第二話:スライムは変身する
湖を丸一日以上かけてようやく渡り切った。スクリューを搭載したゴーレム馬車でなければ三日はかかっていただろう。
すさまじい広さの湖だ。
何度か水棲の魔物による襲撃を受けたが問題なく撃退している。
【水流操作】のスキルを得たことは大きい。
泳げるようになっただけでなく、水属性の魔術を使うための魔術回路が増設できた。
スライムと水の相性は抜群なのだ。必殺スラビームもますます威力があがることだろう。
「ぴゅふふふふ」
思わず、スラ笑いをしてしまう。
「スラ、どうした?」
「ぴゅいっぴゅ(なんでもないよ)」
ちなみに今はゴーレム馬車を陸地に引き上げて、水上モードから通常モードへの改装中だ。
オルフェとシマヅは森の中に夕食の確保をしに行っている。
そろそろ夕食時だ。改装を待つ間がもったいないとオルフェが飛び出していった。
「ねえ、スラ。スラにも武器を作ってあげたい。ほしいものはある?」
「ぴゅいぴゅい!」
体をぐねぐねと変形して、ゲオルギウスを形どってみる。
レベルの上昇と【精密操作】により、これぐらいはできるようになってきた。
「スラ、それってゲオルギウス?」
「ぴゅい!」
元気よく答える。
あれはいいものだ。スライムなのでGを気にしないでいいので限界性能を引き出せる。
「スラがあの子を気に入ってくれたのはうれしいけど。ちゃんとしたのは時間がかかる。……でも、簡易版ならなんとかなるかも。シマヅねえの刀ができたらやってみる。父さんの技術を試すにはちょうどいい」
「ぴゅい(それがいいよ)」
こうなることを見越して、ゲオルギウスをリクエストしたのだ。
俺との共同作業でニコラは新たな扉をあけた。
手を動かすことで、より深く理解し、そして技術を身に着けてほしい。
簡易型ゲオルギウスを作るのはもってこいだ。
ニコラは手際よくゴーレム馬車のパーツを付け替えていく。こうして、ニコラの作業を見るのはなかなか楽しい。
そして……、偽スラちゃんからテレパシーが届いた。
やっと到着したか。
ついに、偽スラちゃん一行がここまで来たのだ。
ただ、二百を超える偽スラちゃんがいきなり現れると大騒ぎになるので、少し離れた森に潜んでいるらしい。テレパシーで二百体のスライムを引き連れての旅の苦労を、リーダーであるスラリーダーが熱く語っていて少々うっとおしい。
偽スラちゃんたち一行は、森で狩りをしているらしい。
俺のために獲物を狩ってお土産を用意してくれている。
偽スラちゃんたちは魔物を食べることもできるし、スキルも使えるのだが【吸収】をはじめとしたいくつかのスキルが使えない。
つまり、魔物を食べて、スライム細胞の強化と増殖できてもスキルを得ることはできない。
なので、本体である俺が到着するまで食べずに保管しておくのだ。
今日の夜抜け出して、偽スラちゃん二百体と合体する。
ぴゅふふふふ、楽しみだ。これでまた人間に一歩近づく。
◇
ゴーレム馬車の換装が終わったころ、オルフェとシマヅが戻ってきた。
オルフェがニコニコと笑っており、手にはまるまる太ったマガモがぶら下げられている。シマヅの手には、山菜とキノコ類。
「ニコラ、スラちゃん。大漁だよ! 極東の山はいいね。すごく豊かだよ。でも、キノコとか山菜とかはよくわからないから、シマヅ姉さんに任せちゃった」
「それがいいわ。こっちのキノコや山菜は素人には見分けがつかないのが多いから。マイタケが収穫できたのは運が良かったわね、マガモの脂で炒めると最高なのよ」
マイタケは俺の大好物だ。
キノコの中でも、うま味成分が強い。
久しぶりに、極東料理のすき焼きが食べたい。
マガモの脂としょうゆと砂糖がたっぷり絡んだマイタケは、キノコでありながら主役になりえる。
「ぴゅふうう!」
シマヅの目の前に移動して、体をすき焼き鍋の形にしたり、色を黒く変えてみたりして、すき焼きを全力アピールする。
届け、俺の想い!
