得意分野だ。最高のスキルを得たと言っていいだろう。
「スラは魔物を【吸収】すればするほど強くなる。強くなればより強い魔物を倒して【吸収】できるようになる。【無限に進化するスライム】。とんでもない。……でも、不思議。それだけの性能を持っているのに、なんで【無限に進化するスライム】の被害が一度も起きなかった? 国一つ滅ぼしてもおかしくないのに」
ニコラがぶつぶつと言い始めた。
【無限に進化するスライム】。それは俺が作り出したスライムだが、元になったスライムが存在する。
そして、そいつは【吸収】と【収納】を持っている。
ニコラの危惧するとおり、その力を存分に発揮すればやがて最強の存在となり、人間や亜人を食い尽くすことすら起こりえただろう。
だが、そうはなっていない。
その理由を俺は知っている。
「ぴゅふぅー(お腹いっぱい)」
だけど、教えてやらない。
考えることがニコラの成長につながるのだから。
◇
オルフェが仕留めた獲物で食事を済ませたころには、だいぶあたりは暗くなっていた。
闇に乗じて、俺たちは封鎖された国境に向かう。
「ニコラ、スラちゃん、ここからはしゃべっちゃダメだからね……。【遮断】」
オルフェが俺たち三人を包む結界を作り出した。
それは外から俺たちを多い隠す闇のベール。
内側から外の様子は見えるが、外からは見えないという便利な魔術だ。
堂々と、俺たちは壁の前にたどり着く。
オルフェがさらなる魔術を使う
「【浮遊】」
体が浮かび上がり、あっさりと壁を超える。
「【加速】」
浮かび上がった体が、弾かれるように加速する。
二人とスライム一匹での飛行魔術。
こんな真似ができるのは超一流の魔術士だけだし、出来たとしても数十メートルが限界。
だが、オルフェは表情に余裕がある。
そのまま数百メートルの距離を稼ぎ着地した。ここなら常駐している兵士たちも気付かない。
オルフェの魔術がすべて解除される。
「やっとミラルダ共和国だね」
「ん。さっそく、ヘレンねえを探す」
ニコラがゴーレム鳩を空に放つ。
ゴーレム鳩には、姉妹たちの大まかな位置が記憶されており、なおかつ半径数キロもの広範囲で姉妹たちの魔力の波長を感知してそちらに向かう機能がある。
最後にヘレンがいたところに向かい、ヘレンの痕跡を探して、大まかに向かった方角を特定、そこからはゴーレム鳩の探知を続けながら、ひたすら走り回る。
この方法ならきっとヘレンを見つけられるだろう。
だけど、俺は俺で動く。
スーパースラちゃん2になるのに必要な偽スラちゃんと、傷を負ったときに治療薬替わりにする偽スラちゃんを除いて、すべての偽スラちゃんを空に放った。
偽スラちゃんたちはクリアスラちゃん仕様で、【飛翔Ⅱ】を使って飛んでいく。
数任せの空からの捜索。
あまりスマートな方法ではないが、数百体の空の眼は有効な捜索法だ。
オルフェとニコラの正攻法、俺の邪法。
どちらでもいいから一刻も早くヘレンが見つかることを祈っていた。
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種族:デストラクション・スライム
レベル:41→42
邪神位階:成熟
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅱ 角突撃 言語Ⅱ 千本針 嗅覚強化 腕力強化 邪神のオーラ 硬化 消化強化Ⅱ 暴食 分裂 ??? 風刃 風の加護 剛力Ⅱ 精密操作 嫉妬 水流操作 覚醒 脚力強化 追い風 粉砕 精神寄生 怠惰 瘴気操作 水神の加護new!
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 各種下級魔物素材 各種中級魔物素材 各種上級魔物素材 邪教神官の遺品 ベルゼブブ素材 人形遣いの遺産 レヴィアタン素材 湖の水
ステータス:
筋力A→A+ 耐久A→A+ 敏捷B+ 魔力A 幸運C+ 特殊EX
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