第七話:スライムは桜と団子を楽しむ
極東一の刀工、カネサダの好意に甘え、極東にいる間は彼の屋敷で世話になることに決めた。
屋敷に戻ると、オルフェから、今日は陰陽師のセイメイの屋敷に泊まるとゴーレム鳩から手紙が届いた。
修行に熱が入り、夜通し語り合うらしい。
思わず顔をしかめてしまう。
「ぴゅい……(心配だ)」
セイメイのことは俺も知っている。あいつはできた男だ。二人きりの修行というのも、オルフェの才能に惚れこんでいることや、自身もオルフェから西の魔術知識を得るためであり下心がないことはわかる。
第一、妻と子がいて家族仲も良好な彼には、手を出す理由がない。
……ただ、あいつも男だ。男であれば、オルフェの魅力におかしくなって、二人きりで修行中なのをいいことに変なことをしてもおかしくない。それほどまでにオルフェは魅力的なのだ。
『ぴゅいぴゅーぴゅ(クリアスラちゃん、異常はないか』
『ぴゅっぴゅいぴゅぴゅ(ボス、今のところ問題はありません』
『ぴゅいーぴゅーぴゅい(引き続き監視を続けろ、油断するな)』
『ぴゅいっぷ!(イエッサ!)』
もちろん、ちゃんとオルフェを守るための手は打っている。
今もこうして、監視として派遣した【分裂】で作ったクリアスラちゃんとテレパシーで連絡を取りあっている。
オルフェに何かあってからでは遅い。
今回の偽スラちゃんは極限まで透明度をあげている。通称クリアスラちゃんだ。
色の変化を特訓しており、その過程で得た形態。
クリアスラちゃんは透明度が高すぎて、背後が透けてみえ、たとえ目の前にいても存在を気付かせない隠密と奇襲に特化した形態だ。
どんなわずかな隙間からも液状になって侵入できることも相まって、最高の監視役になりえる。
さすがに陰陽師の屋敷だけあって、警戒は厳重だったが、俺が結界や罠を見抜き、テレパシーで指示を出したおかげで、クリアスラちゃんたち五体が潜入に成功している。
ただ、万全の状態ではない。
魔力感知に優れる陰陽師がいるので、クリアスラちゃんたちは魔力を最小限しか身に宿さずに潜入した。
「ぴゅいぴゅ(不意打ちなら魔力なしでも殺せる)」
多数の魔物から奪ったスキルの中には消費魔力がほぼゼロのものもある。
正面からならともかく、不意打ちならなんとかなるだろう。
オルフェに不埒な真似をしたら、容赦なく殺してやる。
「父上、悪い顔しているわ。なにか企んでいるの?」
「ぴゅいぴゅ!(なんでもないよ)」
クリアスラちゃんの話はシマヅや二コラには秘密だ。
下心はないが透明化できることは内緒にしておいたほうが便利だし、オルフェが心配で、クリアスラちゃんを見張りに出しているなんて言ったら、過保護だとからかわれる。
「そうなの。まあ、いいわ。父上、聖上と会う予定だけど、立ち会ってもらってもいいかしら」
「ぴゅい(いいよ)」
聖上とは、このキョウのトップにいる存在だ。キョウの運営自体は、貴族たちが行っているとはいえ、聖上は最上位の権力を持ち、現人神として民に崇められ、魔力量も陰陽術の腕も化け物クラスという恐ろしい存在。
マリンだった頃の知り合いでもある。ここは立ち会うべきだ。
「父上の正体を話すべきかしらね? 聖上なら話しても問題ないと思うわ」
「ぴゅいぴゅい(それはやめたほうがいい)」
首を振る。
聖上本人から情報は洩れないだろうが、彼の周りから情報が洩れる可能性がある。
大賢者マリン・エンライトが生きているという情報が洩れることよりも、不老不死の技術があると広まることがまずい。
不老不死というのは、世界中の権力者が求めてやまないものだ。スライムに魂を移し、さらに人間の姿が取れるかもしれないなんて知られれば、俺は世界中のありとあらゆるものたちから狙われ、捕らわれたあげく研究材料にされる
誰だって、永遠の命がほしいのだ。
