第二十二話:スライムは天空を舞う
ついに【嫉妬】の邪神レヴィアタンが復活してしまった。
黒い瘴気の塊が天空で実体化する。
「ぴゅいぴゅ(伝承の通りか)」
それは巨大な蛇のような竜だった。
薄汚れた白い体。無数のうろこがびっしりと敷き詰められており、細く短い手足が二対。
なにより、途方もなくでかい。全長は優に一キロを超える。
その竜が、天高く舞っている。
邪神の復活を止めることができなかった。俺がデニスの心を察することができなかったせいだ。
せめてもの救いは、まだクリスが生きていること。取り込まれているだけで死んではいない。そして、オルフェの弱体化の術式は成功していることだ。
感傷に浸るのは後だ。今はレヴィアタンを倒してクリスを救うことだけを考える。
それはオルフェも同じようだ。
「ニコラ、シマヅ姉さんとスラちゃんをゲオルギウスに! あの邪神はアッシュポートを目指してる。今なら、全力の三割しか出せないはず、シマヅねえなら追いついて、倒せるよ!」
オルフェの見立ては正しいだろう。
レヴィアタンの魂の中では、【憤怒】の邪神サタンの黒い炎が暴れまわっている。それは【嫉妬】の邪神レヴィアタンにとっての最大の猛毒だ。
とはいえ……いつまでも弱体化させていられるわけでもない。
やがては黒い炎を打ち消すだろう。
なにより、あいつは飢えている。長い封印でろくに、魔力も魂も得ていない。飢えて空っぽだ。その証拠に、【暴食】の邪神ベルゼブブとは違い、自らと同じ性質を持った眷属を呼び出していない。その余力すらないのだ。
だからこそ、奴は数万人が暮らすアッシュポートを目指すだろう。もし、あそこにたどり着けば、すべてを焼き尽くし数万人を殺し、その絶望と恐怖、魂を喰らい、力を取り戻してしまう。そうなれば誰も止めることができなくなる。
俺とシマヅは、ゲオルギウスに乗り込む。
【嫉妬】の邪神レヴィアタンは白い体をたゆませ。そして、おそろしいスピードで飛翔し始めた。進路は予想通りアッシュポート。
無人島である封印の地からアッシュポートまでは数十キロのかなた。
あいつの速さは音速一歩手前。俺の見立てでは三分程度でたどり着いてしまう。
「ニコラ、準備ができたわ。ジェルを注いで」
「ん。任せて!」
すでにシマヅは羽織りと浴衣を脱ぎ捨てて走り、ゲオルギウスに乗り込んでいた。
その姿は下着姿ではなく、ニコラが創り出した専用スーツ。
肌に張り付く、特殊素材で作り上げられたスーツをこの短時間でニコラは作り上げていた。ゲオルギウスの魔術回路との接続効率をあげ、衝撃と魔術に対する防御力をも獲得している。
さらに、俺のスライムボディを材料に造り上げたジェルも進化していた。受ける衝撃の強さによって自動的に固さを変えて衝撃を最小限軽減し、さらに回復ポーションを混ぜ込んでいる点は変わらないが、魔力回復ポーションも大量に混ぜ込まれている。
庭に撒いた、ニコラが品種改良して造り上げた薬草を使い、作り上げた超一級品だ。これがあれば、多少の無茶もできる。
「スラさんも準備はいいかしら?」
「ぴゅい!」
俺もすでに乗り込んでいる。スライムボディを一度液状にして、ゲオルギウスの中を満たし、さらに疑似筋肉の構成。極限まで【身体能力強化】。さらに、【剛力】を併用。これで自由自在にゲオルギウスを操れる。
シマヅと俺、二機のゲオルギウスの魔力ブースターが音を鳴らし始めた。
離陸の瞬間、ニコラが叫ぶ。
