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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:【錬金】のエンライト、ニコラ・エンライトは織りなす
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第七話:スライムは人形遣いから受け継ぐ

 広場でゴーレムを倒したあと、さらにいくつかの罠と結界を破り、ようやく屋敷の最奥の部屋にある工房にたどり着いた。

 今はオルフェが扉に仕掛けられた結界を解除している。

 物理的な罠のほうはニコラが解除済だ。

 おそらく、これが最期の試練。これを越えた先には必ずやつがいる。


「ぴゅ~い、ぴゅい♪」

「あれ、スラちゃん。やけに上機嫌だね」

「ぴゅい!」


 オルフェの言う通り、俺はかなり機嫌がいい。

 その理由がさきほど【吸収】したゴーレムのコアだ。

 ゴーレムを人間らしく動かすための術式がコアに仕込まれていて、その術式を徹底的に分析したのだが、素晴らしい!の一言だ。


 人間の姿を模すことを目的とする俺にとっては、最高の参考書となる。

 スライムを人の体に変形させてからどう動かすかがだいぶ見えてきた。


「私もね、ちょっとだけ興奮してるんだ。この屋敷の魔術士は超一流だよ。それをいやってほど思い知らされてる。もし、この屋敷に住めるようになったら、その人の研究を徹底的に調べてものにする」

「ん。魔術士としてだけじゃない。錬金術士としても超一流。むしろ、こっちより。たくさん学ばせてもらう」


 たしかにそうだ。なにせ、やつの二つ名は人形遣いだ。

 ニコラにとっても、いい勉強になるだろう。

 そして、オルフェとニコラが学ぶことをやつは喜ぶだろう。

 ……そして俺の名誉のために言うが俺がやつに劣っているわけではない。ただ、専門分野が違うだけなのだ。


「結界の解除が終わった。亡霊さんがいるとしたらここだね。他の部屋は全部見たから間違いないはず。覚悟はいい」

「ぴゅい!」

「ん。いつでもいい」


 そうして、オルフェは扉を開いた。


 ◇

 

 最後の部屋は魔術士の工房になっていた。

 錬金術用の試薬がいくつも棚に並び、床には魔法陣が描かれている。

 そして、その部屋の奥には、豪奢な椅子があり人形が座っていた。


 その人形は、年老いた老人を模したものでよく観察しない限り人間だと思ってしまうほど精巧なものだ。

 軋む音がして、人形の口が動く。


「ようやく、我が試練を乗り越えたものが現れたか」


 そう、この人形こそがこの屋敷の主だ。

 彼は死してなお、人形の体に魂を移して生きていた。


「もしかして、魔術士の亡霊さんですか?」


 オルフェが驚いた様子で声かける。


「いかにも、この屋敷の主人マグレガー・メイザース。二つ名のほうが有名かな。”人形遣い”、魔術士にして錬金術士よ」


 マグレガー・メイザース。

 かつて、師匠の元で研究していたときによくその名を聞いた。

 彼の専門は魔法生物だ。

 魔術と錬金術の力で仮初の命を作ること。その分野で彼に並ぶものはいなかった。


「どうして、死んでいるのにちゃんとした思考が……。もしかして、そのゴーレムの疑似神経を使って思考能力を補っているの?」


 本来、死んで亡霊となった場合には未練という強い感情を無理やり魔力で肉付けする。

 そうしてしまえば、未練となった感情以外が抜け落ち、思考能力など存在しない。

 だが、この男はちゃんと思考も会話もできている。

 その秘密はオルフェが推測したとおりだ。


「いかにも。面白い発想だろう? 亡霊となり魂を生かし、そぎ落とされた思考能力はゴーレムの疑似神経で埋める。とはいえ、所詮はゴーレムのものだ。最上の疑似神経を作ったものの限界はある。生前と同じようにはいかない」


 こういう手法もあると知れただけでここに来た意味がある。

 俺のようにスライムに魂を移すよりも、自らが作った魔術仕掛けの人形のほうが、適合する可能性が高くてリスクが少ない。


 もちろん欠点もある。

 ゴーレムの疑似神経には性能的に限界がある。

 人形遣いとうたわれた、当代一の魔術士でも”人間以下”の性能しか発揮できない。その点、【無限に進化するスライム】は人間以上の性能を発揮できる。


「偉大な人形遣い、教えてください。あなたはどうして、この屋敷を守り続けたのですか?」


 不動産屋は何度も一流の魔術士たちを雇い。彼の亡霊を払おうとした。

 だが、それらはこの男と配下の魔法生物たちによって阻まれていた。


「屋敷を守ったわけではない。試練を与え続けていただけだ。試練を乗り越えさえすれば、喜んでこの屋敷も遺産も、そして、なにより大事な私の研究成果を譲っていただろう」


 表情を作るほどの機能はないらしく、口だけがたんたんと動く。

 それでも、その言葉に込められた情念が真実だと伝えてくる。

 そして、人形遣いは言葉を続ける。


「亡霊となり、ゴーレムの体を借りてまで現世にしがみついているのは、我が研究の後継者を見つけるためだ。私には弟子がいなかった……このまま私の研究が無為に消えていくのが耐えられなかったのだ」


