第二話:スライムはお願いされる
ポーションの納入が終わり、美味しいお菓子を食べに行こうと盛り上がっていたら一番会いたくない奴に会ってしまった。
俺とオルフェの活躍を妬み続けた魔術士の一人にして、強い権力を持つ公爵。
しかも妹が王妃だと言うだから手に負えない。
「エンライトの娘どもがなぜここにいる!?」
成金デブことヨブクが声を荒くする。
相変わらず、威圧的で高慢な声音だ。毒針を打ち込んで、不能にしてやったのに元気なことだ。
……少し薬が足りなかったかもしれない。
この場で、襲いかかりたくなる。
「ぴゅしゃー!」
「こっ、このスライム、いったい私を誰と心得る!?」
威嚇すると微妙に後退りながら、ヨブクが震える声を出す。
俺は少しだけ安心した。こいつの様子を見る限り、オルフェたちを追ってアッシュポートに来たわけじゃないようだ。
「スラちゃん、ストップ。えっと、私たちが来た理由でしたよね? 屋敷を追い出されたので、こちらで暮らすことにしました」
オルフェは敵愾心をできるだけ隠しながら簡潔に応える。
人見知りの激しいニコラはオルフェの後ろに隠れていた。
「ふん、学会にも顔を出さんようになったと思えば偉大なるグランファルト王国から出て、こんな歴史の浅い田舎にくるとはな。大賢者マリンのおまけにはお似合いだ」
アッシュポートのあるアッシュレイ帝国はグランファルト王国に比べると歴史は浅い。
グランファルトの貴族たちは、よく歴史を持ち出してアッシュレイ帝国を貶める。
アッシュレイ帝国の躍進を認めたくないがゆえの現実逃避であり、こういう貴族を見るとグランファルト王国の今後が心配になってくる。
グランファルト王国がやるべきは、相手をけなすことではなくアッシュレイ帝国から学ぶべきことを学ぶことなのだ。
「……私たちは行きます」
オルフェははこれ以上、こいつと話すことはないと判断して背を向ける。
「待て、ちょうどいいからありがたい話を聞かせてやる。私は大賢者マリン・エンライトの研究を引き継ぎ、新たな研究を一つ完成させて学会での地位を一つあげた。何を発表したか聞きたいだろう」
「はっ、はあ」
オルフェは困惑気味に返事をする。
本音を言うとあまり興味がないはずだ。
重要な研究はすべて俺が【収納】して持ち出している。
「ずばり、薬品を併用した火炎魔術の威力向上だ」
鼻息を荒くして、すさまじいどや顔でヨブクは大声をあげた。
オルフェの困惑が強くなる。
「大賢者マリン・エンライトの研究を引き継いだとはいえ、実質的には私がほぼ一から研究を開発させたようなものだ。これで魔術の歴史が一歩前に進む。貴様らが、いくつかの研究成果を持ち出したことはわかっているが、一番大事な研究を置き去りにするとはな。ふははははは。わしの名は魔術史に残るぞ……おっとこうしてはいられないな。大事な仕事があるのだ。新参者にグランファルト王国の偉大さを見せつけてやらんとな」
そうして、今度こそヨブクは去っていく。
結局、何をしにアッシュポートに来たのだろう。
「オルフェねえ、あいつの言ってた研究ってあれだよね」
「お酒に酔った勢いで、ニコラとふざけながら作ったあれだね」
「……普通に強い爆弾作ったほうがはやいって捨てたやつ」
「ダミーでいろいろ、失敗したり、つまんないのをわざと屋敷に残してたけど、その一つに取り組んだみたいだね。あんなのを学会で発表するのは驚いたよ」
二人にとってはネタでしかなかったからな。
とはいえ、魔術を科学で威力向上という発想自体は悪くないと思う。
草案だと魔術と薬品の組み合わせで火炎放射器を作ろうとしていたはずだが……・。
いったい、ヨブクはどんな発表をしたのか。
それは、少しだけ気になった。
「いやな人に会っちゃったけど、気を取り直してお菓子を食べに行こう」
「ん。そうする。甘いお菓子がニコラを待ってる」
「ぴゅいぴゅ!」
何はともあれ、これ以上あいつが俺たちに絡んでくることはないことがわかって良かった。
少し気になるのは、アッシュレイ帝国の新参者にグランファルト王国の偉大さを見せつけると言っていたこと。
……絶対にろくなことにならない。かつての俺なら止めていた。
スライムな俺の体が恨めしい。
◇
気を取り直して、三人でお菓子を楽しんだ。
「ぴゅふぅー♪」
美味しかった。
前回気に入っていた生クリームを使ったお菓子ではなく、冒険してマロンクリームのケーキをおねだりした。
その判断は大正解だ。
栗の風味をしっかりと全面に出しつつ洗練された味。
あそこの店は、生クリームだけが美味しいわけでなく、すべての水準が高い。
今後もいろいろと試してみたいと思う。
「ニコラ、美味しかったね」
「ん。チョコケーキなんて置いてると思わなかった」
