第十七話:スライムは友と娘を応援する
シマヅにより、デニスたちのやろうとしていたことが、オルフェとニコラに知られてしまった。
乱暴だが、これはこれでいいと思う。
何はともあれシマヅのおかげでオルフェたちが邪神対策で動き出した。
今はオルフェとシマヅがヴィリアーズの屋敷に向かっているところだ。
ニコラは竜殺しの兵器を仕上げるために留守番だ。
ニコラが作ろうとしているのは、強化外骨格。魔術兵器の中でも極めて高度かつ強力なものだ。人の魔力を引き出し増幅し、動力とすることで圧倒的な戦闘力を与える魔術鎧。
あとでニコラの様子を見に行こう。
数か月前にニコラが作った試作品を見たが、すでに竜に追いつけるだけの飛行能力と攻撃力を備えている。だが、問題が一つあった。
使い手が耐えられない。竜を殺すスペックを得た強化外骨格は使用者にとんでないGを与えるし、使用者を殺しかねないほどの魔力を無理やり搾り取ろうとする。
身体能力を極限まで強化したシマヅですら、あれには耐えられないだろう。それは竜殺しを可能とするだけの性能を求めた故の必然。
いかに優れた兵器だろうと、使えないのなら意味はない。
デチューンして性能を抑えれば、使えるのだろうがそれでは意味がない。
……あるいは、このスライムとなった俺なら力になれるかもしれない。少し反則気味だがニコラの強化外骨格を使用する方法が見えてきた。
少しだけ手助けをしよう。
娘を助けるのは父としての仕事だ。
そんなことを考えながら、オルフェの腕の中でまったりする。
ぴゅふー、幸せ。
そんな俺とは対照的にオルフェのほうは不安そうにしていた。
「あの、シマヅ姉さん。本当にデニスさんたちが、邪神を復活させようとしているの?」
「ええ、間違いないわ」
「そんな情報をどこから?」
「情報提供者の名はわけあって明かせないけど、私が世界で一番信用している人よ」
「それって……」
「ぴゅひっ!?」
オルフェがなにかを感づいている。
シマヅが世界で一番信用する人物なんて、大賢者マリン・エンライトしかいない。
オルフェは、もしかしたらオルフェの前に現れたように、シマヅの前にも俺が現れたと思っているのかもしれない。
……さすがに、スラちゃんの正体が俺だとは思ってないだろう。
「何を聞かれても答えないわよ? それに、デニス・ヴィリアーズ公爵本人に今から会いに行くのだから、それですべてはわかるわ。弓を用意しておきなさい。……最悪、戦いになる。自分の研究を守るために魔術士はなんでもすることぐらい、わかっているわよね?」
「うん、用心はしておくよ。あと、シマヅ姉さん。できれば、手荒いことはしたくない。デニスさんも、クリスもいい人だし、恩もある。だから……」
そうして、オルフェは自分の考えを告げる。
甘い考えだ。だけど、オルフェらしい。それが少し嬉しかった。
「わかったわ。それでいきましょう……でも、あなたの考えをヴィリアーズが受け入れない場合、容赦はしないわ」
「ぴゅいぴゅー」
あまり、無茶はしないようにシマヅに念を刺す。
スライムの鳴き声でもニュアンスは伝わったようでシマヅが頷いた。これでひとまずは安心だろう。
◇
シマヅとオルフェは玄関から普通に入り、デニスを呼び出す。
公爵家にアポなしの来訪。
本来なら叩き返されるが……オルフェはクリスの友人だ。
何より……。
「【剣】のエンライト、シマヅ・エンライト。【魔術】のエンライト、オルフェ・エンライト。そして使い魔のスラさんが来たと伝えなさい」
シマヅがエンライトの名を出した。
世界最高の大賢者の名。
それを出されて、無視できる魔術士はいない。
屋敷の中に招かれ、応接間に案内される。
お茶を出されたが、シマヅとオルフェは口にしない。
ここは敵地だ。毒を警戒して当然だ。
毒のきかない俺は、ごくごくと飲む。さすがは公爵家、いい茶葉を使っている。
「スラちゃん、私のも飲んでいいよ」
「ぴゅい!」
オルフェが自分の紅茶を俺に差し出してくる。
彼女には、俺に毒がきかないことはわかってる。
そうこうしているうちに、デニスとクリスがやってきた。