しばらくシマヅは顎に手を当てて、ポンと手をたたき、キツネ尻尾をピンと伸ばす。
「オルフェ、今日の食事は私に任せてもらえないかしら? 作りたい料理があるの。すき焼きという極東料理よ」
「うん、任せるよ。オルフェ姉さんの極東料理、楽しみ」
「ニコラも楽しみ。スラだって、ちょっと心配になるぐらいに興奮してる」
思いが届いた嬉しさで俺はスラダンスを披露している。
スライムにしかできない、クールで激しいイカしたダンスだ。
ちなみに、これも人間になるための変形、変色の訓練の一環でもある。
「ふふっ、これだけ期待されたら腕によりをかけないといけないわね。たしか父上……いえ、スラさんが好きそうなのは、西のすき焼きね。さっそく用意するわ」
そうして、シマヅが脂の乗ったマガモとマイタケのすき焼きを作り始めた。
俺はすき焼きができるまで、シマヅの隣でぴゅいぴゅいっと応援をし続けた。
◇
「シマヅ姉さん、このすき焼きってすごく美味しいね!」
「ごはんが進む」
「ぴゅむぴゅむ!(もぐもぐ!)」
マガモとマイタケのすき焼きは絶品だった。
極東料理は西と東で作り方が違う。
西のすき焼きなので、まずはマガモのロース肉を脂身を下にして焼き、脂がにじんできたところで、砂糖としょうゆをぶちまけ、ひっくり返してから酒と出汁を注ぎ、軽く火が通ったところで出来上がり。
そして、肉の脂と旨味がたっぷりとしみ込んだ出汁にマイタケを投入。マイタケ自身も旨味が強いのに出汁のうまみを貪欲に吸い取り、とてつもなくうまくなる。
スライムになっても、やっぱりすき焼きは美味しい。スライムまっしぐら。
「喜んでもらって良かったわ。明日にはキョウにつくの。極東最大の街よ。キョウでも、たっぷり美味しいものを食べれるから期待していてね」
「うん、すっごい楽しみにしてる」
「ん。料理だけじゃない。極東最大の街なら、鍛冶用の鉱石も、技術書もたっぷり手に入る。シマヅねえ、昨日言ってた極東一の鍛冶師もキョウにいるの?」
「ご名答。だから、そこに案内するのよ。私の頼みなら、いろいろと教えてもらえると思うけど、逆にニコラも、あなたの知識と技術を教えてあげてほしいわ。極東は閉じてしまっているから、きっと喜んでくれるはずよ」
確かにそうだ。
極東は巨大な湖で西側が、東側は海という立地のせいで他の国から隔絶されている。
それに加えて、なるべく自国内ですべてを完結させようという気質があり、外の国の情報が入りづらいのだ。とはいえ鍛冶師などの技術職は外の情報を欲しがる。
ニコラのような超一流の錬金術士との技術交流は向こうも喜ぶだろう。
「ん。一方的にもらうだけだと申し訳ない。全部をさらけ出す」
「そうしてあげて」
ニコラは自身の技術を隠匿しない。なぜなら、必ず先に進めるという自信と、他人に追いつかれることへの恐怖がない。
それも、彼女の才能だろう。
「みんな、まだまだ食べれるわよね? どんどん焼いていくわよ」
この場にいる全員が、お代わりを要求する。
今日の夜もいい夜だった。
◇
ぴょんぴょんっとスライム跳びで森の中を駆ける。
みんなが寝静まったころを見計らって、俺は馬車を抜け出していた。
偽スラちゃんたちと合流するためだ。
ぴょんぴょん跳ぶこと、三十分。ようやく目的地にたどり着く。
無数の視線を感じた。
「ぴゅいっぴゅうー(全員集合)」
腹の底から鳴き声をあげる。
それに呼応するように、ぴゅいぴゅいぴゅいぴゅい、辺りからスライムの鳴き声が響き始める。
無数の眼が光り闇夜を照らす………別にそんなことをする必要はないが、偽スラちゃんは俺と似た性格なのでお茶目だ。雰囲気を出すためだけにやっている。偽スラちゃんは、ノリと洒落がわかるスライムなのだ。
「ぴゅふー、ぴゅい、ぴゅい(みんな、大役ご苦労だった)」
「「「ぴゅーーーーー(ありがたきお言葉)」」」
偽スラちゃんたちが器用に体の一部を膨らませて敬礼してきた。
代表である体が一回り大きい偽スラちゃん……スラリーダーが俺の眼の前にやってくる。
「ぴゅいぴゅー(ボス、献上品です)」
「ぴゅむっぺっ(ごくろう)」
一回り大きなボディから、ぺっと野犬の魔物ナイト・ハウンドと鳥の魔物グール・ペリカンをスラリーダーが吐き出す。
ありがたくいただく。もぐもぐ。【吸収】することでスキルを得た。
残念ながらステータスは上がらなかったが、【脚力強化】、【追い風】の二つのスキルは使い勝手が良さそうだ。
お土産をもらったので、いよいよメインイベントに移る。
空気を大きく吸い込む。
「ぴゅい、ぴゅっぴゅいっ!(時は来た、今こそ一つに!)」
それっぽい厳かな雰囲気を出して仰々しく宣言した。
「「「ぴゅっぴゅいっ!(今こそ一つに!)」」」
ノリと洒落がわかる偽スラちゃん一行は、当然のように悪ノリする。
「ぴゅっぴゅいっ!(今こそ一つに!)」
「「「ぴゅっぴゅいっ!(今こそ一つに!)」」」
