第六話:スライムは人形遣いの試練に挑む
オルフェとニコラが借りた屋敷にたどり着いた。
市場が集まる商業地区から三十分ほど歩いた郊外にある建物。
ここなら買い出しには困らない。
なかなか便利な立地だ。
それでいて、周囲に他の家がないというのもポイントが高い。
どうしても魔術や錬金術の実験などでは騒音が起きる。周囲に建物がないのはストレスがたまらずに済む。
木々に囲まれており、荒れ果てているがちゃんと庭もある。
そして、肝心の屋敷はというと。
「おっきいね。スラちゃん。エンライトの屋敷と同じぐらいあるかも」
「うん、ヘレンねえとかみんな呼んでも大丈夫そうだ」
超一流の魔術士の屋敷なのだからそれも当然だ。
ただ、手入れがされてないので壁にツタが絡みついているし、窓はすべてカーテンで覆われているし、換気もできていないので中は悲惨な状況になっているだろう。
「私は魔術的な罠や結界の察知と解除に専念する。二コラは、物理的な罠を警戒して」
「ん。そういうのを見抜くのは得意」
俺のエンライトの屋敷でもそうだが、魔術士というのは用心深い。
研究成果を守るために、いろいろと魔術的、物理的を問わず罠や結界を仕掛けている。
……エンライトの屋敷を荒らしている成金デブ公爵どもはきっと、ひどい目にあっているはずだ。
自業自得といえばそれまでなのだが同情はしよう。
「オルフェねえ、そのドア開けちゃダメ。何か仕掛けがある」
超一流の錬金術士であるニコラの目はごまかせない。
ドアノブを掴み、魔術を発動。鉱石を操る力で外から罠を解除する。
錬金術士とはいえ、【錬金】のために必要な魔術を彼女は使用できる。
【土】と【火】のプロフェッショナルだ。さすがにオルフェのように四大属性使いとはいかないが、その分深く【土】と【火】を極めている。
出力が高いわけじゃない、ニコラの魔術は制御が異常なほど繊細なのだ。
罠を解除してから扉を開いた。
扉を開けると、クロスボウがいくつかセットされている。もし、ニコラが罠を解除しなければ串刺しだっただろう。
「次は、私の番みたいだね」
巧妙に偽装されており並みの魔術士では気付けないだろうが、扉をくぐった瞬間に攻勢防壁が発動する仕組けが施されていた。
なかなかえぐい結界だ。
龍脈の魔力を無理やり体内に注ぎ込んで暴走させる術式。無加工の他者の魔力なんて毒でしかない。
下手をすれば、魔術回路がずたずたにされて一生魔術が使えない体になる。
それをオルフェは手早く解除していく。
「終わったよ。ニコラ」
「オルフェねえ、お疲れ」
だが、そんな結界も【魔術】のエンライトたるオルフェにかかればものの数ではない。
あっという間に解除できてしまう。
俺の禁忌の発明を封印する五層の結界を破ったぐらいだ。この程度の結界に手間取ってもらっては困る。
「うーん、ちょっと気になることがあるんだ。今まで、魔術士を退治しに来た人たち、たぶんほとんどはこの罠でやられたはずだけど……」
「この罠、定期的に整備されてる。ゴーレムでもいるのか、あるいは魔術士本人がやっているのか、私も気になる」
結界もクロスボウの仕掛けも一度発動すれば、仕掛け直す必要があるものだ。
通常の亡霊であれば、それだけの知能を残してはいない。
亡霊は想いと魔力だけの存在だ。計画的な行動というのがひどく苦手のはずなのだ。
「とにかく気を付けて行こう。奥へ行けば絶対に魔術士さんが現れるはずだから」
「ん。あとオルフェねえ、ストップ。三歩先に落とし穴」
「……本当に気が抜けないね」
「ちょっとおかしいぐらい。普通に住めないぐらいに罠が盛りだくさん」
こうして、オルフェとニコラは屋敷の探索を始めた。
にしてもいやらしい仕掛けが盛りだくさんだ。
魔術士としての知識だけでも、錬金術士の知識だけでも突破できない。両方の知識がないと即死させる悪意の罠ばかり。
「ぴゅいー(なるほど)」
「どうしたの? スラちゃん?」
「ぴゅいっぴゅ(なんでもない)」
なんとなく、この屋敷の主がどんな意図でこれだけの罠と、結界をしかけたのかわかった。
これはきっと、侵入者から己と研究成果を守るためのものじゃない。
これは……。
◇
さっきほどから、オルフェの腕の中から抜け出してぴょんぴょんっと跳ねて二人についていた。
奥へ行けば行くほど、どんどん結界の偽装は巧妙になり、その効果も強くなり、罠のほうも難易度があがっていった。
さらには罠だけではなく、魔法生物の襲撃を何度も受けていてオルフェの両手を塞ぐわけにはいかなくなったからだ。
「ニコラ、そっちに二体行ったよ!」
「わかってる」
大広間に出た瞬間に、三体のゴーレムに襲われた。
