お似合いのふたり(Ⅱ)
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あの後、彼は立ち上がってどこかに走って行ってしまった。私は茫然と見送る事しか出来なかった。
「どうして涙が?」
『本当の僕を知らないんです』
彼はそう言っていた。本当の僕、と。何があるのだろう? 彼の言い方は、知られると優しくなんてされない、というようなものだった。
『ルティさんは綺麗な女性なのに僕に優しいのは、ずるいです!』
これは何かを隠している、という事に他ならない。侍女仲間の初対面の時にテクラ様が彼を見て『悪魔』と言っていた。お嬢様が攫われた時にコルネリウスが「赤い悪魔」と言っていた。この当りが鍵なんだ。
「主従揃って困った殿方ですね」
ぎゅっと拳を握りしめる。滾るものが体中を駆け巡っているみたいで、さっきとは違うほてりが私を包み込む。
(ここは女を見せなければなりません)
「まずは情報収集からです。城を落とすならまず周りを埋める、のです」
立ち上がってスカートの芝を振り払う。耳がぴくぴくと震えた。背筋が伸びて、口が勝手に弧を描いていく。
「ふふ、やる気になってしまいました。覚悟なさってくださいね」
私は小走りで侍女の食堂に向かった。
「ヴァジェットの部屋、ですか?」
「はい。どこにあるか教えて頂きたいんです」
侍女用の食堂でアサル様を捕まえる事が出来た。お腹が空いたから何かつまみに来て、ちょうどお菓子を食べようとしていたところだ。さすがにバツの悪そうな顔をしている。
(主従揃って可愛いですわね)
口をつぐんで言いあぐねている彼に「お嬢様には、つまみ食いの事は黙っておきますので」と交渉に持ち込む。交渉と言うよりは脅しに近いかもしれない。「うっ」と言葉に詰まる彼の表情は変わらないけど、耳は後ろ向きにぺたんと座り込んでしまった。
(ふふ、私の勝ちですね)
ここまでお嬢様にべた惚れしているのなら、将来も安泰だ。お館様は「孫は3人は欲しい」とおっしゃっていたけど、3人どころでは済まないかもしれない。子沢山は繁栄の象徴だから良い事だけど。
「……分りました。あの、くれぐれもイシス様には内緒で」
「承知しております」
心配そうな彼には愛想笑いで返答しておく。もちろんお嬢様にはこっそりとお伝えする。侍女としての当然の役目だ。大丈夫、アサル様が尻に敷かれるだけで、何も問題は無い。むしろ良い方向に向かうはず。
「随分と端っこなのですね」
アサル様に案内されて、王城の2階北側の一番寂しい区域を歩いている。ここは物置や普段使わないものを保管しておく部屋が連なっているから、人はあまり来ない所だ。
春だというのに日が当たりにくいここは、まだ冬の気配を感じる事が出来る。明かりはどこも変わらずに灯されているのに、心なしか他所よりも暗いと感じるのは、気のせいだろうか。
「ここが落ち着くと言うので」
案内する彼もちょっと困った顔だ。遠い、という事は何か事が起きても、現場に到着するのが遅れるという事だ。緊急時には困るだろう。
寂しい廊下を歩いていくと、突き当りに部屋が見えるけど、扉は開いている。遠くから見える範囲には、ヴァジェット君の姿は見当たらない。
「いませんね」
「……また隅っこで寝てるな?」
アサル様はぼそりと呟いた。
部屋の入り口の扉は、内側に引かれたまま開けっぱなしになっており、中が丸見えだ。小さい部屋でベッドと箪笥ひとつしか見当たらない。簡素という言葉でも賑わいすぎる部屋だ。何もないよりはまし、という程度だ。
アサル様は「ふぅ」とため息をつくと、扉の裏側を覗きこんだ。私も続いて音を出さないように静かに覗きこめば、そこには部屋の隅で扉を盾にして、隠れるように毛布にくるまって丸くなって寝ている、ヴァジェット君がいた。赤い垂れた耳はだらんと伸び、毛布から顔だけ覗かせたその姿は、私の心臓を止めてしまう程に愛くるしかった。
油断しきった彼の寝顔は私の保護欲を揺さぶり、彼を守ってあげたいという母性を覚醒するのには、十分すぎるモノだった。耳から走った衝撃は、私の心を何度も何度も繰り返し叩き、その度に顔がにやけていくのが良く分った。
