第三話:スライムはキョウを訪れる
スーパースラちゃん2という圧倒的な力を手に入れた俺は、意気揚々とオルフェたちが眠るゴーレム馬車に戻った。
スーパースラちゃん2にならなくても、今の状態ですら七十体の偽スラちゃんと合体し、存在の圧縮をしたおかげで基本性能が大きく上がっている。
今日はぐっすり眠ろう。いい夢が見れそうだ。
◇
翌日、朝からゴーレム馬車が走っていた。
馬車に揺られながら、体に違和感があった。
昨日は、興奮のせいで気付かなかったが、どうやら偽スラちゃんと合体して力を得たが、その力がまだ完全には馴染んでいないらしい。
【無限に進化するスライム】の適応力のおかげで、一晩でだいぶ馴染んだが、まだ完全に慣れるまで時間がかかりそうだ。
「スラちゃん、調子が悪そうだね」
「ぴゅぃぃぃぃぃ」
弱弱しい鳴き声をあげる。
そんな俺をオルフェが抱きしめてくれて、頭をさすってくれていた。
苦しいけど、幸せ。やっぱりオルフェはいい子だ。
スラすりすりで全力で甘える。
「スラちゃんは甘えん坊だね」
「ぴゅい!」
オルフェのおかげで少し楽になってきた。
今はニコラが馬車を操縦し、シマヅが極東最大の都市キョウへの道をナビゲートしていた。
キョウに行くのは久しぶりだ。
昔、それなりに長い間あそこで暮らしていた。
シマヅは、キシュウの出身であり、キシュウが鬼に滅ぼされてからというもの、キョウに身を寄せており、俺もシマヅに付き添うようにしてしばらく滞在していたのだ。
鬼。
それはもともとは、極東に伝わる怪異の一つ。
きわめて強力で凶悪な怪異だが、それでも全盛期の俺が敗北するほど強力な存在ではなかった。
ただの鬼であれば、問題なく倒せただろう。俺が負けたのは……。
「ぴゅふっ」
馬車が揺れて、オルフェの腕から落ちて転がる。
ニコラが急ブレーキをかけたようだ。
いったい、なにがあったのだろうか?
「ニコラ、どうしたの?」
「関所がある。見張りの人もいて、かなり殺気立ってるみたい」
関所か。窓の外を見ると街道に木の柵が用意されており、見張りが二人ほど立っている。
だが、不自然だ。こんなキョウからだいぶ離れた場所に関所なんて。
少し気になるな。オルフェが馬車から降りていくので、ついていく。シマヅも追いかけてきた。
シマヅは羽織でキツネ尻尾を隠し、帽子をかぶっている。
「ぴゅむ(変なことになっていなければいいが……)」
財源に困って通行税を取るようになった。それぐらいならいいが、面倒な匂いがぷんぷんする。
馬車から降りて、極東独特の着物と呼ばれる服を身にまとった番兵の前に行く。
すると、番兵たちが口を開いた。
「貴様ら、キョウの都に何の用だ?」
「観光と勉強のために極東で一番栄えているキョウを目指しております。一か月ほど滞在する予定です」
外交担当である、オルフェが返事をした。
こういうときはオルフェが対応するのが一番だ。
「あいわかった。であれば引き返すがいい。今のキョウは、厳戒態勢が引かれている。遊びで近寄ることは許さぬ」
キョウが封鎖されている?
あそこは極東の中心だ。人と物の流れを止めるようなこと、余程のことがない限り起こらないはずだ。
……まだ、鬼が目覚めるまでに時間はあるはず。
いったい、キョウで何が起こっている?
