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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:【剣】のエンライト、シマヅ・エンライトは斬る
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第十八話:スライムは決戦の場に向かう

 聖上との打ち合わせから、しばらく経った。

 やっと修行がひと段落し、オルフェが戻って来てくれた。

 オルフェが戻って来てくれて嬉しい。


 短い期間で陰陽のすべてを覚えることは不可能だが、セイメイは陰陽術の根幹を見事に叩き込んでくれた。

 おかげでオルフェは大きく成長しているし、あとは自分の脚でその先へと進んでいくだろう。


 そのオルフェと出かけている。いつものように俺を抱きしめて。

 ぴゅふー、やっぱりオルフェに抱きしめられるのは落ち着く。


 修行は必要なくなったが、神降ろしの成功率を上げるための龍脈の細工にはオルフェの力が必要不可欠であり、セイメイたちと一緒に作業を行っていた。

 作業工程を眺める。


 セイメイとオルフェはもちろん、彼の弟子たち。そして、その指示を受けて物理的な工事を受け持つ職人たちも手際が良い。

 よく鍛えられているのがわかる。


 作業が、魔術的なものに移行した。

 オルフェが俺を地面におろし、魔術式を大地に刻み始めた。

 こういう作業を大人数で行うのは意外と難しい。たいていの場合、一人でやったほうが早いぐらいだ。

 しかし、しっかりと全員が術の最終形を理解しており、分担も完璧。

 作業が滞りななく、進んでいく。

 そして、日が暮れる前にすべての作業が終了した。


「セイメイ様、これで七つの竜穴すべてに細工が終わりましたね」

「お疲れ様です。あとは神降ろしを待つだけです。……オルフェ様が無茶な術式を提案したこともあり、間に合うか不安でしたが、なんとか間に合いましたね」

「だって、こっちのほうが絶対いいですし」


 オルフェは天才だ。

 セイメイと話し合って、一度方針が決まりかけたとき、さらなる改良案を思いついた。

 通常なら、こんな直前での思い付きは突っぱねるが、あまりにも優れた術式だったため、セイメイも反対しきれなかった。


「はい、わかっております。だからこそ、私も納得したうえで、間に合わせるために全力を尽くすと判断したのです。……さすがはセンセイの一番弟子です。そして、オルフェ様もですが、あなたたちもよくやってくれました。今日は宴にしましょう」


 セイメイの弟子たちが歓声を上げる。

 こういう気配りができるのが、セイメイのいいところだ。

 人の上に立つものとして、下の者に対する配慮は必要な能力だ。


 弟子たちの鍛えられ方、そして、セイメイへの懐きっぷりを見れば、セイメイがどれだけ優れた師であるかがわかる。


 ……俺のもとで大成した者は天才だけだった。

 凡人は、自分の才能に絶望し、挫折していった。少し、うらやましい。

 兄弟子に言われた言葉を思い出す。


『おまえに凡人おれたちの気持ちはわからない』


 人間に戻ったら、少しずつでもこの欠点を無くしていきたいと思う。

 娘たちが巣立っていくのだ。時間はできる。セイメイのように普通の人を育てるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、オルフェが施工し終えた術式に手を当て、魔力を通して全体像を感じ取っていた。


「うん、ちゃんと七つの竜穴の術式全部がつながってる。これなら、絶対大丈夫」


 今回は龍脈の急所である七つの竜穴に物理的、魔術的、両方の細工がされている。


 神降ろしが行われると同時に、この術式を起動する。

 そうすれば、七つの竜穴に限界まで、オルフェやセイメイ、その弟子たちが注ぎ留めている聖気が混ざりこむ。

 淀みごと聖気をたっぷりと吸収した鬼はずいぶんと力が削られるだろう。


 そんなことを考えいると急にセイメイとオルフェが身構える。

 二呼吸遅れてから、セイメイの弟子たちも。


「みなさん、宴は延期になりそうです……予想よりも早い。まったく、術式の構築完了は正真正銘のぎりぎりだったようですね」


 竜穴から、黒い瘴気が吹きあがり、瘴気が人の形を作る。

 それは、人の形だが人ではない。

 あまりにも大きすぎた。長身のセイメイが見上げている。おそらく、彼の倍は背丈がある。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 それは叫ぶ。

