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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:【錬金】のエンライト、ニコラ・エンライトは織りなす
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第十五話スライムは次女に可愛がられる

【剣】のエンライト。キツネ獣人である次女のシマヅ・エンライトがアッシュポートの屋敷にやってきた。

 シマヅがキツネ獣人というのは、実は正しくなく。彼女は精霊、あるいは半神というべき存在だ。


 オルフェやニコラは、シマヅが屋敷を売り払ったことに怒り狂ってやってきたと思い込んでいた。

 しかし、シマヅ自身はオルフェたちがわけもなく思い出の屋敷を売り払うはずがないと考え、むしろ妹たちを心配して、急いで駆け付けたというのが真相のようだ。


 ……もっとも、自分の修行のためにオルフェたちを怖がらせて、防衛体制を作らせたあげく、強行突破するという、なかなか愉快なことをしてくれたが。


 そのシマヅは、屋敷の片づけと修繕を行うオルフェたちを後目に、俺を抱きかかえてお風呂にやってきた。


「お風呂は久しぶりね。なかなか湯船というものは戦場では使えないもの」


 他のエンライトの姉妹たちと同じく、俺の影響を受けてシマヅも温泉好きだ。

 修行のために戦場を飛び回っているシマヅは滅多にお風呂なんて入れないので、今日はゆっくりと楽しんでもらおう。

 よほど楽しみなのか、さきほどからキツネ耳がぴくぴくしている。

 更衣室に付くと、シマヅは羽織りと浴衣を脱ぎ捨て、スパッツを脱いでいく。


「ぴゅふー」


 成長したな。

 最後に一緒にお風呂に入ったのは確か四年前。

 ずいぶんと大人びた体つきになった。均整がとれ無駄な肉がない美しい体つき、柔軟性があり柔らかい筋肉が薄皮の下にあり、ごつごつしてないのがいい。出るところはちゃんと出ていて、ちょうど手のひらに収まりそう。


 シマヅはきょろきょろと周りをみる。

 さらに、念のために面をつぶって”気”を探ることで周囲に人がいないかを確認した。

 そして……。


「きゃー、やっぱり、可愛い。ほら、おいで。君、スラって言うんでちゅね。ぷにゅぷにゅで小さくて、ずっとぎゅっとしたかったの」


 俺を抱き上げると頬ずりをしてきた。

 もふもふで美しいキツネ尻尾をぶるんぶるんっと全力で振っている。


「ぴゅいぴゅい!」


 俺は、その全力の抱擁に答えるべく媚びを売る。

 娘のためなら、普段の理知的なスライムではなく、愛玩用スライムの演技だってして見せる。


「うわぁぁぁ、ひとなつっこい。かしこい子なんだね。ぎゅっとして眠りたいよぅ」


 そうして、今度は胸に推し当てて抱き着いてくる。

 おおう……、これは。


「ぴゅふぅー(極楽)」


 シマヅは、他の姉妹たちの前ではクール系を装っているが、実際のところかなりの可愛いもの好きだ。

 エンライトの屋敷の自室にはたっぷりとぬいぐるみが置かれていたりする。


 それらは全部、俺が【収納】していた。

 あとで、シマヅの部屋にそれを出すと、スライム株は最高になるだろう。


「じゃあ、スラくん。一緒にお風呂入りましょうね」

「ぴゅいぴゅい!」


 さて、この極楽を楽しもう。

 そして、お風呂から上がったら、当然のように部屋に入り込んで、シマヅのもふもふ尻尾に飛び込むのだ!


