第十話:スライムは陰陽師に挑む
オルフェを見守っていたクリアスラちゃんたちが殺された。
可愛いクリアスラちゃんたちを殺すなんて、見られては困ることをするつもりに違いない!
オルフェの身に危険が迫っている。
全力スライム跳びで疾走し、セイメイの屋敷を目指す。
どうか無事でいてくれ。
「ぴゅふぅー、ぴゅい(オルフェの傍から離れたのは失敗だった)」
聖上との会話に立ち会う必要があったのと、極東に戻ってきたことで不安定になっているシマヅを支えるために、別行動をしていたが、今になって思うと失敗だった。相手が人格者のセイメイであることも油断した要因だ。
エンライトの姉妹たちは全員が魅力あふれる美少女だ。
当然のようにもてる。
全員、害虫どもが寄り付いてくるがオルフェは特に危険だ。
なにせ、隙が大きすぎるのだ。
人当たりがよく、ぽわぽわしている。姉妹の中でもひときわ、男に『強引に行けばなんとでもなるんじゃないか?』っと思わせてしまうのがオルフェだ。
「ぴゅふぃー」
走りながら考える。
男の俺では、どうしてもそのあたりをうまく教えてやれなかった。……難しい。賢者としての技能以外にも娘たちにはいろいろと女性として必要なことがあったのに教えられていない。
みんな、いい子に育ってくれたが。それでも悩ましい。
あの子たちのために、失恋した過去を振り切ってでも、再婚して妻を迎え入れたほうが良かったかもしれない。そして女の子として大事なことを教えてあげたかった。
そんな後悔をしながら、セイメイの屋敷に急ぐ。
◇
直接セイメイの屋敷に向かわらず、セイメイの屋敷から離れた森に隠れている偽スラちゃんと合流する。
「ぴゅいっぴゅ(待たせたな。状況は?)」
「ぴゅい、ぴゅぴゅ(変わりありません。案内します)」
偽スラちゃんに、第一陣が侵入した経路を案内してもらう。
スライムアイを凝らす。
風属性の魔術回路に加えて水属性の魔術回路ができたおかげで、進化せずともかなりの魔術が使えるようになったし、だいぶ『視える』ようになってきた。
「ぴゅいぴゅ(やってくれる)」
巧妙に偽装されているが、侵入に成功した経路に追加で結界が用意されている。
クリアスラちゃんの侵入経路を特定し、きっちりと対策を打たれてしまったようだ。
しかも、爆符。結界に触れた瞬間に対象を『内側から焼き尽くす』
スライム殺しをするならこれ以上のものはないだろう。
威力だけでなく、解除するのも面倒になっている。
迂回するのも難しい。
時間をかければどうとでもなるが、オルフェの身が危ない以上、時間はかけていられない。
「ぴゅいぴゅ?(ボス、どうなされましたか?)」
「ぴゅーぴゅい(罠が仕掛けられている)」
偽スラちゃんに動かないように指示を出す。
よし、決めた。
「ぴゅっぴゅい(邪神のオーラを使う)」
邪神の力を得てから一度たりとも使ったことがない力。
知識欲を刺激してくる。何度も使ってみたいという誘惑はあった。だが、それ以上に危険すぎると本能が警鐘を鳴らしていた。
ましてや、二体の邪神を吸収し邪神になりつつあるこの身で使えばどうなるか想像すらできない。
圧倒的な力を得る代わりに大事なものを失う恐怖。
だが、オルフェの危機だ。
これを使えば、ちゃちな結界をまとめてすべて吹き飛ばせる。
内に眠る黒い力に触れる。
どくんっ、黒い炎が内側から満ちて……。
「ぴゅいーぴゅ(やめてくださいボス)」
偽スラちゃんに突き飛ばされて、集中力が乱れて力の発動が止まった。
「ぴゅいぴゅ(何をする)」