 異形だった。大きさだけではなく、二本の角が生え浅黒く、顔は妙に角ばっていた。

 手には巨大な鉄塊。

 極東では鬼と呼ぶ存在だ。

 だが、こいつは鬼本体ではない。邪神の眷属だ。邪神は鬼に憑りついている。その影響で眷属まで鬼となったようだ。

 ……龍脈が限界だとは俺も気付いていたが、もう始まってしまうほどだとは。

 黒い鬼は鉄塊を振り下ろしてくる。


「【土壁】」


 セイメイが符を投げて、一言を放つ。

 それだけで魔術が成立する。陰陽師の特性である符を使う、超高速での術式の起動。


 土が盛り上がり壁となって鬼が振り下ろす鉄塊を受け止める。

 セイメイの動きは止まらない。

 土の壁にもう一枚の符を張り付ける。


「【土槍】」


 土壁から無数の土槍が飛び出て鬼を串刺しにする。

 さらに、槍から無数の針が伸びて内側からずたずたにする。

 とんでもない威力だ。

 鬼がその場に崩れ落ち、役目を終えた土が大地に還っていく。


 この鬼は弱くない……むしろ高位の魔物に匹敵する力を持っている。

 並みの陰陽師の術であれば、【土壁】ごと初撃で叩き潰されていただろう。

 弟子たちが、セイメイの力を見て尊敬の目を向けている。


「さすが、セイメイ様!」

「なんという術のキレ!」


 しかし、セイメイの顔に安堵はない。

 それはオルフェも同じ。


「みんな、油断しちゃだめだよ。次が来てる」


 オルフェが叫び、魔術式を構築する。

 威力を高めるために、極大の魔方陣を構築する。

 新たな鬼が形作られはじめる。それと同時にオルフェが詠唱を始める。


「我が願いに応え太陽よ、その神威をここに! 【獄炎柱】」


 そして、鬼が具現化すると同時に詠唱が完成し、巨大な青い炎の柱が鬼を飲み込んだ。


 あえて、オルフェは詠唱をした。


 オルフェのようなレベルの魔術士になると超高速詠唱により、無詠唱と見間違うほどの短時間で魔術が使える。


 だが、それは魔力の変換効率と威力を削る。

 今回は、詠唱をする時間があった。

 魔力消費を抑えて、威力を極限に高めるためにあえて高速詠唱をしなかったのだ。


 符を使う東の陰陽術はすごい。

 だが、西の魔術にもメリットはある。一から陣を組むため、必要なときに必要な魔術を使える。そして、魔力を込められる上限がない。陰陽術では符が耐えられるまでしか魔術が込められないが西の魔術では無限。

