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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:【錬金】のエンライト、ニコラ・エンライトは織りなす
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第三話:スライムは兄弟子に出会う

 今日も馬車は元気に走っている。

 潮の匂いがどんどん強くなってくる。


「スラちゃん、窓の外見て。海だよ!」

「ぴゅい!」


 港街であるアッシュポートに近づいたので当然海が見える。

 綺麗な白い砂浜に青い海。思わず馬車から飛び出して遊びに行きたくなる。

 いい匂いだ。


「スラちゃん、ごめんね。本当なら一日ぐらい泳いで、お魚たっぷり獲ってごちそうしてあげたかったんだけど……」

「ぴゅい(気にすんな)」


 オルフェが狩りをしなくてもたっぷりと海の幸は味わえる。

 クリスの実家は金持ちだ。きっとごちそうを楽しめるはずだ。

 ぴゅいっとクリスに視線を送る。


「スラさん、アッシュポート自慢の海鮮料理、たっぷり用意しますから安心してください」

「ぴゅい♪」


 よし、これでよりいっそう楽しみになってきた。

 クリスが母親似で良かった。

 ヴィリアーズの屋敷につくのが楽しみだ。


 ◇


 そうして、ようやく港街にたどり着いた。

 さすがは商業がアッシュレイ帝国の中でも随一の商業都市だ。

 帝国において重要な拠点であるためか、守りも厳重で街を被うように巨大な防壁が用意されている。


 しかも、魔術的な結界まで併用されていた。

 港には無数の船が並び、次々に門には馬車たちが行き来していた。


「うわああ、すっごい人の数だね」

「さすがはアッシュポート、うわさで聞いていたよりすごい」


 久しぶりにアッシュポートに来たが、俺が知っている頃よりずっと大きくなっている。

 アッシュレイ帝国の王族たちがやり手と言われるだけはある。

 ただ、人の行き来が多すぎるのも考え物だ。

 街に入るために並んでいる馬車の数を見て、辟易しそうになる。

 このままだと、門の中に入るだけで日がくれそうだ。


「ニコラ様、あちらに向かってください」


 クリスが唯一、空いている門を指さす。


「ん。いいけど。あっちは……そう、クリスがいるならそっちか」


 そしてゴーレム馬車を進路変更した。

 そこは、貴族や国に認可された商会だけが許される専用の門だ。

 そっちは並ぶ馬車は少なくすぐに順番が回ってきた。


「許可証を提示ください」


 もちろん、素通りできるはずもなく、門番たちに許可書の提出を求められる。

 そんなもの、オルフェもニコラも持っているわけがない。

 馬車内の視線が、クリスに集まる。

 彼女は頷いて馬車から降りて、門番に微笑みかける。


「申し訳ございません。ゆえあって許可書は紛失しました。父に……デニス・ヴィリアーズ公爵に連絡をとっていただけないでしょうか? 私は、クリス・ヴィリアーズと申します」


 優雅にクリスが礼をする。

 すると、門番たちが慌てた様子で口を開く。


「クリス様のご尊顔は存じております。どうぞ、お通りください!」

「では甘えさせていただきます。ご苦労様」

「はっ、ありがたきお言葉!」


 どうやら、クリスは有名人のようだ。

 さすがは公爵家の娘だ。いや、ヴィリアーズが特別なのだ。

 あの男の功績は、屋敷に引きこもっていた俺にまで聞こえてきていた。

 不思議だ。会いたい気持ちと会いたくない気持ちがないまぜになっている。


 ◇


 街に入る。

 信じられないほどの人並みだ。

 オルフェもニコラも目を丸くしている。


 ここまでたくさんの人を見たのは初めてだからその反応も当然と言える。市場もにぎわっていた。

 こうして見ていると、研究者としての血が騒ぐ。


 市場がにぎわっているということは、たくさんの物が集まっているということ、ましてやこの街は港街だ。それも世界中から集まってきている。

 きっと、面白いものが溢れている。


「二コラ、やっぱりここに住みたいよ」

「ん。はやく部屋を探そう」


 二人がそう思うのも無理はない。

 だが、二人は大事なことを忘れている。

 ……人気がある街の物件は高い。きっとオルフェたちが予想している賃貸料の三倍はするだろう。さて、二人は現実を知ったあとどんな反応をするだろうか?