「ぴゅいー、ぴゅっぴゅぴー(冷静になってください。ボスの身になにかあったら)」
偽スラちゃんがぴゅいぴゅい怒っている。
……言われてみれば当然か。
こんなものを使わずとも、もっとスマートに解決する方法があるではないか。
ふう、オルフェの危機ということで我を失っていた。
「ぴゅいーぴゅ(メタルスライムモード)」
全身をオリハルコンで纏う。
そして、巧妙に仕掛けられている爆符を踏み抜く。
符の魔力がメタルボディにはじかれて霧散した。
「ぴゅふふふ」
オリハルコンの加工は神域の技巧を持つものしかできないが、圧倒的な硬度と無敵ともいえる魔術耐性がある。
この身なら、ほとんどの魔力を無視できる。
「ぴゅうぴゅい(おまえはここで待機)」
「ぴゅいっさー!」
偽スラちゃんに命令して屋敷の中に潜入。
回避できる罠は回避、解除が簡単なものは速やかに解除、無理であればオリハルコンボディ任せで踏み抜く。
オルフェの位置は、オルフェに刻まれた【隷属刻印】の絆でわかる。
メタリックボディを輝かせながら、俺は先へと進んでいった。
◇
「ぴゅっぴぃぴゅー(スラアタック!)」
「ごふっ」
三人目の陰陽師を沈めた。
鳩尾へのメタルボディでの体当たり。殺しはしないが眠ってもらう。
セイメイのやつ、配下まで使ってオルフェのもとにたどり着くのを邪魔するとは、よほどやましいことをしようとしていると見える。絶対に許せない。
「ぴゅむ?」
……この感じ、まずい!
すばやく、横っとび。
つい先ほどまで俺がいた場所に雷が落ちる。
地・火・風・水の四属性のいずれにも該当しない特異魔術。
こんなものを使えるのは、俺のほかに一人しかいない。
「ぴゅむううううう(セイメイ!!)」
一人の陰陽師が現れた。
四十を過ぎているというのに、青年にしか見えない若さ。
細身で、女性に見紛う美しさ。
なにより、身にまとう圧倒的な魔力。
彼をみた魔術士は口をそろえて、同じことを言う。
『セイメイは龍を纏っている』
誰よりも龍脈を流れるマナに愛され、自在に扱う天才。
彼の周囲にはいつもマナが清らかな清流のように淀みなく流れる。
「まさか、私の屋敷の守りを突破し、弟子たちを倒したのが、最弱の魔物スライムとは……あなたは何者ですか? 身にまとう魔力、それが霞むほどのすさまじい質量の魂。私には視えます。あなたがただの魔物であるわけがない」
セイメイが五枚の呪符を取り出した。
いきなり、全力というわけか。厄介な。
陰陽師の呪符は西の魔術士にとっては、反則のように感じる。
なにせ、あらかじめ魔術を完成させて持ち歩き、いつでも魔力を通しただけで術を発動できるのだ。
戦闘における優位性はすさまじい。
セイメイクラスが、神樹などの超一級の素材を自ら加工し呪符を作れば魔力すらあらかじめ込めておくことができる。
つまるところ、やりようによっては複数の術を無詠唱かつ消耗なしで発動できる。
速さだけではない。セイメイの雷はオリハルコンをも砕く!!
あれはただの雷ではない。雷の形を借りた神威の具現。
四つの符が舞い、雷の槍を形造り四方から飛来する。
逃げ場はない。受ければ即死。
なれど……。
「ぴゅいいいいいいい!(なめるな)」
利点ばかりに触れたが、呪符には弱点がある。
予め決められた術しか使えない。
そして、陰陽術の知識を持つものが呪符を見れば、どのような術が描かれているかがわかり、発動の一瞬で完全にどんな術であるかが読める。ましてや、セイメイのこの符を俺は知っている!