 つまり、威力では西が勝る。

 一撃で鬼が消し炭になった。


「セイメイ様、これってたぶん、邪神の眷属ですよね」

「でしょうね。鬼の影響を受けてこんな姿では出てきていますが……神降ろしが始まる前に湧き出るとは予想外でした」


 二人は顔を見合わせて笑う。

 さらに瘴気の塊が出てきた。

 セイメイとオルフェは、想像以上に状況がひっ迫していることに気が付く。……この邪神の眷属はまだまだ湧くだろう。


 セイメイのほうは、戦いを想定していないため符は最小限しか持ってきていない。

 オルフェは、聖気を竜穴に注ぐために魔力の大部分を消費した。

 つまるところ、二人ともそう長くは戦えない。

 十体や、二十体ぐらいなら屠れる。それ以上は相当きつい。

 そして、セイメイの弟子たちは戦力として数えられない。


 この、二人だからこそたやすく邪神の眷属である鬼を倒しているが、とんでもなく強い魔物だ。

 並みの使い手では殺されてしまう。

 そして問題は、鬼が現れているのが本当にここだけかというところだ。


 その答えはすぐにでる。

 町中で火の手が上がり始めた。

 鬼の眷属が生まれ始めたのだ。


 もし、この鬼の眷属の発生を止める方法があるとするなら、ただ一つ。


「神降ろしを前倒しで始めるしかないですね!」


 セイメイが符を投げて、鬼の首を雷で吹き飛ばしながら叫ぶ。


「同感です。シマヅ姉さんに連絡をとらないと!」


 神降ろしはどこででもできるわけじゃない。

 このキョウの物理的にも魔術的にも中心である聖上の屋敷でないと成立しない。


 そこで、サイオウの血に刻まれた力を解き放って、初めて神降ろしになる。


「セイメイ様、私たちは全力で鬼を退治して犠牲を減らしましょう。すでに、細工は終えています。私たちにできることはありません」

「しかし、そのサイオウの姫を聖上の屋敷に届けなければなりません」

「シマヅ姉さんなら、きっと街の異常に気付いて向かっています。鬼を斬りふせながら絶対にたどり着きます。……だから、私たちにできることをやりましょう!」


 さすがだ。オルフェ。

 頼もしいよ。

 シマヅなら、すでに聖上の屋敷に向かっているはずだ。


「スラちゃんは聖上の屋敷に向かって。神降ろしが始まる直前に、合図を頂戴。そしたら、竜穴の術式を起動するから。スラちゃんできるよね?」

「ぴゅい!」


 頷く。

 それはきっと俺にしかできない役割だ。


「シマヅ姉さんはしっかりものだけど、たまにうっかりしちゃうから、誰かが一緒にいたほうがいいと思うの。スラちゃんなら、ぴったりだね」

「ぴゅいっぴゅ(任せて)」


 本当にオルフェはよく見ているな。

 シマヅは姉妹のなかでもしっかりしているほうだが、肝心なところでどこか抜けている。

 俺なら、その穴を埋めてやれるだろう。

 とはいえ、オルフェも心配だ。魔力を使い切った魔術士など、一般人と変わらない。

 また、二体の鬼が現れて、セイメイとオルフェが倒す。

 二人とも、冷汗を出している。


「セイメイ様、符のストックはまだありますか?」

「心もとないですね。ですが……私には符以外にも武器があります」


 セイメイがパチンっと指を鳴らすと、龍脈から角の生えた赤く半透明の魔犬が現れて、新たに具現化した鬼へと雷を纏って突進する。角を突き刺し、内側から電撃で焼き尽くす。

 カオティック・スラちゃんだ。龍脈を使った疑似転移とはやってくれる。


 カオティック・スラちゃんはセイメイのもとにやってきて頭を垂れた。

 セイメイは頭を撫でる。ただ、撫でているだけではない。

 今の雷撃で消費した魔力を補充している。


 カオティック・スラちゃんはセイメイにとって、魔力の再充填により、何度も使える符なのだ。


「見てのとおり、私は符が切れても戦えます」


 彼の言う通りだ。魔力をため込めるスライムの性質をうまく使っている。

 しかし、オルフェも負けていない。


 ポシェットから、カードケースを取り出す。そこには、陰陽の符ではなく、タロットカードのようなものが入っている。


 そのカードケースはアタッチメントが付いており、腕輪になり、さらに扇状に展開、五種類のカードが顔を出す。


「カードセレクト、【炎槍】」


 五種のカードの一つをオルフェが叩くと、カードが吐き出されてカードに込められた魔術が発動した。さらに、吐き出されたカードと同じ種類のものがリロードされる

 強力な炎の弾丸が鬼を襲う。


 ……これは固い紙質のほうが使いやすいとオルフェが作ったオリジナルの呪符だ。そして、妙にメカニカルな腕輪に変形するデッキケースはニコラの発明品だろう。


 実用性重視の改良。陰陽術にあった風情もへったくれもなくなっているが、とにかく使いやすし、オルフェに良く似合っている。


「驚きましたね。陰陽術をこういう形で使用するとは」

「セイメイ様、見ての通り私も魔力切れでも戦う準備はできています。足は引っ張りません」


 頼もしい。

 魔術切れになったときの保険。それは魔術士にとって絶対に必要なものだ。


 オルフェは、陰陽術にそれを求めた。

 予め、術式を描き魔力を込めた呪符は最高の護身具だ。

 ……必要ないかもしれないが、出発前にお土産を渡しておこう。


「ぴゅいぴゅい(使って)」


 ニコラ特製の最上位ポーションを【収納】から取り出して、オルフェに渡す。

 ポーション中毒にならないぎりぎりの数だ。魔力の塊を摂取するタイプではなく、魔力の自然回復力をあげるタイプ。

 オルフェなら、呪符を駆使して、魔力を節約しながらうまく戦うだろう。


「スラちゃん、すっごく助かる。私はもう大丈夫だよ。だから、シマヅ姉さんのところに行ってきて!」

「ぴゅいっ!(行ってきます)」


 邪神の眷属はオルフェとセイメイに任せよう。

【飛翔Ⅱ】を使い、翼を生やして羽ばたく。

 まっすぐに聖上の屋敷に向かう。

 待っていてくれシマヅ。

 今すぐ駆けつける!

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