 ◇


 楽しい入浴タイムが終わる。

 お風呂の間も、ずっとシマヅは俺を甘やかしてくれた。

 オルフェが、シマヅを空き部屋に案内するのでついていく。


「とりあえず、シマヅ姉さんは今日はここで寝て。明日、空き部屋を一通り案内するから。私とニコラは今から防衛設備と屋敷の修復で忙しい。明日ゆっくりと話そう」

「ええ、そうしましょう。……オルフェ、部屋の紹介はいらないわね。この部屋を気に入ったの。日当たりが良さそうだし、広さもちょうどいい」

「わかった。じゃあ、ニコラにもそう言っとくね。これがカギだよ」


 そう言って、オルフェはシマヅに鍵を渡す。


「ありがとう。今日はゆっくりと休ませてもらうわ。……あと、悪かったわね。修業のために利用して」

「それはいいよ。私もシマヅ姉さん相手に全力で結界を仕掛けるの楽しかったしね。勉強になった。それから自分の未熟を思い知らされたよ」


 オルフェは苦笑した。

 これは、シマヅに気を使わせないための方便ではなく本音だろう。


「そう、久しぶりに何度か冷汗をかけたわ。少しは自信をもっていいわよ。また明日」

「うん、シマヅ姉さん。また明日ね。あっ、ちょっと待って。お風呂上りに飲むと美味しいと思って、これもってきたんだ」


 それは、最近アッシュポートではやっている、ミルクに果汁を加えたものだ。

 それもオルフェの魔術できんきんに冷えている。風呂上りには最高だ。

 シマヅはそれを受け取ると、ぐいっと飲む。


「美味しいっ、これ、いいわね」

「でしょ。スラちゃん、今日はシマヅ姉さんのところにお泊りするんだね。お行儀よくしてるんだよ!」

「ぴゅい!(もちろん)」


 俺も久しぶりにシマヅに会えて嬉しいのだ。野暮はしない。

 そうして、こんどこそオルフェは立ち去って行った。


 ◇


 シマヅと共に部屋に入る。

 そして、あらかじめ決めていたように、大量のぬいぐるみをぴゅへっと吐き出す。

 それを見て、シマヅが目を丸くする。


「スラくん、すごいわ。こんな能力があるなんて」


【収納】なんてスキルをもっているのは、本当にごく一部だけだからな。


「それに、イヴに、セツナ、ノルンまで。この子たち、ちゃんと連れて来てくれたの。スラくん偉い! ありがと!」


 シマヅが感激のあまり俺に抱き着いていくる。


「ぴゅっへん!(えっへん)」


 シマヅはぬいぐるみに名前を付けて可愛がっていた。

 ちなみに、イヴは天使のぬいぐるみ、セツナは狼で、ノルンはイタチだ。……全部、シマヅのお手製だったりする。


 この特技を知っているのは姉妹では長女のヘレンだけ。

 シマヅはぬいぐるみたちを、最高の配置に並べていく。


「スラくんにご褒美あげたいね。えっと、こんなものしかないけど。はい、ご褒美。ほら、あーん」


 シマヅが保存食をいくつかをバッグから取り出す。

 シマヅは小さめの肩掛けバッグを常に持ち歩き、薬や保存食を常備している。


「ぴゅぐ、ぴゅぐ(もぐもぐ)」


 保存食だけあってあまりおいしくないが、娘にあーんをしてもらえる喜びにより最高の美食へと変わる。


 シマヅは姉妹の中でひと際早く親離れしたからな。十二という幼さで、お父さんと一緒のお風呂は嫌だと言い出したし、距離を置かれていた。エンライトの姉妹の中では最速だ。今日、こうして甘えてくれることを、俺はかなり喜んでいる。


「えっと、スラくん。美味しい?」

「ぴゅい!(美味しいよ)」


 娘の愛情が心地いい。

 シマヅはベッドに腰かけて、干し肉をもぐもぐと咀嚼している俺を撫でてくれる。

 こんな時間がずっと続くといいな。


「スラくんは、食いしん坊なのね」

「ぴゅい!」


 人間と違って、余剰分の栄養はスラ細胞の分裂に使われるのでいくらでも食べられる。


 逆に、その気になれば最低限の食事で生きていくこともできる。スライムボディはサバイバルには最適だ。


 シマヅに倒されたスライムスリーを復活させるためにもたくさん食べないと。


 あいつらはいろいろと便利だ。

 加えて、【暴食】の魔王ベルゼブブを吸収して得た力、【分裂】をいろいろと試していると、本体を分裂体に移す能力も備わっていることがわかった。

 本体の機能を持たせるには、ある程度の大きさでないとダメだ。スライムスリーサイズの体をどこかに隠しておき、万が一殺されたときにそっちを本体にするという計画を立てていた。


