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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:【剣】のエンライト、シマヅ・エンライトは斬る
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第五話:スライムは娘の弟子入りを見届ける

 極東一の刀工、カネサダの屋敷に招かれた。

 客間に通される。

 女中たちが、お茶を持ってきてくれた。


「また、姫に会えるとは夢のようです」

「カネサダ、もう私は姫ではないわ」


 シマヅの言葉に、カネサダが寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに元の表情に戻る。


「わかりやした。お嬢と呼ばせてくだせえ。それから、お嬢のご友人たち、無理して正座をする必要なんてねえよ。あっしだって、正座が極東だけの文化だってことはわかってるんで」

「ありがとうございます」

「助かった。これは辛い」


 カネサダやシマヅの正座を見よう見まねでやっていた、オルフェとニコラが姿勢を崩して女の子の座りになる。

 正座になれていないオルフェたちにはありがたい提案だ。

 

「カネサダ、誤解をもう一つ解いておくわね。この二人は友達じゃないわ。家族よ」

「なるほど、お嬢と一緒の境遇ってわけですか」


 カネサダは、シマヅが俺の娘になった経緯を知っている。

 だから、オルフェとニコラがどういう存在かを察することができる。


「そうよ。そして、私が【剣】を受け継いだように、この子たちは、父上から【魔術】と【錬金】を受け継いでいるわ」


【錬金】と聞いた瞬間、カネサダの眼が細くなった

 鍛冶師として、大賢者マリン・エンライトから技術を受け着いた錬金術士が気にならないわけがない。


「お嬢、ここに来たのはなんのために?」

「ここと言うのが何を指すかによるわね。まず、キョウに来た理由は、今度こそ鬼を倒すためよ」

「……かつて、お嬢と、あの大賢者マリン・エンライトが戦っても勝てなかった鬼に挑むなんて無茶がすぎます」


 カネサダの言うことは正しい。

 だが……。


「父上の穴は、この二人、それにスラさんが埋めるわ。そして、私も強くなった。九尾をこの身に宿して、人間を辞めたばかりのあの頃とは違うわ。それだけじゃない。当時は、鬼の対策を取れなかった。でも、父上も私も、このときのために準備している。それは聖上も同じよ。今度は勝つわ」


 悲壮感なしにシマヅは告げる。

 勝つために積み重ねたもの。その大きさが見える。

 頼もしさすら感じた。


「本当に成長なされた……お嬢のためになら協力を惜しみません。キョウに来たのが鬼を倒すためなら、この屋敷に来たわけはなんでしょう?」

「刀工のところに来る理由は一つよ。新しい刀を手に入れるため」

「このカネサダ。全身全霊を込めて、お嬢の刀を打たせていただきます」


 カネサダは張り切って身を乗り出すが、シマヅは首を振る。


「頼みたいのは刀作りではないわ。あなたには、この子、【錬金】のエンライト、ニコラ・エンライトに刀の打ち方を教えてほしいの。そして、私の刀をこの子が鍛えるわ」

「……お嬢でも言っていいことと悪いことがありますぜ。そいつは、俺っちよりも、そこの小娘のほうが良い刀を作ると言っているのと同じだ」


 カネサダの眼に剣呑な光が宿る。

 シマヅと、かつての主人であるシマヅの父への敬意もあるだろうが、今の一言は刀工としてのプライドを傷つけた。怒るのも無理はない


「カネサダ、これを見なさい。先日の戦いで折ってしまった刀。この刀は、かつてあなたが鍛えた刀を見よう見まねで、刀について何一つ知らないニコラが作った刀よ」


【嫉妬】の邪神レヴィアタン。

 その戦いの中で、シマヅは全武装を失った。

 そうでもしないと勝てなかったのだ。


 もちろん、その中には俺が作った刀も、ニコラがデータ収集のためにシマヅに預けた試作品もある。

 そのうちの一本をシマヅは鞄から取り出し、カネサダに渡した。

 カネサダはその刀を手に取り、真剣な目で検察し、表面を撫ぜ、調べ尽くす。

 鬼気迫るというのはこういうことを言うのだろう。


「はっ、火入れが甘い、冷やしも未熟、バランス配分も最適とはいえねえ。鍛え方がなっちゃいねえ……それでも、この完成度か。加えて魔術付与エンチャントの技術は、俺の数段上、マネできる気がしねえ。刀の基礎さえ知れば、俺よりいい刀を作れそうだ。……お嬢も酷なことをする。本物の天才とやらはいるんだな。負けたよ。お嬢が俺でなく、この子に作ってほしいといったのも納得だ」


 深く、深く、カネサダは息を吐いて、刀をシマヅに返す。

 彼はプライドのある刀工であるが、どこまでもプロフェッショナルだ。だから、いいものはいいと認める度量がある。


「どうかしら? ニコラにカネサダの刀工を教えていただけるかしら?」

「その判断をするまえに、ニコラちゃんを試させてくだせえ。刀は魂と鋼のぶつかり合いだ。センスや技術だけじゃな足りない。そこがない奴は教えるだけ無駄だ。それがあるかを試したい」


