第二十話:スライムは竜殺しの魔剣を受け取る
無事、ニコラは俺の体を使う方法に気付いてくれた。
ニコラの創り出した強化外骨格の性能を落とさずに、その力を振うことができる。
朝からニコラは機嫌が良さそうだった。
ずっと悩んでいた問題が解決したのと、胸のうちをスラちゃんに吐き出したからだろう。
朝食が終わった俺たちは中庭に出ていた。
ここで、強化外骨格の性能試験を行うのだ。
「ニコラ、専用のスーツとかはないの?」
いつも通りの丈の短いスカートに羽織りという独特のファッションをしたシマヅが問いかける。
彼女は準備体操を入念にしていた。
「ん。私服のままでいい。完全に機密型にしてジェルを流し込むようにしたから、搭乗者の服は問わない。しいて言えばできるだけ薄着のほうが、ジェルを仲介して魔術回路を接続する以上都合がいい」
「そうなの」
シマヅはそうつぶやくと、勢いよく服を脱ぎ捨てた。
下着姿になり、美しい肢体が晒される。
鍛え抜かれ、すらっとしていながら、ごつごつしていない。
男なら生唾を飲み、女なら嫉妬する体だ。
「ぴゅいーぴゅー!(やめなさい、はしたない!)」
「シマヅねえ、服を脱ぐならせめて家のなか」
俺とニコラが慌てて、シマヅを叱責する。
「あなたたち以外誰も見てないじゃない。居たら脱がないわ。気配でわかるもの。それに、可愛い妹の作ってくれた武器よ。最大限のパフォーマンスを発揮させたいじゃない。肌が触れたほうがいいなら脱ぐわ」
「……シマヅねえ、脱いだのは仕方ない。はやく、強化外骨格を着込んで」
強化外骨格の前面が開く。
シマヅは頷いて乗り込んだ。彼女が乗るとハッチが閉まる。
ジェルが漏れないように密閉型にしたようだ。
二コラはホースのような器具を強化外骨格に差し込む。そして、俺のスライムボディを改造して作ったジェルを流し込んだ。
「これ、ひんやりしてぷにゅぷにゅして、ちょっと不思議な感触ね」
「それがシマヅねえを熱や衝撃から守ってくれる。それに簡易的な治癒能力がある。毛細血管がやられても治してくれる」
「それはありがたいわね」
急加速、旋回により発生する衝撃のほかにも、加重の集中により血液が偏り血管が破れるという問題がある。
その対策のために、このジェルには高位の回復ポーションも配合されている。ジェルを注いでから三十分の間は常に少しずつ癒しの力があるというのはかなり心強い。
「シマヅねえ、どう、魔術回路の接続はできそう」
「ええ、問題ないわ。しっくりきすぎるぐらい。人機一体ね」
「基本的にはシマヅねえの得意な【身体能力強化】と一緒の感覚で操作できる。シマヅねえほどの使い手なら、簡単に操縦できるはず。朝渡したマニュアルはもう読んでる?」
「ええ、完璧に暗記して理解したわ。……イメージした通りの反応が返ってくる。これならすぐにでも操縦できそう。さっそく試してみるわね」
ちなみに、そのマニュアルというのもすさまじく分厚く密度も濃いものだ。
シマヅはオルフェ並みの情報処理能力を持っている。
彼女は脳筋ではない。高度な【身体能力強化】を使いこなすだけでなく、【剣】のエンライトとして、この世のありとあらゆる武装を使いこなす担い手だ。脳筋では務まらない。
「シマヅねえ、試運転は初めてだから無理はしないで。あくまで慣らすことを優先」
「了解。よく見ておきなさい」
そう言うと、強化外骨格のメインセンサーが光った。
強化外骨格が起動する。
まずは、走行。地面を疾風のように駆け抜ける。ニコラが目に魔力を走らせ【解析】し続けている。
速度や金属の消耗具合、魔力消費量。
そのすべてのデータをリアルタイムで脳に記録しづつけている。
それにしても速い。何より、急加速、急停止、方向転換、そう言った動作のオン・オフがすさまじい。まだ、空を舞っていないが変装的な三次元運動を見せつけてくれる。
もし、人体であんな起動をすれば体がミンチになりかねない。
シマヅは無理な運動で発生したGを【身体能力強化】とジェルの力を併用して打ち消しているのだろう。これは、どこまで耐えられるかを試すために意図的にやっていることだ。
「スラ、見て。飛んだ。高い、速い」
「ぴゅふぅ」
そして、ついに高く跳んだ。そのまま魔力スラスターを点火。
空の彼方に消えていく。
ニコラはお手製の双眼鏡を取り出し、飛行性能の測定を始めた。
俺は俺で、体を変形させてスライムボディでレンズを形成することで、遠くを見る。魔力で視力を強化するが、追いきれない。
「マッハ1、マッハ2……まだ加速する。だめ、これ以上! 計算上、シマヅねえでも、あのジェルがあっても持ってかれる……ふぅ、減速してくれた。良かった。シマヅねえは無茶をする……あの機動、まさか、魔剣機構を使うつもり、耐えられる限界速度で、さらに負荷をかけるなんて自殺行為!?」