つまりは、対抗手段を準備できる。
四方からオリハルコンをも砕く雷の槍が来ることはわかっていた。
ならば、対処も可能。
四方に向かって、避雷針となる金属片とたっぷりの水分を含んだ偽スラちゃん四体を射出する。槍の襲い掛かっている方向は術が放たれた瞬間にはわかっている。だからこそ間に合った。
四体の偽スラちゃんに雷の槍が直撃し、偽スラちゃんが一瞬で蒸発して避雷針が雷槍の着弾位置をずらす。
そして偽スラちゃんの水分が霧となる。
これこそが狙い。
「ぴゅいぴゅっぴゅ!(スラマグナム!)」
体を変形させポンプを形成し、【水流操作】を併用し駆使して超高速で放ち、【風刃】スキルで極限まで圧縮し威力を高めて放つ新必殺技を放った。
霧の視界がゼロになった瞬間の不意打ち。
超高圧水流がセイメイに音速を超えるスピードで襲い掛かる。
「やりますね」
セイメイは涼しい顔で最後の一枚の呪符で土の壁を作っていた。
スラマグナムがはじかれる。
たかが土の壁で、スラマグナムをはじくとは、やってくれる。なにより、この初動の速さ。視界がふさがれながら俺の攻撃を奴は読んでいた。
だが、これすらも囮だ。
スラマグナムを放ったあと、即座にクリアスラちゃんになり魔力を消し、音を立てずに猛ダッシュ。背後に回っていた。
魔力を使えば、気付かれるので全身のバネを利かした体当たりを行う。
「見えてますよ。あなたのお仲間がその手は見せてくれましたから」
セイメイが振り向きながら、陰陽剣を振るう。炎の魔力が満ちている。
【飛行Ⅱ】を発動。翼を生やして強引に軌道を変えて回避。
「ぴゅへっ」
なんとか剣を躱したものの、着地に失敗して転がる。
セイメイとにらみ合った。
「あなた、やりますね。私の【雷鳴陣】を突破したのは、あなたで二人目です」
「ぴゅい」
訂正だ。正しくは一人。
その一人目は、大賢者マリン・エンライトだからな。
俺とセイメイはお互いの隙を探り合う。一瞬の油断が敗北に繋がる。
そんなときだった。激しい足音が聞こえた。
「セイメイ様、何があったんですか? すごい音と魔力が」
聞きなれた声。
ずっと聞きたかった声。
「ぴゅい!(オルフェ!)」
懐かしく愛おしい声のもとに俺は走る。
ぴゅいぴゅい。
「あっ、スラちゃん。どうしてこんなところに?」
「危ない、オルフェさん! くそ、離れなさい!」
背後から雷の槍が迫ってくる。
ぴゅい!?
うっかり隙を作った。これはまずい!?
しかし、衝撃はいつまでたっても来なかった。
風が渦巻く。
オルフェの魔術だ。風の絶対防壁。
「セイメイ様、この子は私の使い魔です。危ない子じゃありません」
オルフェが守ってくれた。彼女は俺を抱きあげる。
夢にまで見た、暖かく柔らかい。俺の居場所。
うん? ……冷たい。
よく見ると、オルフェの格好がすごい。
白くて薄い上下一体型の布。しかも水にぬれて肌に張り付いている。服だけじゃない全身びしょぬれだった。
まさか……事後。
ぴゅふふふふ、殺す。どんな手を使っても殺す。
セイメイは手ごわいが、絶対に許さない。
さきほど、躊躇した邪神の力を使ってでも殺す。
「なるほど、このスライムはあなたの使い魔でしたか。それより、オルフェさん。あなたは禊の最中だったのに出てきてはダメじゃないですか。これではやり直しです」
セイメイが戦闘態勢を解いて、苦笑しながらつぶやいた。
ん? 禊?
禊は特殊な霊水を使ってマナとの親和性を高めるための儀式のはず。
……セイメイはオルフェに手を出していなかったのか?
