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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:【剣】のエンライト、シマヅ・エンライトは斬る
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第十三話:スライムは至高の魔刀を目にする

 オルフェの無事と修行の様子を見届けて、カネサダの屋敷に戻った。

 修行も、オルフェとセイメイの共同開発の鬼対策の術式も順調だ。すでにセイメイの弟子たちと共に実作業に入っている。

 土地に術を仕掛ける都合でどうしても大掛かりになる。早めに人手をかけて準備しないと間に合わない。


 もう、俺が見守る必要もないだろう。それぐらいに二人のことは信頼している。

 カネサダの屋敷に帰ることを、ぴゅいぴゅいっと伝えると、オルフェは……。


「寂しいけど、ニコラとシマヅ姉さんもスラちゃんがいないと悲しいもんね。もう少ししたら、私もそっちに戻るからしばらくお別れだね」


 と言ってぎゅっと抱きしめ、おでこにキスまでしてくれた。

 ……ぴゅふぅ。そんなことをされると帰りたくなくなるじゃないか。


 とはいえ、ニコラの刀やシマヅのことも気になる。

 そろそろ、武家、貴族、陰陽師を交えての会議が行われる。

 シマヅの側にいないとだめだ。

 あの子の肩にのしかかる重圧はすさまじい。俺が支えてやるのだ。

 そして、セイメイがにやにやしながら、口を開いた。

 ……センセイと呼ばれていたころはこわもてで通していたから、こうしてオルフェに甘えている俺が面白く映るのだろう。


「残念です。スライムさんにも、私の新しい式神を見せられると思ったのですが、もう少し時間がかかります。それは後日に。近いうちに顔を合わせるでしょうから、それまでに間に合わせます」