「そういうわけだから、引き返してもらえるか?」
男たちも、こうして追い返すことを申し訳なさそうに思っているようだ。
やりにくい、ここで尊大な態度をとるようなら、無理に押しとおるという選択肢もあるが、彼らも仕事でやっているのだ。
そんなことを考えていると、シマヅが前に出る。
馬車を出るときに、帽子と羽織で、キツネ耳とキツネ尻尾を隠していたことには意味がある。
彼女の容姿は極東では特別な意味を持つ。
そんなシマヅが帽子をとり、背中からもふもふ尻尾を見せつけるように揺らす。
男たちが息を呑んだ。
「私のことはわかるわね」
「もっ、もちろんです。シマヅ様」
「良かった。ここにいるのは私の大事な家族よ。通してもらえるわよね?」
シマヅがそういうと、二人の男が膝をつき敬意をしめす。
極東ではシマヅはそういう立場なのだ。
彼女はキツネ獣人ではなく、ある意味、半神であり崇める対象であり、極東を離れる許可をもらえたことが異常なぐらいなのだ。
とはいえ、過去の事件で、その力の大半を失っていて、人間と比べても少々強い程度でしかない。
シマヅの実力は純粋な修行と研鑽で身についたものだ。
「シマヅ様、長い間、帰りをお待ちしておりました。シマヅ様と、その御一行様とはつゆ知らず失礼をいたしました」
「謝ることはないわ。あなたたちは職務を果たしただけよ。それより、何があったの?」
「……先日、鬼の陰が出たのです。そして、当時と違い、今のキョウに鬼に対抗できる者はおりません。ゆえに聖上はキョウそのものを使う儀式の決行を決意しました。キョウからの住民に避難を推奨し、またキョウへの来客にはお帰りいただいているのです」
キョウを犠牲にしてでも鬼を倒す。
その意味は推測できる。キョウという都市そのものが一種の魔術装置になっているのだ。
数百年の歴史の積み重ね、人々の営みそのものが、魔術装置としての威力を引き上げる。
あれなら、鬼を倒すことも無理はない。
だが、その代償は大きい。一度使えばキョウは、使い物にならなくなる。
それは、極東最大の都市の死と同義だ。
「そういうことね……わかったわ。聖上とゆっくり話すわ。私が、そして、大賢者マリン・エンライトの娘たちがいれば、状況は変わるわよ。キョウのアレを使わなくて済むかもしれないわ」
「シマヅ様だけでなく、あの高名な、マリン・エンライトの娘たちが!?」
極東まで、マリン・エンライトとその娘たちの噂は届いているのか。
父親として鼻が高い。
「ええ、だから早まらないで」
「はい、聖上も喜ばれるでしょう。少々お待ちください。送迎の用意をします」
「必要ないわ。自分の身は自分で守れるし、あまり騒ぎにしたくないの。ただ、事前に話だけは通してほしいわね。明日……だと聖上も都合が取れないわね。明後日、いつもの団子屋にいくと伝えていただけるかしら? あの人になら、それで伝わるわ」
「かしこまりました。では、御武運を」
シマヅが踵を返して、馬車に戻る。
俺たちはその後をついていく。
「シマヅ姉さんって、極東じゃすごい人だったんだね。驚いたよ」
「ん。知らなかった。シマヅねえは極東のことをほとんど話さない」
エンライトの姉妹では、故郷のことを話す娘と、話さない娘がいる。
オルフェや二コラは普通に話すが、シマヅはそういう話題は避けていた。
「いろいろとあるのよ。それから、漏れ聞こえてきた話でだいたいわかると思うけど、キョウでは面倒なことが起るわ……悪かったわね。本当はもっと時間に余裕があるから、あなたたちを楽しませてあげるつもりだったし、私一人で問題は解決するつもりだった。でも、そうは言ってられないみたい」
そう、すでに鬼の陰が現れているのは、予想より進行が速い。
俺の予想では、しばらくはゆっくりと過ごせると思ったがそんな余裕はないし、進行が早いということは、おそらく鬼の力も想定より増していると考えているべきだ。
シマヅの力だけでなんとかなるとはとても思えない。
「シマヅ姉さん。気にしないで、私たちってそういうのに巻き込まれることが多いし」
「ん。問題ない。むしろ、新しく作るシマヅねえの刀の実践データが早く集まって好都合」
オルフェとニコラはなんでもないように軽く微笑む。
そして、ニコラが帽子をシマヅの頭の上にかぶせた。
「これは何かしら?」
「シマヅねえ、キツネ耳を極東では隠すつもりみたいだから作ってみた。さっきかぶってた帽子だと窮屈そうだし、シマヅねえの浴衣や羽織と似合ってない」
ニコラが作ったのは上品で、黒を基調にした帽子だ。
シマヅによく似合っている。しかも使っているのは、魔力の糸。防御力も優れている。これを、数分で作ったのだから驚きだ。
「ありがとう。お礼を考えておくわ」
「いい、シマヅねえにはいつもデータ収集で助けてもらってるから」
二人が微笑み合う。
姉妹の中がいい様子は見ていて安心する。
「先を急ぐ。状況がまずいなら、素早く行動が鉄則」
ニコラが馬車を走らせる。
ゴーレムコアの出力だけではなく、ニコラの魔力を注いでスピードアップしていた。
◇
夕方、急いだ甲斐があってキョウにたどり着く。
キョウの建物は独特だ。レンガと石ではなく、木と紙でできた家々、二階建ての建物は少なく、家と家の感覚は狭い。
文明が進んでいないわけでなく、極東の気候を考えると最適解がこの建物なのだ。
実際、独自の文明が発展していて、このキョウだけで百万人を超える大都市だ。
それほどの人口を抱えた都市は、他に存在しない。
ようやくキョウにたどり着いた。
否応なしに、かつての敗北を思い出す。
俺も……そしてシマヅも同じ過ちを繰り返すつもりは毛頭ない。
今度は、必ず救ってみせる。
それは、ただの正義感の行動ではない。大賢者マリン・エンライトとしての唯一の汚点をそそぐためであり、シマヅが過去を振り払って先へ進むために必要なことなのだ。




