お似合いのふたり(Ⅲ)
おとなしめです。
「僕、スラムの出なんです」
ベッドに腰かけたヴァジェット君は、視線を落として、寂しそうに語った。
「記憶に残っているのはスラムにいた時からです。その前の記憶はありません」
「そう、なんですか……」
私はその隣に座って話を聞いている。彼の表情は暗く、下を向いたままだ。自分がスラム出身だなんて王城で話をしたら、誰でも彼を見る目は変わってしまうだろうけど、それは仕方のない事だと思う。王城とはそういう所だ。潰された貴族の娘である私だって、居ていい所では無いだろうし。
「僕には名前もありませんでした。髪が赤いから、周りからは「赤」と言われていただけです」
彼は腿の上に乗せた手を、ぎゅっと握りしめながら語ってくれる。言いたくは無い事だからだ。頑張って話をしてくれているのだからと、握りしめている手にそっと手に重ねる。緊張しているのか汗ばんでいて、少しシットリしている。
驚いた彼が視線を顔を上げて視線を向けてくる。呼応するように私はニコっと微笑み返す。彼は息をのむと、さっと顔を下に向けてしまった。
「大丈夫です。ゆっくりで、良いですよ」
私は「あなたを拒絶しない」という事を伝えたつもりだ。話にどうこう言うつもりもない。それよりも落ち着いて話をして貰った方が良い。
彼は俯きながら訥々(とつとつ)と話を続けた。
「僕が初めて人を殺したのは7歳の時です。お腹が空いていて、たまたま食べ物を持っているヤツを殺しました」
衝撃的な話だった。7歳と言えば、私の家が取り潰された時の歳だ。彼はその年齢で、既に生きるか死ぬかの環境に居たんだ。なんだか申し訳ない気持ちで胸が痛い。
でもこれは私が話して欲しいとお願いした事だ。私がしっかりと聞かないといけない。添えているだけの手を、彼の手を包み込むように変化させた。
「それからは、生きるために、殺しをやりました。何人とか……覚えてないです」
途中言葉に詰まりながらもポツリポツリと続けている。私は彼の顔をじっと見つめながら静かに聞く。でも段々と視界が滲んできた。
「いつしか、どうやったら効率よく殺せるか、自分に被害が無くなるか、静かに近寄れるようになるのか。そんな事を考え始めました。そうやっていつの間にか、僕は殺し屋としてそれなりに名前が売れてしまっていました。僕、殺し屋なんです。赤い悪魔というのがあだ名みたいなものです」
言い終わると彼は私を見てきた。私の視界は既にぼやけていて、彼の赤い瞳が、こちらに向いたくらいしか分らなかったが、彼の気持ちを思うとキリキリと胸が痛くなる。恐らくは潤んだ目をしているか、怯えた瞳をしているかのどちらかだろう。言わせているのが私だという事実が、重くのしかかってきた。
彼の手を包んでいた私の手は、無意識に彼の肩にあり、力をこめて引き寄せれば彼は体を預けてきた。胸元に顔をうずめさせ、頭をぎゅっと抱きしめ、その頭に頬ずりをする。
「大変でしたね」
私はこの言葉をかけるので精一杯だった。
「怖くは、ないのですか?」
静かになった部屋に彼の微かな声が響いた。
『殺し屋』
普通の人がこの言葉を聞けば眉をひそめるだろう。目の前の人物がソレと分ったら、どんな視線を投げかけるだろうか。侮蔑だろうか、恐怖だろうか。彼はその視線を受けてきたんだ。
自分は受け入れられる事は無い、と今までの体験から思ってしまっているんだ。どれだけ寂しかった事だろう。
「私は、怖くは無いですよ。むしろ感謝しているくらいです」
声と共に、抱き締める力を更に強める。
「何度もお嬢様の危機を事前に教えてくれました。攫われたアジトを突き止めてくれました。他の人は君の事を何というかは知りませんが、少なくとも私やお嬢様は、そんな事は申しません」
何とも説明のつかないモノが胸を締め付ける。理不尽な事への怒りなのか、彼の悲しい境遇への同情なのか。良く分らない。彼を愛おしい、とは思う。
(なんでしょうか、これが好きと言う感情なのでしょうか?)
「ヴァジェット君にだったら、殺されても良いかな、とは思います」
「く、口だけでは何とでも言えるんです!」
私の言葉に激昂した彼が暴れ出し、私の腕を取ると体をのしかからせてきて、私はベッドに組み伏せられた。見上げれば彼の悲しそうな顔が目に入る。途端に胸がキリキリと痛み出す。
「こ、これでもそんな事が言えるんですか!」
彼は私の腕を頭上にあげ、片手で押さえると、空いてる手の震える指で私の服のボタンを外そうとした。でも私には、その顔が絶望に苦しんでいる顔にしか見えない。目に涙を浮かべて泣きそうな顔で女を襲う男など、いない。
私は抵抗もせずに、彼の赤い瞳をじっと見つめる。動揺しているのか、揺れているのが良く分る。拘束されている腕にちょっと力を込めれば、動いてしまう。彼の方が力が弱いみたいだ。
(彼の慰めになるのなら、それでもいいかな)
ゆっくり瞬きをして、もう一度しっかりと彼を見る。
「ヴァジェット君だったら、良いですよ。でも初めてなので、優しくしていただけると、嬉しいです」
私の告白に彼は顔を歪めて呻いた。
「どうして……」
「どうしてでしょうか? 私がヴァジェット君を好きだからじゃ、ないでしょうか?」
彼は唖然としたけど、頭を振り「そんなはずない!」と叫んだ。
「そんなはずない!」
叫びながら振り続ける頭から暖かい水滴が飛んできた。私の頬にもポタリと落ちてくる。
「そんな……はず……はず……」
彼の慟哭は小さくなっていき、私の上で蹲るように縮こまって身を慄わして泣いている。もう私の腕も拘束していない。
今までに受けた仕打ちから、自分に向けられる好意が信じられないのだろうか。私の目の前で、小さい男の子が泣いている。その光景は私の胸の奥を軋ませ続けた。
(私が慰めなければ)
上半身を起こし、彼の身体に手を回す。背中に優しく手を添える。
「ヴァジェット君は、私がお嫌いですか?」
私の腕の中で、彼の頭がふるふると振れる。垂れた耳も同じようにふるふると振れた。胸がドクンと急に高鳴ったのが分かる。
(可愛いですね)
「私は、どうやら君を好きになってしまったようです」
彼の頭がビクッと動くと、恐る恐るという感じの上目遣いで私を見てきた。彼の赤い瞳と視線が絡み合う。飼い主に怒られて怯えた犬のように、心配そうな瞳で私を見てくる。
(……ダメです、よだれが垂れてしまいそうです。いけません、今は彼を慰めなければいけません)
「ぼ、僕も、その、好き、です……」
涙目で顔を赤らめた彼の思わぬ告白に、私の何かがブチっと音を立てて、切れた。すっぱりと切れてしまった。
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