 セイメイが言っている近いうちというのは、武家や陰陽師たちが集まった会議のことだ。

 セイメイ率いるアベ家は陰陽師の中でも名家中の名家。

 呼ばれないことはありえない。

 セイメイの式神スラちゃんのうち一体はもらえる約束だ。

 もらったら徹底的に調べて、技術を盗んでやろう。【雷槍】は真似するしかなかったが、今回は徹底的に改良して技術力の差を見せつけてやる。


「ぴゅいぴゅ!(セイメイ、オルフェは任せた。手を出したら殺す)」

「ははは、安心してください。私は子供には興味がありませんよ」

「ぴゅいぴゅいぴゅ!(オルフェが子供だと! オルフェは魅力的な女性だ)」

「理不尽な……」


 手を出されるかもと思うと落ち着かないが、対象外と言われるとそれはそれでいらっとする複雑な父心。


 セイメイの弟子では教師役の限界が来ており、セイメイの直接指導が始まったが、その様子を見る限り安心できそうだ。

 それから、ぴゅいっと挨拶をしてセイメイの屋敷を後にした。

 ニコラたちも元気でいてくれるといいのだが。


 ◇


 スライム跳びで、カネサダの屋敷に戻ってきた。

 ドアの隙間から体を潰して入り込む。

 スライムは便利だ。鍵があっても関係ない。


「ぴゅいぴゅー(ただいまー)」


 中に入ってから、大きな鳴き声をあげる。

 ぱたぱたと足音が聞こえてきた。

 銀色の髪のドワーフらしく小柄な少女が現れる。ニコラだ。


「スラ、やっと帰ってきた。いきなりいなくなって、それからセイメイの屋敷に滞在するって連絡がきて心配してた」

「ぴゅふーぴ(ごめんよ)」


 緊急事態とはいえ、もう少し配慮が必要だった。


「でも、無事で良かった。おかえり、スラ」

「ぴゅいぴゅ(ただいま)」


 ニコラが手を広げたので、胸に飛び込んだ。ニコラが抱きしめてくれる。


「ぴゅぴー」


 やっぱり、固いし平べったい。でも、これはこれで味がある。

 オルフェはスラちゃんがいなくて寂しかったが、ニコラもそうみたいだ。


【分裂】を使えば二人とそれぞれ一緒にいられるが、いくら偽スラちゃんと言えども、俺以外が二人に抱きしめられるのは許せない。


 なので、心苦しいがどちらかには我慢してもらう。モテるスライムは辛い。


「スラ、ちょうどいいところに来た。昨日までに材料の下準備ができている。スラが帰ってきたら刀を打とうと思っていた。スラ、協力してくれる?」

「ぴゅいぴゅ!(いいよ!)」

「ん、ありがと。スラがいないと仕上げができない。リハーサルはもう十分。今日で仕上げる」


 俺が返ってくるまで待っていたということはオリハルコンの加工だろう。

 オリハルコンは超硬度かつ魔術を受け付けない。

 加工をするには大掛かりな専用の機材と儀式魔術が必要なのだ。

 だが、スラちゃんがいる場合だけ、オリハルコンの加工が可能になるのだ。ゲオルギウスのときも実は俺が協力している。


 ◇


 西と東の鍛冶の違いは多くある。

 西の場合は、材料の段階で各種の魔術付与エンチャントや、加工を行い。剣に適したものを作り、最後の仕上げに刻印を刻み込むことで完成させる。


 東の場合は、刀を鍛える際に槌の一振り一振りに気と魔力を加えて、鍛えながら魔剣と化し、刻印は刻まない。刀そのものを一つの命として育てるイメージ。


 ……そして今回のニコラとカネサダの鍛える刀はその両方を行うつもりだ。

 ニコラが西の技術で使用するすべての材料をすでに加工している。

 そんな材料を東の刀工の要領で槌の一振り一振りに気と魔力を込めて鍛えあげるのだ。


 きわめて単純な発想。西と東、力を入れるタイミングが違うなら両方を行えばいい。

 実のところ、その発想を思い浮かべたものは少なくない。

 だが、実現は極めて困難だ。


 西と東の系統の異なる魔術が素材の中でぶつかり合う。そして、鍛える途中の鋼は一打一打で性質が変わり、許容する魔力量も変わっていくし、魔力が既に込められた物質は魔術的な意味が変わり、加えるべき魔力の指向性すらも秒単位で変化する。