「シマヅねえ、スラ、ゲオルギオスは壊してもいい。だから、絶対生きて帰ってきて!」
錬金術士であり、なおかつゲオルギウスはニコラの夢の結晶だ。それを壊していい……。
普通ならありえないセリフだ。だけど、あの子は自分の発明品より家族を大事に思ってくれている。
この想いに報いなければ、俺は父親失格だ。
シマヅも同じようだ。俺たちは頷き合い、天空に舞い上がった。
◇
凄まじいGが体を襲う。スライムボディが潰れそうだ。
スライムでなければ、意識が持っていかれていたかもしれない。
先行する【嫉妬】の邪神レヴィアタンは、弱体化のせいか、あるいは省エネのつもりか音速を超えない程度の速さで飛んでいる。……さらに、俺たちの存在に気付いていながら無視を決め込んでいる。
なめているのだろう。矮小な羽虫が追いついたところで何もできまいと。
すでに、スライムのわずかな魔力など尽きた。
魂に刻まれた刻印によって、オルフェから魔力の供給を受ける。
「ぴゅふぅぅぅぅぅ(相変わらず、大飯ぐらいだな)」
オルフェに甘えてばかりいられないので、【収納】していた魔力回復ポーションをがぶ飲みする。
魔力回復ポーションには二種類ある。一つは一時的に自然回復する量を引き上げるもの、もう一つは魔力の塊を摂取して体に慣らすもの。
前者は、一定量以上は飲んでも意味がないし、後者は飲みすぎると体に深刻なダメージがある。
俺は前者を適量飲んだあと、後者をがぶ飲みしていた。人間なら軽く致死量だが、スライムならば問題ない! 片っ端から消費された魔力を供給し続ける。
シマヅは俺の前を飛んでいる。
そのシマヅが動いた。仕掛けるつもりだ。
背部の追加装備である一メートル近い106mm無反動砲、【迅雷】を放った。強度の問題もあり、完全に背面に固定されて砲塔も前しか向かない。
だが、威力は折り紙付き。冗談のような口径に加えて、火薬が錬金術によって作られた科学だけではなしえない威力をもった特注品だ。
さらに弾丸も特殊だ。オリハルコンという神の金属を使い……弾丸そのものがニコラの作り上げた魔剣だ。魔剣【貫通】と【猛毒】二つの概念を備えており、【貫通】で体内の奥深くに入り込み、さらに【猛毒】により、内側から侵しつくす。
その名の通り、雷のような轟音を鳴らし、砲撃。放たれた魔剣がレヴィアタンを捕らえる。
「キュウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオ」
レヴィアタンが悲鳴を上げる。
そして、やっとこちらを向いた。
俺たちのような矮小な存在に無視を決め込んでいたレヴィアタンも、この攻撃力を見せられては無視して、街を目指すことができなくなったらしい。
空中で静止したレヴィアタンが、旋回してこちらを向く。
奴の白いうろこが紫色に光る。
シマヅが二発目の【迅雷】を放った。
…………しかし、二発目は鱗にあっけなく弾かれた。
あの威力の砲撃、それも【貫通】の概念を付与した魔剣を弾丸にして、弾かれるなんてことはありえない。
ありえないことが起こったということは、レヴィアタンの特殊能力、【嫉妬】が発動した証だ。
やつは、妬ましいと思ったものに対して無敵の耐性を得る。
「やっぱり、聞いていたとおりね。ニコラ、ありがとう。助かったわ」
シマヅが【迅雷】をパージ。【迅雷】は二発でお釈迦になる。
無反動砲の原理は反動を打ち消すために同等の威力の攻撃を反対方向に叩き込むというものだ。反動が消えても、砲身の負荷は逆に増え、砲身がもたない。