「わかったわ……聖上、今の私を見ると驚くわよね」
「ぴゅいぴゅ(だろうな)」
今でこそ、シマヅにはキツネ耳ともふもふ尻尾があるが、それは生まれ持ってのものではない。
かつてのシマヅは極東人らしく、黒髪黒目のただの人間だった。シマヅ・エンライトとなる前の名はシマヅ・サイオウ。
極東では有名な宮司の家系であり、鬼が暴走した一件で今のキツネ耳とキツネ尻尾をもった姿となった。
「ねえ、父上。今でもたまに思うの。もし、神降しの儀を行ったときに今の強さがあれば、違った結果になっていたのかしら?」
それがシマヅの後悔。
一生に一度の晴れ舞台での失敗、シマヅが家族を失い、故郷キシュウが滅ぼされ、極東だけでは対応しきれずに、他国の大賢者である俺まで駆り出された大事件。
あのときのことを思い返す。
「……なにもかわらなかっただろうな」
スラちゃんとしてではなく、大賢者マリン・エンライトとして答えるために【言語Ⅱ】を使用した。
シマヅがうなだれる。
「だが、おれとオルフェとニコラがいて、シマヅにいまのちからがあれば、きっとまもれた。いまのようにな」
それが真実だ。
淡々と伝える。強くなっただけで、一人でどうにかできたなんて驕りがすぎる。あれはその程度の厄災ではない。そうであれば、俺が敗北することなんてなかったのだ。
だが、一人の英雄よりもエンライトの姉妹が三人いて、スラちゃんがいる今のほうがずっと状況がいい。
俺の自慢の娘たちが力を尽くせば勝てるのだ。
シマヅが薄く微笑む。
「そうね、そうだったわね。気が楽になったわ。ありがとう、父上」
シマヅは一人で突っ走りすぎるきらいがある。
もっと、周りに頼らないと。
明日の聖上との打ち合わせ、しっかりと彼女を見ておこう。
◇
昨日は簡単な夕食を済ませ、お湯で体を拭いてから柔らかい布団で寝た。
カネサダは朝から申し訳なさそうにしていていた。
本当は自慢の風呂と、極東料理を振舞いたかったが、しばらく風呂の手入れをしておらず、ろくな材料がない。
今日のうちに弟子たちに風呂を使える状態にさせて、夜はごちそうを準備すると言っていた。
「父上、上機嫌ね」
「ぴゅいぴゅい♪」
極東は風呂の本場だ。風呂好きの俺としては嬉しくないわけがない。
湯舟に浸かるという風習は極東から伝わったものであり、
オルフェたちと行った温泉村も、実は歴史が浅い。
あの村は、数十年前、源泉がたまたまあったので、極東の温泉を参考にして村おこしをした。
その名残があり、温泉のノウハウを教えてくれた極東の衣装などを宿で提供しているし、一部極東料理を提供しているのだ。
本場である極東でしか楽しめない風呂の一つに檜風呂がある。
あの独特な香りと木の暖かさ。カネサダの屋敷の風呂も檜風呂なので夜が楽しみだ。
そんなこんなで、上機嫌で聖上に会うために、シマヅが指定した団子屋に向かっていた。
「見えたわ。あの団子屋、懐かしいわね」
「ぴゅい!」
そこは、キョウの郊外にある団子屋だ。川の流れと桜の木を楽しめる風流な店。
もちろん、出てくる団子も絶品だ。
かつて、キョウに滞在したときは足繁く通ったものだ。
まだ、聖上は着いていないか。
「ぴゅいぴゅい!(団子を食べながら待っていよう!)」
待ち時間がもったいないし、何より絶品の団子を味わいたいので、ぴゅいぴゅい鳴きながらおねだりする。
「スラさんは甘いものに目がないわね。お茶にしましょう」
「ぴゅい!」
呼び名がスラさんに変わる。周囲に人がいるからだろう。
スライムの身では、こうして娘たちにおねだりしないと、大好物の甘い物を買うことすらできない。スラだけに。……甘い物好きとしてはそれが辛い。
まずは鎧スライム状態を極めよう。あれさえできれば、とりあえず思う存分買い物ができるようになるのだ!