「お代わりいるかしら?」

「ぴゅい!」


【分裂】するためにスライム細胞を増やすのであれば魔物をまるごと一匹食ったほうが速いが、娘との甘い時間を楽しむために俺は元気よく返事をした。

 ああ、幸せだな。

 こうして太ももの感触を楽しめるのも、撫で撫でしてもらえるのも最高だ。スライムに生まれ変わって良かった。


「スラくん。食べながら、聞いててね」

「ぴゅい!」

「父上、いったいこれはどういうことかしら?」

「ぴゅっほん、ぴゅっほん」


 いきなり変なことを言うものだからむせた。

 おそるおそる後ろを振り向く。

 シマヅの眼が、赤く輝いている。


 シマヅの眼はとある魔眼の一種。感情が高ぶると赤色が強くなる。

 だが、俺の正体を見破れる類のものではない。

 もしや、数か月前まで会得してなかった。【心眼】を身に付けたというのか!?


 武の到達点の一つ。シマヅの課題の一つだったあれをこの若さで身に付けたのか!? 俺ですら【心眼】を身に付けたのは二十代の半ばだぞ。


 もし、そうなら。よく知る人物が別の生物に変わったぐらいなら気付く。


「ぴゅい、ぴゅっ、ぴゅいっぴゅ!(僕は悪いスライムじゃないよ)」


 困ったときのごまかし。しらっばくれよう。

 だけど、シマヅの表情はまったく変わらない。


「父上、あんまり往生際が悪いと。……ばらすわよ。オルフェとニコラに」

「ぴゅぐっ」


 今までのスライムライフが思い出される……もし、オルフェとニコラに、このタイミングでばれたら……。


『お父さんなんて大っ嫌い!』

『最低。父さんのこと見損なった』


 そう言われる姿が目に浮かぶ。

 ちょっと好き勝手し過ぎた。

 うん、まずい。


「シマヅ、ヒサシブリ、ユエアッテ、ショウタイ、アカセナイ」


 ポジティブに考えよう。

 こう言い出したということは、今のところバラすつもりはないということだ。


 むしろ、この屋敷に協力者がいるというのはやりやすいだろう。オルフェたちを誘導しやすくなる。


「やっぱり……。まだ私の【心眼】は未熟だけど。一番追いかけてた人ぐらいわかるわ。良かった。父さんが、そんな姿でも生きていてくれて」


 意外なことに。シマヅは怒らずに俺をぎゅっと抱きしめる。

 冷たい。シマヅの涙がスライムボディを濡らしていた。

 待てよ? おかしくないか。


「シマヅ、ナラ、ナンデ、イッショニ、オフロ、ソレニ、ダキツク」


 この子は姉妹最速で、親離れした子だ。

 なのに、なぜ俺の正体を見破っているにも拘らずスキンシップを取ろうとしているのだろう。


「だって、今の父上なら甘えても恥ずかしくないもん。大きくなったら、父上に甘えるの恥ずかしくて、我慢して距離とってたの。でも、父上はスライムになったから、これから人目を気にせず父上に甘えられるの」


 そうして、抱きしめてぎゅっとされる

 そうか、この子の親離れはクールなお姉さんの仮面をかぶるためにやったことか。

 それが、可愛いスライムになって人目を気にすることがなくなったと。

 父親としては複雑な気分だが、シマヅに可愛がられるのは悪くない。


「ぴゅふ~(幸せ~)」


 父親としての威厳を保ちながら適度に可愛がられよう。

 そして、今後はシマヅを通じてオルフェたちを導くとしようか。


「父上、また一緒にお風呂入りましょう」

「ぴゅふ……」


 さすがにちょっと心配になった。

 ずっと俺は勘違いしていた。

 姉妹たちで一番親離れできてないのはニコラではなくシマヅだ。

 ……いつか、おいおい、その、なんとかしよう。とりあえず今は娘に甘えられる幸せを噛みしめておこう。


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