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死神の口説き方  作者: 海水
第1章 王都へ向けて
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第5話 宿場街の夜

 その日の夕方に宿泊する街「スミット」に到着した。この街は国を東西に横断してる交易路沿いにあって、かなり栄えてる宿場街だ。岩を積み上げてがっしりと作られた壁に囲まれて外からの侵入者を拒んでいる。

 交易路にあるから当然人の出入りも多く、街に入るためのチェックも厳しい。街の入り口には検問待ちの列が長く続いている。


「かなり待ちそうですね」


 馬車の中から長い列を見たルティが口をへの字にしてる。ウンザリしてるのか立派なスカーレットの耳も垂れ下がっちゃった。


「皆待ってるし、仕方ないんじゃない?」


 あたしはポスンと椅子に座る。無事に街には着いたんだし、焦っても仕方ないわよ。


「……こちらへ」


 突然獣の骸骨が窓の外にヌッと現れたから、あたしはびっくりして「ぎゃぁっ!」と悲鳴をあげ、椅子から転げ落ちた。

 その獣の骸骨は心臓に悪いから止めて欲しい! 驚き過ぎて尻尾もピンと立ったままで収まらない。床にへたり込みながら必死にわさわさ押さえてペタペタ撫でて尻尾を落ち着かせる。

 列に並んで待ってる人達もぎょっとした顔で見てくる。「こわいよ~」って泣いてる小さい女の子もいる。だって歩くホラーだもの。


「お嬢様、そこは愛らしく『きゃぁ』です!」


 すぐにルティのツッコミが来た。でもヌッと出てくる骸骨なんて見たら悲鳴を上げるに決まってるじゃない!


「……今度から気を付けるわよ」

「まったく残念女子なんですから……」


 分ってるわよ!





 さっき捕えた追剥を肩に担いだアサルさんとコルネリウスに促されて馬車を下りて街を守る壁沿いに歩いていく。どうやら王族専用の入り口から入れるらしい。アサルさんが「イシス様をお迎えに行くにあたって困らない様に、と王妃様が手配して下さいました」と教えてくれた。叔母様すみません。

 白い息を吐きながら雪の上をきゅっきゅっと音を立てて歩いていく。そのまま街の壁沿いに歩いていくと、白い近衛の騎士服を着た数人の男性と赤毛の少年が目に入って来た。 


「アサルさん!」


 その少年はあたし達の姿を見ると荷車を引きながら駆け寄ってきた。動きやすそうな青い服を着ている赤毛でたれ耳の細身の男の子だ。背はあたしよりもちょっと大きいくらいね。


「お初にお目にかかります、ヴァジェット・ホルアクティと申します。アサルさんの従者です!」


 彼は元気に挨拶をするとペコリとお辞儀をした。騎士の礼じゃないって事は騎士ではないみたいね。


「ご苦労だ、ヴァジェット」


 アサルさんはヴァジェット君が持ってきた荷車に担いできた男を乗せながら労をねぎらってた。


「若いのに大変ね」


 ルティが彼に話しかけると「こ、これでも22歳です! 大人です!」と顔を赤くして抗議してきた。あたしもルティも「え…」と言って石像みたいに動けなくなっちゃった。

 だってあたしよりもちょっと背が高いだけでルティよりも断然低い。しかも童顔で本当に少年に見える。でも歳はルティよりも上。ちょっと信じられないわ。


「……不気味な騎士様にはチビっちゃい従者なのね」


 何気なくぼそっとルティが呟いた言葉に彼は「チ、チビって言わないでください!」と目に涙を浮かべて抗議してきた。離れた場所にいる近衛騎士がクスクス笑ってる声が聞こえる。

 あたしも小さいから馬鹿にされて悔しいその気持ちは良く分かる。チビってだけで馬鹿にされるのよね。身体的な特徴は仕方ないじゃない。好きで小さい訳じゃないの。

 今のはルティが悪いわね。謝らせないと!