ニコラが心配そうな声をあげていた。無理もない。
しかし、シマヅが魔剣機構を使うのも理解できる。
強化外骨格は、使用者に圧倒的な防御力と速度をもたらす。
だが、それはいうならば前座だ。
こいつは竜殺しのために作られた。竜の攻撃に耐え、竜に追いつき、そして竜を貫く攻撃力を与えることこそが本懐。
当然、そのための機能が搭載されているし、それを使用しなければ実験の意味がない。
「ぴゅいー、ぴゅふふー(だが、あの速度であんなものが使えるのか?)」
音速を超えたまま、機構が使用される。
胸部パーツが展開し形状を変える。剣の柄のようなものが生まれ、そこから全長五メートルを超える光の刃が生み出された。
魔剣機構とは、魔力によって光の刃を生み出す機構だ。
それも、ただの光の刃ではない。
発信機から、ドワーフの一族に伝わる神鋼を粒子状態で放出し、特殊かつ強力な概念領域を生成し、刃状に固定。その領域の性質は触れたものを問答無用で領域内に引きずりこむこと。
刃状で触れたものを引きずり込むということは、結果として、触れたものをすべてを切り裂く剣と化す。
音速で飛ぶ以上、停滞なく相手を切り裂く切断力がなければ、機体が反発を受けて大ダメージを受ける。だから、こんなものが必要だった。
……これは俺とニコラの共同研究で作り上げたものだ。
この強化外骨格の基本戦法は、音速を超える速さですべてを切り裂く魔剣を形成し、そのまますれ違うことで竜を両断する。
シマヅは、最高速で飛びながら刃の形成という絶技をしょっぱなからこなしてみせた。
だが……。
「魔力スラスターが止まった!? 墜落してる。シマヅねえが気を失ってる!? あの高さから落ちたら機体が無事でもシマヅねえがもたない」
ニコラが双眼鏡を投げ捨てて、シマヅの落下予想地点まで必死に走る。
もちろん、俺もだ。
俺なら、受け止めることができる。ニコラを追い抜いて、シマヅの落下予想地点まで走る。
重力に引かれながら、猛烈な加速をしながら強化外骨格が落ちてきた。
地面で待ち構えていると、魔力スラスターが一瞬だけ動き、落下速度を緩めた。
「ぴゅひぃぃ」
絶妙に硬さを調整して、なるべく柔らかく受け止める。
痛い、重い。だが、シマヅは無事なはず。
強化外骨格のハッチが開き、シマヅがはい出てきた。
そして、嘔吐。
ニコラが遅れてやってきた。
「シマヅねえ、大丈夫!?」
シマヅは手を上げると、言葉を話す余裕もないのかそのばで仰向けになりつつ、特殊な呼吸法で息を整える。
しばらくシマヅが落ち着くのを待つ。
「ふう、なんとか落ち着いたわ。ぎりぎりってところね。……ちょっと調子に乗り過ぎた。魔力消費が思ったより凄まじいわ」
「音を超える以上、それだけの出力がいる」
「ええ、音を超えたところまでは、まだそこまで辛くないけど、さらにその先へいくと指数関数的に負担が激しくなるわ。魔力を急速に引き出される倦怠感と、体への負担で意識が飛びそうになる。それに、魔剣の負担も相当のものね、試しに最大戦速で使ってみたけど、根こそぎ魔力と体力が持っていかれたわ。一瞬だけど、完全に意識が飛んだ」
シマヅの意識を飛ばすとはとんでもないじゃじゃ馬だ。
ニコラがポシェットから魔力回復ポーションと体力回復ポーション、それも超一級品のものを取り出し手渡す。
それをシマヅは一気に飲み干した。
「初起動で無理しすぎ」
「そうね。でも、いいデータがとれたでしょ? 途中でわかったのよ。魔力消費を考えると、今日、二度目は飛べないって。時間がないのなら、ニコラが欲しそうなデータを体を張ってでも得るというのが姉の務めよ」
シマヅが微笑んでニコラの頭を撫でた。
あの無茶は、シマヅの自己満足のためではない。
ニコラのための無茶だ。
そして、限界までシマヅは頭を使っていた。意識を取り戻したあと、自分にわずかしか魔力が残っていないことを知り、体重移動と空気抵抗の操作だけで着地地点を、木々が生い茂る森の上に移動し、着地の寸前に限界まで速度を殺した。
何があっても生き残る自信と、実力があったからこそできた無茶だ。
「……いいデータがたっぷりとれた。感謝してる」
「素直でよろしい。身をもって理解したわ。出していい速さは音速の二倍まで、魔剣が使えるのは、音速の五割増しまでね。二倍で使ったら、墜落する。【嫉妬】の邪神レヴィアタンが音より遅いことを祈るわね」
「ぴゅい(きついかも)」
おそらく、完全な形で復活すれば、音速の五割増しでは追いつけないだろう。
オルフェの邪神の弱体化の術式がどこまで通用するかが問題だ。