 ◇


 しばらく、馬車を走らせ巨大な屋敷に入る。

 すると、使用人たちが現れクリスが客人だというと案内をしてくれた。


 驚いたことに門から屋敷までが広い。

 さすがは公爵様だ。

 おかげで庭の中を馬車で走る羽目になった。


「クリス、綺麗な庭だね」

「ふふふ、もともとは母の趣味だったんです。ヴィリアーズ家自慢の庭園。お日様の下、花を愛でながらのお茶は最高ですよ」

「素敵だね」

「よろしければ、是非楽しんでください! うちのパティシエに最高のお菓子を作らせます」

「すごい! ニコラ、楽しみだね」

「ん。公爵家お抱えのパティシエのスイーツ。興味ある」


 二人とも女の子だけあって甘いものが好きだ。

 俺は高級なスイーツとやらよりもオルフェの手作りケーキのほうが好きだが、たまにはこんな機会があってもいいだろう。


 そして、目的地についた。

 ゴーレム馬車を預かってもらい、もはや、屋敷というより宮殿だろと言いたくなる屋敷に入った。


 ◇


 屋敷に入るなり赤いじゅうたんが敷かれた巨大な玄関、そして両サイドに使用人たちがずらっと並んでいた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 そうして、礼をする。

 ……あっけにとられてしまう。

 盛大な人件費の無駄遣いだ。こんなことをする人員がいるのなら他所へ回せと言いたくなる。


「二コラ、クリスはすごいね」

「ん。すごい」


 オルフェたちも驚いている。

 そこに足音が響いてきた。


「クリス、無事だったか! ゴーレム鳩の定期連絡が途絶えたから心配していたんだぞ。捜索隊を出すところだった」


 お嬢様であるクリスにこんな言葉遣いをする相手は一人しかいない。

 デニス・ヴィリアーズ。


 飾り気はないが気品がある服で大きな体を包む大男。

 クリスの父親にして……俺の兄弟子だ。

 俺とあいつは一時期、同じ師匠のもとで【魔術】と【錬金術】を習っていた。


「お父様、申し訳ございません。途中で盗賊たちに襲われてしまい連絡ができなくなってしまっておりました」

「そんなことがあったのか。だが、無事に帰ってきてくれてよかった。護衛につけた冒険者たちが役立ったのか?」

「いえ、彼らは殺されてしまいました……こちらにいらっしゃる、オルフェ様とニコラ様、そしてスラさんが助けてくれたのです」


 そう言うと、デニスは俺たちのほうを見る。

 あれ、なんか目が合った。

 いやいや、なんの変哲もないスライムじゃなくて美少女二人に普通目が向くよね。


「ぴゅい」


 目線を逸らしているのにじーっと見てくる。

 ついにはしゃがみ、間近で俺を観察し始めた。

 デニス、まさか、スライム愛好家になっていたのか。


「あの、スラちゃんのことが気になるのですか?」


 オルフェがおずおずと問いかける。

 敬語モードになっている。


「いや、失礼した。このスライムは君の使い魔かね」

「はい、大事な家族です」

「そうか、一つ聞きたいのだが、このスライムは妙に人間臭い仕草をしたり、不自然なほど知能が高かったりしなかったか?」

「よく、ご存知ですね。この子、特別なスライムだと思うのですが、私の知識じゃ種族名がわからなくて」


 まあ、そんなものないからな。

【無限に進化するスライム】。そのベースになったスライムはいたが、俺がまったく別ものに作り変えた。


 しいていうなら、禁忌のスライム、フォビドゥン・スライム。

 だったのだが、【邪神】を【吸収】したことでさらに進化して自分でもわけがわからない。


「いや、初めてみる種類だ。……君たち、長旅で疲れただろう。湯船に浸かってくるといい。師匠が風呂好きでね。その影響を受けて風呂にはこだわっているんだ。この街一番の風呂だよ」


 デニスがそう言うと、オルフェが目を輝かせる。

 まずい、風呂好きのオルフェが釣られた!?