「ヴァジェット。イシス様の前だ、控えろ」


 アサルさんは、悔しくて拳を握り締めてる彼の前に立ちはだかって肩に手をのせて窘めてる。唇を噛みながら「分かりました」と言って男を乗せた荷車を引いて街の入り口の方に向かって行った。


「……申し訳ありませんでした」


 アサルさんは深々とお詫びをしてきた。確かにあたし達に抗議してきたけど、それの原因はルティだもの。チラッと見ればルティは、酷い事を言った、とは分かってるみたいで、元気なく耳を垂らして気まずそうに明後日の方を向いてる。


「後で謝りに行きますね」

「それには及びません」


 アサルさんは遮るように強い口調で言い切った。





「「ご苦労様です副団長!」」

「おぅ、お前らもお疲れさん!」


 先に歩いて入り口に向かっていたコルネリウスさんに近衛騎士達がハキハキと挨拶をしてる。ヴァジェットさんとは違って背が高く耳もピンと立ってる犬族の若い男の人達だ。外見で選んでるのかしらってくらい整った顔してる。ハンサムさんばっかりね。

 

「……行きましょう」


 アサルさんの声に押されてあたし達は歩き始めた。

 




 その入り口は表のに比べれば小さいけれども、ちゃんと馬車も通れる大きさになってる。王族が視察なんかで宿泊する時はここから街に入るんだって。

 王族の宿泊する場所は街からは入れなくなってて、唯一の入り口がここなんだそう。安全上の都合とのこと。まぁ、分かる気もするけど。

 馬車は後で入れるみたいで、荷物もその時に一緒にと言われた。


「ようこそいらっしゃいました」


 騎士たちは優しそうな笑みを浮かべ迎えてくれた。ただしアサルさんが彼らの前を通る際に、誰がしたのか分からないけどチッと短い舌打ちが聞こえた。小さい音だったけどあたしの耳にはしっかり届いた。

 これって近衛騎士にあるまじき行為じゃないの? アサルさんと何かあるのかしら? それともあたし達? なんか感じ悪い。

 チラッとアサルさんを見るけど、獣の骸骨じゃ表情なんて分からない。





 立派ではないけど頑丈そうな石造りの入り口をくぐって街に入ると、目の前に大きな屋敷が待ち構えてた。とんがり屋根で石造りの3階建て。窓も沢山あって、壁の色も落ち着いた茶色だ。屋根からひょっこり出てる煙突からもくもくと煙が出てる。絵本に出てきそうな可愛らしいお屋敷だ!


「素敵……」

「立派ですね……」


 王族がいつ使うか分からない施設にしては立派で大きい。流石王族って思っちゃう。


「ここで外国の方の迎賓も致しますので立派なんです!」


 脇を歩いてるコルネリウスさんが胸を張って誇らしげに説明してくれた。嬉しいのか丸い耳も、腰にあるまん丸な尻尾もピクピク動いてる。

 

「そっか立派なのは外国の偉い人も泊まるからなのね」

「そうなんです! 我がカルステン王国は他国との交易で成り立っていますから!」

「その外国の貴族などの護衛も我らの役目なんです!」


 コルネリウスさんの部下の近衛騎士達も嬉しそうに説明してくる。細長い尻尾がピコンと立ってて顔を見ればニッコリしてる。あたしは作り笑いで「凄いですね!」って適当に相槌を打っておく。

 今しがたの舌打ちがあたしの耳から離れない。彼らは、表面上は穏やかでも腹の中で何を考えてるか分からない。本当はあたし達を歓迎なんてしてないのかもしれない。近衛騎士も信用して良いものかしら?