【迅雷】は世界一高価な使い捨ての武装なのだ。
レヴィアタンが口を開く。全長が一キロを超えるだけあって、その口の大きさも想像を絶する。家の二つや二つ丸のみにできそうだ。
口の中からちろちろと、炎が見えた。
炎の嵐が放たれる。それも、あまりにも広域に。
距離がある俺はともかく、シマヅは回避するスペースがない。
彼女はひるまず、その嵐の中を突き進む。
ニコラの作り上げたゲオルギウス。そのボディはミスリルとオリハルコンのハイブリット。炎には圧倒的な守りがある。炎の守りを抜け、シマヅが魔剣機構を発動させる。
胸部が展開し柄が現れ、胸の魔石が輝き、全長五メートルの光の刃が形成された。
それは剣にして魔術。例えるなら無数の小型ブラックホールを一列に並べたようなもの。
触れたものすべてを取り込むゆえの絶対切断。
炎を突き抜けた先では、レヴィアタンの髭が数十本に増殖し、それが槍のような鋭さでシマヅに襲いかかってきた。
それをシマヅはバレルロールを交えて、躱しながら前に進む。
超人的な動体視力と反射神経、天性の勘があってこそのムーブだ。
すべての攻撃を躱し、シマヅは光の刃をレヴィアタンの頭上に突き立て、そのまま音速で駆け抜けた。
五メートルの巨大な刃は容赦なく、奴の体を深々と切り裂き血が噴き出る。
「キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
再び、レヴィアタンの悲鳴。
レヴィアタンの体が、紫色に光った。
それが、【嫉妬】の発現の証なのは、シマヅの二度目の【迅雷】の砲撃を放ったときに確認している。
だから……。
「ぴゅいっぴゅ!(俺を忘れてもらっては困る)」
俺のゲオルギウスに取り付けられた【迅雷】を放つ。
106mm無反動砲により、【貫通】と【猛毒】の魔剣が放たれ、奴の体を貫き、内側から蹂躙する。
奴がのけぞった。
思った通りだ。
やつは、シマヅの光の刃におびえ、そちらに【嫉妬】を切り替えた。
おかげで一度は無効化された、【迅雷】が有効になっている!
二射目を構える。
奴の体が紫色に光る。
ばかめ、それを待っていた!
「もらったわ」
シマヅが光の刃を形成し、舞い戻ってきた。
そう、俺の【迅雷】は囮! 今の砲撃は再び、光の刃を突き立てるための伏線。
ニコラが、【迅雷】を取り付けたのは、【嫉妬】の邪神の性質を知り、致命傷になりえる武器が一つでは奴を殺せないと判断したからだ。
だから、光の刃を生み出す魔術である【魔剣機構】とは別に、純然たる砲撃である【迅雷】を用意した。奴が【嫉妬】で得られる耐性は一つ。【魔剣機構】と【迅雷】は同時に防げない。
今度は尻尾から、すべてを切り裂きながらシマヅがすれ違った。
大量の血が奴から流れる。
いかに、その巨体だろうと、五メートルにもなる刃で切り裂かれて、ダメージがないわけではない。
……ニコラはとんでもないものを作ったな。竜殺しの魔剣ゲオルギウス。名前にふさわしい性能だ。
このペースでいけば勝てる!
「ぴゅいぴゅー!」
はやくケリをつけよう。
奴が悲鳴をあげながら、雷を召喚する。
無数の雷が降り注いだ。
まずいな、あれを受けたら電撃が効かないスライムな俺はともかく、ゲオルギウスはお釈迦になりそうだ。
「ぴゅいっぴゅー(絶縁スライムカヴァー)」
俺の体の一部を【分裂】し、薄く広げて、外に出しゲオルギウスを包む。