 そして、その師匠とやらの風呂好きに影響されて俺は風呂好きになり、オルフェは俺の影響を受けて風呂好きになった。

 因果なものだ。


「お言葉に甘えさせていただきます!」


 まあ、そうなるわな。


「オルフェ様、ご一緒させていただいてよろしいですか! 実は南方から取り寄せたとっておきの石鹸がございますの」

「いいに決まってるよ。ニコラもいくよね」

「当然」


 三人娘は盛り上がってる。

 よしよし、これで三人娘についていけばデニスから逃げられる。

 こいつは危ない。俺の兄弟子だ。下手をすればスライムの正体が俺だと気付かれる。


「ぴゅい!」


 オルフェに向かって鳴き声をあげると、おいでと言ってしゃがんで手を広げる。

 あとはその胸に飛び込めば……スラじゃんぷ!


「ぴゅへっ」


 だが、スラじゃんぷした体はオルフェの胸にダイブするのではなく。後ろから巨大な手にわし掴みにされた。

 こいつは研究者のくせにでかいし、無駄に体を鍛えていたのは変わってないらしい。


「お嬢さん、この家の温泉は地下からくみ上げた天然温泉でね。人にはとてもいい効能があるのだが、スライムにとっては毒なんだ」

「そうなんですか!?」

「ぴゅいぴゅい!(嘘つけ!)」


 そんな都合のいい毒があってたまるか!

 だいたい、この身の毒耐性は完璧! たとえ毒だろうが何の問題もない。

 ぴゅいぴゅい鳴いて暴れるが逃げられない。

 オルフェ、どうか嘘に気付いてくれ。


「そうなんだ。なら、可哀そうだけどスラちゃんは一緒に連れていってあげれないね」

「ぴゅいぴゅ~」


 だっ、駄目だ。


「お嬢さん、私がこのスライムを見ていてあげるから三人で行ってきなさい」

「いいんですか?」

「ああ、魔物の扱いには慣れているんだ」

「では、お任せします。スラちゃん、大人しく言うことを聞くんだよ。仲間外れにした分、あとでたっぷり撫でてあげるからね」

「ぴゅいーー(そんなー)」


 そうして、美少女三人は消えてしまい、むさ苦しいおっさんと取り残された。なんのイヤがらせだ!


 とにかく俺の正体がばれないように、人畜無害なスライムを装わないと。

 そんなことを考えていると、俺のスライムボディを無遠慮に持ち上げられる。


「それで、死んだはずのマリンがどうしてスライムになっているのか教えてもらおうか? 向うの部屋でマリンが好きだった蒸留酒でも飲みながらゆっくりと」

「ぴゅい?」


 可愛く首をかしげる。

 知らない。大賢者マリン・エンライトなんて知らない。

 僕は可愛いスラちゃんだよ!


「それでごまかせると思っているのかね」


 ああ、疑いではなく確信だ。

 オルフェたちはごまかせてもさすがに、兄弟子であるデニスはごまかせないらしい。


「ぴゅふー」


 観念するしかないようだ。

 ……しょうがない。

【言語Ⅰ】を発動。


「で、に、す、ひ、さ、し、い、な」


 こっそり夜中に練習している言語を使って、俺は久しぶりにあった兄弟子にして友人に挨拶をした。

 スラちゃん生活も楽しいが、やはりたまには人間として振る舞うのも悪くないだろう。

 それにこいつは信用できる。

 俺を陥れる真似はするまい。久しぶりの人としての語らいに少しだけ興奮していた。

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