場が異様なまでに加熱する。今こそ一つにコールが巻き起こり、鳥たちが逃げ、魔物すら離れていく。
うむ、なにか怪しげな邪教の儀式のようだ。
偽スラちゃんが、【飛翔Ⅱ】のスキルを発動させて天に舞い始めて隊列を作ってぐるぐると旋回する。かなり異様な光景だ。
【飛翔】がⅡになったことで、偽スラちゃんたちが生やした翼はずいぶん立派になっていた。俺も【飛翔Ⅱ】を使ってみたくなる。
天に舞った二百体を超える偽スラちゃんたちは螺旋の隊列を作り、俺に向かって落ちてきて、ぶつかった瞬間、一つになる。
「ぴゅおおおおおおおおおおおおおおお(力が湧いてくるぅぅぅぅぅぅぅぅ)」
分散していた力が一つになっていく。
二百体を超えるスライムが合体したことで、どんどん体がでかくなっていき、あっという間に周囲の大木を超えるでかさになり、周囲の木々を次々に押しつぶしていく。
それでいて張りのあるスライムボディの形状は崩れない。
さすがは全長1.5kmを超え、2000トンもの邪神レヴィアタンの魔力と栄養に溢れた体を食い尽くしただけはある。
全長十メートルを軽く超える巨体と圧倒的なパワー。
まさにスーパースラちゃん状態だ。すごくでかい、すごく強い、すごいスライムだ。
「ぴゅいぴゅむ(だけど、これじゃだめだ)」
このままじゃオルフェたちのところに戻れないし、抱きしめてもらうなんて無理だ。
だいたい、パワーが上がっただけでスピードが殺されているし小回りが利かない。
でかすぎて魔力回路も雑になっており、神経系の伝達が遅れて末端までの反応速度も悪い。人間に例えれば筋肉だるまの実戦では使い物にならないでくの坊だ。
これではでかさとパワーだけ増しただけの欠陥変身に過ぎない。
「ぴゅ、ぴゅふぅ。ぴゅおおおおおおおおおお!(さあ、これからだ。うおおおおおおおおおおお!)」
変身はこれで終わりじゃない。
俺のスライムボディがどんどん縮んでいく。最終的には、もとのオルフェの腕の中にジャストフィットのサイズに戻った。
当然、あの巨体を構成する要素を捨てたわけじゃない。
圧縮して密度を上げたのだ。
それもただ体積を縮めただけじゃない。存在の格を引き上げている。その証拠に変身前と重量が変わっていない。
スーパースラちゃんに比べれば、巨体と重量を失ったことで、パワーは落ちている。だが、この小さな体でも圧倒的なパワーを誇ることには変わりないし、スピードと機動力は圧倒的だ。魔術回路と反応速度も十全。
実戦ではこちらのほうが圧倒的に上、言うならば真のスーパースラちゃん……スーパースラちゃん2といったところだろう。
さきほどから、スライムボディの周囲がぱちぱちとスパークしている。
「ぴゅむ、ぴゅむ(なるほど、強いが、この形態は消費が大きい)」
このスーパースラちゃん2は、存在の次元を引き上げるために、かなり無茶している。
戦闘力は上がるが、この姿でいる限り常に体力と魔力を消耗するようだ。
仕方ない、圧縮率を下げつつ、十体の偽スラちゃんを分離して、百二十体の偽スラちゃんを【収納】しておく。これぐらいが消耗をせずに密度をあげる限界だ。やがて、今の七十体の偽スラちゃんを圧縮した状態が当たり前になれば、圧縮する偽スラちゃんの数をどんどん増やしていき、最終的には、スーパースラちゃん2状態でいるのが当たり前という次元にたどり着きたい。
ちなみに偽スラちゃんを十匹しか外に出さないのは、いざというときスーパースラちゃん2になるには、最低百九十体の偽スラちゃんが必要で、これ以上分離させるわけにはいかないからである。
……なにはともあれ。
「ぴゅふふふふ(新しい力を得たぞ)」
スーパースラちゃん2。間違いなく、大幅な戦力アップだ。
これで、ますます最強のスライムに近づいてきた。
この力があれば、たいていの魔物には後れをとらないだろう。
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種族:ディザスター・スライム
レベル:35
邪神位階:雛
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅱ 角突撃 言語Ⅱ 千本針 嗅覚強化 腕力強化 邪神のオーラ 硬化 消化強化Ⅱ 暴食 分裂 ??? 風刃 風の加護 剛力Ⅱ 精密操作 嫉妬 水流操作 覚醒(new!) 脚力強化(new!) 追い風(new!)
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 各種下級魔物素材 各種中級魔物素材 邪教神官の遺品 ベルゼブブ素材 人形遣いの遺産 レヴィアタン素材 湖の水
ステータス:
筋力B+ 耐久A 敏捷B+ 魔力B+ 幸運D 特殊EX
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