収納していた素材を使い絶縁体にしている。これなら雷は効かない。
シマヅのほうを見ると、雷を躱していた。雷速を躱すなんて馬鹿げている。呆れるな、あれは俺にもできない。
雷は止まないものの、密度は弱まった。さて、追撃だ。
奴は、また魔術に対する耐性を得て光の刃を防ごうとしている。
そこに【迅雷】の二発目を放り込んでやる。
凄まじい轟音と共に、【迅雷】で放たれた魔剣が奴の体に吸い込まれた。
ダメージの蓄積がひどいようで、レヴィアタンは怒り狂って暴れる。
「ぴゅいぴゅー」
お釈迦になったが、あえてパージはしない。【迅雷】におびえてもらわないと困るのだ。
これ見よがしに、レヴィアタンにいつでも撃てるぞと脅しをかける。
……次の一撃で決めないと、厳しい戦いになる。
シマヅと手で合図を送る。
最終局面だ。
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアア」
レヴィアタンはまた紫色に体を輝かせ、無数の雷を降らせた。
【嫉妬】が発動した。魔術耐性ではなく、砲撃耐性に切り替わる。
シマヅはその抜群のセンスと無茶な起動で躱しながら、雷の雨の中を突っ込む。
俺も砲撃の構えをとりながら、突っ込んだ。光の刃が有効なうちに波状攻撃をかけるためだ。
そして、俺たちは魔剣機構を発動し……。
その瞬間嫌な予感がした。
根拠なんて何もない。ただ、大賢者として、幾千、幾万もの死闘を繰り広げた俺だけがもつ、……戦闘勘だ。
「ぴゅいぴゅー(シマヅ、止めろ!)」
無駄だとわかっていても叫んだ。
音速の世界で声などなんの意味もない。
そして、俺の予想通りになった。
シマヅが光の刃を突き立てた。その瞬間、刃は弾かれ魔剣機構が砕け散り、さらにゲオルギウス本体が大きな衝撃を受けて錐もみ状態で落ちて行った。
音速を超える空中戦で近接武器を使えたのは、停滞なく斬り裂くことができたからにすぎない。
もし、切れずに反動を受ければ運動エネルギーすべてが反作用となりダメージに変わる。
……嫌な予感の正体。
それは、やつが【嫉妬】を発動させたのだが、【嫉妬】の対象を変えていなかったことだ。
レヴィアタンは俺たちをはめたのだ。【迅雷】に耐性を切り替えたと見せかけただけで、その実、【魔剣機構】こそが自らを殺しうる唯一の武器だと判断していた。
これ見よがしに、レヴィアタンが自己修復を始めた。
シマヅが斬り裂いた傷がどんどんと癒えていく。
やつは、俺たちを油断させるために、あえて傷を癒していなかった。
……邪神はただ強いだけじゃない。高度な頭脳を持つ。
「ぴゅいー!(シマヅー!)」
錐もみしながら、落ちていくシマヅを呼ぶ。
俺の祈りが届いたのか、地面ギリギリでシマヅが意識を取り戻し、姿勢制御。そのまま高く高く上昇していく。ゲオルギウスに許された限界高度まで上昇すると急降下を始めた。
まさか、あいつは。
「ぴゅーい!(やめろ)」
魔剣機構と【迅雷】を失ったゲオルギウスにもう武器はない。
ただ、一つあるとすれば……特攻。
限界高度から、パワーダイブ。
天空から、重力を味方につけ、限界である音速の二倍を超えたゲオルギウスが落ちてきて、【嫉妬】の邪神の背に突き刺さった。
鈍い音が響き渡る。ゲオルギウスが砕けた音とレヴィアタンの骨が砕け、さらに肉がえぐれちぎられる音だ。
砕けたゲオルギウスの中は空だった。
シマヅは、シマヅはどこだ!?