「オルフェ。名はエンバースだと聞いていたが、いやはや、エンライトとはね」
デニスは、初めて知ったふりをしてくれている。
ありがたい。
「ごめんなさい。警戒して偽名を使いました。ですが、そうも言ってられなくなりました。【魔術】のエンライトとして警告します。邪神に手を出すのは止めてください」
「ふむ、どこでそれを聞いた?」
「私の姉から」
オルフェがそう言うと、シマヅが口を開いた。
「とある筋からね。出元は言えないわ。しらばっくれても無駄よ。もし、しらばっくれようとするなら、力づくで止めるわ。今、この場でね」
デニスとクリスは身構える。
エンライトの姉妹の中でもっとも有名なのは、間違いなくシマヅだ。
修行として各地の戦地を走り回り、伝説になっている。
単体での地上最強の生物。エンライトの屋敷にまでシマヅの活躍は漏れ聞こえてきた。
この屋敷はデニスの領域。彼に有利な仕掛けがいくつも用意されているだろう。……それでも、シマヅから逃れられるはずがない。
「……邪神の研究をしていることは認めよう、たしかに私は邪神の力の有効利用をしようとしている。少しだけ講義をしよう。私の研究の価値、そしてどう邪神を利用するのかを知ってもらえれば、君の気も変わるだろう。資料は準備してある」
そう言って、デニスは絶対に人には見せないであろう、己の秘術を記した書類を机の上に広げる。
彼にとって最大の譲歩だろう。
オルフェは一瞬で資料を目に焼き付けていく。オルフェは後天的に瞬間記憶能力を身に付けている。百枚近い資料をあっという間に脳裏に焼き付けた。
そして、目をつぶって記憶した情報を理解と整理していく。
すべての情報処理までに五分とかかっていない。
「資料はすべて理解しました。講義をお願いします」
「……はは、まったく。マリンと同じく君も化け物というわけか。嫉妬するな。いいだろう、講義を始めよう」
オルフェは、デニスの講義を聞きつつ、資料を読み込んでわからない点や齟齬について、質問を繰り返す。
その際にいくつかの矛盾点をオルフェが指摘する。デニスと議論が起こり、オルフェが論破することにより欠点が見つかっていく。
……俺も気付いてた点だ。
今日までにいくつか穴をふさいだが、全部埋めるには至っていない。
デニスが目に見えて消沈していた。たった十四歳の少女に、こうまでやり込められては、東の賢者としてのプライドはボロボロだろう。
オルフェは、こう見えて案外容赦がない。
「たしかに至らないところがあったのは認めよう。だが、君のおかげで気付けた。私なら、この穴も埋められるだろう。なにより、【魔術】のエンライトなら、この研究の価値がわかるだろう?」
「ええ、価値はわかります。でも、危険すぎます。それに気になることがありました。いくつかの術式、お父さんの匂いがします。これ、本当にあなただけの研究ですか?」
……実際、少しでも成功率を上げるために知恵を貸してるからな。
「君は知らないかもしれないが、私とマリンは同じ師匠の下で腕を競い合った。術式が似ているのも無理はない」
「……そう? でも、これ絶対二人いる。影響を受けたレベルじゃない。術式への思想そのものが違う」
オルフェの勘が鋭すぎて焦る。
オルフェは最後まで納得はしなかったが、これ以上は時間の無駄だとあきらめたようだ。
「私の研究だよ。誰がなんと言おうとね。この研究は絶対に止めるわけにはいかないんだ。この研究はアッシュレイ帝国の支援を受けて進めている。国のプロジェクトだ。私を妨害することはアッシュレイ帝国に牙を向くのと同義だ。その覚悟がおありかな?」
「それになんの問題があるのかしら?」
ずっと沈黙を続けていたシマヅが口を開いた。
シマヅは一切ひるまない。
実際、シマヅクラスになると、さまざまな国に恨まれているからな。
何度も一人で戦場の優勢を覆してきた。恨まれないはずがない。
ここでアッシュレイ帝国ににらまれようが、恨まれる国が一つ増えるだけだ。