 その気持ちはわかる。

 すべてを賭けて打ち込んだ研究が無駄になる。そのことが許せない。たとえ、自らの手で目指した理想に届かなくても、せめて誰かにその先へと導いてほしい。

 オルフェも、その気持ちが理解できたようで、ごくりと生唾を飲んだ。


「もしかして、この屋敷に仕掛けられていた罠や結界は」

「我が研究を担うに値するかを試す試練だよ。これらを乗り越える力量をもったものに私のすべてを任せると決めていた。そして、おまえたちは合格した。ずっと見ていたのだ。おまえたちなら、吾輩の研究を完成させられる。それだけの技量と才能がある」


 人形が微笑んだ気がした。

 その微笑みには何十年分もの重みがあった。


「ちょっと、待ってください。私たち、研究を引き継ぐなんて」

「お主らほどの力量を持つ魔術士と錬金術士が吾輩の研究を見て好奇心を抑えきれるはずもあるまいて。必ず、私が用意したレールの先を進みたくなる……ああ、長かった。ようやく後継者を見つけた。吾輩の財産と研究成果の在処は、ベルがすべて知っておる。彼女に聞け。ベル、頼んだぞ」

「イエス、マスター」


 人形の背後から女性型のゴーレムがやってきた。

 家事と秘書を任せていたゴーレムだろう。

 自立行動と思考能力、さらには言語能力を備えたゴーレムなんて聞いたこともない。これが人形遣いのたどり着いた境地か。

 ここまでいけば【生命】の創造と言える。

 いや、違う。ただ一つ、心が欠けていた。きっとそれを作れなかったことが人形遣いの未練なのだろう。


「そんなこと、いきなり言われても」

「頼んだぞ才能ある若者たちよ。ああ、最後の最後で随分寄り道したものだ。これで、やっと、やっと眠ることができる、ずっと、この日を待ち望んでいた。どうか、私の夢、新たな【生命】の創造、神のみに許されたその御業を叶えてくれ。もう私は疲れてしまったんだ。……おやすみ」


 それっきり、人形は動かなくなった。

 亡霊状態になることでの延命。

 それを、延命の手段として俺が選ばなかった理由がもう一つある。


 亡霊になり地上に留まるには強い想いが必要だ。その強い想いをコアにして現世にとどまる。

 だが、その想いが果たされれば消滅するしかなくなる。それこそが人形遣いの亡霊が消えた理由。


 魔術士マグレガー・メイザースは満足してしまったのだ。

 才のある若者に自らの生涯を賭けた研究を引き継げると思った瞬間、彼をこの地に縛る未練は消えてしまった。


「……ニコラ、この人勝手すぎるよ」

「魔術士はそういう生き物。悔しいけど、この人の研究には興味がある。途中で襲ってきたゴーレムやガーゴイル、なによりその女性型ゴーレム、こんなものを見せられて興味がわかないはずがない。血が騒ぐ」


 そうだろうな。

 この俺ですら、好奇心が抑えきれない。

 二人が眠っている間に、彼の研究成果はじっくりと調べさせてもらう。

 人形遣いが目指したのは、最高の人形を作ることではない。その先にある、本物の【生命】の創造だ。必ず俺が必要とする研究成果が眠っている。


「私もだね。あの人の歩んできた道をたどりたいって思ってる。……でも、その前に私たちが生活する部屋と、それぞれの研究室を見つけて掃除しよう。それが終わったら二人で、この人の研究成果に目を通して分担しようか」

「ん。それがいい。父さん以外の尊敬できる魔術士の研究、ぜったいにものにする」


 二人は力強く頷く。


「じゃあ、これから別行動だね。スラちゃん、いっしょに私たちが暮らす部屋を探そう。スラちゃんもどんどん意見を言ってね! スラちゃんの部屋でもあるんだから!」

「ぴゅい♪」


 俺とオルフェがこれから生活する部屋だ。

 最高の部屋を選ばなければ。


「オルフェねえずるい。たまには私もスラをぎゅっとして寝たい」


 ニコラがじーっと俺を見る。


「ぴゅいぴゅ(やれやれ)」


 オルフェだけでなく、ニコラまで夢中にさせてしまうとは、俺は罪なスライムだ。

 オルフェはくすくすっと笑う。


「スラちゃん、ニコラはそう言ってるけどどうかな?」

「ぴゅいっぴゅ!(たまには遊びにいってやる)」


 オルフェのほうが抱かれ心地はいいが、たまには固いのも悪くない。

 それに、ニコラは普段は無表情だが、寝顔は天使なのだ。ゆっくりと眺めていたい。


「二コラ、良かったね。スラちゃん、たまにそっちにも泊まりに行くって」

「ん。待ってる。夜通したっぷり研究するから」

「ぴゅい!?(体目的!?)」


 そうして、いろいろあったもののアッシュポートでの生活拠点を確保した。

 しばらくはここで生活するようになるだろう。


 ……そして二人はまだ気付いていないだろうが、人形遣いは研究成果だけでなく遺産を残すと言った。おそらくかなりの額だろうし、貴重な魔道具もある。

 まあ、金があってもこの子たちはすべて研究に使ってしまうだろうが。


「オルフェねえ、ヘレンねえたちにここに引っ越したことを連絡しとく」

「だね。みんなも心配してるだろうし、ニコラに任せるよ」


 そうして二人は自室と研究部屋を探すために別行動を開始した。

 だが、二人は気付いていなかった。

 考えなしに行った、残りの姉妹への連絡するとどんな結果を生むのか。

 浮かれてそれを忘れている。


「ぴゅいっぴゅ!(よし、がんばるぞ)」


 まあ、それはそれで面白いので黙っておこう。ひとまずは寝床の確保が重要なのだ。

 充実したスライム生活を送るために最高の部屋を探そう。

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