「美味しそう……」
たれそうな涎を堪えるのに懸命過ぎて、心の声がダダ漏れな事に気が付かなかった。こちらを向くアサル様のぎょっとした表情で気が付き、にやけた顔を元に戻す。
(いけないいけない、ダダ漏れでした)
「彼と少々お話がしたいのです」
にっこりと笑顔でそう話しかけ、アサル様を追い出した。心の中ではご免なさいと繰り返したけど、後でお嬢様にも謝っておこう。
「うんん……」
開いている扉を静かに閉じる。扉が邪魔で彼の顔をじっくり見れない。
物音がしたからか彼が薄目を開けた。彼の赤い瞳が薄く開いた瞼から覗いている。この赤い瞳は何を見ているんだろう。
寝ぼけた彼の顔を見ていると、いけないと思いつつも顔が緩んでしまう。
「おはようございます。もう夕方近くですけど」
意識がはっきりしないうちに、先制攻撃の如く声をかけてしまう。すすっと近寄ってしゃがみ込み、垂れた耳にそっと手を添える。
「ひゃぁぁぁぁぁあ!」
耳はやはり弱いところなのか、可愛い悲鳴を上げつつも彼は悶えてる。私は容赦なく耳をさわさわし、たっぷりと毛並みを楽しむ。
「ルルルルティさぁん!」
彼は悶えながらも耳に手を持って行くけど、私の手が耳を占領しているから、お互いの手が重なるだけだ。寝ていたからか、触れてくる彼の手からは熱が伝わってくる。
「ふふ、暖かい手ですね」
触れてきたその手を逆に握って、彼を捕獲する。手を取られたからか、彼は顔色を変えたけど私は放さない。だってこれから彼の話を聞くのだから。
『本当の僕を知らないんです』
そう、私は彼の事をほとんど知らない。ではどうするかと言われれば「お話をしてください」とお願いするだけだ。お嬢様もアサル様に、そう、迫った。1人で抱えないで話をして欲しい。出来る事ならば力になりたい。だたそれだけ。
手に取った彼の手を私の頬に当てる。彼の手は私のよりも少し、小さい。目を瞑りながらむにむにと動かして、暖かい感触を楽しむ。
「ああああの!」
たっぷりと堪能したら目を開き、彼の赤い瞳を逃がさない様にじっと見つめる。彼が息を飲む音が聞こえた。
「ヴァジェット君。本当の君を、教えてください」
小さな部屋に私の声だけが響いた。
「ぼ、僕を知ったら、ルティさんだって……」
彼は怯えた目で私を見てくる。その目は何も信じないって目だ。
「大丈夫です」
「で、でも!」
彼が何を恐れているのかは、なんとなく察しはつく。お嬢様を助ける時のアレは、武芸とかそんなものではなかった。壁を走り、手から何かを投擲し、狂いなく敵の額に突き刺した。しかも躊躇なくだ。あの一連の動作は尋常なものではない。
頬に当てていた手を離し、逆に彼の頬に両手を当てる。震えているのか、頬に触れた手に振動が伝わってくる。
「話してくれませんか?」
身体を前に傾けて彼の顔を胸に押し当て、ぎゅっと抱きしめる。腕の中から何か騒いでいる声が聞こえるけど、それは聞こえない振りをして、垂れた耳を撫でまわす。
「ひぁぁ!」
お嬢様には到底及ばないけど、私だって人並の体つきはあるはず。あるはずだ。
胸をむにむにと彼の頭に押し付ける。男の人なら至福だと思うのだけど、違うのだろうか?
「話す気に、なりましたか?」
「は、話します! だ、だから耳を触らないで! 触らないで! ひゃぁぁぁぁ!」
話す気になったようだけど、折角だから耳をつまみ、唇でパクっと甘噛みする。「うわわわわ!」とびくびく跳ねる彼の身体に触れると、ゾワゾワと背筋を怪しく這いまわる何かを感じながらも、私は痺れるような快感に酔っていた。
(こ、これは、癖になりそう、です)
視界が溶けたチョコのように歪んできた。これ以上は自分も危険だと思い、彼を解放してあげる。
「はわわわわ」
彼は茹で上がったタコさんのように真っ赤になってしまって、ちょっと可哀想だったかもしれない。ご褒美にはならないのかな?
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