「君が良くても他の姉妹は困るだろう。脅しているわけではない。ただ、見守ってほしい。決行は四日後だ。四日後、クリスの体に邪神をおろす。これは決定事項だ。こういう言い方はずるいが、邪神をおろすのはクリスのためでもある。こうでもしないとクリスは早晩、命が尽きる。どうか見逃してほしい。父としての願いだ」
シマヅとオルフェが顔を見合わせる。
ここまでは二人の想定内で進んでいる。
「……条件があります」
オルフェが口を開く。
シマヅと二人で話していた要求を伝えるつもりだ。
「資料は完璧に理解しました。その上で言います。この研究は百パーセント失敗します。私が指摘したのは大きな欠点だけ。他にも小さな欠点は他にもたくさんあります。この状態で邪神をおろそうとすれば、邪神は制御できずに解き放たれ、アッシュポートで数千、数万人の被害を出すでしょう」
「……私の研究は、これから穴を埋めて完璧になる」
「いえ、不可能です。実際に邪神を我が身に宿している私が断言します。邪神を舐めすぎです。こんなもので抑えきれるわけがありません。小手先で取り繕っても無駄です。さきほどのようにもう一度議論しましょうか?」
強くオルフェは言い切った。
その身に邪神を宿し、【魔術】を俺から受け継いだ魔術士だからこその説得力。
「……私は、私の考えを信じるよ。あいにく、私は君の大先輩だ。君の言葉よりも自らの研究を信じる」
「ならば、ここであなたを殺します。何千、何万人もの犠牲が出ることを考えれば、ここであなたに死んでもらったほうがいい。数の問題です」
金属音がなった。
シマヅが刀の鍔を指ではじいたのだ。
これはある意味正しい行いだ。
だが、俺は知っている。その選択をオルフェが選ばないとことを。
「というのが本来の正解だと思います。でも、あなたには恩がありますし、クリスは友達です……だから、条件付きで研究を妨害しません。私たち、エンライトの姉妹の協力を受け入れてください。私たちは父から受け継いだ技術をすべて惜しみなく晒し、成功率を少しでも上げます。それから、万が一、邪神が復活したときに討伐するための保険も作りたい……それを考えると一週間延期が必須です。私たちの協力と一週間の延期を受け入れてくれるなら止めません。ですが、断れば」
オルフェの最大限の譲歩。条件付きで邪神の解放を見逃す。だが、その譲歩すら払いのけるなら、シマヅは躊躇いなく斬るだろう。
邪神が復活すれば、この街が消える。
そうなれば、デニスもクリスも死ぬのだ。
実際のところ、オルフェは誰よりも恩を受けたデニスと友達になったクリスを助けたいのだ。
「わかった。協力を受けさせてもらおう……。むしろ、ありがたい。【魔術】のエンライト、期待している。さきほど議論してわかった。君はあいつの娘だ。あいつと同じくまぎれもない天才。嫉妬を隠し切れないよ。だが、頼りになる」
「こちらこそ、大先輩に生意気を言ってごめんなさい」
オルフェとデニスが握手をした。
「ぴゅふぅー(良かった)」
かなり血なまぐさい流れになったが、最終的にはオルフェが全力で手を貸す流れになった。
一週間という時間の確保も大きい。シマヅがかなり強引に脅したから得られた時間だ。
早速、デニスとオルフェが議論を始めた。
これなら、勝算が見えるのだ。
デニスとオルフェ。現時点で、五本の指に入る魔術士が手を組んだのだ。できないことはないだろう。
……たが、保険は用意しないと。
気になる点はあるのだ。七罪教団と手を切ったことでデニスは奴らに恨まれ、娘であるクリスが狙われた。
それ以降動きがないが……このまま何事もなく終わるのか?
もし、俺が奴らなら一番嫌がることをする。例えば、邪神をクリスに宿すところを妨害する。
そうなれば、邪神が完全な状態で解き放たれてしまう。それはデニスへの報復だけでなく、七罪教団の最大の利益となる。
やはり、ニコラの発明品。あれはなんとしても完成させてもらいたい。【嫉妬】の邪神レヴィアタンを倒す準備は必要だ。
このスライムボディ、十分に活用してもらおう。
そのためには……分裂体を増やせるだけの栄養をたっぷりと取らないと、俺は俺でぴゅいっとがんばろう。
スライムスリー。おまえたちを復活させるのはまだまだ先になりそうだ。