 そう言うと、彼は立ち上がり壁に立てかけていた一本の刀を取り出し、ニコラに手渡した。


「ニコラちゃん。いいものを見せてくれた礼だ。俺っちの最高傑作を見せてやる。それを見て、どう思う」


 ニコラは鞘から刀を取り出す。

 そして、じっくりと見て口を開く。


「……きれい。まるで生きてるよう。職人の想いが刀の中で生きてる。魂が込められてる。ニコラの刀との最大の違いは熱量と時間。こんな刀を打ちたい」

「合格だ。お嬢ちゃんに刀を教えてやる。ちゃんと、刀工に一番必要なもんを持ってやがるぜ」


 カネサダがにやりと笑う。

 ニコラを認めてくれたようだ。


「ん。お願い。だけど、カネサダの技術だけじゃなくて、ニコラの技術も使いたい。刀に関してはニコラは、カネサダの足元にも及ばない。でも、魔術の鍛冶への応用、材料学、魔術付与エンチャント、それらで負ける気は一切しない」

「材料学と魔術付与については、嫉妬をする気にすらならねえ。あっしとニコラちゃんで刀工で天と地ほど差があるのに、お嬢の刀と、この刀の完成度がさして変わらねえのはそのせいだろうな」


 極東という閉ざされた場所にいたカネサダと、積極的に世界中から情報を集め、学会に参加したニコラの差だ。

 だが、一方的にニコラが勝っているわけではない。

 カネサダの技術には、ニコラにはない深さがある。


「ニコラの技術をカネサダに教える。今ほめてくれた。材料学も魔術付与エンチャントも、気になるのなら他のことも全部。資料も提供する」

「いいのかよ?」

「カネサダが、ニコラの技術を手に入れたらすごいものを作るかもしれない。そしたら、それを見てニコラはさらにすごいものを作れる気がする。ニコラがしたいのは、ニコラの技術とカネサダの刀工の融合。二人のほうが先に進みやすい」


 これだ。

 これこそがニコラの本当の才能だ。

 凡人はどうしても他人に負けたくないと、己の技術をひた隠し優位性を作ろうとする。だが、ニコラは自分が至高の武具を作ることにしか興味がない。そのためなら、いくらでも自分の手札を晒す。


「ニコラちゃん、あんたは間違いなく天才だよ……センスだけじゃなく、気持ちの持ちようがな。修業期間は……そうだな、普通の奴なら、いっぱしの刀を打つために三年は修行が必要だ、それだけの基礎と技術があるなら、一週間。それでいっぱしにしてやる。応用までは教えねえ、だが」

「基礎がわかれば、ニコラは自分で先を歩く。むしろ応用は、思考を狭める」

「言うと思ったぜ。これからよろしくな。ニコラちゃん」


 カネサダとニコラが握手をする。

 極東の刀工技術。

 それは俺が教えてやれないものだ。

 ニコラにとって新たな扉を開くきっかけになるだろう。


「オルフェ、あなたには陰陽術のプロを紹介するわ。だから、そんなもの欲しそうな顔をしないで」

「そっ、そんな顔をしてないよ」


 オルフェが慌てる。

 シマヅはキョウでは顔が効く。

 刀工という、極東独特の鍛冶師を紹介できたように、陰陽術という極東特有の魔術を扱える陰陽師も紹介できる。


 地・火・風・水という四大属性ではなく、陰・陽と五行相生・五行相剋を基本とする陰陽術は、新たな発想へと繋がるだろう。


「あら、興味がないのね。紹介するのはやめておこうかしら」

「ううう、シマヅ姉さんのいじわる。お願いします。ずっと興味あったもん」


 オルフェが頭を下げて、シマヅが苦笑する。


「ええ、任せて。あなたも一週間がんばりなさい」


 こうして、ニコラに続いてオルフェの修行先も決まった。


「そういえば、カネサダ。ここに来た時、またおまえらかと言ったわよね。どうしてかしら」


 カネサダは俺たちを誰かと勘違いし、かなり剣呑な様子で出迎えた。

 俺も気になっていた。


「この頃、鬼の復活の噂を聞いて、極東中の武者や剣豪どもがやっきになってるんだ。名をあげるチャンスとでも思ってやがる。んで、俺のところにきて最高の刀をよこせと押しかけてくる。中途半端な腕で挑んでも無駄死にだからやめろと言っても聞きやしない。あげくの果てには、金はないが、刀をよこせ。極東を救うためだと強盗まがいの連中までやってきてな」


 ……実はこういう奴らは珍しくない。

 世界の危機は腕自慢が名をあげるには格好の機会だ。


「その強盗まがいの人たちをどうやって追い返したの?」

「正当防衛しやしたよ。この腕は衰えてねえですからね」


 カネサダは一流の剣士でもある。

 自分の技量に見合った剣を作るために、刀鍛冶になったぐらいだ。並みの剣士じゃ相手にならない。


「じゃあ、オルフェ。私たちはおいとましましょう。ニコラ、がんばりなさい」

「ん。任せて。刀工を極めて、シマヅねえに最高の刀を届ける」

「期待しているわ」


 きっと、ニコラは有言実行してくれるだろう。

 部屋を出ようとした俺たちにカネサダが声をかける。


「あっ、お嬢。空き部屋はいくらでもあるんで、キョウにいる間は、ぜひ、うちですごしてください」

「お言葉に甘えさせてもらうわ」

「それから、お嬢。これを! 丸腰だと危ないんで」


 カネサダはさきほど、ニコラに見せた刀をシマヅに投げてくる。最高傑作と言っていた刀を貸すなんて、シマヅに対する強い親愛が伺える。


「ありがとう。借りるわね」


 シマヅが受け取った刀を腰にぶらさげて微笑む。

 ありとあらゆる武器を使いこなす【剣】のエンライトだが、やはりシマヅに一番似合うのは刀だ。

 そうして、今度こそ本当に屋敷を出た。



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