表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の口説き方  作者: 海水
ルティの話
44/46

お似合いのふたり(Ⅲ)

おとなしめです。

「僕、スラムの出なんです」


 ベッドに腰かけたヴァジェット君は、視線を落として、寂しそうに語った。


「記憶に残っているのはスラムにいた時からです。その前の記憶はありません」

「そう、なんですか……」


 私はその隣に座って話を聞いている。彼の表情は暗く、下を向いたままだ。自分がスラム出身だなんて王城で話をしたら、誰でも彼を見る目は変わってしまうだろうけど、それは仕方のない事だと思う。王城とはそういう所だ。潰された貴族の娘である私だって、居ていい所では無いだろうし。


「僕には名前もありませんでした。髪が赤いから、周りからは「赤」と言われていただけです」


 彼は腿の上に乗せた手を、ぎゅっと握りしめながら語ってくれる。言いたくは無い事だからだ。頑張って話をしてくれているのだからと、握りしめている手にそっと手に重ねる。緊張しているのか汗ばんでいて、少しシットリしている。

 驚いた彼が視線を顔を上げて視線を向けてくる。呼応するように私はニコっと微笑み返す。彼は息をのむと、さっと顔を下に向けてしまった。

 

「大丈夫です。ゆっくりで、良いですよ」


 私は「あなたを拒絶しない」という事を伝えたつもりだ。話にどうこう言うつもりもない。それよりも落ち着いて話をして貰った方が良い。

 彼は俯きながら訥々(とつとつ)と話を続けた。


「僕が初めて人を殺したのは7歳の時です。お腹が空いていて、たまたま食べ物を持っているヤツを殺しました」


 衝撃的な話だった。7歳と言えば、私の家が取り潰された時の歳だ。彼はその年齢で、既に生きるか死ぬかの環境に居たんだ。なんだか申し訳ない気持ちで胸が痛い。

 でもこれは私が話して欲しいとお願いした事だ。私がしっかりと聞かないといけない。添えているだけの手を、彼の手を包み込むように変化させた。





「それからは、生きるために、殺しをやりました。何人とか……覚えてないです」


 途中言葉に詰まりながらもポツリポツリと続けている。私は彼の顔をじっと見つめながら静かに聞く。でも段々と視界が滲んできた。


「いつしか、どうやったら効率よく殺せるか、自分に被害が無くなるか、静かに近寄れるようになるのか。そんな事を考え始めました。そうやっていつの間にか、僕は殺し屋としてそれなりに名前が売れてしまっていました。僕、殺し屋なんです。赤い悪魔(クリムゾン)というのがあだ名みたいなものです」


 言い終わると彼は私を見てきた。私の視界は既にぼやけていて、彼の赤い瞳が、こちらに向いたくらいしか分らなかったが、彼の気持ちを思うとキリキリと胸が痛くなる。恐らくは潤んだ目をしているか、怯えた瞳をしているかのどちらかだろう。言わせているのが私だという事実が、重くのしかかってきた。

 彼の手を包んでいた私の手は、無意識に彼の肩にあり、力をこめて引き寄せれば彼は体を預けてきた。胸元に顔をうずめさせ、頭をぎゅっと抱きしめ、その頭に頬ずりをする。


「大変でしたね」


 私はこの言葉をかけるので精一杯だった。





「怖くは、ないのですか?」


 静かになった部屋に彼の微かな声が響いた。


 『殺し屋』


 普通の人がこの言葉を聞けば眉をひそめるだろう。目の前の人物がソレと分ったら、どんな視線を投げかけるだろうか。侮蔑だろうか、恐怖だろうか。彼はその視線を受けてきたんだ。

 自分は受け入れられる事は無い、と今までの体験から思ってしまっているんだ。どれだけ寂しかった事だろう。


「私は、怖くは無いですよ。むしろ感謝しているくらいです」


 声と共に、抱き締める力を更に強める。


「何度もお嬢様の危機を事前に教えてくれました。攫われたアジトを突き止めてくれました。他の人は君の事を何というかは知りませんが、少なくとも私やお嬢様は、そんな事は申しません」


 何とも説明のつかないモノが胸を締め付ける。理不尽な事への怒りなのか、彼の悲しい境遇への同情なのか。良く分らない。彼を愛おしい、とは思う。


(なんでしょうか、これが好きと言う感情なのでしょうか?)


「ヴァジェット君にだったら、殺されても良いかな、とは思います」

「く、口だけでは何とでも言えるんです!」


 私の言葉に激昂した彼が暴れ出し、私の腕を取ると体をのしかからせてきて、私はベッドに組み伏せられた。見上げれば彼の悲しそうな顔が目に入る。途端に胸がキリキリと痛み出す。


「こ、これでもそんな事が言えるんですか!」


 彼は私の腕を頭上にあげ、片手で押さえると、空いてる手の震える指で私の服のボタンを外そうとした。でも私には、その顔が絶望に苦しんでいる顔にしか見えない。目に涙を浮かべて泣きそうな顔で女を襲う男など、いない。

 私は抵抗もせずに、彼の赤い瞳をじっと見つめる。動揺しているのか、揺れているのが良く分る。拘束されている腕にちょっと力を込めれば、動いてしまう。彼の方が力が弱いみたいだ。


 (彼の慰めになるのなら、それでもいいかな)


 ゆっくり瞬きをして、もう一度しっかりと彼を見る。

 

「ヴァジェット君だったら、良いですよ。でも初めてなので、優しくしていただけると、嬉しいです」


 私の告白に彼は顔を歪めて呻いた。


「どうして……」

「どうしてでしょうか? 私がヴァジェット君を好きだからじゃ、ないでしょうか?」


 彼は唖然としたけど、頭を振り「そんなはずない!」と叫んだ。


「そんなはずない!」


 叫びながら振り続ける頭から暖かい水滴が飛んできた。私の頬にもポタリと落ちてくる。


「そんな……はず……はず……」


 彼の慟哭は小さくなっていき、私の上で蹲るように縮こまって身をふるわして泣いている。もう私の腕も拘束していない。

 今までに受けた仕打ちから、自分に向けられる好意が信じられないのだろうか。私の目の前で、小さい男の子が泣いている。その光景は私の胸の奥を軋ませ続けた。


 (私が慰めなければ)


 上半身を起こし、彼の身体に手を回す。背中に優しく手を添える。


「ヴァジェット君は、私がお嫌いですか?」


 私の腕の中で、彼の頭がふるふると振れる。垂れた耳も同じようにふるふると振れた。胸がドクンと急に高鳴ったのが分かる。


 (可愛いですね)


「私は、どうやら君を好きになってしまったようです」


 彼の頭がビクッと動くと、恐る恐るという感じの上目遣いで私を見てきた。彼の赤い瞳と視線が絡み合う。飼い主に怒られて怯えた犬のように、心配そうな瞳で私を見てくる。


 (……ダメです、よだれが垂れてしまいそうです。いけません、今は彼を慰めなければいけません)


「ぼ、僕も、その、好き、です……」


 涙目で顔を赤らめた彼の思わぬ告白に、私の何かがブチっと音を立てて、切れた。すっぱりと切れてしまった。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