「ごめんなさい。あまりにもすごい音がしてとんでもない魔力を感じ、セイメイ様に助太刀しないといけないと思って」
「……気持ちは嬉しいですが。信用されていないようで師匠としては悲しいですね。それと、これを着なさい。目のやり場に困ります」
セイメイが羽織を渡し、オルフェが顔を赤くしながら、俺を下ろして急いで身に着ける。
「オルフェさんは、すごい使い魔をもっているのですね。我が屋敷自慢の結界をぶち抜いて、弟子を倒しながらここまでやってきましたよ」
オルフェの顔がこわ張る。
「スラちゃんがそんなことを!? ごめんなさい。お金で済むかわかりませんが、修繕費と治療費は出しますし、結界の再構築は協力させてください!」
オルフェが勢いよく頭を下げた。
「気になさらないでください。どう突破されたかは屋敷の結界を強化するうえで非常に参考になりますし、弟子たちもいい勉強ができました。私も自分の未熟さが知れましたから」
「いいえ、せめてできる償いをさせてください」
何度もオルフェが頭をさげる。
そして、きつい表情で俺を見た。
「スラちゃん、なんでこんないたずらしたの!」
「……ぴゅふぅ(オルフェが心配だったから)」
【隷属刻印】のおかげで言葉は伝わっていないが気持ちは伝わったようで、オルフェの表情が若干柔らかくなる。
「ごめんなさい、セイメイ様。この子。スラちゃんは離れ離れになって、寂しくなってやってきたみたいです」
「……これが、寂しくて会いに来る。ははは、さすがは【魔術】のエンライトですね。使い魔も規格外です。たぶん、その子が心配したのは、あなたの近くに張り付けていた監視用の式神のようなものを私が倒したせいですね。同じ匂いの魔力がしました。怒らないでやってください。見張りが殺されたことで、オルフェさんの身に危険が迫っていると思い、駆けつけたのでしょう」
さすがはセイメイだ。
クリアスラちゃんと俺が同一スライムだと気づいている。
術者の魔力で命をなす式神は、かなり正解に近い。
「スラちゃん、そうだったの?」
「ぴゅいぴゅい!(そうだよ、すごく心配したんだ)」
「知らなかったよ。そんなことができるなんて」
実際に見せてみる。
【分裂】でミニ偽スラちゃんを四体作り、周囲で踊らせて、そしてそのうち二体クリアスラちゃんにする。
オルフェがクリアスラちゃんの居た位置に手を伸ばして見えないのに撫でられると驚いた。
「スラちゃんは離れていても私を見守ってくれたんだね」
怒りが溶けて、抱きしめてくれた。
ぴゅふぅー、やっぱりここはいい、安心する。
「だけどね、ちゃんとごめんなさいしないとだめだよ」
オルフェが俺をセイメイのほうに差し出す。
「ぴぃぴゅいぴゅ(ごめんなさい)」
完全に濡れ衣だった。
偽スラちゃんを殺したのは怪しげな魔物が自分の屋敷にいれば始末するという当たり前のことをしただけ。
事後だと思ったのは禊で濡れた服を着ているだけだった。
……スライムになってから思考がかなり直情的になっているし、子供っぽくなっているのは把握していたがこんな失敗をやらかすとは。
これは反省しないと。
それに、やっぱりセイメイはいい奴だ。俺の見る目は正しかった。セイメイなら安心してオルフェを任せられる。
「気にしないでください。私もスライムさんが主を守るために派遣した式神を殺してしまいました。なにより、彼は興味深い。オルフェさんは禊にもどってください。今からなら明日の朝までやれば効果はでます。それから、よければこの子を貸してくれませんか」
「いいですよ。……スラちゃん、セイメイさんの言うことをよく聞くんだよ」
「ぴゅい!」
本音を言えば、オルフェに同行して禊を見守りたいだが、セイメイへの償いは必要なのだ。
俺は仁義を重要視するスライムだから。
「では、オルフェさん。また明日」
「ええ、明日も修行お願いします」
オルフェが消えていく。
そして……。
「スライムさん。じっくりあなたのことを調べさせてもらいますからね」
「ぴゅいぴゅいー(いやー、汚される)」
ねっとりした視線で舐めるように見られた俺は思わず悲鳴を上げてしまった。
オルフェの貞操の危機は勘違いだったが、今度は俺の貞操の危機だ。
ある意味、セイメイが危ない奴というのは正しかったかもしれない。