チョコレートは高級菓子だ。
海を渡った先でカカオを仕入れるので高価かつ希少。
そのチョコレートを使うお菓子を扱ってるとは只者ではない。
ただ、安定した仕入れはできないらしく、今週の限定メニューだった。
俺もニコラに一口だけもらったがほろ苦い大人の味でとても美味しかった。
人間の姿に変身が可能になれば思いっきりいろいろと注文しようと思う。
「スラちゃん、口元にクリームがついてるよ?」
「ぴゅい?」
困った、今の体じゃ口元をぬぐえない。
「とってあげるね」
オルフェが抱き上げてくれて、ぺろっと口元のクリームをなめとった。
「ぴゅふっ!?」
「これで綺麗になったね。スラちゃんの頼んでた栗のお菓子、美味しいね。次は頼んでみよう」
スライムが相手とはいえ、過剰なスキンシップだ。
嬉しくはあるが、父親としてはもう少し恥じらいをもってほしいと思う。
三人で帰り道を急ぐ。
お金も手に入れ、美味しいお菓子も食べられて。みんな上機嫌だ。
そんな俺たちの近くで馬車が急停止する。
「皆様。お久しぶりです」
出てきたのは金髪で優雅な貴族令嬢。
兄弟子であるデニスの娘だ。
「久しぶり、クリス。ちょっと痩せたね」
「オルフェ様、お久しぶりです。お二人が帰ってきたと聞きまして迎えに来ました。大事な話があるのです。申し訳ございませんが、今からお時間をいただけないでしょうか?」
オルフェがニコラのほうをみると、ニコラがこくんと頷いた。
「うん、いいよ」
「では馬車に」
俺たちが馬車に乗り込むと、すぐに動き出した。
「オルフェ様、ニコラ様、お帰りなさい。……それからごめんなさい。お二人の手柄を横取りするような真似をして」
クリスが頭を下げる。
クリスはデニスが暴走し、邪神の封印を解いてしまい、オルフェたちが倒したという真実ではなく、デニスがオルフェたちと協力し邪神を滅ぼした。というストーリーを作り上げた。
これなら、アッシュレイ帝国の面目も守れる。すべてが丸く収まる。
そのおかげで、クリスはなんとか家の取り潰しを防ぎ、アッシュレイ帝国にオルフェたちが戻って来れるように立ち回れた。
「謝る必要はないよ。私たちに一方的に助けられたなんてことを馬鹿正直にいったら、上の人たちは面白い顔をしないし、私たちもいろいろと面倒なことになったと思う」
「お心遣い感謝します。このお礼は必ず形あるもので返します……それから、今日呼んだのは別件なんです」
「というと?」
クリスが深刻な顔をしている。
かなりまずい事態が起こっているようだ。
「ミラルダ共和国の流行り病のことは知っていますよね?」
「うん、ヘレン姉さんが関わってるしね」
「実は、その病の発症者がアッシュレイ帝国でも出たのです」
オルフェたちは息を呑む。
どうやら、ヘレンの悪い予感は当たったらしい。
「幸い、【医術】のエンライト。ヘレン・エンライト様が特効薬の開発に成功していると聞いています。ただ、その技術の譲渡はヘレン様、そしてグランファルト王国の許可が必要なのです。ヘレン様は快く快諾してくれましたが……」
そこから先は聞かなくてもわかる。
グランファルト王国は、急に台頭してきて商業規模でも軍事力でも抜き去っていったアッシュレイ帝国をよく思っていない。
特効薬のレシピの公開を渋る、あるいはすさまじい条件を突き付けているかのどちらかだ。
「無理を承知でお願いします。これから、薬の移譲をもとめて、グランファルト王国の貴族と交渉します。どうか立ち会っていただけないでしょうか」
開発者の血縁であり、【魔術】と【錬金】のエキスパート。
オルフェとニコラがいればクリスも心強いだろう。
オルフェが口を開く前にニコラが口を開いた。
「わかった。立ち会う……こういうのは許せない。ヘレンねえは純粋に命を救おうとして薬を作ったのに、その薬を政治に使うなんて。クリス、最悪はニコラがなんとかする。ヘレンねえもそれを願っているから」
ニコラは特効薬の開発はできない。ヘレンとの医術関連の知識に大きな隔たりがある。
だが、完成品を量産することにかけてはヘレンにも勝る。
送られてきたポーションの解析に成功、あるいはゴーレム鳩で秘密裡にヘレンからレシピをもらえばニコラでも作れる。
だけど、それは最後の手段だ。よくも悪くもグランファルト王国と完全に敵対する。
オルフェとニコラの目的は、それができることをちらつかせて、ほどほどの条件で薬を譲らせること。
「ぴゅふ」
それで成金デブ公爵が来ていたのか。
あいつはバカだが、アッシュレイ帝国を馬鹿にしているうえにがめつい。
一筋縄ではいかないだろう。
なんとかヘレンの人を救いたいという思いを汚い政治に使われないように努力しよう。