 もう、疑い始めちゃうときりがないわね。





 食事はふたりが一緒に食べられるようにお願いした。本来ならあたしが食べてから侍女のルティなんだけど、さっきの舌打ちが耳から離れなくてひとりで居たくなかったの。


「お嬢様と一緒に食べることが出来るなんて、あたしは幸せです!」


 ルティは嬉しさのあまり、あたしにすりすりと頬ずりをしてくる。ぷにぷにして気持ち良いんだけど変な感じ。

 食堂はあたしとルティの他には護衛で穏やかな笑みを浮かべてるコルネリウスさんがいるだけ。静かだけど、早くこの場から離れたいな。

 ルティはニコニコして食べてるけど、あたしはそんな気分じゃなかった。美味しいかよく分からない食事をもそもそと食べて、部屋に戻る。


「あぁ、美味しかったです!」


 ルティは満足そうにお腹を押さえてる。あたしは頭の中でさっきの出来事がぐるぐるしてて、ほとんど味がしなかったな。





 あたし達は寝る部屋も一緒にして貰った。ルティも「その方が護衛がしやすいです!」て賛成してくれた。さっきの舌打ちが気になってるだけなんだけどね。でも嫌な感じでひとりで居たくなかったの。


「ちょっとおトイレに行ってくるね。あ、ひとりで行けるから大丈夫よ!」

「大丈夫ですか? 迷子にならないでくださいね!」

「もう、子供じゃないんだから!」


 子ども扱いするルティに「べ~」っと舌を出して部屋を出た。あたしを心配してくれる事に感謝しつつも薄暗い廊下をギシギシ音を立てて歩いてトイレに向かう。辺りをきょろきょろ観察しながらいくつもの扉の前を通り過ぎていく。沢山窓が見えたからか、部屋も沢山あるのね。どの扉もガッシリした感じで趣が感じられる。流石王族用の建物ね。でもまだトイレに辿り着かない。結構遠いのね。





「うわって、んぎゃ!」


 何かに躓いて、思いっきりべしゃっと顔から廊下にぶつかった。なんなのよ、と床を見てみればちょっぴりだけ釘が頭を覗かせてる。


「もういったぁ~い。何で釘なんて出てるのよ!」


 八つ当たりで床をバンバン叩いちゃう! 

 鼻をもろにぶつけて涙が出そうなくらい痛い。膝もぶつけたみたいでじんじん痛い。鼻血は出てないみたいだけど、部屋に戻ったらルティに手当てしてもらわないと。


「大丈夫、ですか?」


 手で鼻を押さえてると聞き覚えのあるテノールの声がかかった。ふと見上げるとその声の主は、ふわっと石鹸の良い匂いを纏いながらあたしの目の前に跪いてきた。青いローブを頭からすっぽり被った男の人だ。明かりが当たる口元だけが僅かに覗いてる。あたしはその男の人を呆然と見つめてた。


「転びましたね? あぁ、鼻が赤くなってしまっています」

「そ、そうなんで……」


 優しい声と同時に一瞬だけその男の人と目が合った。あたしの肺は呼吸を止めて、替わりに心臓がドキンと大きく跳ねた。


「う……そ……」

「……失礼」


 彼があたしの顔を覆うようにふわっと手を翳すと、温かい感触がじわっと染み込んでくる。あたしが幼い時の、あの感触!

 あぁ、これ、これ。これなの!

 あたしが欲しかったのは、探してたのは、これなの!!





 「はい、終わりました」という声と一緒に視界が元に戻った時には、青いローブをすっぽり被った男の人の姿は目の前から消えていた。鼻の痛みも、転んだ拍子にぶつけた膝の痛みも、嘘のようにどこかに行っちゃった。


「ちょっと!」


 あたしは立ち上がって周囲を見回したけど彼の姿はどこにもなかった。残っているのは漂う石鹸の良い匂いだけ。薄暗い廊下には人影はなかった。痛みと一緒にあの男の人も消えちゃった。


「ねえ、どこに行っちゃったの……」


 どこから彼が来たのかは分からない。でもあの顔と怪我を治した不思議な力。忘れっこない。忘れっこないの!


「銀色の、お兄さん……」


 誰もいない廊下には、あたしの呟きだけが響いた。

お読みいただきありがとうございます。

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