その答えは空から落ちてきた。
ゲオルギウスを脱ぎ捨て、スーツ姿のシマヅが、もふもふのキツネ尻尾を揺らしながら、空から降ってくる。
レヴィアタンの背中に自慢の刀を突き立て、振り落とされないようにしがみつく。
その背中には、槍、矛、剣、刀。いずれもニコラの試作品。
威力はあっても、取り回しが難しくお蔵入りした武装の数々。
……あんなものを持ち込んでいたのか。
シマヅは、自らの魔力が尽き、体力の限界であることを感じ取り、最後の賭けにでた。ゲオルギウス本体の破壊力をたたきつけ、追撃に自分の全兵装を使う。
ありとあらゆる武器が乱舞する。すべての武器の担い手たる【剣】のエンライトの真骨頂。
爆発が、雷撃が、剣戟が、風刃がレヴァイアタンを襲う。
【嫉妬】の切り替えなど、間に合うはずもない。
そして、奴の焦り、それは隙となる。
ダミーではない、本当の【嫉妬】による耐性変更を行った。
それを見逃すほど、俺は愚かではない。
オルフェの魔力供給を受けて、最大戦速。
そして、魔剣機構で光の刃を形成、すれ違いながら奴の体を切り裂いた。
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
やつの回復力もそろそろ限界のようだ。
目に見えて回復速度が遅くなってくる。血が止まらない。
シマヅが振り落とされた。いや……すべての武器を限界まで振るって、できることがなくなって自ら落ちた。
こちらに手を振っている。
そして、口が動いていた。『父上、あとは任せたわ』
こんな状況なのに、苦笑してしまう。
今の高度は、一〇〇〇メートル程度、シマヅなら、自力でなんとかするだろう。
だから、俺は、俺の仕事を終わらせよう。
やつにとどめを刺す。
「ギュアアアアアアア、ギュアアアアアアアア」
レヴァイアタンは半狂乱になって、血を流しながら炎と雷をまき散らす。
一度距離をとってから、速度を稼ぎ、炎と雷のなかを突き進む。
「ぴゅいいいいいいいいいいい!(とどめだ!)」
狙うはやつの口だ。
魔剣機構を起動しつつ、限界までやつが【嫉妬】でどの耐性を得たのかを見定める。
……やつが選んだのは魔剣機構への耐性。
だからこその体当たりを選んだ。
柔らかい口の中へ頭から限界速度である音速の二倍で体当たりをした。
肉にめり込み、体内をずたずたにする。そのまま奴の体内の奥深くへと進んでいく。
やつの血と体液まみれになりながら、俺はゲオルギウスをはい出る。ゲオルギウスは砕けて、折れて、ぼろぼろ。ゲオルギウスは最後の瞬間まで役を果たした。
「ぴゅいぃぃ(おつかれ、よくやった)」
せめて、可能な限り、ゲオルギウスの破片を【収納】する。
今までのダメージに加えて、体内で暴れられ、レヴィアタンはほとんど致命傷だろう。
だが、ほとんどではだめだ。
とどめを刺そう。そのために、俺は体内に入り込んだ。
シマヅと二人がかりで手を尽くしてわかった。
こいつはでかすぎて、タフすぎる。
外からの攻撃では、限度がある。
だから、こうやって体内に入る機会をうかがい続けていた。
「ぴゅいー(【千本針】)」
スキルを発動する。
スライムボディが膨らみ、無数の針が飛び出て奴の体内に突き刺さる。フックをつけて絶対に抜けないようにした。
この程度の針で倒せるとは思ってはいない。
本番はこれからだ。
「ぴゅいぴゅっぴゅー(もってけえええーーーーーー)」
俺は【収納】していた海水を限界まで口を広げて吐き出した。
ありとあらゆるスキルを使って、吐き出す勢いを強める。
それはまるで、ダムの決壊だ。
そう、俺は海水浴に行ったときに半日かけて海水を吸い込み続けていた。
圧倒的な水量というのはそれだけで武器になりえる。
やつを水の重量で地面に叩き落とす。
さらに言うなら、これだけの量になると海に住む生き物以外にとって、猛毒となる。
ついでに、今までため込んだありとあらゆる毒を残らずプレゼントしてやる。
濁流が流れていく。
腹の中なのに奴の悲鳴が聞こえてきた。
どんどん高度が下がっていく。
重すぎて飛べなくなったのだろう。
「ぴゅいぴゅーーーーーーーーーーーーーー」
さあ、俺の中の海水が尽きるのか、おまえが倒れるのが先か、我慢比べだ。
すでに、俺の周囲に水は渦巻いていた。千本針で体内にフック付きの針が刺さっているからなんとか流されずに済んでいる。
……そして、凄まじい衝撃が襲ってきた。
奴が墜落したようだ。
海水を吐き出しつくした俺は、泳いで出口を目指す。
さきほどまでうごめいていた奴の体内の器官が止まっている。
奴は死んだようだ。
あとはどうやって、クリスを助けるかだ。
その方法を検討しつつ、俺のことを心配しているだろう、オルフェや二コラ、シマヅの顔を思い浮かべていた。