もっとも、邪神が復活しないのが一番いいのだが。
「じゃあ、シマヅねえは休んでて。次はスラ。スラは魔力少ないから動かすのは最小限でいい。今、オルフェねえがスラに魔力を供給する儀式の準備をしてるところ。明日は本気でやって」
「ぴゅいぴゅい!」
俺はかしこいスライムなので無茶はしない。
楽しく、空の散歩と行こうか。
◇
俺のほうは大したトラブルもなく、無事にテストを終えた。
低空を緩く飛行したり、走ったりしただけだ。
今の魔力だと、魔剣機構は使えない。
そして、実験の中で一つ気になったことがある。魔剣機構は大別すると、魔術となる。
【嫉妬】の邪神レヴィアタンの能力である【嫉妬】で魔術を選択されている場合、奴には通用しない。
シマヅのことだ。もし、魔剣機構で仕留めきれない場合、強化外骨格から飛び出して、【邪神】の上に着地し手持ちの武器全てで追撃をかけるぐらいはするだろう。剣を奴の背に突き立て、天空で無数の武器を振るうシマヅの姿が思い浮かんでしまった。
……俺は俺で、天空での攻撃手段を考えておこう。
音速の二倍まで加速しての体当たりも効果的だ。ニコラには悪いが、速さは威力につながる、強化外骨格を犠牲にやつに大ダメージを与えられる。
そして、もう一つスライムにしかできない攻撃方法を用意しておく。
すでに、材料は仕入れている。まさか、対邪神に使うとは思っていなかったが、惜しみなく使わせてもらおう。うまくいけば邪神を地面に叩き落とせるだろう。
◇
性能実験が終わって、ニコラは再び工房に引きこもった。
全力起動を行ったことでまた新たに欠点が見えてきたようだ。
そして、俺は予定通りオルフェの工房に向かう。
「あっ、スラちゃん来たね。ニコラから聞いてるよ」
「ぴゅい♪」
そう、オルフェとの繋がりを濃くして魔力を受け取れるようにする。
スライムの体は、強化外骨格のドライバーとしては適任だが、いかんせん、エンジンとしては魔力が足りな過ぎる。オルフェのバックアップが必要だ。
「じゃあ、スラちゃん。これ飲んで」
「ぴゅくぴゅく」
ごくごくとオルフェに渡された霊薬を飲む。
オルフェの味がする。
比喩ではなく、オルフェの血が混ざっている。
そして、オルフェが俺を持ち上げてキスをした。パスを作るための儀式だ。
オルフェにキスをされるのは久しぶりだな。
昔はお休みのキスをせがんできて、ほっぺにキスをしてやると、ほっぺにキスを返してくれたものだ。
「じゃあ、スラちゃん。次はその魔法陣に移動してね」
「ぴゅい!」
ぴょんっとスライム飛びしてオルフェが描いた複雑な魔法陣の中心に行く。
オルフェが親指を噛んで血を流す。
そして、その血が魔法陣に触れると陣が紅く輝き出した。
「風の子オルフェの名において、このものを友とし、力を分け与える契約を行う!」
その言葉と共に、俺とオルフェの間につながれている【隷属刻印】のパスが一度解かれ、パスの数が増え、より強く繋がっていく。
オルフェの魔力が俺のなかに染みわたっていく。
逆に、俺の魔力がオルフェに。
オルフェの魔力が心地よい。
俺とオルフェがより強く結ばれた。
「スラちゃん、私たちが強く繋がったのわかったかな」
「ぴゅいっぴゅ!」
「スラちゃんだから、ここまでするんだからね。ニコラに言われなくてもいつか、こうするつもりだったんだ」
「ぴゅいっ!(ありがと!)」
俺はオルフェの胸の中に飛び込む。オルフェがぎゅっと抱きしめてくれた。相変わらず、ここはいい。柔らかくて温かくて気持ちい。俺の居場所だ。
ここまで深く使い魔と繋がるのは、魔術士側にかなりリスクがある。
オルフェの言う通り、俺を信頼しているからこそ強いつながりを作ってくれたのだ。
「また胸に飛び込んできて。スラちゃんは甘えん坊だね。でも、うれしい。今日はスラちゃんはずっと私と一緒だね」
「ぴゅいぴゅー(もちろん)」
【分裂】の精度もあがってきて、デニスへのアドバイサーには分裂体を送り、分裂体経由でいろいろとアドバイスできる。
だから、無理に抜け出す必要もなくなった。
「じゃあ、さっそくお風呂だね。それから一緒に寝よ。ふふ、今日は市場でリンゴが安かったから贅沢にリンゴ風呂だよ」
「ぴゅいー♪」
リンゴ風呂はいい。
あれは気持ちいいものだ。
そうして、俺はオルフェに抱かれてお風呂場に向かった。
オルフェの顔を見る限り、研究は順調だ。
俺のアドバイスを受けて、デニスの研究もだいぶ穴が埋まってきた。
さらに、万が一復活した際にも戦える戦力がある。
それでも……まだ足りない気がして仕方がなかった。
こうして、オルフェに抱かれながら……すべての保険が駄目だったとき、大賢者マリンとしてできることを考えていた。