 その一瞬一瞬で、すでに西の魔術が加えられた鋼に魔力と気を込めるなど自殺行為に近い。

 刹那の見切り。圧倒的な鍛冶技術と魔力制御。なによりハートの強さが求められる。

 並みの錬金術士どころか、超一流の錬金術士すら裸足で逃げ出す。

 できるとすれば、神域に達したもののみ。

 それに挑むのだ。


「ニコラちゃん、正気か。まじでこんなもん打てるのか」


 カネサダの声が震えている。

 素材を見ればわかる。

 すでに、限界まで強化されていた。これ以上魔力を加えずにただ剣の形を成すだけでも相当の技量を求められる。

 東の手法で鍛えるなど曲芸の域だ。


「そうしないと届かない。だからやる。……それに、今回で十五回目。そろそろコツは掴んだ」


 さすがのニコラも一発では成功させられなかったようだ。

 仕上げ以外の工程には何度もチャレンジしており、すでに十四回もの失敗を積み重ねている。

 そして、ニコラはその失敗を一度たりとも無駄にしてない。

 次こそ絶対に成功する。だからこそ、俺を呼んでオリハルコン加工の準備をさせている。


「……わかったぜ。いい目だ。ニコラちゃんなら本当にやっちまいそうだな。今回も俺は火とサポートでいいんだな」

「任せる。カネサダが火を見てくれると、こっちに集中できる」


 鍛冶において火の調整というのは非常に難しい。

 ましてや、今回ニコラたちが用意しているのはミスリルと玉鋼の合金だ。

 それをカネサダに任せられることでニコラの負担は一気に軽くなる。


 ニコラが深呼吸する。

 カネサダと目を合わせた。

 そして、作業が始まる。

 ミスリルと玉鋼をはじめとしたいくつかの金属を炉に入れて、どろどろに溶かして型に流し込む。


 これで一次成型が完了だ。

 それを少しずつ冷ましながら、槌を振るって形を整えると共に、強靭な刀へと鍛えていく。

 ニコラが槌を振り下ろした。


 一打一打に、気と魔力が込められている。

 少しでも、気と魔力が多すぎれば素材の許容量を超えて破裂する。

 逆に少なすぎれば出来損ないの剣になる。

 魔術の刀工ゆえに、その振り下ろす一打に魔術的な意味がある。


 魔鉱ゆえの超高温の炎に照らされるニコラの姿は美しかった。

 目だけじゃない、肌で匂いで耳で舌の渇きで、すべての感覚を使い鋼と対話する。

 ……もともとニコラは高い技術を持っていた。


 だが、カネサダと出会い極東の刀工を知り、思いを込めることを知り、一段上のステージにたどり着いた。

 刀が形作られていく。


 ぞくりと鳥肌がたった。

 ニコラは薄氷の上を迷いなく突き進む。針の穴に糸を通すような、唯一の正解を引き当て続けていた。

 とんでもない刀が出来上がる。


「スラ!」

「ぴゅい!」


 いよいよ仕上げだ。

 目の前にはまだ、炎のような色をした鋼。


 これにオリハルコンの強さを与える。

 オリハルコンの加工はできない。

 だが、【収納】から取り出すとき、サイズを選べる。

 つまり細かな粒子サイズで何万ものオリハルコンを出せばオリハルコンパウダーとなる。


 その粉をまぶし、ニコラ特製のつなぎを塗り魔術を使用する。

 オリハルコンの粒子が隙間なく表面を覆った。

 そう、これはオリハルコン粒子を使った厚さ0.1mmにも満たないメッキだ。

 ミスリルと玉鋼の刀にオリハルコンメッキが施された。

 最後に、西の作法である魔術刻印が刻まれ、剣そのものの存在に方向性が与えられ魔術付与エンチャントが完成する。


 刀身を冷やす。赤熱した刀身が本来の色を取り戻す。

 昏い銀色。光を吸い込み内に閉じ込めてしまう。


 天に掲げる。

 凄まじい刀だ。鋭く、それでいて力強い。

 圧倒的な力を込めて、見るものに畏怖すら与える。

 ニコラは汗だくだ。肌に髪が張り付きやつれてしまっている。

 たった一振りの刀のために、体力も集中力も魔力もすべても捧げた。

 だけど、その表情は満足そうで……。


「やっとできた。シマヅ姉の新しい刀。【錬金】のエンライトとして胸が張れる……そんな、刀」


 そう言うと意識を失い倒れる。


「ぴゅい!(ニコラ)」


 あわてて、体を膨らませてニコラを受け止める。ニコラがスライムボディに沈み込む。

 危ないところだった。

 鍛冶場で気を失うなんて自殺行為だ。


 ニコラの顔を見る。

 疲れ切っているのに満たされて幸せそうな笑顔。

 ……これだけの刀を打ったんだ。気持ち良かっただろう。


「ぴゅいぴゅ!」


 呆けているカネサダに向かって叫ぶ。


「ああ、寝室へと案内する」


 なんとか、俺の意図が通じた。

 ニコラを運ばないと。


「……こんな刀、俺もいつか打ってみたいな」


 カネサダが嫉妬と憧れが入り混じった声音でつぶやく。爪が食い込むほど拳を強く握りしめている。

 その気持ちはわかるよ。俺も同じだから。


「ぴゅいぴゅぴゅ(がんばったな。ニコラ)」


 ニコラはニコラにしか作れない刀を作り上げた。

 この刀はきっと、シマヅの力になり彼女を助けてくれるだろう。

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