ここに来るまでもガーゴイルや小型ゴーレムに襲われたが、こいつは別格だ。
二メートルほどの人型のゴーレムらが殴りかかって来る。
嫉妬するほど素晴らしいゴーレムだ。これほどまでに人体に近い動きをするゴーレムはなかなかお目にかかれない。そしてゴーレムなのに剣技すら身に付けていた。これはもう芸術品だ。この屋敷の魔術士がたどり着いた魔術の深淵。
しかも……。
「この部屋も罠だらけ、オルフェねえ、二歩右、絶対踏まないで」
「ニコラこそ、四歩前に隠蔽された結界が仕掛けられてるよ」
魔術的、物理的な罠が盛りだくさん。
オルフェは正面から襲い掛かって来る一体に向かって手をまっすぐ伸ばして指差す。
そして放つは……。
「【水弾】」
限界まで圧縮し、回転した水を放つ弾丸だ。
それは石でできた硬いゴーレムを容易く貫いた。ゴーレムが崩れ落ちる。
本来、ゴーレムの強みは破損をものともせずに動くという点にある。
だが、そのゴーレムもコアを貫かれればどうしようもない。
そのコアの在処を一瞬で見抜く目と、即座に貫く魔術を紡げる実力。それがあって初めて、倒せるのだ。
「さすが、オルフェねえ。私も負けてられない。床が大理石で良かった。【再構成】」
ニコラがしゃがんで床に手をあてる。
石を伝って、ニコラの錬金魔術が発動する。
ゴーレムとは土と石の塊であり、その体内には魔術士によって疑似魔術回路が形成されている。
ニコラはそれを作り変えたのだ。
「ガガガガガガガ」
二体のゴーレムたちはその場で倒れる。
もはや、動くこともできない。
「さすがはニコラだね」
「これぐらい余裕」
誇らしげにニコラが薄い胸を張る。
簡単にやっているようにみえるが、魔術士たちはゴーレムたちの支配を奪われないようにプロテクトをかけている。それをあっさりと解除し、作り直すのは並大抵の腕ではできない。
オルフェとニコラ、さすがは【魔術】と【錬金】のエンライトだけはある。
俺はあえて、今回は積極的に手を出してない。
それは、この屋敷の魔術士への敬意と、彼の意図をくんでのことだ。
ただ、ニコラが倒したゴーレムには興味があるので、ぴょんぴょんっとそちらまでいく。
そして、動けないゴーレムのコア周辺を……。
「ぴゅっぴゅい(スラカッター)」
鉄粉入りの高圧水流でカットする。
そして、むき出しになったゴーレムコアを【吸収】。
ぴゅい!?
おおう、思ったとおりだ。
魔物だけでなく、【無限に進化するスライム】の身は人の手によって作られた魔法生物すら力に変えることができる。
耐久力が上昇し、さらにスキルを得た。
得られたスキルは、【剛力】。
汎用性が高いスキルだ。
そして、それだけじゃない。
ゴーレムに人間らしい動きをさせるために施された芸術的な術式、その理を理解する。
「ぴゅふ」
これはすごいな。
さすがはあの人だ。人間になるのに大きく近づいた。
「あっ、スラちゃん、また変なもの食べてる」
「ぴゅい!(ごめんね!)」
「もうだめでしょ。そんなの食べたら」
「ぴゅいっぴゅ(でも、大丈夫)」
「えっ、大丈夫なんだ。スラちゃんはなんでも食べれてえらいね」
「ぴゅっへん!」
オルフェが俺を拾い上げてぎゅっと抱きしめる。
柔らかい、温かい、戦場だというのに心が安らぐ。
そして、ここが最後だろう。
この先には、きっと奴がいる。
奴の目的を知ったオルフェとニコラはきっと驚くだろう。
俺の読みでは、これは侵入者を始末するためのものではない。
これは試練なのだ。
そして、その試練をかしたのはきっと……
「ぴゅいぴゅい(良かったな)」
喜べ、至高の人形遣いマグレガー・メイザース。
敬愛する、魔術士にして錬金術士、【生命】を極めし天才よ。
オルフェとニコラ、この二人ならおまえが亡霊となってまで果たそうとした願い、叶えてくれるだろう。
------------------------------------------------
種族:スライム・カタストロフ
レベル:23
邪神位階:卵
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅰ 角突撃 言語Ⅰ 千本針 嗅覚強化 腕力強化 邪神のオーラ 硬化 消化強化Ⅱ 暴食 分裂 ??? 風刃 風の加護 剛力(new!)
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 各種下級魔物素材 各種中級魔物素材 邪教神官の遺品 ベルゼブブ素材
ステータス:
筋力B 耐久C+→B 敏捷B+ 魔力C+ 幸運D+ 特殊EX
------------------------------------------------