そうやって野望を燃やしている俺を後目に、シマヅが団子を注文する。
その間に席を確保しておく。
桜を見ながら食べる団子が好きなので、場所取りも重要だ。
「ぴゅふぅー(いい眺めだ)」
桜も極東でしか楽しめないものだ。
大きく口をあける。風で散った花びらが口の中に入り【収納】される。観賞用にストックしておく。
「スラさん、お待たせ。ダンゴとお茶よ」
シマヅが俺の隣に腰掛けて皿を置く。
皿には、みたらし団子、餡子が乗った草団子、砂糖が練りこまれた三色団子の三種類が乗っている。
どれもおいしそうだ。
「スラさんは、串から引き抜けないわね。とってあげる」
「ぴゅいっぴゅ!(ありがと)」
シマヅが団子を串から外す。
串にかぶり着くのが団子のだいご味だが、スライムであればこうするしかない。
ますます、人間になりたい気持ちが高まる。
さっそく、みたらし団子を一ついただいた。
団子の中でも、このみたらし団子が一番好きなのだ。
甘くてしょっぱい独特の味が口いっぱいに広がる。ダンゴの食感はもちもちとして、それでいて滑らか。ダンゴ自体にもほのかに味がついている。
「スラさん、美味しい?」
「ぴゅいっぴゅい!(最高だよ!)」
パクパク、もぐもぐ。
この味は、ここでしか食べられない。下手なところで食べれば蒸し加減が下手なせいか柔らかすぎたり、粉っぽかったりする。絶品団子を食べられる店は貴重だ。
次々に団子を胃袋に収める。
合間合間で、苦みの強いお茶を飲む。このお茶のおかげで、一層団子の魅力が引き立つ。団子とお茶を楽しみながらの桜と川の流れは心を癒してくれる。これがわびさびだ。
「ぴゅっふ(大満足)」
あっという間に食べきってしまった。
つい、眠くなる。
そんな俺をシマヅが膝の上に置いて頭を撫でる。
「ぴゅふぅー(幸せ)」
娘に膝枕をされながら、大好きな団子をたべてまどろむ。これ以上の幸せがあろうか。
……だが、そんな幸せも長く続かなかった。
「サイオウの姫、お久しぶりです。あなたが戻って来てくれてよかった」
聖上が来てしまった。
聖上は見た目は十代後半の少年。どこか中性的で、細い目が印象的だ。
ちなみに、あの目を見開くと……すごいことになる。
彼は、温厚そうな表情を浮かべ、色鮮やかな羽織袴を纏っている。
その背後には極東特有の武士という名の剣士が数名。
シマヅが俺を地面に下ろして立ち上がり、キツネ耳を隠す帽子を脱ぎ、跪いて一礼する。
この地では半神に等しいシマヅだが、聖上は神だ。礼は欠かせない。
それに立場だけではない。身に纏う力が、相対するものすべてを跪かせる。
彼は、シマヅのキツネ耳を見て一瞬ぎょっとなった。
人づてにシマヅがこうなっていることは知っているはずだ。それでも、実際に見ると驚くだろう。彼はすぐに表情を戻す。
シマヅが口を開く。
「恥ずかしながら、もどって参りました。父の無念を晴らすために」
父というのは、俺のことではない。
本当のシマヅの父のことだ。
「心強い。すでに報告は受けている。あの、高名なエンライトの姉妹も共に来ているようだね」
「はい、二人の妹、【魔術】のエンライト、【錬金】のエンライトも共に参りました」
「君たち三人のうわさは聞いているよ。【魔術】と【錬金】は巫女姫と力を合わせて【暴食】の邪神ベルゼブブを打倒し、君は二人の妹と力を合わせて【嫉妬】の邪神を滅ぼしたようじゃないか」
ほう、二体の邪神を滅ぼしたことは既にここまで伝わっているのか。
おそらく、アッシュレイ帝国に放っている間諜が式神でも飛ばして連絡をしているのだろう。
「間違いありません。ただ、一点だけ訂正を。私や【魔術】と【錬金】のエンライトは中心的な働きをしましたが、主役が欠けております」
「そんな、大人物がいるのか。気になるね。紹介はしてくれるのかな?」
「はい。それは彼です」
シマヅが、俺を指さした。
この場にいる全員の視線がスライムに集まる。
とりあえず、ピュイっと可愛く鳴いて首を傾げておく。最近開発した決めポーズだ。
「シマヅが冗談を言うなんて驚きだね」
聖上が苦笑する。
無理もない。一般的にスライムというは下級の魔物だ。
強いスライムもいるにはいるが、超希少種であり、滅多に現れない。
「冗談ではございません。一見するとただのスライムですが、我が父、大賢者マリン・エンライトが作り上げた至高のスライムです。見た目に惑わされてはなりません。鬼との戦いでも十二分に働くでしょう」
「ほう、このスライムが大賢者の遺産。ならば納得だ。スライムという色眼鏡を外せば……なるほど、ただならぬ魔力と底知れぬ力を感じる。彼も頼もしい援軍というわけだ」
「ぴゅっへん(えっへん)」
ほめられると悪い気がしないので、胸を張る。
聖上は悲し気な目でシマヅを見た。
「シマヅ、そのつもりで極東に戻ってきたのだろうが、確認させてほしい。……また、神降しをしてもらえるか。今回、君に神降しを頼むつもりはなかった。すべての力を吸収した鬼を、キョウを使い潰してでも滅ぼすつもりだったのだ。だが、シマヅが戻ってきたこと、そして協力者が現れたことで欲が出た。……神降しを頼みたい。今後こそ成功させてくれ。もちろん、セイメイたちをはじめとした陰陽師にバックアップはさせる」
「もちろんです。鬼を……いえ、父を止められるのは私だけですから。今度の神降しは成し遂げます。たとえ、かつてのように邪神の横やりが入ったとしても」
シマヅが顔をあげる。
その目には覚悟があった。
神降し。
それは、サイオウの娘として生まれたシマヅの義務であり。
彼女の故郷と家族を奪った呪われた儀式。
これを乗り越えるため、シマヅは極東に戻ってきたのだ。
シマヅは今度こそ成功させるだろう。そして鬼を滅ぼし、彼女の父を解放するのだ。




